1-3 Go Home Quickly(=◯◯部)

「勝手に決めつけるな、勝手に」

「勝手でもないさ。だって君、放課後すぐに帰ってるし」

「ストーカーか……?」

 俺の言葉にぎょっとしたように目を丸くし、桐山がものすごい勢いで首を左右に振る。

「いやまさか、そんなおぞましいこと僕がするわけないだろ。あれだよ、あれ」

 そう言いながら彼は教室の窓を指さした。指し示された先を確認し、俺は納得する。

「ああ……そういや俺、いっつもあそこに自転車停めてんな」

「そういうこと。見えるのは不可抗力」

 さっきも聞いたようなことを言いながら、桐山はにっこりと笑う。


 確かに俺は、授業が終わるなりいつもすぐに帰宅する。自転車通学だから帰りは必ず自転車置き場を通るのだが、その自転車を停めているのは自分の教室の窓のすぐ近く。指摘されるまでもなく、見えて当たり前だった。


「ま、そんなわけで君はGHQ確定だと判断したわけ」

「は? じーえいちきゅー?」

 なんだっけ、連合国最高司令官総司令部とかいうやつだっけ。……なんでだ?

「『Go Home Quickly』の略。まあつまり帰宅部ってことで……」

 何かと思えばつまらん駄洒落だった。

「帰る」

 俺はがたりと席を立つ。言われた通り、早急に家へ帰らせていただこう。そうquickly、早急に。


「ちょちょちょ、ちょっと待ったちょっと待った!」

「今度はなんだ」

 がしりと学生鞄を掴まれ、俺は立ったまま相手を見下ろす。右腕だけで鞄を掴まれたのにその力は意外と強く、見た目に反して結構力があるんだなと一瞬感心してしまった。


「さっき言ったプラネタリウムとスイーツの話、あれってプラネタリウムと喫茶店を融合した場所なんだけどさ。よかったらどうかなって」

「だから、何で俺が」

 眉を顰めるしかない。俺じゃなくて女子を誘えばいいものを。その顔なら数秒後にデートが決まるだろうよ。

「さっき書いてる紙が見えたし……それに君、探してるだろ。面白いこと」

 俺は目を見開いて自分の席に座り直した。

「書いてる紙?」

「好きな場所に『プラネタリウム』って書いてたろ」

「……ああ、それか」

 そう言えばそんな話だったな。俺は思い出してため息をつく。


「君を見てピンと来たんだ。ちょっと着いてきてくれないか?」

 俺はしばし黙り込んで周りを目だけでそろりと見回し、こちらに注がれる視線の元をざっと数えた。結構いやがる。

「……分かった」

「本当? 助かるよ、ありがとう」

 ため息交じりに頷いた俺へ、目の前の少年はほっとしたような顔で微笑む。そして何も持たずに颯爽と教室のドアへ向かっていった。


「うーすいっ」

 桐山の後を追おうとのろのろと立ち上がりかけた俺のもとへ、先ほどまで俺たちに視線を注いでいた男子のうちの一人が歩み寄り、俺の肩をぽんぽんと叩いてきた。

「お疲れ。君の検討を祈る」

「……え?」

 それは一体どういう意味だ。肩を叩いてきた奴が戻っていた方向を見ると、そこに固まっていた男子勢は意味ありげな頷きと、憐れむような視線を向けてきた。何なんだ、一体。

 後から見た自己紹介カードで分かったことだけれど、そいつらは全員、桐山と同じ中学からの進学組だった。


◇◇◇◇◇

「こっから外に出る」

 桐山を追った先には昇降口に並ぶこげ茶色の下駄箱の列。そのまま何を説明してくれるわけでもなく、奴はさっさと上履きを脱ぎ、自分の下駄箱からスニーカーを取り出して履き替えた。おい待て、どこに行く気だ。まさか遠いんじゃないだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る