第十九話「社交界デビュー4」



(やっと終わったか)



 そんなことを内心で思いながら、ようやくレイオールはダンスから解放される。すでに疲労のピークに近づきつつある彼だが、まだ最後のイベントが残っているのだ。そのイベントとは、代表者によるスピーチである。



 社交界デビューの最後の催しとして、その年に選ばれた七歳になった貴族の子弟の中から一名が選抜され、その者が他の子弟を代表して夜会の最後にスピーチを行うことになっている。



 大概の場合、貴族の位の高い公爵または侯爵の子弟がその役を担うことになっているのだが、今年は王太子のレイオールがいるため、彼がスピーチをすることになるのはもちろんのことであった。



 というよりも、彼の両親であるガゼルとサンドラが半ば強制的にそれを決めてしまい、レイオールとしてはなし崩し的に了承した形になる。



 内容的に他の者にスピーチを代わってもらうことは可能なのだが、そうなった時の周囲の反応は想像に難くないため、スピーチをやらないという選択を取ることができなかったのである。



「それでは、今年の代表者にスピーチをお願いしたいと思います。代表者、レイオール王太子殿下」



 マルクスが高らかに宣言すると、割れんばかりの拍手が会場に響き渡る。それに右手を上げて応えつつ、スピーチをするための壇上に登ると、スピーチを開始する。



「まずは感謝の言葉を述べたい。我ら若輩者のためにこのような場を設けてくれたことに、深く御礼申し上げます」



 その後、堅苦しいスピーチが続く中、レイオールの視界に見知った四人組の顔が映った。先ほど揉めていたリスタ、アルヒダ、メリン、チルクだ。



 その姿を見つけたレイオールの顔が笑みに染まる。そして、悪戯を思いついたとばかりに、急遽予定していたスピーチの内容を変更することにする。



「ところで、私が読んだ書物の中に興味深い話があるのでこの場を借りて紹介したい。とある国の領地を治める四人の領主がいた。その領主にはそれぞれ娘がおり、四人とも幼い頃からとても仲が良かった」


「あっ」



 レイオールの書物の内容を話し始めると、その中の一人アルヒダが何かに気付いたように声を漏らす。だが、その声の意味を知るものはいない。ある三人を除いては。



 それから、レイオールは淡々と説明を積み重ねる。四人の内の一人が最も身分の低い令嬢であること。そして、ある日を境に身分の差を知った彼女が、他の三人と距離を置き始めたこと。そんな態度に三人が彼女を蔑み、悪辣な言動を繰り返したことなどだ。



「そんな折、彼女たちも七歳となり社交界デビューを果たすことになるのだが、その夜会の場でも三人の態度は相変わらずで、彼女に対し「あなたはこの夜会には相応しくない」などという始末。するとそこに一人の男の子がやってくる。彼はその国の王子であり、彼女たちと同じ夜会に出席をしていた」



 さらに彼の話は佳境に入る。その様子から一人の令嬢がいじめられているということを察した彼は、詳しい事情を聞いて三人のうちの一人に問い掛けた。“彼女のことが嫌いなのか?”と。



 王子の問い掛けに、自分たちがどれだけ酷いことをしていたのかを自覚した彼女たちは、最も身分の低い令嬢に頭を下げ、一生を懸けて償うと謝罪をする。ところが、身分の低い令嬢もまた“あなたたちがこうなるきっかけを作ったのは自分にあるのだから”と彼女たちに謝罪をする。



 そこからはどちらに非があるのかという言い争いになってしまい、収拾のつかない状態になる。それを見かねた王子が割って入り、彼女たちにこう宣言した。



「王子はこう言い放った。「だったらどちらに非があるのか僕が決めてあげるよ」と。四人とも王族である王子の言うことであるならばとそれを了承し、王子は今一度思案を巡らす。しばしの沈黙があった後、王子は彼女たちにこう言った」



 そこで一旦話を区切る。会場中がレイオールの話を食い入るように聞いている中、その先の言葉を今か今かと待っている四人の姿を視界に捉えつつ、ゆっくりと彼は言葉を紡いだ。



「“両方に非がある”と」



 レイオールの言葉を聞いて四人が呆然とする中、さらに彼は笑みを作って話を続ける。



「王子の言葉に四人が呆然とする中、王子はさらにこう続けた。「どちらも悪いと思っているのならば、お互いに謝ればいいじゃない。そうすれば、どちらに非があるか悩む必要もない」と。



 王子の言葉を聞いた四人はそう納得し、お互い頭を下げて謝った。四人が謝罪をし、今までのことを水に流し、再び仲のいい関係に戻ることができた。そんな四人に向かって王子はこう言った。



「王子である僕の前で謝ったのだから、また同じように仲違いすることは許されないよ? 君たちが仲違いするということは、僕の顔に泥を塗ることになるのだから」



 一度言葉を区切ったレイオールは、その視線を例の四人組に向ける。そして、言い含めるような表情を浮かべながら、こう締めくくった。



「こうして、お互いに謝罪をして再び仲を取り戻した四人は、その後仲違いすることもなく、幸せに暮らしたとさ。めでたしめでたし」



 そんな風にレイオールが締めくくると、それを聞いていた周囲が安堵のため息を吐く。話の登場人物たちがハッピーエンドを迎えたことに安心したのと、レイオールが話す内容が真に迫っていたため、その場にいた誰もが彼の話に引き込まれていたのが原因だ。



 そして、レイオールの話はまだ終わっていないため、ここで彼がさらに言葉を続けた。



「なぜ、私がこのような話をしたのか不思議に思っている方もいるだろう。答えは単純明快。物事というのは、ほんの小さなきっかけさえあれば、良い方向にも悪い方向にも傾いてしまう。我々はまだ七歳になったばかり。その未熟さ故に道を間違えたり、人に迷惑を掛けたりもするだろう。だからこそ、我々は学ばなければならない。己の未熟さを。他人に与える影響力を。無知故の過ちを。そして、私はこの国を代表する王族として、今まで生きて来れたことに感謝すると共に、さらなる発展のために努力を怠らないことをここに宣言する。我が名はレイオール・テラス・フィル・ピッツェッンヴェルク・レインアーク。レインアーク王国と共に生きる者であり、レインアーク王国に住む全ての者に光をもたらす者である!!」



 彼が高らかに宣言すると、割れんばかりの歓声と拍手が会場に降り注いだ。その熱気は凄まじく、まるで人気歌手のライブコンサートも顔負けの盛り上がりを見せた。



 普段貴族としての教育を受けている故に、そういった言動ははしたないとされているのだが、そんなことはお構いなしとばかりに会場全体が大いに盛り上がっていた。



 こうして、レイオールの社交界デビューは大成功に終わったわけだが、これを機に貴族の間でこんな噂が広まってしまう。その噂とは、“次世代の王国は、レイオール殿下がいる限り安泰である”と。



 本人としては国王になりたくはないため、いろいろと画策はしているものの、やることなすことが裏目に出ている結果になっており、この一件についても彼が頭を抱えることになったのは言うまでもない。

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