107 中華街奇譚

「そういえば……今日だっけ? 勇太が中華街に行って来るの」

「そう聞いてる、なっ!?」

 夏休み前の、ある休日のこと。

 睦月は姫香を伴い、弥生の自宅兼工房である廃工場へと来ていた。ただし、目的は彼女ではなく、地下にある拓けたスペースの方だが。

「何かっ、見つかればっ、いいんだけど……なっ!?」

 右手に握った訓練用・・・自動拳銃ストライカーでわざと大振りの打撃を放ち、強引に距離を取ろうとする睦月だったが、受けたはずの姫香は意に介さずに接近してくる。今度は身体を伏せ、蹴りの姿勢を取ろうとするものの、その前に上空高く跳ばれ、背後を取られてしまった。

「くそっ!?」

 体勢を立て直している暇はなく、左手に握った方の自動拳銃ストライカー銃身・・で、姫香の得物を防ぐのが精一杯だった。

「はい銃身曲がった~」

「うるせ……」

 適当な箱に腰掛け、得物有りの組手を見物していた弥生は、睦月の落ち度ミスを見て茶化してくる。

(にしても……厄介、だな)

 姫香が手にしている得物武器は、大体四尺1.2m程の、彼女の身長にすら満たない長さの木の棒だった。槍や棍よりも短いものの、その分取り回しが早く、睦月の防御が間に合っていない。

(おまけに、これで本気・・じゃない・・・・んだよなぁ……やってらんね)

 とはいえ、今回の目的は近接戦闘の訓練である。いつもの悪辣さ方法を使っては意味がない。

「でもさ~……今時杖術って、使う人いる?」

「そこらのチンピラだって、鉄パイプ位振り回すだろうが。力任せに振り回すか、巧みに操るかの違いだけだよ」

 棒術も杖術も、基本はを武器として扱う武術だ。

 その長さや材質に違いはあれど、手近な棒を武器として扱えるのは、非常時の戦闘でも手札を一つ増やせるということだ。もっとも、姫香にとっては今の三分の一程度の棒ドラムスティック一本でも十分すぎたが。

「結局のところ、飛んでくる攻撃を捌く為の訓練だよ。棒の長短を問わず、素早い攻撃に対して返せないと、話にならないだろうが」

 普段から相手に合わせないとはいえ、それで手持ちの手段を蔑ろにしていい理由にはならない。むしろ、使える手は保持して力量を高めておき、その上で増やしていかなければ、できる方法が限られてしまう。

 だからこそ、睦月自身、訓練を欠かすわけにはいかなかった。

「にしても……どんだけ仕込まれてんだよ、お前」

 本当に、真正面から戦うやる分には、睦月より姫香の方が上手だった。

「今度部品の土台マウントレール改造して、銃身保護具プロテクターでも作ろうか?」

「……甘えそうだから止めとく」

 銃身で攻撃を受ける癖をつけてしまえば、累積したダメージで銃身が歪んでしまい、最後に射撃を外す恐れがある。下手をすれば、曲がってしまった部分を起点にして、暴発も有り得た。相手からの攻撃を銃床で受けるようにしているのも、戦闘中での犠牲を、替えが利く弾倉マガジンに留める為だ。

 弾倉マガジンが原因の装弾不良ジャムであれば、再装填リロードですぐに戦闘再開できる。けれども、銃身の歪みに対しては部品パーツを交換するしかない。だから睦月は、得物が拳銃の時は必ず、銃床で受けるように心掛けていた。

「むしろ、防げる手段を増やす為にも必要にならない? 現に……」


 ――ドゴッ!


「……また銃身で防いじゃってるし」

「おまっ!? 自分でも、楽しんでる・・・・・くせに……」

 容赦なく、股座に刺突を叩き込もうとした姫香の杖を銃身で払い落とした睦月は……嫌な冷や汗をかきながら、その場に腰を降ろしてしまう。

「【浮気】、【野郎】」

 偶に、嫉妬が原因でストレスを溜め込んでしまう姫香のガス抜きも、ある意味元凶である睦月の役目だ。

 今回の訓練は睦月の技量向上もあるが、姫香のストレス発散八つ当たりも目的に含まれていた。けれども、どうやら先日の由希奈とのデートの一件で、かなりご立腹らしい。

 杖を脇に挟み、親指を上にした両手で四角形を作りながら左に動かし、そのまま右手親指を立てて胸の前に置いた姫香を見て、睦月は弥生に問い掛けた。

「弥生……」

「何~?」

 これは甘えではなく、手段を増やす為だと自分を説得させながら、睦月は口を開いた。

「……その部品パーツの予算、いくら位掛かりそうだ?」

「股間の治療費よりは、安くつくんじゃない?」

 手を増やす、そう気持ちを切り替えながら……睦月は腰を落としたまま、姫香の執拗な追撃を防ぎ続けるのだった。




 同じ頃、東の中華街近くにある公園にて、勇太はスマホのニュースをワイヤレスイヤホン越しに聞いていた。

『速報です。先程、暁連邦共和国領土内より、弾道ミサイルらしきものが発射されたことを確認しました。飛翔体は一つで、日本の排他的E経済E水域Zに落下したと推定され――』

