幼馴染

 ハナと二人で階段を降りると、そこには異様な光景が広がっていた。


「月子ちゃんっ!」


星海ほしみっ!」


 玄関にて、母さんがどこかの女性と抱き合っていたのだ。


「久し振り……会いたかったぁ……」


「うん……あたしもよ。今日は楽しんでいって」


 その女性と母さんが泣きながら、なおも抱き合う。


 その横にはニコニコ顔の神原。


 そして僕と同じく、状況が掴めていない小太郎が、汗をかきながら神原と僕を交互に見ている。


「母さん……何してんの?」


 僕が母さんに声を掛けると、母さんが目に涙を浮かべたまま振り返り、嬉しそうに言った。


「星海おばさん。懐かしいでしょ?」


「…………」


 ……誰だ!? 思い出せん!


 察するに神原のお母さんだと思うのだが……懐かしい? 僕と面識があるのか?


「久し振り。天くん」


「えと……ご無沙汰しております」


 僕は無礼にならない程度に、神原のお母さんと思われる女性に視線を注いだ。神原よりも小柄で、少しウェーブのかかった茶髪に、眼鏡を掛けている。駄目だ。記憶にないぞ。


「……覚えてないのよ。私のことも忘れてるもの」


 神原が呆れたような口調で、星海と呼ばれた女性に告げる。


「やぁ、神原……いらっしゃい」


 ……待て待て待て。それじゃまるで、僕がお前と高校で出会う前から面識があったみたいじゃないか。


「……もしかして、天乃ちゃん?」


 その声は、僕の隣から聞こえた。


「ハナちゃん! 久し振り!」


「わー! 懐かしい! 髪染めてるから一瞬分からなかったー!」


 そう言ってハナが、神原と抱き合う。


 えー……どうなってんの? と僕は小太郎を見る。


 小太郎は『俺に振るな』と言わんばかりに高速で首を左右に振った。


「おぉ、いらっしゃい」


 そんなとき、父さんが現れた。


「ご無沙汰しております」


 そう言って星海さん……だっけ? と神原が父さんに頭を下げる。あと小太郎も。


「はっはっは。まぁ玄関先じゃ何だし、上がって上がって」




◆◆◆◆




「忘れてるみたいだから紹介するわ。母さんの高校時代の親友。星海よ!」


「神原星海です」


「お、お久し振り……なんですよね?」


「ふふふ、覚えてないのも無理ないけどね。前に会ったのは、うんと小さい……幼稚園の頃だったし」


「す、すみません……でも、母さんに親友なんていたんですね」


「どういう意味よ、天ちゃん」


 母さんが目を細める。


「いや、だって自分以外の凡人はモンキーとか言ってたから」


「エテ公だったわよ。でも星海だけはそんな周りを見下しまくりのあたしにも、めげずに話し掛けてきてくれたの!」


「月子ちゃんは過激だったから。高校の始業日の自己紹介でいきなり金髪で現れて『私天才ですけどあなた達を見下すつもりはありません、嫌味に感じることもあるかもしれないけれど、それでも構わない人は友人になってくださいな!』とかいきなりぶちまけて、あっという間に孤立するし」


 星海さんが、にこやかに母さんの過去を暴露し始める。……マジで言ってたのか。母さん。


「あと、何か話し方もキャラ作ってたから。『ですわー!』とか『よくってよ!』とか」


「や、やめて……それは黒歴史……若かったのよ」


 非常に珍しく、母さんが頭を抱える。


「『ですわー!』って、それ……」


 僕と小太郎が同時に神原を見る。


「……何よ」


「星海さん。そのお話、娘さんに?」


 僕は、ジト目を返して来る神原の視線を受け流して問う。


「ええ、月子ちゃんの話ばかりしてたら大ファンになっちゃって。憧れなんですって」


「……なるほど。それで金髪にして、『ですわー』とキャラ付けまで……」


「神原さん。キャラ作りだったんだ……」


「ううう……」


 僕と小太郎の言葉に、神原が顔を真っ赤にして膝に置かれた手を握り締める。


「口調まで真似なくていいのにねー」


 星海さんがコロコロと笑う。母さんは非常に複雑な苦笑いをしていた。本気で黒歴史だと思っているのだろう。


 僕は教室での神原の言葉を思い出す。探偵ごっこを挑んできたときの言葉だ。


 ──私は、その……答え自体を、少し恥ずかしく思っています。


 ……なるほど。話が見えてきたぞ。


「神原、お前がハナを知っているのは、幼稚園のときにハナと友達だったからなんだな?」


「……そうよ」


 僕にジト目を向け、ハナと顔を合わせて微笑み合う、という器用なことをしながら彼女が返事する。


「それで昔の話をしたら、今と全然キャラが違うのがバレるから恥ずかしがっていたんだな?」


「そうよ!」


 神原はさらに顔を赤くする。ニヤニヤする小太郎にニコニコと嬉しそうなハナ。


「小学校に上がる前に引っ越しちゃったからね。高校でまた戻って来れて良かったわ」


 星海さんが補足してくれる。


「しかし、幼稚園でのハナとの繋がり、か……盲点だった」


「いや、何言ってるのテンちゃん」


 ハナが不思議そうな顔で口を挟む。


「ほえ?」


 僕はこの瞬間まで、『星海さんは母さんと繋がりがあり、神原はハナと繋がりがあった。だから僕も幼稚園で見掛けたことがある』くらいの認識でいた。


 言ってみれば、その程度の絡みじゃ忘れてても仕方ないよねー、くらいに思っていたのだ。


「あたしと天乃ちゃんと、テンちゃんの三人でよく遊んだじゃん」


「……はえ?」


 僕はハナの言葉に、本気で間抜けな声を上げてしまった。


「ほらね! こういう男なのよ!」


 神原がかぶりを振って呆れた声を出す。


「こういう息子なのよ……」


「こういう息子なんだ……」


 か、母さんに、父さんまで……!


