第四十二話「イレギュラー」
「ここが、目的の場所か?」
マルティナから受けた指名依頼を達成すべく、サダウィンたちは翌日ロギストボーデンを出立した。できれば依頼を受けたその日に洞窟に向かいたかった彼だったが、彼もゴリス達も遠出をするための準備をしていなかったため、出発は翌日に延期されたのだ。
洞窟までの道中は、低級モンスターとたまに出くわすものの、実に順調そのもので、特に問題は発生しなかった。特にサダウィンに鍛えられたゴリス達の活躍もあって、彼がモンスターたちと戦うことはほとんどなかったのである。
そんなこんなで、目的地にまっすぐ進むこと二日でゴブリンの巣があるという洞窟に到着したのであった。
「そうです。どうしますか? このまま一気に殲滅します?」
「慌てるな。マルティナの話では、上位種が数匹とそれに付随するゴブリンが三十ほどいるということだっただろう? しかも、その情報は一週間ほど前のものだ」
「群れの規模が大きくなっているってことですか?」
「その確率の方が高いだろうだ。よく言うだろ? “ゴブリンを一匹見たら、三十匹はいると思え”って」
ゴリス達がサダウィンに指示を仰ぎ、今後の行動をどうするかを聞いてくる。サダウィンは、マルティナからさらに依頼の詳しい情報を聞いており、特に重要な情報としてゴブリンの総数は余念なく聞いている。
彼女の話では、冒険者ギルドが入手した情報によると、ゴブリンの上位種のゴブリンリーダー、ゴブリンアーチャー、ゴブリンファイターを筆頭に、その下に通常のゴブリンがいるということだ。
しかし、ゴブリンといえば、地球で言うところの薄い黒光りした高速で動く虫と同程度の生命力と繁殖力を秘めているモンスターで、この世界でも“一匹いたら三十匹いると思え”というような似たような格言が存在するほどだ。
そして、その繁殖力の高いゴブリンが一週間何もしないでいるわけもなく、当然一週間前に入手したギルドの情報よりもその総数は増えている可能性が高いのだ。
ゴブリンの繁殖は、他種族の雌を誘拐してその雌に子供を産ませる方法が主流で、この種族には人間も含まれており、毎年少なくない女性が犠牲となっている。
だからこそ、聞いていたゴブリンの数よりも多いと考えるのは当然であり、その分慎重な調査をする必要がある。そのため、サダウィンは彼らの提案に待ったをかけたのだ。
「とりあえず、当初の依頼通り中にいるゴブリンの数を調査する」
「わかりました」
慎重に洞窟に近づき、草陰から入り口の様子を窺っていると、数匹のゴブリンが見張りとして監視している様子が目に映った。
低級モンスターであるゴブリンは、外敵から身を護るために拠点にしている入り口に見張りを置いておく習性があり、一説には上位種の指示によってそういった行動を取っているという。
そのため見張りの規模を見れば、そのゴブリンの巣がどの程度の規模の巣なのかというのが大体把握でき、これは冒険者の間でも一つの常識として広く知られていた。
「見張り数多くないか?」
「そうね。十匹はいるわ」
「となると、少なくとも五十匹以上、上位種もゴブリンナイトクラスがいるかもしれないわね」
「そ、それってヤバくないか?」
見張りの数を見てゴリス、ミネルバ、サリィ、ヴァンの順に口を開く、サダウィンも一応魔法を使って洞窟内の様子を確認してみたのだが、やはりというべきか、イレギュラーが発生していた。
「ゴブリンジェネラルが一、ゴブリンナイトが二、ゴブリンリーダー、ゴブリンアーチャー、ゴブリンファイターが各五、そして通常のゴブリンが百以上ってところか……」
「「「「え?」」」」
サダウィンの呟きに、ゴリス達が言葉を失う。彼が言った規模は、彼ら五人でどうにかできるものではなく、それこそCランク以上の冒険者パーティーが三つ以上で事に当たるレベルの難易度だ。
だが、冒険者になってまだそれほど時間が経過していないサダウィンにとって、ゴブリン自体の強さはわかるが、どの程度の人材と規模で依頼を遂行すべきに関してはわからないため、彼はこの依頼を続行する体で話を進めた。
「幸い、洞窟内に人気はない。ゴブリンたちに襲われている人間はいなさそうだ」
「あ、あの先生?」
「となってくると、このまま殲滅のために動くわけだが……。さて、どうしたものか」
「せ、先生。ここは撤退するべきでは?」
「うん? なんでだ?」
「だって、ゴブリンロードがいるんですよね?」
ゴリス達が狼狽えるのも当然なのだが、サダウィンは今一つ状況を把握できていない。彼が冒険者としてまだ駆け出しだということがここに来て響いていた。
そもそも、ゴブリンはその数が増えれば増えるほど上位種が発生する確率が高く、その脅威度も跳ね上がっていく。
ランクが低い順に挙げれば、Iランクの通常ゴブリン、Gランクのゴブリンリーダー、ゴブリンアーチャー、ゴブリンファイター、Eランクのゴブリンナイト、Cランクのゴブリンジェネラル、Bランクのゴブリンロード、Aランクのゴブリンキング、そしてSランクのゴブリンエンペラーとなっている。