「待たせたな……って、何やってんだ?」

「……いや、ニュースを見てただけだ」

 耳からイヤホンを外した勇太はベンチから立ち上がり、歩み寄ってくる郁哉の方へと向く。隣に控えていた理沙にも手を振ってから、その『喧嘩屋』は『掃除屋』の前で足を止めてきた。

「またどっかの国が、日本の近くにミサイル擬きを墜落させたんだと」

「懲りないねぇ、あの国も……」

「お前が懲りもせず、睦月に喧嘩売るようなもんだろ」

『走り屋』時代にも似たような場面を何度も見せられていたので、正直食傷気味の勇太。それだけ、郁哉が睦月に喧嘩を売る恒例行事が続いているということだ。

 もっとも……彼が片思いしている期間よりは短いはずだが。

「さすがに、喧嘩を売る状況は考えてるよ。でないと……生命いのちがいくつあっても、足りやしない」

「……そりゃそうだ」

 微かに視線を下げる理沙に気付かない振りをし、勇太は中華街の方を指差した。

「じゃあ、行くか……結局有里は、来れないんだって?」

「元々、あいつも別の用事のついでだったしな」

 その言葉通り、『医者有里』と『喧嘩屋郁哉』がここにいるのは、偶々首都の方に用事があったからに過ぎない。それを知った『掃除屋勇太』が声を掛け、保険として誘っておいたのだ。

「……で、その『詐欺師月偉』の隠れ家は、中華街のどこにあるんだよ?」

「表通りから数本外れた、古いマンションの一室だ。ホァン俊煕ジュンシー、って偽名で、部屋を借りているらしい」

 目的の建物へと向かう途中、店や屋台から香ばしい匂いが漂ってきている。本来であれば、観光で食べ歩きでもしたかったところだが、現状では許されない……

「中国人の偽名って、徹底してるなあいつも……この北京ダック、美味いな」

 ……はずだった。

「何食ってんだ、お前は……」

「腹ごしらえだよ。腹が減ったら何とやらだって」

「たく……分かったよ。理沙も食うか?」

 振り返って義妹の姿を探すものの、勇太の視界には映っていなかった。

「…………理沙?」

「あっちに居るぞ」

 郁哉が指差す方を見ると、理沙は何故が、中国語で言い争っていた。

お願いですWo qiu qiu ni買って下さいQing goumai

だからって、値段が高過ぎだ!zhe jiushi jiage tai gao de yuanyin!」

 どうやら相手の中年女性おばさんが手作りらしき装飾品アクセサリーを売りつけようとしているのを、どうにか断ろうとしているらしい。

「面倒なのに捕まってるな……」

「一々相手するからだよ……いくら後ろに子供が居るからって」

 子供の食事代の為、日銭を稼ごうと必死になる母親。どれだけ吹っ掛けられているのかは知らないが、少なくとも簡単に出せる金額ではないのは、間違いないだろう。

「にしても……ちょっと真面目・・・過ぎないか?」

「睦月に出し・・抜かれた・・・・後にも一応、言っといたんだけどな……多分あの性格は、簡単に直らないよ」

 後ろから理沙の財布を抜き取ろうとする他の子供達を追い払いつつ、勇太は義妹の手を引き、郁哉と共に目的地へと急いだ。

「……ところで北京ダックって、薄皮を巻いた料理じゃなかったか?」

「肉を付けて切る場合もあるらしいぞ? というかあっちの方で、クレープっぽくして売ってた」

「マジかよ? 今度、肉付きそっちで出している中華料理屋、探そうかな……」

 少なくとも、皮だけよりは好みだと思いながら、勇太は二人を連れて急いだ。

 ……未だに追い駆けて来る、見えるだけで指の数程の子供達を引き連れた中年女性おばさんから逃げる為に。

「どんだけお盛んだよ!? あのおばさんっ」

「いや、多分元商売女ポン引きだ! もしくはそこらの孤児共の元締めじゃないか!?」

 さすがに洒落にならなくなってきた為か、仕方なく三人は目的地の・・・・マンションの前を一度、通り過ぎるのだった。




 その日、彩未は由希奈に『相談がある』と呼び出され、駅前の適当な喫茶店に居た。

「ごめんね、試験近いからあまり時間取れなくて」

「いえ、こちらこそ来ていただいて、ありがとうございます」

 向かいの席に座る由希奈の前に腰掛けた彩未は、アイスティーの注文を入れてから、呼び出された用件について聞いた。

「で、相談って何?」

「実は……夏休みに、免許を取ろうと思いまして」

(やっぱりその話か……)

