ドラフト7位で入団して
青海啓輔
1年目 スタート地点から
第1話 高校時代からドラフト会議まで
今日はとても良い天気だ。
ショートのポジションから僕は、空を見上げた。
雲一つ無い青空広がり、観客席を見ると、内野スタンドはほとんど埋まっている。
別に今日が決勝戦というわけでは無い。
というよりも単なる四回戦だ。
だが、日曜日ということと、今日先発する山崎を目当てで、多くの人が集まったのだろう。
僕が所属する群青大学付属高校は私立であり、県下でも強豪と言われている。
これまでも夏九回、春六回ほど甲子園に行っているが、今年は特に注目されていた。
というのも、今マウンドに立った先発左腕の山崎は県内どころか今年の高校生でもナンバーワンと言われており、プロ野球のドラフトでも一位指名間違い無しと言われている。
そんな山崎見たさに、これだけ集まったのだろう。
プロ野球のスカウトも全球団来ているらしい。
何しろ、我が高校には、山崎だけでなく、希代のスラッガーと噂されている、平井という一塁手もいた。
身長180㎝を超える大柄な体格を持ち、高校三年の春の段階で、高校通算で60本を超えるホームランを打っており、春の選抜甲子園でも2本のホームランを放った。
ドラフト1位では無いかもしれないが、上位指名は充分にあり得る。
そして自分で言うのも何だが、実は僕自身もドラフト候補と言われている。
山崎や平井と違って、ドラフト下位でどこかに引っかかるかどうか、という状況ではあったが。
だが、僕はどうしてもプロ野球に入りたかった。
というのも、僕の家は母子家庭であり、我が家には僕が野球を続けるために、200万円くらいの借金があり、しかも来年は妹が高校入学である。
母親は借金があることを僕らには隠していたが、僕は知っていた。
プロ野球に入れば、いくら下位指名と言えど、これくらいの借金返済と、妹の高校入学に必要な契約金くらいはもらえるだろう。
幸運なことに、プロ野球の、スカウトが山崎と平井目当てに見に来てくれるので、僕のプレーも見てもらえる機会が多い。
僕の売りは、俊足と固い守備(内野ならどこでも守れるし、外野も守れないことはない)と強肩であるが、ホームランも10本打っている等、パンチ力も少しはある。
だが、突出しているものは無いので、そこをスカウトがどう見るかだと思っている。
もし、ドラフトで指名されなければ、社会人か独立リーグを考えている。
マウンドで投球練習をする山崎に視線を移すと、とても調子良さそうだ。
天気も良く、これだけお客さんも入っていれば、只でさえ目立つのが好きな山崎のことだ。気分が乗らないわけはない。
プレイボールがかかった。
今日の相手は、八橋高校という公立高校であり、県内有数の進学校の一つだ。
四回戦に進んだのも、何十年か振りということで、話題になっていた。
エースの何だかというのが、そこそこ良いらしい。
まあ、正直言って、我々の敵では無いだろう。
「一番、ピッチャー五香君。」とアナウンスされた。
件のエースのようだ。名前をで五香というのか。
まあ、覚えておこう。
と、考えていた初球だった。
右打席に入った五香は、山崎の渾身のストレートを捉え、打球は、鋭い角度で上がり、あっという間にレフトスタンドの中段に放り込まれた。
正に電光石火。
打たれた山崎は呆然として、レフトスタンドを見つめていた。
あーあ、これはあとから山崎荒れるな。と思った。
というのも山崎はこの甲子園予選を無失点で乗り切ることを目標にしていた。
我が高校は、第一シードのため、三回戦から登場し、5回コールドで勝ち上がったが、山崎はただの一人のランナーも出さなかった。
だから彼の中で、安打はおろか失点、しかも完璧なホームランを打たれたというのは、恐らく耐え難い屈辱だろう。
マウンドに目をやると、彼は赤い顔して、震えていた。
ヤレヤレ。
僕はファーストの平井と目で会話した。
「熱くなっているな。」
