第5話 プロ入り初めての初夏

 六月。シーズンも中盤戦になり、そろそろ好調のチームとそうでないチームがはっきりする。

 我が静岡オーシャンズは今年も順調に最下位を爆走していた。


 要因は幾つかあり、奮発して獲得した三人の新外国人の打者が打率一割台トリオを結成したこと、先発の柱にと期待したエースの車沢投手が故障で今季絶望となったこと、昨季の抑えの切り札のジョンソンが家庭の事情で退団したこと、後を継いだ安宅投手が(相手打線の)着火マンになったこと、中継ぎの頭数が不足していること等、様々な要因がある。


 だが最大の要因は、僕が一軍にいないことだ。

 いつかはそう言われてみたい。

 その未来の主力選手の僕は、相変わらず二軍の控えのバックアップ要員に甘んじていた。

 同期入団の谷口は二軍の不動の四番として、既に12本能はホームランを放っているのに。

 だが山城コーチとの夜間練習は、僕に少しずつ自信をもたらしていた。

 と言うのも、街灯頼りの河川敷は薄暗く、ボールから目を切るとたちまちエラーしてしまう。

 だから嫌でもボールから目を切らさず、最後までバウンドを見切るという癖がついてきた。

 そして次の段階として、取ったら一塁手の場所を見立てた柱に書いた直径二十センチの丸に向かって投げる練習も始めた。

 最近は十球一万円ではなく、エラーしたり送球がそれたら、一万円となった。


「お前、わかっているのか。これでトータル521万円の貸しだからな。」

「わかってますよ。コーチこそ僕を一流選手にしないと、それこそ空手形になりますよ。」

「だからこうしてセンスの欠片も無いお前を鍛えているんだろう。いつかレギュラー取って返せよ。」

 最近は貯金も底をつき、毎日の一万円すら払えなくなったが、山城コーチは毎晩練習に付き合ってくれた。


 例え雨が降って、今日は休みかと僕が思っても、山城コーチは部屋まで迎えに来た。

「おい、三流。今日は雨の日の打球の特訓だ。」

「雨が降ったら中止じゃないんですか。」

「バカ、多少の雨なら試合はあるんだ。お前みたいな奴はたった一度のエラーが命取りになるから、こういう日にこそ練習だ。」

 最近は僕以上に山城コーチの方が熱心だ。

「僕なんか鍛えても時間の無駄じゃなかったんですか?」

 練習の帰りに一度聞いてみたことがある。

 すると山城コーチは仏頂面で言った。

「確かにお前はセンスの欠片も無い。だか、お前は誰よりもバカだ。

 利口な奴は野球を辞めても、別の仕事で食っていけるが、お前ほどバカだと野球を辞めたら、野垂れ死ぬだろ。

 だからボランティアだ。

 お前のためじゃない。世の中のためだ。」

 あまりバカ、バカ、言われると自分が本当にバカなんじゃないかと思えてくる。

 だが山城コーチとの夜間練習のおかげで、たまに二軍の試合に出ても、ほとんどエラーをしなくなった。

 自分でも急激に守備能力が上がっていることを実感していた。


 七月になり、またしてもドラフト3位の竹下選手が二軍に落ちてきた。

 二軍では三割を大きく超える打率を残して、一軍にあがったが、一軍では速球に弱いという弱点を克服できず、35試合の出場で83打数、13安打、打率.157という成績だった。盗塁は11個決めていたが、失敗も7あり、成功率は決して高くはなかった。

 最近は一軍では代走に時々出るくらいであり、ついに二度目の二軍落ちとなった。

 竹下選手は元々、社交的な選手ではないが、二軍に合流しても黙々と練習し、試合に出るだけで他の選手とはほとんど話をしなかった。

 試合で他の選手が打っても、申し訳程度に拍手をするくらいで、そういう点では、竹下選手よりも年齢が高い飯島投手の方がチームに上手く溶け込んでいた。

 飯島投手は二軍でも中継ぎであったが、名前を告げられると飄々とした表情で登板し、自分の出番が終わると積極的に声を出していた。


 七月の下旬にはフレッシュオールスターというのがあり、将来有望な若手選手が出場する。

 リーグは異なるが、高校時代のチームメートの山崎と平井も出場する。

 我が同期入団選手からは、谷口が順当に選ばれたが、僕は全く声がかからなかったので、その試合中も山城コーチとの特訓に集中することができた。

 こうしてシーズンは八月を迎えた。

 

 

 


 

 

 

 

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