1-5 毎年誰かが通る道

「いやちょっと待て、無理だろう。推論根拠も何にもないんだが」

 状況も何も分かってないのに、いきなり「さあ考えろ」と言われても無茶ぶりが過ぎる。俺が首を振ると、桐山は腕を組んで首を傾げた。

「情報ならあるけど」

「あるのかよ……」

 俺はがっくりと肩を落とす。どうやら話を逸らすことは無理そうだ。


「この前聞いた話なんだけどね。二年生の先輩が、一年のとある男子にこう聞いてた。『お前、どの辺の駐輪スペースに自転車停めてるんだ?』って」

 その一年の男子は、『一年G組の前あたりですけど』と言ったらしい。つまり、俺たちが今いる場所あたりのことだ。

「それを聞いたその先輩は一瞬考えるようなそぶりを見せた後、こう言ったらしい。――『悪いことは言わない、その辺に停めるのはやめとけ』」

「何で?」

「それはその一年も聞いてたさ。で、その先輩にこうも言われてた。『別に信じるも信じないもお前次第だけど、お前も半年くらい経てばそのうち分かるさ、習慣ってのは恐ろしいからな』って。ニヤニヤしながら」

「はあ」


 情報が断片的すぎる、ここからどう考えろと。俺がじとりと見やると、目の前の美少年はその涼しい顔を崩さず、顎に手を当てて考え込むようなそぶりを見せた。

「他にもあってね。複数の一年が、複数の先輩から同じようなことを言われているらしい」

 ――とりあえず、一年G・H組あたりに自転車を停めるのは今からやめておいた方が無難だ。

 ――理由はそのうち分かる、それに毎年誰かが通る道だしな。

 ――ここは東京だからな、いや東京なのにってのもあるけどさ。


「……ってな感じでさ、どの先輩も理由に関しては一様にだんまりだったって。先輩の層も特に偏りがない。文化系の部活から体育会の部活まで、この辺の『曰く』を語る生徒には、二年生も三年生も、どっちもいたらしい」

 桐山の言葉を反芻しながら、俺はぼんやりと駐輪スペース周辺を見回した。

「どう、分かる?」

 桐山の言葉に、俺は顔を上げる。奴はいつの間にかさっきまでの飄々とした笑みを引っ込め、どこか真剣な表情でいつの間にかこちらを見守っていた。値踏みでもするかのような視線を向けられている気がするのは、気のせいだろうか。俺はためらいながら口を開く。


「……この高校、駐輪場所ってあと何処があったか覚えてるか?」

「ここと、さっき通った校庭までの小道、それと生徒会室前の長方形スペースだね」

「そうか」

 生徒会室前の、えんじ色をしたレンガ調のタイルが敷き詰められた長方形スペースを、俺は思い浮かべる。生徒会室の入る建物の壁と、無機質なコンクリートの壁に囲まれた縦十メートル、横三十メートルほどの割と広めな駐輪場所だ。その辺に自転車を停める生徒が最も多い。場所も広く、すぐそこが昇降口だからだ。

 次に先ほど通ってきた、校庭と俺たちの教室の窓側へとつながる小道。こちらも左は校舎の白い壁、右はコンクリートの外壁に囲まれた何の変哲もないスペース。そして地面も生徒会室前と同じ、えんじ色のタイルが敷き詰められている。ここも校舎の角を曲がれば、昇降口にすぐたどり着く。


 そして最後、俺たちが今いるこの地点、一年G・H組前の駐輪スペース。左は教室の窓、右は校庭で、決して広いとは言えないけれども穴場でもあるスペースだ。えんじ色のタイルが敷き詰められているものの、その区画は少なく、この道の半分程度。残りは土、つまり校庭の面積に組み込まれた地面。そして校庭の周りには、木々緑の葉を茂らせて立ち並んでいる。

 穴場でもあるのは、ここが昇降口から最も遠い駐輪場所だからだと思っていたけれど。それだけではないということだろうか。


 上級生が語るらしいこの駐輪スペースの『曰く』。『やめておいた方がいい』と彼らは口を揃えて一年生に語るけれど、その理由については教えてくれない。

 ある先輩はニヤニヤしながら。

 ある先輩は『毎年誰かが通る道だ』と言いながら。

 またある先輩はこう言った、『ここは東京だから』と。


「……ああ」

 俺はそこまで考えて、どっと脱力した。どこかに座り込みたいレベルで。

「ものっすごく、くだらない……」

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