第3話
木島は動画を見終わり、インターネットの掲示板を見てみる。こういうところに書き込んでいる連中は暇だから、話題性のあるチームや選手については情報が速い。不確かな情報も多いが、参考程度に見ておいても悪くない。このアレクという選手、正式にはアレクセイ・ヴィクトル・スターノヴィチという名前である。彼は在日ロシア人であった。
旭川東の野球部に所属していたが、これまでの三年間でベンチ入りの経験すらなく、今年の夏が最初で最後の高校野球ということになる。
1回戦、2回戦に先発し、その試合のビデオはなかったのだが、1回戦は1失点で勝利投手になり、2回戦ではノーヒットノーランを達成しているのだ。
この2回戦の相手は甲子園で優勝したこともある、駒大苫小牧だったのだ。この駒大苫小牧は150キロを超えるエースの清水と、強力な打線で春の選抜ベスト4にまで勝ち進んだチームである。県代表どころか、全国優勝すら目指せる名門校である。
そのチームが、旭川東という弱小高校にノーヒットノーラン、さらにホームランを二本打たれて敗戦する。この衝撃は凄まじかった。報道やスカウトも今日は控え選手が中心で、すぐコールドゲームになるだろう、と誰もが思っていた。そのためほとんど報道陣やスカウトはいなかったのである。ゲームは序盤からアレクの奪三振ショー
であった。3回まで九連続三振を奪い、打撃でもホームランを放っている。本間監督は急遽選手をレギュラーに入れ替え、エース清水を緊急登板させる。しかし結果は同じである。アレクの豪速球の前に誰も前に打球を飛ばすことはできない。エース清水はアレクにホームランを打たれ、その後はひたすら敬遠策をとった。結果は1対0で旭川東が勝利した。試合結果とアレクの投げている写真、ホームランを打たれた清水ががっくりとしている写真がアップされると、ネット上で大きな話題になった。
この試合のビデオはほとんどない。あるのはスマートフォンによって撮影された画質の悪いアレクの投球のみである。そのことがさらに想像を掻き立てたのである。
ネット上にはアレクについて多くの投稿がされていた。「旭川東が雇った助っ人外国人」「バケモノ」「ドーピング検査をした方が良い」「大谷以上の逸材」「今まではウォッカの飲み過ぎで試合に出られなかった」「怪我をしていた」「KGBのスパイ」「少なくとも高校生には見えない」等、その多くはどうしようもないくだらない憶測と偏見に満ちていた。
旭川東の野球部のホームページがある。一人一人が顔写真とポジション、趣味などを書いているが、アレクだけ文字のみ「アレク 投手」とだけ書かれている。写真も何の書き込みもない。全体の集合写真にも写っていないのである。
だが高校三年まで試合に出ていなかったのに、あの実力、さらに野球強豪校ではない旭川東の野球部に所属している、という謎だらけの選手はネット上の無責任な人間には格好のおもちゃになっているらしかった。
準決勝で白樺北戦の映像が世界中に拡散していくにつれて、これから木島が向かう決勝戦への期待が高まっていく。
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