第三十八話「動き出す追っ手」


 サダウィンがロギストボーデンに到着した頃、グロムベルクの冒険者ギルドのギルドマスターのゴードンが、彼についての情報を記載した手紙が王都の冒険者ギルドに到着した。



「うーん、これはやはり陛下たちにお伝えせねばなるまい」



 王都の冒険者ギルドのギルドマスターが在中する執務室に、低い男の声が響き渡る。彼こそ、レインアーク王国王都の冒険者ギルドギルドマスター。ベガ・ウォーレスその人である。



 元Sランク冒険者という輝かしい実績を持ち、冒険者を引退した今でもその実力は少しの衰えを見せてはいない。先のスタンピードでも冒険者たちを束ねていたのは彼であり、サダウィンの功績に比べると霞んでしまうが、個人戦においてモンスターの討伐数は上位に位置していた。



 そんな彼だが、未だスタンピードの後始末に奔走する日々が続いており、毎日あくせくと書類と向き合っている。そして、元Sランク冒険者の伝手としてレインアーク王家の面々にも顔見知りがいる。彼らからレイオール失踪についての情報はそれとなく得ていたため、彼自身も独自の情報網を使って王太子の足取りを探っていたのだ。



 そうこうしているうちにベガの下に一通の手紙が届き、中身を確認したところ一人の少年の話が綴られていた。その少年は見目麗しく言葉遣いは多少ぶっきらぼうだが、纏っている高貴な雰囲気は隠しきれておらず、どこからか流れてきた貴族の子弟なのは間違いないという。さらには、腰に下げていた帯剣の鞘にレインアーク王家と思しき家紋が刻まれていたという内容が記載されていた。



 ベガ以上にレイオールの足取りを追っている人物がいる。言わずもがな、レイオールの家族である国王ガゼル、王妃サンドラ、そして彼の弟妹のマークとローラだ。



 もちろん、彼ら以外にもお城に勤める貴族の面々や、護衛の騎士たちも己が持つ情報網の限りを尽くして王太子の行方を追っていたが、スタンピードの影響により王都の再興が優先となってしまっている今、割ける人材にも限りがある。



 そのため、目ぼしい情報などは未だ入ってきておらず、王太子が生きているのかすら把握できていないのが現状であったのだ。



「ゴードンによれば、指名依頼でロギストボーデンに向かったとあるが、ロギストボーデンから王都までどんなに急ぎ足で向かっても十五日は掛かる。その間にまた別の街にでも行かれたら厄介だな……よし」



 ベガは急ぎ王城へと出向く準備を整えると、サブギルドマスターに「少し出てくる」と伝言を残してギルドを後にした。





 ☆ ☆ ☆





「はあ」



 執務室に盛大なため息が響き渡る。それはここ最近になってよく見られる光景となっていた。そのため息の主であるガゼルは、山積みとなった書類に手も付けず、机に肘をついた片手を頬に乗せながら項垂れていた。



 彼がなぜここまで意気消沈しているのかといえば、やはり彼の息子である王太子の行方不明が原因だ。ただ行方がわからないというのであれば、国王として万が一のことを考え、第二王子のマークに王位継承権の優先順位を繰り上げることも視野に入れておかねばならないのだが、その王太子が自らの意志で行方をくらましたとなれば、話もまた変わってくる。



「まさか、レイオールがこのような行動に出るとはな。一番近くで息子の成長を見ていたのに、レイオールの真意に気付かなかった」



 ガゼルがなによりも落ち込んでいるのは、レイオールがいなくなったことではなく、彼が何を望んでいるのかその意思を汲み取ってやれなかったことにある。



 自他ともに認める親バカである彼らしい落ち込み方といえばそうなのだろうが、今更嘆いたところで最早手遅れなのだ。



「暗部の連中にも動いてもらっているが、未だに息子の影も形も報告が上がってこない。どこにいったのだ?」



 ガゼルの親バカが滲み出ているのが、目撃者の報告でモンスターの群れに連れ去られたという情報は得ているにもかかわらず、レイオールが死んだと思っていないことだ。



 一度そのことを指摘した臣下の貴族がいたのだが、ものすごい剣幕でそれを否定した。「あのレイオールが、たかだかモンスターの群れ如きで死ぬと思っているのか?」というガゼルの問いに、臣下の貴族も「確かに、想像が付きませんね」と意見が一致してしまったのである。



 レイオールへの絶対的なその信頼はどこからくるのかと第三者からのツッコミが出そうではあるが、現実問題レイオールは無事だったため、彼らの意見が結果的には正しかったことになるというなんだか釈然としない状態に陥っていたのだ。



