故郷
@Syaku-sinki
第1話 夏の北海道にて
一人の男が旭川駅の駅舎から飛び出してきた。
男はタクシー停車場で客待ちをしている一台のタクシーに飛び乗った。
運転手は男の強引な乗車に多少面食らったがすぐに切り替えて仕事モードに入る。
「どちら」そこまでいうと男が
「スタルヒン球場までお願いします」
食い気味に言い返してくる。「はい、了解しました」
運転手はゆっくりと車を動かし始めた。
「球場までどれぐらいですか?」客の男が言う。
「15分くらいですね。今日は道が空いているから、もう少し早く着くかもしれませんが」
「15分か」男はそれきり黙ってしまった。その時初めて喉がカラカラだということに気がついて、カバンに入った水を一気に半分ばかり飲み干した。
男は木島という。プロ野球、東京ジャイルズのスカウトをしている。昨日まで担当している社会人チームの視察のために沖縄にいた。本来であれば今日の朝、本社に戻り報告して帰る予定だった。それがどうして北の果ての北海道にいるのか。木島はため息混じりに思い返した。
昨日は担当の社会人チームの監督に誘われて、沖縄の夜を楽しんだ。比嘉監督は典型的な沖縄の人間である。明日の飛行機で帰ると言ってもなかなかホテルに帰らせてくれなかった。気がつけば何件も店を梯子していたはずである。はずであるというのは途中から記憶がないためである。
そして今朝である。耳元で携帯電話が鳴っている。アラームを止めなければ、そう思って手を伸ばす。今何時だ?眠気の中で薄目を開けて部屋を確認する。自分の部屋ではない。ホテルだ。沖縄のホテルにいる。昨日は比嘉監督に連れられて、フィリピンパブに行ったところまでは覚えている。頭がズキズキする。アラームを止めるつもりでスマートフォンの画面を確認すると、アラームではなく着信であった。
しかも相手は「上司 加藤」と書かれている。「げえっ」と思わず声に出してしまう。寝ていたと言って無視してしまいたかったが、それをやるとうるさいのがこのベテランスカウトの加藤であった。渋々電話に出る。
「はい?なんですか?加藤さん?今何時だと思ってるんですか」そう言いながら時間を確認する。まだ6時にもなっていない。
「馬鹿やろー、俺からの電話にはすぐ出ろって前から言ってるだろ」加藤が叫ぶ。二日酔いの頭に響く。
「無茶言わないでくださいよ、昨日は大変だったんですから」
「比嘉監督に朝まで付き合わされたんだろ?あのおっさんも好きだからな」
「そうなんですよ。加藤さんは元気か?って何回も言ってましたよ」
「だろうな。よく一緒に飲みに行ったもんだよ。ってんなこたどうでもイイんだよ。今日東京に帰ってくんだろ?帰ってきたら、本社に顔出さずにそのまま北海道に来てくれ」
「はあ?北海道?俺、今、沖縄ですよ?」
「何も知らないのか?」
「何の話です?」
電話越しにため息が聞こえる
「全国にスカウトは沢山いるだろうが、今もあいつのことを知らないのはお前ぐらいのもんだ。」
「どういう意味ですか?わからないですよ」
「まあお前が無能なのは選手時代からだ。スカウトになっても変わんねえよ」
「わざわざ朝から嫌味いうために電話してきたんですか?高校野球は担当じゃないんですよ」
「わかってるよ。今動けるのがお前くらいなんだ。もうチケットは取ってあるから、今日の朝イチで北海道に来てくれ」
「今日ですか?無理ですよ。会社に戻って報告もあるし、大体、加藤さん先週からずっと北海道でしょ?ずっと前から目つけてた選手の」
「そうだ」
「じゃあ俺が見に行く必要ないでしょ?いつまでも加藤さんの使いっ走りじゃないんですよ」
そういうと、加藤は少し黙った。そしてゆっくりとした口調で話し始めた。
「俺、昨日から、コロナ陽性になっちまってな。現在隔離中なわけよ。ホテルから一歩も出られねえ。頼む。木島。お前しか頼れるやつ居ねえんだ。絶対後悔させねえから、北海道に来てくれ、そしてお前の自身の目で見てくれ。未来のスターを。」
しばらく黙ってから木島は
「・・・分かりました。行きます。試合は何時からですか?」
「13時30分からだ。急げよ」
そういうと加藤は電話を切った。いきなりで頭の中はモヤがかかったようだったが急がなければならないことだけは理解した。急いで用意して飛行機に乗り、沖縄から成田、成田から北海道にまできたわけである。
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