「ほっとくしかないな。」
実際、山崎は二年生の時も伏兵にタイムリーヒットを打たれて、完封を逃したことがあり、その時は後続を全て三球三振で切って取った。
山崎は怒りを力に変えるタイプである。
つまり、とてもプライドが高く、気が強い。
そういう意味でもプロ野球向きかもしれない。
実際にホームランを打たれてから、二番打者から四番打者までの三人を三球三振で切って取った。
山崎はベンチに帰ってきてからも、とても不機嫌だったので、誰も声をかけなかった。
僕からすると、まあラッキーパンチみたいなものだと思うが、無失点で甲子園に行くつもりだった彼にしては、プライドがいたく傷ついたのだろう。
まあ、すぐに取り返してやるよ。
僕は一番打者なので、打席に向かった。
相手の五香投手の球は、かなり速かった。しかも鋭く曲がるスライダーとチェンジアップ、ツーシームまで身につけていた。
こんなピッチャーはなかなかいない。
少なくとも県内では、トップレベルだろう。
こんなピッチャーが、これまで無名だったことが信じがたい。
僕はフルカウントまで粘ってから、スライダーをセンターに弾き返した。
いくら良いピッチャーであっても、こっちは山崎の球をいつもシートバッティングで打っている。
山崎は練習でも、打たせるという気が全くないので、うちの下位打線のバッターや控え選手は、山崎相手では打撃練習にならない。
僕は一塁ベースからベンチのサインを見た。
盗塁のサインが出た。
まあ、そうだろうね。
自分で言うのも何だが、僕の足を並のキャッチャーでは止めることはできない。
僕は二番バッターの初球から走り、楽々と二盗を決めた。
二番セカンドの葛西は僕と一二番コンビを組んでいるが、二遊間も組んでおり、名コンビとして有名だった。
彼はそれほどプロ志向が強くなく、六大学で野球を続けることが目標だった。
巧打者であり、滅多に三振もしない。
しかしながら、五香投手の前にツーボール、ツーストライクからファウルで三球粘った後、落ちるボールに三振した。
フォークも使うのか。
これはいくらうちの打線でも苦戦するかもしれない。
僕は葛西が三振した投球の間に、三盗を決めていた。
次の三番打者は山崎である。
山崎は性格は悪いが、バッティングはかなり良い。
平井ほどでは無いが、長打力もある。
ただ、山崎はお返ししてやろう、という気持ちが強すぎたのだろう。
三球三振に倒れた。
あーあ次の回、更に熱くなるよ。
僕は三塁コーチャーの錦戸とそう話した。
四番は平井だ。
外角の出し入れでの、空振り狙いなのだろう。
一球も内角および真ん中には投げてこなかった。
スリーボール、ワンストライクからの五球目は外角低めにワンバウンドし、フォアーボールになった。
まあ、この場面でまともに勝負はしないだろう。
これまでもこういう場面は良くあった。
そして、そういう場面に良く打ってくれるのが、五番バッターの柳谷だった。
彼は低目に強い。
初球から一塁ランナーの平井が走った。
平井は俊足というほどではないが、遅くは無い。
キャッチャーは投げられず、悠々セーフになった。
まあ、投げたら僕はホームに突っ込むが。
ツーアウトながら、二塁三塁である。
ここはヒットで良い。
ところが柳谷はワンツーからの四球目の外角低めの球に手が出て、三振してしまった。
これは予想以上に苦戦するかもしれない。
僕はベンチに戻りながら、そう思った。
次の回、山崎の怒りの投球は凄まじかった。
一球もボール球を投げず、全てストレート。
だが、並の高校生ではストレートとわかってもバットに当てることさえできない。
相手の五、六、七番バッターはなすすべなく三球三振でチェンジになった。
そして、我々の攻撃は六番バッターからだったが、三振、ピッチャーゴロ、三振と三者凡退に終わった。
まあ、次の回は我々は九番打者から始まるが、俊足の新田からである。
そして僕にも打席が回る。
次の回こそ勝負だ。