サダウィンたちのランクで言うのなら、ぎりぎりゴブリンナイトの相手が可能といったレベルの戦力しかなく、ゴブリンジェネラルやゴブリンロードの相手などとてもできないというのが一般的な常識だ。
だが、サダウィンをその常識の範囲内に入れるというのは酷であり、またいくら高ランクのモンスターであろうとも戦い方ひとつで殲滅は可能だと考えている彼が、今の状況で撤退するという選択肢すら浮かばないことは、無理もないことであった。
「なに、今回は袋小路の洞窟であるということと、一番強い個体のゴブリンジェネラルが一匹しかいない点を見れば、俺たちだけでも十分に対処は可能だと思ったんだが」
「だって、Cランクですよ!? Fランクのあたしたちじゃ、どうにもならないじゃないですかっ!」
「それは、真正面からぶつかった時という注釈がつく話だ。今回は殲滅というよりも駆除に近い作業になってしまうからな。あまり楽しくない作業だが」
「駆除って……」
サダウィンのゴブリンジェネラルを駆除の対象として扱うあまりにもあまりな言葉に、ゴリス達は呆然と彼を見つめていた。そんな彼らの思いとは裏腹に、サダウィンは彼らに指示を飛ばす。
「とにかく、まずはあの見張りをどうにかしないといけないから、洞窟の奥にいる奴らに気付かれないように排除する。では、行こうか」
「え、ちょっと。もうですか!?」
「まだ来たばかりなのに」
「でも、あの見張りくらいならなんとかなるかも」
「仕方ないわね。行きましょ」
サダウィンの指示に戸惑う彼らだったが、どのみち殲滅すると決めたからには、覚悟を決めなければならない。そう結論付けたゴリス達は、サダウィンに追従するように彼のあとをついていく。
「ふっ」
「ギィ」
「ていっ」
「グガッ」
「はっ」
「ギギィ」
見張りのゴブリンたちに気付かれないように、大きな声を出されないよう瞬殺して回る。その手際は、かつての彼らとは比べ物にならないほど良くなっており、本来の実力が活かされていた。
そんなゴリス達を横目で見ながらも、サダウィンもゴブリンの首をまとめて三匹刈り取り、すぐに見張りを始末することができた。
「で、先生。次はどうするんです?」
「この洞窟の入り口を土属性の魔法【アースウォール】を使って塞ぎ、その洞窟内に水属性の【ダイタルウェーブ】をぶち込む。それで終わりだ」
「「「「はぁ?」」」」
サダウィンのあまりに大雑把な作戦に、ゴリス達は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いろいろとツッコミどころの多い作戦だが、本当に彼が言った作戦が可能なのであれば、これ以上の作戦はない。
洞窟の穴を塞ぎ水攻めにすることによって、ゴブリンと直接対決することはないため、例え格上の相手でも倒せてしまうという寸法だ。
ただ、使用する魔法は中級魔法の中でも上位のストーンウォールと、水属性の上級魔法のダイタルウェーブという強力な魔法であるため、真似できる冒険者は少ないというのが欠点だろうか。
「ホントにそんなことできるんですか?」
「できたらすごいですけど」
「というよりも……」
「先生、上級魔法使えたんですか!? 先生剣士ですよね?」
ゴリス、ヴァン、ミネルバ、サリィの順にそれぞれが口々に感想を述べる中、それをすべて黙殺するかのようにサダウィンが言い放つ。
「とりあえず、やってみせてみよう」
百聞は一見に如かずとばかりに、実際に実践してみせようとするサダウィン。そんな彼に半信半疑ながらも、ゴリス達は成り行きを見守ることにする。
まずは、土属性の魔法ストーンウォールで洞窟の入り口を地面から八割ほど塞ぎ、残った二割の隙間からダイタルウェーブを打ち込むように調節する。続いて、空いている隙間にダイタルウェーブを流し込み、しばらく様子を見守る。
突如として、洞窟内に流れ込んでくる大量の水に慌てふためくゴブリンたちの声が漏れ聞こえてくるが、しばらく経つとその声も断端と鳴りを潜める。
地上で活動するゴブリンは、その必要性がないため泳ぎができる個体は存在しない。AランクやSランクのゴブリンキングやゴブリンエンペラーはともかくとして、それ以下のゴブリン種が洞窟内に侵入する大量の水に対処できる可能性はゼロに等しい。
「ほ、本当にさっきの作戦をやってしまうなんて……」
「理不尽過ぎる」
「こんなこと先生にしかできませんよ」
「まさか、剣士の先生が魔法も凄腕だったなんて!」
こうして、イレギュラーとして発生したゴブリンの群れだったが、そのイレギュラーはもう一つのイレギュラーな存在であるサダウィンの手によって解決したのであった。
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