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 五月四日、月曜日――――


 ゴールデンウィークまっただ中、僕たちは動画撮影のために学校へと集合していた。一つだけ良かったことと言えば、昨日とは異なり、雲一つない青空から強い日差しが降り注がれていること、くらいか。


 実は午前中に、動画の構成に関する会議を行なう予定だった。しかし、きちんと考えてきたのは出水でみずただ一人であった。金子かねこはともかく、撮影に意欲的であった高城たかしろでさえもノープランとは、さすがに僕も呆れ返ってしまった。


 まあ、僕だって何一つとして良い案が浮かばなかったから、誰か一人でもまともな脚本を練ってくれていただけ良しとしよう。あとは撮影の準備と、西野にしのに脚本を査読してもらって許可を得るだけだ。


「よっし! 機材の運び出しは終わり、っと。そういや、会長は?」


 ガチャン、と少し荒々しく段ボール箱を地面に置いた金子は、額から落ちる汗を拭いながら僕に問いかけた。


「もっと丁寧に置けよ。えっと……」


 金子に苦言を呈しつつも、僕はスマートフォンを取り出し、画面を確認した。しかし、チャットアプリからの通知は無い。西野から連絡は、今のところ来ていないようだ。


 部室のある三階から重い機材を運び、悲鳴を上げていた腰を労わるように軽く伸びをする金子へと返す。


既読きどくにはなってるけど、返事はないな。電車が遅延でもしてるんじゃないか?」

「そっか。しっかしよぉ、改めて考えてみると……この学校に愛着のない俺たちがPR動画を作るっての、やっぱおかしいよな。蕎麦そばアレルギーの人が、蕎麦そばの食レポをするようなもんじゃねぇか」


 撮影機材を組み立てながら、梅雨を前にし強く輝く太陽を憎々しく睨みつけ、金子はボソリと呟く。


「今さら反論されてもな。だったら、その思いの丈を西野にぶつけてみろよ。きっと良い返事をくれるだろうさ」

「あ、いや、それだけは勘弁してくれ。でもさ、いくら俺たちの活動が気に食わないからって、さすがに横暴すぎると思うんだよ。特に最近さ、なんか他に理由があるんじゃねぇか、って思うくらいしつこいし。なぁ、どう思う?」

「ど、どうだろうな……」


 金子の言う通り、学校に迷惑をかけた訳でもない非公式の学外活動について、教師からではなく生徒会長から指導されるというのは疑問だろう。それも当然だ、この件についてはが含まれているのだから。


 しかし、そんなことを今さら公にするつもりは無いし、またあの時の記憶をフラッシュバックさせられるのは嫌だ。この考えは、きっと西野も同じだろう。


「そ、そんなことはどうでもいいよ。ご機嫌さえ取っておけば問題なく部室も使える訳だし、大人しくしておこうぜ。……それはそうと、金子。三脚はもう少し校舎側に寄せてくれ。その位置だと、うまく校舎全体が映り切らない」

「はぁ? まだ撮影してないのに、何でそんなこと分かるんだよ。って、お前……もしかして、カメラの映像と撮影した場所まで記憶できんのか?」

「出来るに決まってるだろ。お前、僕をちょっと舐めてるだろ」

「ほぉー……」


 金子は感心したように僕を見つめる。この顔を見るのは久しぶりだ。それというのも、多くの生徒たちは僕の能力を知ると、気味の悪いものを見たような顔つきになる。しかし金子は、こうして僕の能力に対し素直に感動してくれた、数少ない人間なのである。


 だからこそ、僕は金子を信用している。得体の知れないものを拒否しようとせず、純粋に向き合える者は数少ない。貴重な存在を、僕は大事に思っているのだ。


 なお、今回の件については少しカラクリがある。僕は学内全ての風景を記憶している訳ではなく、単に最高の撮影スポットについて予習済みだっただけなのだ。


 どういうことかというと、学校のPR動画を撮影する訳なのだから、当然見せたい部分というのは限られてくる。それらを撮影するのによりよい場所はどこか、日曜日に学校へ来た際、ひっそりとリサーチしていたのだ。


 結果、こうして金子をあっと言わせることに成功したのである。これは僕の能力のお陰でもあり、努力の賜物ともいえよう。


 だが、得意満面の表情を浮かべる僕に対し、金子は目を輝かせながら、撮影機材一式を押し付けてきた。


「そんなら、カメラのセッティングは全部任せるわ! いやー、これは助かるわ!」

「は? いや、お前なにを……」

「さっすが水島だな、やっぱお前を誘って良かったよ! んじゃ、俺は出水を手伝ってくるから、後は任せた!」

「……」


 そう言って、金子は笑顔で部室棟へと戻っていった。表情から察するに、その言葉は本音であったのだろう。だからこそ、嬉しさと同時に全ての仕事を投げられた怒りが混じり合い、大きな後悔だけが残った。ああ、口は災いの元、とはよく言ったものだ。


