王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた
こばやん2号
プロローグ
「貞光様、本日の予定ですが……」
高級なスーツに身を包んだ妙齢の女性が、手帳を開きながらそんなことを口にする。それを聞いているのはたった一人の老齢の男であり、女性は彼の秘書である。
男の名は神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)といい、過去数百年に渡って日本の財閥を支える【神宮寺家】の十八代目の当主である。
齢八十を超えているというにもかかわらず、彼が未だに現役を貫いているのには理由がある。何かというと、後継者問題だ。
幼少の頃より類まれなる神童っぷりを発揮しまくってしまった貞光は、誰の反対をされるでもなく神宮寺家の当主の座に就いた。それは良かったのだが、彼自身神宮寺家の跡取りになることに不満を抱いていたのだ。
貞光がそう感じるようになったのは、彼が中学時代の頃になってからだ。新たな同級生との交流や様々なものに触れていくうち、彼は悠々自適な平凡な人生に憧れを抱くようになったのだ。
だが、そんな彼の憧れとは相反するように周囲の人間がそれを許すはずもなく、貞光自身もそれを理解していた。そんな悶々とした青春時代を送ってきた貞光は、その後名門の高校大学に進学し、そのまま神宮寺家の当主になるべく神宮寺家が管理する会社の一つに入ることになった。
その会社で神宮寺家の後継者としての経験を積み上げ、然るべき相手と結婚し、子宝にも恵まれた彼は順風満帆な人生を歩んでいた。
それでも貞光の中には、自由な人生を謳歌したい願望が渦巻いていたのだが、彼がその願望を叶えることがなかったのは、彼の後継者となる息子が彼とは異なり平凡な才能しか持ち合わせていなかったことに起因している。
父である貞光の才能を受け継ぐことなく成長してしまったが故に、彼が存命の間は神宮寺家の当主の座を譲り渡すことができないでいたのである。
それでも最近では周囲の力を借りることによって、次期当主としての最低限の能力はあると判断され始めており、貞光の悩みの種が解消されつつはある。
(これでようやく目の上のたん瘤が消えたが……もう何もかもが遅すぎるわ)
やっとの思いで手にした自由への切符だったが、最早彼の寿命は尽きようとしていた。今更自由の身になったところで、できることは限られているだろう。そして、そんな彼に神は無慈悲にも死の宣告を突き付けてきた。
「うぅっ」
「さ、貞光様ー!」
突如として、貞光の胸に言いしれるまでの痛みが走る。それは今まで味わったことのないほどの痛みであり、そのあまりの激痛に胸を抑え込んでしまう。
(嗚呼、わしの人生もここで終わりということか……無念だ。一度でいいから自由に生きてみたかった……)
秘書の女性が悲痛な叫びを上げる最中も、貞光はそんなことに思いを馳せていた。神宮寺家の当主という責務から解放される喜びと共に、今まで焦がれていた思いを心の中で呟く。
(せめて来世では、自分の好きに生きていきたいものだ)
そんな願いを浮かべながら、貞光の意識は海の底に沈むように途切れ、それいこう彼が再び動き出すことはなかったのであった。
☆ ☆ ☆
貞光がその生涯に幕を閉じたと同時刻、とある場所のとある人物がぼそりと呟いた。
「次の魂は……っと。ふむ、これはかなりレベルの高い魂だね。前世は相当な偉人だったみたいだ」
そんなことを口にするが、その呟きに反応する者はいない。なにせ、その場所には彼とも彼女とも呼称しがたい人物であるその者しかいないのだから。
「どうやら、平凡な人生を望んでいたみたいだけど、魂のレベルからしてそれは無理な話だよねー」
生きとし生けるものの魂にはレベルが存在する。そのレベルによって今後歩むべき人生が決定付けられるといっても過言ではないのだ。
魂のレベルが低ければ、悲惨な人生やそもそも人間として生まれてくる可能性も低くなってしまう。逆に高ければ恵まれた才能を持っていたり、裕福な家庭に生まれてくる可能性が高くなる。
そして、貞光の場合は後者であるからこそ、神宮寺家の後継者として生を受けることになったのだが、当の本人がそれに満足していないということが唯一のミスマッチであった。
「うーん、この魂の来世は……やっぱこうなっちゃうよねー」
人一人の人生を決めるには実に軽い口調で、貞光の魂の行き先を決めてしまう。次の人生の顛末を知っているかのようなその存在は、去って行く魂に向かって激励の言葉を投げ掛けた。
「じゃあ、次の人生も頑張ってね。……王子様」
その台詞が静寂な空間で響き渡ると同時に、貞光の魂が消えるようにどこかへと行ってしまった。それを確認し終わったその者は、次の魂の選定をするべく行動に移っていた。
「さて、次はどんな魂かな? まったく、死神がこんなに忙しいなんて不公平だよ。たまには他の神も手伝ってほしいね」
自身を死神だと宣ったその存在が、自分と同じ存在である神に悪態を吐いた。しかし、その言葉が誰かに届くことはなかったのであった。
☆ ☆ ☆
「生まれました! 元気な男の子でございますよ!!」
死神が貞光の魂を見送ってからしばらくして、とある世界のとある国を治める国王の妻である王妃が出産した。生まれてきたのは男の子であり、国にとっては大事な跡取り……所謂王太子になるであろう存在であった。
「でかした! でかしたぞサンドラ!!」
「あ、あなた……」
「王妃様、王太子殿下でございますよ」
国の跡取りを生むという大役をこなした妻を褒め、労いの言葉を夫である国王が掛けていると、給仕の女性が王妃の元へ子供を連れてきた。
これから母親になるという思いと、目の前の新たな命の誕生に感動に打ちひしがれていた王妃だったが、ふと重要なことを思い出し、夫である国王に問い掛けた。
「あなた、この子の名前を決めてくださいまし」
「そうだな……よし、ではこの子の名は――」
こうして、とある世界のとある国に次の国王となる王太子が誕生したのであった。
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