105 由希奈とのデート(その2)
――ガパッ!
「……チッ、やっぱり仕掛けてある」
「気付いたの、私だけどね……」
睦月の下で働いていることもあってか、簡易的ではあるものの、姫香にも整備技術が備わっていた。
その技術を用いることで、路上駐車させた
「大方、制御系にも取り付けてあるんでしょうけど……敵に取られた前提で
「そんな睦月君が大好きなのは、姫香ちゃんでしょ~……」
一応、姫香に言われた通りにタブレットPCで睦月の行方を追いつつも、彩未は彼女の発言に対して、気の抜けたツッコミを入れ続けていた。
しかし、彩未の
「乗り物がいるわね……最低でも車が」
「まあ
いくら
「私も屋根付きには賛成。これからどうするかはともかく……そろそろ
けれども、姫香は彩未の仕草を無視して、次の行動について思案している。
(予備の車を用意しようにも、
緊急用に、睦月は予備の車付きの
けれども、姫香達の居る場所からは、一番近くても徒歩三十分圏内。
それに、今度は
(こんなことなら、自分用に一台買っとけば良かった。とりあえず、今日のところは……ん?)
彩未が(一人だけ)ペットボトルの飲み物を飲んでいるのを背に、意識を脳裏から視界へと移した姫香の前には一台の、女性に人気の高そうな軽自動車が停車した。
睦月達が住む市の隣にあるショッピングモール内の映画館でも、以前話していた映画は公開されていた。
「わざわざ県、越えなくて済んだのは良かったけど……」
公共交通機関を使う前提であれば、県を越えた方がかえって移動しやすいショッピングモールや映画館はいくらでもある。だから、睦月達のように車で来た者がほとんどなのだろう。
そこそこ広いはずのショッピングモールは休日にも関わらず、人口密度がそこまで高くはなかった。ただ、理由がそれだけではないことは、モール内を一望しただけで容易に想像できたが。
「……リニューアルするんだな、ここ」
「だからか……お店も結構、閉まってますね」
「映画の後は、別の所に行くのも手か……」
生きていく上で、人間はお金を稼がなければならない。
働こうとも金融商品で収益を得ようとも、その元手となる資金がなければ何もできないのが現代社会だ。最古の物々交換をより円滑にする為に用いられている貨幣を集めなければ、野垂れ死んでしまう未来しかやっては来ない。
だから、たとえ店舗がいくつも閉店していたとしても、モール自体の営業は続けなければならないのだろう。あまり手を入れる必要のない場所や、あえて工期をずらして閉めない店舗を用意しつつ、集客を続けようとする営業努力が垣間見えてくる。
「それにしても……上映期間ギリギリに間に合って良かったよ」
睦月の言葉通り、由希奈と観ようとしていた映画『ヴィランに教えを乞うな!』は、あと数日で上映終了となる。それもあってか、観客はそこまで多くなかった。
「スマホ光害の心配もなさそうだし……ある意味ベストタイミングだな」
そう発言する睦月に念の為か、由希奈がこう問い掛けてくる。
「もし……スマホ光害に遭ったら、どうしますか?」
「それはもちろん……」
各々障害者手帳を取り出しながら、障害者割引きで映画を観ようと、受付へと向かう二人。
「……スタッフに『盗撮だ!』って
「そうしましょう!」
その日、幸か不幸か……盗撮疑惑で突き出された者は一人も居なかった。
同時刻。
「とりあえず、やり過ぎそうなら私の方で回収するから……
「チッ!」
「舌打ちは駄目だって、姫香ちゃん……」
後部座席で舌打ちする姫香を宥めながら、並んで腰掛ける彩未は運転席に居る菜水へと、声を掛けた。
「それにしても……ありがとうございます、菜水さん。乗せて貰って」
「まあ、私も気になってたしね……」
何か思うところでもあるのだろうか、菜水は含みのある物言いで、睦月達の居るショッピングモールへと向かっていた。由希奈から元々行き先を聞いていた為か、ハンドルを握る手に迷いが見られなかった。
「人間、初めてだと加減が分からないから……ましてや、由希奈には
自分で考え込んでしまうことの多い
大方、少し行き過ぎてしまった挙動を見てしまい、心配になったのだろう。妹の身を案じて、ここまで追い駆けてきたらしい。
そして運転中だった菜水は、その途中で偶然にも、彩未達を見つけたので声を掛け、そのまま乗せてくれた。それが現状である。
「それにしても……姫香ちゃん、話せたんだ?」
「……相手にも依るわよ」
少なくとも、ここに
とはいえ……見た限り、機嫌は最悪だったが。
「でも姫香ちゃん……もう由希奈ちゃんに手を出す気、ないんでしょう?」
「……
その証拠に、姫香が凶器の類を所持していないことは、彩未はすでに知っていた。無論、彼女にとっては百円ショップの商品でも十分、銃を持つ相手だろうが制圧できることも承知の上で、だが。
以前、由希奈には『単に女癖が悪い
(嫉妬の醜さが……本当に分かっているのかしらね)
彩未が運転中の菜水と話しているのを聞き流しながら、姫香はガラス窓越しに、外の景色を眺めていた。
ある宗教では七つの大罪……いや、罪源と呼ばれるものがある。
人間には、罪に至る根源となる感情が存在する。その中でも、嫉妬は二番目に重い
ある意味、当然かもしれない。
一番目の傲慢が