3回の表、山崎は八番、九番打者を軽く三振に切って取り、さっきホームランを打たれたピッチャーの五香を迎えた。
山崎は大分冷静さを取り戻したように見えた。
初球は外角低めのボールから入った。
ギリギリのコントロールだ。
仮にバットに当たっても、ファールだろう。
相手打者は見送った。
さっき初球を出会い頭でホームランを打たれているから、山崎も慎重になったのだろう。
二球目は内角へのシュート。
五香は少し避ける仕草をして見送ったが、ボールゾーンからストライクになる、山崎得意の球だ。
ストライクを宣告され、五香は驚いたようだった。
山崎も、少し溜飲が下がったようだ。
次の球は、外角高めのストレート。
打ってきたが、ファールになった。
見送ればボールかもしれない。
この辺のコントロールはさすがだ。
そして、決め球はボールゾーンからストライクゾーンに決まる高速スライダーである。
見事に見送り三振…かと思った瞬間、またしても快音が鳴り響いた。
まさか。
振り向くとボールはセンターバックスクリーンに当たっていた。
これ以上は無いくらいの配球で、これ以上は無いくらいの絶好球である。
それを完璧に捉えられた。
山崎は呆然と、バックスクリーンを見送ったまま、立ち尽くしていた。
まだ、ショックから立ち直れないらしい。
僕らがマウンドに集まっても、まだ放心状態だった。
次のバッターへの初球はデッドボールだった。
そして次のバッターに対しても、ストライクが入らず、ストレートの四球。
たまらず監督が出てきて、いきなりピッチャー交替を告げた。
山崎はフラフラとベンチに帰り、グラブを床に叩きつけた。
野球人としてやってはいけないことだ。
監督が怒鳴っているのが見えた。
山崎に取って、快晴の日曜日で、多くの観客。
プロのスカウトの前で最高のパフォーマンスを見せる晴れ舞台となるはずのこの試合で、山崎はこれ以上無いくらいの屈辱を味わうことになった。
でも僕はこれで良いと思った。
きっと山崎は一生、この屈辱を、忘れないだろう。
そしてそれは彼をより一層、野球人としての高みにいざなってくれるだろう。
ついでに性格も良くなればもっといいが。
試合は二番手、控えといってもやはりプロ注目の相川が立て直した。
ツーアウト一二塁のピンチも相手の四番打者を軽く三振に切って取り、乗り切った。
そして次の回、九番打者の新田がセーフティバントをうまく三塁に転がし出塁すると、僕はツーワンからの四球目をライトにはじき返した。
ノーアウト一三塁となり、二番の葛西の初球に僕は盗塁を決め、ノーアウト二塁三塁となった。
葛西はバットコントロールが上手い。
二打席目となれば、球筋も見えているので、二球目を打ち返した。
ショートゴロではあるが、三塁ランナーの新田は生還し、僕も三塁に進んだ。
三番は山崎の替わりに登板した、相川であるが、彼も初球をライトにフライを打ち上げ、僕は悠々と生還した。
これで同点である。
そして試合は相手の五香投手は良く投げたが、味方のエラーもあって、終わってみたら、7対2で我々が勝利した。
だが優勝候補筆頭の我々に対し、コールド負けにならず、しかも六安打に抑え完投した五香投手は良く投げたと言えるだろう。
もし、バックが我々のようなメンバーだったら、恐らく二点くらいしか取られなかっただろう。
そういう意味では、試合には負けたが、勝負は我々と五分だったと言えるだろう。
実際、我々は三打席目以降は彼との勝負を避けたし。
その後、我々の群青大学付属高校は下馬評どおり県予選を勝ち進み、決勝でも強豪の十條商業を十一対一で下し、甲子園出場を決めた。
この一点もエラーによるものであり、山崎は結局、八橋高校の五香に打たれたホームラン以外は得点を許さなかった。
そして甲子園で、我々は優勝し、国体も制し、やがて秋のプロ野球ドラフト会議を迎えた。
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