《 設立編 》
1・1 勘弁してくれ
裕福な子爵家の次男として生まれ、どんな職業に付くことも可能だった。それなのに超絶不人気な神官を選んだ理由のひとつは、ラクをしたかったからだ。
そりゃ多少の制限はある。祭祀前は飲酒や肉食、外出が禁止。だけどそれさえガマンすれば、ラクな仕事をして高給がもらえる。肉体労働もなければ経営破綻の危機もない。
なんて最高な職業なんだ。
だというのに。
「ええと。申し訳ないのですが、ちょっとばかり理解できません」
恐る恐る言うと国王の右隣に立つ俺の上司、フーシュ教の
待て待て。ため息をつきたいのは俺のほうだぞ!
突然玉座の間に呼び出され、国王に告げられたのは、
「お前たちは女神により勇者に選ばれた。役目は人を喰らう魔物の退治だ」
なんだぞ。混乱するなというほうがムリだ!
そもそも勇者って何だ。人を喰らう魔物?
そんなものは伝説の中だけの存在だ。
――そうか。これはきっと作り話だ。俺の交遊がちょっとばかりアレだから、脅して真面目にさせようと長が考えたのだろう。全く。国王まで巻き込むなんて、大袈裟な。
ただ――横目で隣で跪くエルネストを見る。どうしてこいつも一緒に勇者だと宣告されているんだ?
王宮騎士団に所属するこいつは真面目一辺倒で、上からも下からも厚く信頼されている。堅物すぎる、融通がきかない、25歳のくせに童貞と欠点もあるがどれも許容範囲のはずだ。
「お前たち、我が国の建国にまつわる伝説を知っているな」
そう言ったのは国王の左隣に立つ宰相ダルシアク公爵だ。
「勿論でございます」
エルネストが答えると、宰相、国王、長の三人が頷き、
「あれは事実なのだ」
と口を揃えた。
「いやいや、バカな」
思わず呟くと長に睨まれた。
だがあれが事実だなんて、そんなことがあってたまるか。
建国の伝説によるとはるかな昔、地上には魔物があふれ人間は怯え暮らしていたという。見かねた女神が五人の男に聖なる力を授け魔物退治を命じ、彼らは見事にそれを成し遂げた。そうしてこの中のひとりが興したのが我が国であり、その時の女神がフーシュ教の主神アマーレである――。
これが全て嘘だとは思わない。初代国王が仲間と共に脅威と戦い国を造ったのは、事実だろう。だけど脅威は敵対部族や天災といったものに決まっている。歴史学者だって、そう考えている。
この世の中には魔物も聖なる力もないんだから。
ん?
聖なる力?
まさか……。
背中を冷や汗が流れ落ちる。
今朝、まだ日が昇る前の薄暗い時間、ベッドの中でのことだ。前日にうっかり指に負った切り傷が不快で、逆の手でなんとはなしに揉んでいた。そうしたら傷が消えたのだ。
いや、消えるなんてことがあるはずがない。かすり傷だから一晩で治ったんだろう。
無理やりそう思いこんで、深く考えないようにした。今の今まですっかり忘れていたが、まさかあれが聖なる力では。
だらだらと垂れる冷や汗。
やめてくれ。誰か嘘だと言ってくれ。俺はラクして生きたいんだ!
「ジスランが信じられぬというのは分かる。余もだ。初代が残したと言われる文書があるが、後代が伝説の信憑性を高めるために捏造したものだと考えていた」
王の言葉に宰相が頷く。
「だが女神が現れたのだ。この目で見たからには信じる他ない」
今度は長が頷く。
「女神は余と長の元に同時に現れた」
そして『初代と四人は魔王を倒し、それによって全ての魔物も地上から消え去った。だが魔王が復活しようとしている。それにより再び魔界と地上が繋がり、人喰い魔物がやってくる』と告げたのだそうだ。
「女神は再び五人の男に聖なる力を授けると仰った。それがエルネスト・ティボテとジスラン・ドゥーセ、お前たちだ」
「……他の三人は?」
「まだ探している最中だそうだ」と長。
「魔界と繋がるのが一週間後。二人だけでも先に訓練を開始しなければ、間に合わないと仰っていた」
訓練だと?
「師はどなたでしょうか」とエルネスト。
「おらん」と国王。
堅物バカが『え』と呟く。さすがのこいつも驚いたらしい。俺もだ。一体どういうことだ。師も手本なしに聖なる力の使い方を習得しろというのか。
「先程陛下のお言葉にあったように、当時の文書が保管されている」と宰相。「その中に戦闘方法を記したものがあるから参考するように――とのことらしい」
国王と長が頷く。
「騎士団一の腕前を持つエルネストならば師などおらずとも、すぐに力を使いこなせるようになろう」そう言った王は俺を見た。「ジスランは……執り行う祭祀は大変に美しく見事だ。あの所作ならば大丈夫だ……」
おい。俺に関してはふんわりし過ぎじゃないか? しかも語尾が微妙に弱い。絶対に大丈夫なんて思っていないよな?
「私とエルネストが選ばれたのは何故でしょうか」
畏まって尋ねると、お偉い方三人衆の目が揃って泳いだ。なんだこの反応は。
「聞いておらぬ」と国王。
一国の元首とは思えないほど下手な嘘だ。
「騎士であるティボテならともかく、神官である私は戦い方など全く知りませぬ。それであるのに未知の怪物と戦えと仰るのならば、せめて理由を知りたい。そう願うのは分不相応でしょうか」
三人が視線を交わす。俺の隣では堅物騎士が頭を垂れた。
「私は王家に仕える騎士です。どのような理由があろうと、陛下の御為に勇者としての役目を全う致します」
くそっ。ひとりでいい子ぶりやがって。そりゃお前はそうだろうとも。だが俺はラクして生きるが信条なんだ。
「……恐らく」と国王が口を開いた。
重々しい言い様に、ごくりと唾を飲んで次の言葉を待つ。
「顔だ」
……。
「顔?」
そうだとうなずく三人。
「女神は顔の良い男がすこぶる好きらしい」と王が言えば、
「初代陛下もそう書き残している」と宰相も言う。
「良かったな、ジスラン。お前の自慢の顔はご婦人だけでなく女神の心も捕らえたらしい」
そう言った長はひきつった顔をしていた。
「顔!」
それなら俺が選ばれるのは当然だ。
誰もが目を見張る妖艶な美貌。腰まである髪はかなり珍しいホワイトゴールド色。やはり稀な、ルビーのように赤い瞳。あまりに神秘的だから、まるで妖精王のような美男と讃えられているのだ。
だが今回ばかりは。
あまりの理由に、体の力が抜けていく。顔のせいで面倒くさくて危険な勇者に選ばれたっていうのか。俺がイケメンすぎるばかりに。
「本日ここに」
と国王が神妙な面持ちで口を開いた。
「王宮魔王退治課勇者部隊を設立し、エルネスト・ティボテ、ジスラン・ドゥーセの二名を隊員に任命する」
なんてこった。俺のお気楽な生活よ、さらば……。
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