他の罪が何であろうとも、『自分』と『他人』は、集団社会で生きていく中で、一番意識しなければならない要素だ。
『えっと、その……何となく姫香も、嫌いになれなくて』
むしろ……
(
引導を渡すこともまた、一種の優しさ足り得る。
今の姫香に自覚はないものの、無意識に
(……ま、どうでもいっか)
けれども、姫香は意識を由希奈から、自身のスマホへと移してしまう。
……今はまだ、その程度の認識だった。
映画を観た後、由希奈は睦月に連れられて、未だに営業しているチェーンの喫茶店へと入った。ショッピングモールを出て別の店に向かっても良かったのだが、通りすがりに偶々空いていたのを見かけて、そのまま入店して席に着いたのだ。
「意外と良かったですよね、あの映画」
「続編作る気ないのが、特にな……」
漫画やアニメの実写化でよくあることだが、人気作品である程高を括って、続編前提で
実際に続編が出るのであれば、何の問題もないのだろうが……原作の人気に胡坐を掻き過ぎてしまうと、それ自体が駄作の要素足り得ることもある。
今回元となった作品は、実は物語としては、すでに完結していた。けれども、あまりに人気が有り過ぎた為に編集部が作家に無理を言い、今でも連載が続いているらしい。今日観た映画は、その『完結した物語』
「そういえば……由希奈もあの漫画、知ってたんだな?」
「少し前に、
その惹かれた理由について、由希奈はあえて隠さずに、話を続けた。
「あの主人公に教えている
「俺に?」
その言葉の割には、睦月はあまり首を傾げてこない。多少の自覚があるのだろうかと、由希奈はカフェオレに口を付けながら、さらに言葉を繋げていく。
「あの
まるで、
「力の有無じゃなくて、心の拠り所で生き方を決めたところとかが似てるな、って思って……」
「まあ、近いと言えば近い……のか?」
力に溺れて、悲惨な末路を辿る。
それも虚実を問わず、よくある話だが……由希奈から見れば、睦月も映画の
「これは、個人的な考えなんですけれど……心の器、って言うんでしょうか? その器に入りきれないだけの力を急に注がれると溢れて、かえって零しちゃうじゃないですか。でも、睦月さん達はそういうのがないな、と思って……」
今日見た映画やその原作の中でも、
「えっと……今の説明で、分かりますでしょうか?」
「……大体」
分かりやすく言えば、宝くじで高額当選した者が破滅するのと、同様の話だ。
いきなり大金を渡されても、使い道が分からずに変な贅沢をして、かえって身を滅ぼしてしまう例は、腐る程あった。現に、高額当選者に対して、注意喚起を図る冊子が宝くじの運営元から配布されている。それもまた、当選後の悲劇を回避させる目的があってのことだ。
それと同じく、過ぎた力は身を滅ぼしてしまう。
突然銃を持たされて、『憎い奴を殺していい』と言われたとしても……素直に実行できる者が、この世に何人いるだろうか?
「実際、俺の
由希奈には伏せた言い方しかできないが、睦月自身、何度もその光景を目撃した。ついでに言えば、
「こいつはたとえ話なんだが……俺達が初めて
「えっと、目の前に
睦月は黙って、首肯した。
説明自体は簡潔かつ
(さて、どう答えるかな……)
その時の出来事はある意味、その指導者が用意した
従うか、従わないか、もしくは……
「私だったら……『
……
「そのまま、一発も撃たないのか?」
「撃つかどうかは、その時次第だと思います」
思っていたよりも
「実際、ただの的みたいな物があれば、それで練習しようと思うかもしれません。ただ……少なくとも、
しかし、そんな様子の睦月に気付く余裕もないのか……由希奈はただ正直に、自らの気持ちを吐露してきた。
「人殺し自体に抵抗がある、というのもありますけど……私は、
その言葉に、睦月の口元は無自覚にも、口角が上がっていた。
「…………正解だ」
従えば従順な、従わなければ使い捨ての駒にされていた。そして……
「人に言われて行動する奴は、別の人間に何かを吹き込まれて裏切ろうとする可能性が高い。誰か何かに利用され続けたとしても、『その結果、平穏に人生を過ごせる』と思えるのならまだいい。だが……『自分の足で歩く』のなら、自分で考えて行動しなければならない。これは指導者が、『相手が物事に流されやすい人間かどうか、見極める為の
残りのコーヒーを飲み干し、睦月は話を締めた。
「だから……由希奈も十分、『心の器がでかい』よ」
最後の一言が、睦月なりの褒め言葉だと理解するにつれ……由希奈の顔は徐々に赤みを帯び、俯くことになるのだった。
少し離れた場所に、河川敷がある。せっかくだからと、二人は少し、散歩をすることにした。
車を一旦そのままにして、ショッピングモールを出たところでふと、由希奈は睦月に声を掛けた。
「ところで、さっきの話ですけれど……」
「さっきのって……あの、たとえ話のことか?」
その確認に頷いてから、由希奈は睦月に聞いてくる。
「睦月さんはその時、どうしたんですか?」
「迷わず撃ったよ」
即答し、由希奈に誤解されないよう
「用意された
いくら
(そもそも……
子供に何やらせてるんだよ、と内心当時の大人達に文句を言いつつ、睦月は由希奈と並んで、河川敷の方へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます