第四十話「新しい街に来たらまずやること」



「いらっしゃいませ。ようこそ、太陽の馬車へ。食事ですか、宿泊ですか?」


「宿を取りたい。一泊いくらだ?」



 ギルドを後にしたサダウィンは、そのままギルドで聞いたおすすめの宿【太陽の馬車】にやってきた。



 宿の受付には、十代後半の女性が立っており、美人ではないが愛嬌のある顔をしている。例えるならクラスで三番目に可愛い女の子で、一番告白される回数が多いタイプの女性だ。



 とりあえず、この街のことを何も知らないサダウィンは、街の散策に出掛けるための期間として丸一日を費やすことに決めているため、宿の宿泊数も少し余裕のある日数を答えることにした。



「ひとまずは、三日で頼む」


「はい、ではお名前を教えていただけますか?」


「サダウィンだ」


「サダウィン……っと。ああ、それと宿の代金は、一泊食事付きで大銅貨五枚、食事なしだと大銅貨四枚ですがどうします?」


「食事付きで頼む」


「わかりました。では、えーっと……」


「小銀貨一枚大銅貨五枚だな」


「え、あぁはい。そうです」



 宿は一泊食事付きで大銅貨五枚とグロムベルクで利用していた宿よりもお高くなっている。グロムベルクよりも規模が大きく、人の出入りが激しい分、宿泊代も多少割高になってしまうのだろう。サダウィンはそう納得する。



 代金の計算に手間取っていたので、合計額を口にしながら宿泊代の小銀貨一枚と大銅貨五枚を取り出す。そんなサダウィンに女性は戸惑っていたが、宿の代金を受け取ると、彼に鍵を渡していつも通り接客に勤しむ。



「お部屋は右手の階段を上っていただいた先になります。お客様の部屋は202号室になっているので、部屋番号をお間違いにならないようお気を付けください。あと、部屋を出る時は取られて困るようなものがあれば、部屋に置いておかないことと、必ず鍵を閉めて出掛けるようお願いします」


「わかった」



 女性の丁寧な説明を聞きながら、彼女の顔をボーっと見つめていると、急にもじもじと体をくねらせ顔を赤らめ始めた。何事かと小首を傾げると、さらに顔をりんごのように真っ赤に染め上げ、ぎりぎり聞こえるか細い声で言ってきた。



「あ、あの……。あんまり見つめられると、その……」


「ああ、すまない。では、しばらく世話になる」



 彼女の言葉にサダウィンは何となく状況を理解する。王城を出てついぞ忘れてしまっているが、サダウィンが王族の血を引いている以上、その顔立ちは他の人間と比べてみても群を抜くほどに整っている。つまりは美形なのだ。



 そんな彼が真顔で女性を見つめればどうなるのかは想像に難くなく、女性もサダウィンが成人していない年下であることはわかっていたが、あまりの顔の美しさに接客も忘れて気恥ずかしくなってしまったようだ。



 女性の心中を察することくらいであれば、サダウィンは朴念仁ではないので、彼女から視線を逸らし、そのまま二階へと向かった。



「ふう、緊張した。どえらい美形だったわね。五年後が楽しみってところかしら」



 サダウィンがいなくなった後で受付嬢がそんな言葉を漏らす、それだけ彼女にとって彼の顔立ちは整い過ぎていたのだ。



「……整形でもしようかな。なんてな」



 改めて自分の顔立ちの良さを認識するとともに、この顔はいらぬ厄介事を招きそうだと危惧した彼は、冗談交じりにそんなことを口走る。もしこの場に彼の家族がいたならば、全力で止めていただろうが、残念ながら今はそれもできない状態である。



 そうこうしているうちにサダウィンが二階に上がり、廊下を少し進んだところに【202】のプレートが下げられたドアがあったので、鍵を使ってその部屋に入る。



 部屋はこれといった特質すべきものはなく、真っ白いシーツのベッドと、一人用の丸テーブルに二組の椅子、そしてちょっとした外套などの衣服を収納しておけるクローゼットが備え付けられているだけの簡素な部屋だった。



 尤も、自分の持ち家で調度品や他の家具を趣味で揃える部屋とは異なり、ただ寝泊まりするだけの部屋に宿泊客の個人の趣味全開の部屋を宛がわれても困るため、これでいいのだとサダウィンは一つ頷く。