 睦月とのデートの後、放心状態になっていた由希奈は姉の菜水に連れ戻され、彩未も含めた三人で帰宅したのだ。ちなみに姫香は、睦月と共に帰宅していた。

 また、後程姫香から送られてきた挑発的なメッセージに、由希奈が車内に不機嫌を振り撒いたのは余談であるが。

「最初は合宿も考えたんですけれど……お姉ちゃんが通いでしか、認めてくれなくて」

「免許取るなら、どっちでもいいと思うけどね~」

 おそらくは、あまり社会経験のない状態で長期間、目を離すことはしたくない為の判断だろう。特に、社会人であるはずの自身が詐欺に遭いかけたのであれば、初心うぶな妹を心配する気持ちは分かる。

「……で、私に何の相談があるの? おすすめの自動車教習所が知りたいとか?」

「それもありますけど……」

(それもあるんだ……)

 とはいえ、彩未も免許を取得しているわけではない。『詐欺師月偉』の件で『殺し屋ブギーマン』として活動していた時間が長く、今も大学の勉強に追い付こうと足掻く日々だ。現に今日も大学通いの格好で、電車で着いてすぐにこの店に入った程だ。

「せっかくなので、彩未さんもまだなら……一緒に免許、取りませんか?」

「それはいいけど……運転の教習って大体、個別指導だって知ってる?」

 若干顔が引き攣っている由希奈だったが、すぐに顔を戻してきた。教習が個別指導であることは知っていたものの、改めて言われて不安になったのだろうと、彩未は心中で納得する。

「まあ、夏季休暇夏休みで良いなら付き合うよ……」

 言い終えた後でアイスティーを飲みながらふと、ある疑問が過ぎった。

(……あれ、別に電話で良くない?)

 自分が対人依存症構ってちゃんな為か、人に会う分にはむしろ歓迎ウェルカムだった分、気付くのが遅れてしまった。

(免許を取るって話なら、電話で先に話しても良かったよね? その後詳しいことを話す為にお茶するなら分かるけど……)

 つまり……他にも話がある、しかも電話で話せることじゃない。そう考えた彩未は続きを待ち……


「私に…………裏社会の住人犯罪者になる方法を教えて下さい」


 ……盛大に噴き出した。




「まさかあのおばさんが、截拳道ジークンドーの達人だとは思わなかったな……」

「下手な映画よりも面白かったけどな……ところで、理沙あいつは良いのか?」

「『やばけりゃ銃を使え』、って言っといた。死にはしないだろう……よし、見つけた」

 玄関傍の壁にもたれかかる郁哉が見ている中、勇太は月偉の隠れ家内を物色し、例のリストを探し出していた。

「これは……もしかしてコピーか?」

「データのプリントアウトじゃなくて?」

「微かだが、印刷機プリンターのローラー痕がある。データ化されているかまでは分からないが……元々、原本か何かがあったんだろうな」

 実際、部屋に押し入った際にも、勇太達が入る前に荒らされた形跡はなかった。

 例の『立案者プランナー』が、ここに来ていないことは分かったが……そうすると、ますます入手元が分からなくなる。

「原本だろうが複製コピーだろうが……リストこれ、あちこちに出回ってる可能性があるな?」

「……よし、帰ろう」

 肩越しに散弾ショットシェル用の回転式拳銃リボルバーの銃口を突き付け、郁哉の動きを止めた。

「いや、月偉がコピー云々言わなかったってことは、見つけた時には他に・・無かった・・・・んだろ? もしかして……全部探し出して、処分する気か?」

「気になるのは『立案者プランナー』の入手経路だけだ。他はとりあえず、保留にすればいいだろうが」

 郁哉が逃げ出さないと見てから、勇太は回転式拳銃リボルバーを仕舞った。

面倒臭めんどいことばっかりだな……」

「逆に考えろ。上手くすれば、強敵と出会えるかもよ?」

「……間に・・合ってる・・・・よ」

 調査を終え、二人は月偉の隠れ家を後にした。




「直接戦闘なら……今夜の裏格闘技大会試合で十分だっての」

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