「ちょっと……待って。えー……と」


「…………」


「あの……黒髪で……その、眼鏡……は、してた……? してないか」


「覚えてないなら、そう言いなさいな!」


 無難なことばかり言おうとしていた僕に、神原がキレる。


「覚えてません!」


「最低!」


「テンちゃんさいてー」


「最低だなテンちゃん。こんな可愛い女の子の幼馴染が二人もいるなんてそれだけで許せん」


「黙れ小太郎。どさくさに紛れるな」


 神原とハナに続こうとする小太郎にだけ、僕は反撃した。


 ちなみに親御の皆さんは、ニコニコと生暖かい目でこちらを見守っている。


「あー……ごめん。言われていく内に思い出すかもしれないから、僕ら三人の思い出をどんどん話してくれない?」


 僕は腕を組んで首を捻りながらそう言った。忘れていたくせに図々しいとは思うが仕方ない。思い出せないものは思い出せない。


「えーとね、幼稚園の運動会のかけっこで、天乃ちゃんが転んで泣いちゃって、あたしがそれを慰めてたら、テンちゃんがやってきて、『ほら、いらないからあげる』って折り紙で作った一等賞の印を天乃ちゃんにあげたの」


 ハナが何だか懐かしむように語り出す。


「……思い出せん」


「えー……じゃあ、男の子に描いてた絵が下手だって言われて泣いちゃった天乃ちゃんに、『ぼくにくらべればみんなへただよ』とか下手な慰め方して、さらに泣かせちゃったの」


 神原の顔がどんどん赤くなっていく。


「……思い出せん。てか、やなガキだな」


「えぇー……じゃあじゃあ、天乃ちゃんをしょっちゅう泣かせる男の子に、『おんなのこはなきがおより、えがおのほうがかわいいんだぜ。そしてなかせるおとこはかっこわるいんだぜ』って言ったことは?」


「駄目だー! 思い出せん! てかマセたガキだな!」


「えええー? じゃあ──」


「私とハナちゃんとあなたが! おままごとをしていて! 花で出来た冠を、どちらに渡すか迷ってて、『どっちをオヨメさんにするの?』って言われたとき、あなたが何て言ったか覚えてるかしら?」


 いい加減痺れを切らした神原が、僕に詰め寄る。


「全然……何て言ったの?」


「~~! あなたはね!『えらべないから、いっぷたさいの国にいって、どっちともケッコンする』って言ったのよ!」


 神原が本日一番の真っ赤な顔でそう捲し立てた。


「あぁ言ってた言ってた!」


 はしゃぐハナ。


 ニヤつくペアレンツ。


「駄目だ! 全っ然思い出せん!」


 僕は天を仰いで叫んだ。


 なるほど、神原が恥ずかしいと思っていると言っていたのは、こっちか。


 そして僕のことを、やたらと女たらしだと思っているような発言をしていたのは、それが原因か。


「こういう息子なのよ」


「こういう息子なんだ! はっはっは」


 母さんは呆れ顔。父さんは大笑い。


「じゃあ、僕と神原は許嫁だったってことか?」


「そんっなの! 子供のときのその場だけの、おままごとの発言であって! ノーカウントに決まってるでしょお!?」


 神原が口角泡を飛ばすとばかりに、真っ赤になって怒鳴り散らす。


「分かってるよ冗談だ」


「そういう冗談をさらっというところが、デリカシーがないってのよ!」


「キャラ作り忘れてるぞ神原」


「そうよ。私は神原……もう、『天乃ちゃん』じゃないんだから。あなただってもう『テンちゃん』じゃないのよ……もう!」


 神原は自分を落ち着かせるように、自分に言い聞かせるように、腕を組んで座り直した。


「なんでだよ天乃ちゃん。寂しいこと言うなよ」


「天乃ちゃんって呼ばないで!」


 せっかく落ち着いたのに、また神原が顔を赤くしてフシャー! と威嚇してくる。すまん。わざとだ。


「うーん……女心は分からん」


 そう呟いた僕の肩に、ぽんと手が置かれる。振り返るとそこには小太郎がいた。


「屋上に行こうぜ……久し振りにキレちまったよ」


「ねーよ屋上なんか。ベランダがいいところだ」


 こいつはこいつでワケの分からんことを言う、と僕は溜め息混じりで返した。


「なあアマツえもん。過去に行って幼稚園児のお前を殴って阻止してくるから、タイムマシンを貸してくれ」


「そんな理由で貸すワケないし、そもそもないし、何よりアマツえもんは語呂が悪い」

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