「さて、時間はまだ昼をちょっと過ぎたくらいか。となれば、まずは飯だな」



 一通り部屋の内装をチェックし終わったサダウィンは、次に時間帯が昼過ぎということに着目する。腹具合からみての判断だったのだが、どうやらそれは正解だったようで、腹の虫がくうと可愛らしい音を立てて主張する。



 その音に応えるため、サダウィンはさっそく一階の食堂へと足を運ぶことにする。宿から宿の食堂への移動とはいえ、一度部屋を空ける以上受付の女性の言った通り部屋に鍵を掛けることも忘れない。



 食堂は昼のピークを過ぎているのか、テーブルにまばらに客が食事をしているだけだった。サダウィンは目立たない端のテーブルに陣取ると、すぐさまウエイターをしている女性が注文を取りにやってくる。



「いらっしゃ……わお、凄い美形さんだ」


「……腹が減っている。君のおすすめを頼みたいんだが」


「はいはーい! あたしのおすすめはBランチのセットがいいと思うんだけど」


「ならそれで頼む」



 注文を取りに来たウエイターの、サダウィンの顔に対する評価を黙殺するかのように、彼は話題を注文の話にすり替える。しばし待つこと十数分、木製のトレイに料理を乗せた先ほどの女性がやってくる。



「はい、Bランチのセットね。ごゆっくりどうぞ」


「どうも」



 女性から料理を受け取り、腹も減っていることもあってサダウィンはさっそくいただくことにする。セットの内容は、一般の家庭でも食べられている黒パンに、サラダの盛り合わせ、それと何かの肉を焼いたステーキと野菜の入ったスープだ。



 十歳のサダウィンには少々量が多い気がするのだが、瞬く間にぺろりと平らげる。お腹を満たし満足したサダウィンは、女性にごちそうさまと伝え、そのまま宿の外に出ようとする。



「サダウィン様?」


「?」



 宿の入り口に向かおうとするサダウィンに向かって、受付の女性が声を掛けてくる。何事かと首を傾げると、どもりながらも用件を伝えてきた。



「あ、あのー。そ、外に出る際は受付に鍵を預けていただければ。紛失の心配もないと思いますので」


「ああ、そうだな。じゃあこいつを頼む」


「は、はいっ!」



 サダウィンに頼まれたことが嬉しいのか、女性は顔を輝かせながら彼から鍵を受け取った。一方サダウィンは、女性に鍵を預けると今度こそ宿を出たのであった。



「新しい街に来たらまずやること。それは、街の散策であーる」



 人の流れに逆らわず、道なりにあてもなく歩を進めながら、サダウィンはロギストボーデンの街並みを観察する。街の造り自体は王都やグロムベルクと変わらず石造りの街並みで、この世界ではごく普通のことなのだと彼は意識を他のことに向ける。



 物流の要の都市と言われているだけあって、大通りは大きな幌付きの馬車が二台すれ違ってもまだ余裕のあるほどに幅広で、行き交う人々の人数も王都並に多い。ただ王都と異なっているのは、すれ違う人間の職種に商人や職人が多く、逆に冒険者や傭兵などはあまり見かけない。



 商人が多いということはそれだけ道中の護衛依頼が出されるはずなので、まったく見かけないわけではないが、それでもサダウィンが今まで見てきた都市と比べれば多くはないだろう。



「さすがは商業都市。露店の数もこれまた多いな」



 時折見かける露店も他の街よりも数が多く、その種類は軽食に寄ってはいるものの、布生地を売る露店や小麦粉など食材を加工した製品を売る店なども多数見受けられた。



 昼食を食べたばかりだったため、軽食は買わなかったが、小腹を満たす用にいくつか買ってアイテムリングに保存しておくのも悪くないとサダウィンは考えていた。



 しばらく、街の中を歩き回りその光景を楽しみながら過ごしていると、いつの間にかどこか見知らぬ場所へと出てしまった。



 元々初めての街ということもあって、土地勘は無いに等しいサダウィンだが、案外こういった時の勘はよかったりする。



「ふむ、おそらくあっちから来たから、戻るにはこっちの裏路地から迂回していけば元の場所に戻れそうだ」



 人は道に迷ってしまった時、普通はもと来た場所を辿って戻るのが定石だ。だが、サダウィンの場合、もと来たた場所を辿るよりも、先に進んで最終的に元の場所に戻れるルートを行けばいという結論を出す人間なのだ。