「あなた……」


「サンドラか、お前もこの数日で随分とやつれてしまったな……」


「もう十九日もレイオールちゃんの顔を見てないのよ。十九日よ十九日!!」


「わ、分かったから落ち着くんだ」



 最早彼らの日課となっているお互いレイオールを溺愛する者同士として、こうして日に一度二人で集まってレイオールに対する思いを語り合っている。傍から見れば仲睦まじい夫婦のように見えなくもないが、サンドラと同等あるいはガゼルと同等にレイオールを溺愛している者が少なく、同じ穴の狢同士傷を舐め合っているというのが現実だ。



 今日も今日とて、息子の行方の情報がないことを嘆き、息子に会いたいという寂しい思いを夫婦揃って語り合う。レイオールがこの惨状を見れば、こんな状態にしてしまったことを申し訳なく思うが、自分が大人になった時、果たしてこの二人は子離れできるのだろうかという別の悩みが浮かんできそうで、彼にとってはこの状態の二人を見なくて済んだのは逆に僥倖だったのかもしれない。



「陛下、冒険者ギルドのギルドマスターベガ・ウォーレン様がお目通りしたいと来ておりますが、いかがいたしましょう?」


「ベガが? ……通せ」


「畏まりました」



 二人がお互いに慰め合っていると、珍しい客がやってきた。ガゼルの執務室に現れたのは、冒険者ギルドでギルドマスターの職に就き、かつて彼が若かりし頃に知り合った顔見知りであるベガだった。



 百七十センチの後半の上背にプラチナブロンドの短髪。顔は歴戦の戦士らしく精悍で目つきも鋭い、一見すると兵士や騎士に見える雰囲気を持った男である。齢三十とガゼルと同世代であり、今も彼の友として定期的に会っている間柄である。少なくともガゼルはそう思っている。



「……痩せたな」


「フッ……だが、まだ生きている」


「サンドラ妃も随分とやつれてしまって」


「ベガ様? 息子が行方不明になって平然としている母親の方がおかしいのではありませんこと?」


「それもそうか、失言だった。謝罪する」



 どこかで聞いたような台詞だが、この二人があの作品を知っているはずもないため、ただの偶然である。そんなやり取りの後、二人の挨拶もそこそこにベガは本題を切り出す。



「実は今日ここに来たのは、興味深い情報を手に入れてな」


「それは?」



 そう言いながら、ベガはゴードンからの手紙を差し出す。その手紙が何だとばかりにガゼルは訝し気な顔を浮かべるが、ベガの次の言葉を聞いて態度を一変させる。



「この手紙は、王都から五日ほど離れた街グロムベルクの冒険者ギルドのギルドマスターからの手紙なんだが、内容はある駆け出し冒険者の少年について書かれていた。具体的には――」


「寄こせっ!」



 ベガがすべて言い終わる前に、ガゼルは彼から手紙を引っ手繰る。彼が言わんとしている意図をすぐに理解し、目を皿のようにして手紙に目を通す。



 そこに記載されていたのは、少年の名はサダウィンであるということや、その見た目が貴族の子弟の雰囲気であること、そして何より具体的な少年の容姿についても記載があり、その容姿の情報がガゼルが良く知る人物と酷似している。さらに極めつけは、その少年が帯剣していた剣の鞘に王家の家紋らしきものが刻まれていたという決定的な物証までもが記載されていたのだ。



 すべての内容を読み終えたガゼルは、ふうと一息吐いたのち、自らの体重を座っている椅子の背もたれに預けながらぽつりと呟いた。



「間違いない、俺の息子だ。サンドラ。レイオールが見つかった」


「本当に!? レイオールちゃんは今どこにいるの?」


「手紙には、今頃ロギストボーデンにいると記載されていた。王都から二十日ほどの距離にある商業都市だ。信じてはいたが、やはりレイオールは生きていた」


「よかった。本当によかったわ」



 いくら信じていたとはいえ、家族が死んだかもしれない報告を受けて心配をしない者などいない。例えそれが国王であろうともだ。そして、それは王妃や王子王女とて同じなのである。



 レイオールが生きていたことに安堵するかのようにガゼルは項垂れ、サンドラの目には大粒の涙が零れ出す。だが、その状態が続いたのはほんのわずかな時間であり、すぐに真剣な表情でベガに声を掛ける。



「ありがとうベガ。お前のお陰で息子の居場所を知ることができた。この礼はいずれさせてもらう」


「そんな大層なことをしたつもりはない。行方不明だった知り合いの息子の場所をたまたま知って、それをその知り合いに教えてやっただけだ。もし、何か礼がしたいなら、美味い酒でもご馳走してくれ」