 しかも、結果としてその方法で元通りの場所にたどり着けるので、サダウィンが道に迷った時、その方法ばかりを選択するようになってしまった。そして、今回もその方法を使って初見の場所を歩いていたのだが、彼はあるミスを犯した。



 サダウィンが取っていた方法は、治安の良い日本で行っていたことであり、この世界において日の当たらない薄暗い裏路地というのは、犯罪の温床になっている場合が多く、大通りと比べると人目に付きにくい。



 それ故に、裏路地の犯罪発生率はどの街においても高く、それを考慮して兵士が頻繁に警邏することで対応しているのが現状である。



「は、離してください!」


「いいからこい! 俺と一緒に気持ちいいことしようぜ」


「やめてー!」


(やれやれ、これだから異世界ってやつは……。いや、これも一つのテンプレってやつか?)



 人気のない裏路地をサダウィンが進んでいると、何やら揉めている男女に遭遇する。一人は絶世と言っても差し支えないほどのまだ十代の美女で、もう一人は明らかに悪党Aという雰囲気を持ったモブの男だ。パット見た感じ男が女に言い寄っており、それも女の意志を無視した強引な誘い方に思える。



「あっ」


「あ」



 などとサダウィンが観察していると、女と目が合ってしまった。このまま黙って通り過ぎるわけにもいかないため、頭を右手で撫でつけながらため息を吐いて二人に近づく。



「おい、おっさん。やめておいた方がいいじゃないか? 明らかに嫌がってるだろ」


「なんだガキ。お前には関係ない話だ。ガキはガキらしく家に帰って母ちゃんのおっぱいでも吸って――だぶらっ」


「きゃあ」



 突如として吹き飛ばされた男に、女がびっくりして悲鳴を上げる。一方の男は吹き飛ばされたことで壁に激突し、今は地面と口付けをしている状態だ。



 当然、そんなことを為し得る人物はこの中ではサダウィンであり、目にも止まらぬ速さで男の懐に飛び込み、男の腹に拳をお見舞いした。



 サダウィンの拳の衝撃を受け止めきれなかった男は、その身が宙に投げ出され、錐揉み回転をしつつ壁にぶつかり、白目をむいてその意識が刈り取られる結果となってしまった。



「状況判断でこの男が悪人だと断定してしまったが、間違いなかったか?」


「は、はいっ。ちょっとしつこくて困っていたんです。ありがとうございます」


「ならよかった。では、俺はこれで」


「あ、あのっ」



 男に非があることを女に確認し、改めて先を進もうとしたところ、女に引き留められる。何事かと彼女に視線を向けると、意を決したように口を開いた。



「も、もしよかったら。街を案内してもらえないでしょうか? 迷ってしまって」


「すまないが、俺もこの街に来たばかりでそれほど詳しくないんだ。どこに行きたいんだ?」


「冒険者ギルドに知り合いがいるので、そこまで戻れれば問題ないかと思うのですが」


「なら、一緒に付いてくるか? おそらくだが、俺に付いてくれば冒険者ギルドに辿り着けると思うが」


「は、はいっ! 是非お願いします。私ロゼッタと言います」


「サダウィンだ。じゃあ、行こうか」



 こうして、急遽街の散策から迷子の女性を冒険者ギルドに送り届けるというイベントをこなし、無事にロゼッタを冒険者ギルドに送り届けることができた。



 道中、冒険者ギルドのまでの道を知っているのかとロゼッタに問われた時、「俺は勘がいいから、俺の思った通りに進めば目的地に到着できる」と答えると、「なんですかその地味に便利な能力」と突っ込む一幕があった。



「着いたぞ、あそこだ」


「ほ、本当に辿り着いちゃった……」


「ここでいいんだろ?」


「はい。本当にありがとうございました!」


「じゃあ、俺はこれで」


「はい」



 それから、他愛のない会話をしながらしばらく歩いていると、冒険者ギルドが見えてきたので、彼女とはそこで別れてサダウィンは再び街の散策に戻ることにしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る