「フッ、いいだろう。この国一番の酒を振舞ってやろうじゃないか! だが、その前に……誰か! 誰かおるか!?」


「はっ、ここに」


「今すぐジュリアとレイラスをここへ呼んで来い! 大至急だ!!」


「ぎょ、御意」



 ガゼルのあまりの剣幕に一瞬たじろぐ近衛騎士だったが、与えられた命令を忠実にこなすべく、すぐさま部屋の外へと走り出していった。それからジュリアとレイラスが執務室にやってきたのは十五分後のことだった。



「失礼いたします。……おや、珍しいお客様がいるようですね」


「久しいなジュリア。相変わらず、恐ろしい程に美しいな」


「あらあら、そういうあなたこそ。人を射殺すのじゃないかってくらいの風格は相変わらずじゃない」


「ふん、口が減らないのも変わらない。お前とパーティーを組んでいた時そのままだ」


「それはお互いさまではなくて?」



 部屋に入ってきた途端ベガとジュリアがお互いに言い合いを始めてしまう。ジュリアはかつて冒険者をやっていた時期があり、ベガの冒険者パーティーに所属していたのだ。紆余曲折あって今は宮廷で侍女の仕事をしているが、冒険者時代は【氷の女帝】などという二つ名を持つ有名な冒険者で、その伝説は今でも冒険者の間で語り草となっている。



 曰く、得意の氷魔法でドラゴンを瞬殺した。曰く、一国の国王のプロポーズを蹴って冒険者の道を選んだ。曰く、十年以上達成されていない超々難関依頼を単独で成功させた。彼女の伝説は様々な憶測が飛び交っているが、彼女の伝説に関わった人間の証言があり、伝説に大小ながらも尾ひれはひれが付いているものの、そのすべてが結果的には事実であるところが彼女の伝説の凄いところなのだ。



「そういや、あの色ボケ国王。まだお前のこと諦めてないらしいな?」


「まったく、オルガ王には困ったものです。あれから十年以上経っているというのに、未だに私の誕生日にはプレゼントが送られてくるんだから」



 彼女の伝説の一つである一国の国王からのプロポーズを蹴った話がここに来て出てくる。そして、その話はまだ現在進行形で続いているらしい。



「いっその事、もうオルガ王に嫁いだ方が――」


「冗談でもそんなこと言わないで……氷漬けになりたいのかしら?」


「やめとけ、現役時代に結論が出たはずだ。俺とお前じゃあ戦っても永遠に決着がつかないってな」



 ベガとジュリアが同じパーティーで活動する前、互いにライバル視していた時期があった。二人とも若かったこともあってどちらからともなく、どちらが強いのかその優劣を付けるべく幾度となく実戦形式の試合が行われたが、二人の勝負に決着がつくことはなかったのである。



 その話もまた有名な話であり、ベガはジュリアと双璧を為す生きる伝説として、今も冒険者の尊敬を集めていたりする。



「まったく、相性の悪い相手がいるのってつくづく嫌になるわね」


「同感だ。珍しく意見が合ったな」


「まったくよ」


「昔話はそれくらいにしてもらおうか。ジュリア、レイラス。まずはこの手紙を読んでみてくれ。そして、率直な意見が聞きたい」



 ベガとジュリアの話にガゼルが割って入り、すぐさま本題を切り出す。少し話をし過ぎたジュリアはガゼルに謝罪した後で、渡された手紙を読み始める。一方のレイラスは、この時初めてジュリアがあの冒険者の中で英雄として位置付けられている氷の女帝と知って思考が停止しており、半ば空気と化していた。



 ジュリアが読み終わった手紙を呆然と受け取ったレイラスだが、手紙を読み始めてすぐに意識がはっきりとする。手紙の内容に出てくる少年に心当たりがあったからだ。



「どうだ?」


「殿下ですね」


「俺もそう思います」


「ならば、わかっているな? 必ず連れ戻せ。多少の無茶は許容する」


「畏まりました。では、すぐに出立の準備を致します」


「頼んだ」



 長年の付き合いであるため、ガゼルの意図をすぐに汲み取ったジュリアは、直ちにロギストボーデンに向かうための準備をするべく、執務室を後にする。一方のレイラスは一時的とはいえ彼女の護衛の任に就いているため、護衛対象と行動を共にしなければならず、すぐにガゼルに一礼すると彼女の後を追い掛けていった。



「上手くやってくれるといいのだが……」


「レイオールちゃん……」



 こうして、レイオールを王都に連れ戻すための追っ手が彼の元へ向かうことになったのであった。

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