 一つ小さく溜息を吐き、諦めてカメラのセッティングを始めるため、撮影機材へと手を伸ばす。


 すると――――


「遅れてごめんなさい。撮影は午後からって聞いていたものだから、ちょっと油断しちゃったわ」


 聞き馴染みのある声が背後から耳へと届く。慌てて振り返ると、一人の女子生徒が校門から部室棟前で機材を組み立てる僕へ、歩み寄りながら笑顔を向けていた。幼馴染であり生徒会長の、西野 心深ここみだ。


 これから撮影だというのに化粧っけはなく、学校まで走ってきたようで少し髪も乱れている。飾らない姿勢は評価するが、学校のPR動画に映るのだから、少しは張り切ってもらいたいものだ。


 まあ、これが西光せいこう学園高校の生徒会長、西野 心深の真の姿である。むしろ変に気取られない方が、こちらとしても脚本通りに進めやすいか。


「思ったより早かったな。返信が無いから、てっきりどこかに出かけてるのかと思ったよ」

「馬鹿を言わないで。電車が事故か何かの影響で遅れていたのよ。それはそうと、他のみんなは?」


 そう言うと、西野は軽く髪と息を整えつつ周囲を見渡す。休日であるが故に、学校のメインストリートであるこの場所にすら、僕たち以外に人の気配はない。


 この学校は少し変わった造りをしていて、校門から校舎入り口までの間の道を挟むようにして、講堂と部室棟が建てられている。校門から見ると右手に講堂、左手に部室棟があるのだ。


 この講堂は大戦期前から建てられていたらしく、西光学園のシンボルとして大切に管理されているそうだ。ちなみに僕たち生徒ですらも、入学式などの行事以外で講堂に入ることは滅多にない。


 その講堂を中心に、南には部室棟、東から西にかけてコの字型に校舎が建てられており、それらを結んでいるのがこの道、という感じだ。奇妙な形状で不便さはあるが、ここは都会の一等地でもあるし、限られた敷地を無駄にしないよう配慮した結果、こうなったのだろう。


 そういう訳で、この大動脈ともいえる校門と校舎を結ぶ道に誰もいない、という状況は異常なのである。無論、休暇中なので生徒がいないのは当然だが、教師や守衛の姿も見えないということはあまりなかった。


 そんなことはさておき。西野の質問は、他のメンバーの所在、だったか。


「えっと……出水は脚本の最終チェック中で、金子はその手伝いに行ったらしい。だから二人とも部室にいるはずだよ。高城はいつもの通り、別室でイメージトレーニング中」

「イメージトレーニング?」

「うん、高城のルーチンワークなんだってさ。よく分かんないけど、イメージトレーニングが成功すると、撮影が思った通りにいくんだって」

「へぇ……? イメージトレーニングって失敗しないと思うのだけど、そういう人もいるのね」

「まあ、うん、そうらしいよ。知らないけど」


 そこは僕に聞かないで欲しい。その件については、いつもの電波発言みたいなもの、だと僕たちは受け止めている。深く踏み込むつもりは、今後も含めて毛頭ない。


 謎のルーチンワークではあるが、高城がイメージトレーニングに成功した、と言って来た場合、撮影が非常に円滑に進むのは確かであった。そのため僕らにとっても、高城のイメージトレーニングは験担げんかつぎのような存在となっている。


「おっと、噂をすれば」


 そんな中、背後にある部室棟の玄関から、一人の派手な女子生徒がこちらへと顔を覗かせた。大きな髪飾り、流行りのメイク、過剰なほどに短く折りたたまれたスカート……やはり、高城だ。


 僕たちの存在に気付き、彼女は大物女優の如き愛想笑いを浮かべながら向かってきた。そんな出で立ちの彼女を見た西野は、ポカンと口を開ける。


「た、高城さん?」

「あ、会長カイチョーさん。今日はよろしくお願い……って、うっそ! 地味すぎますって! 撮影なんですから、化粧くらいバッチリ決めてくださいよ!」


 唖然とする西野とは対照的に、その姿を見た高城は憤り始めた。ここまで対極的な二人だと、学校ではなく二人のPR動画になってしまいそうなほどに絵面が濃い。下手をすれば、学校の悪評に繋がりかねないだろう。


 表情を固めたまま微動だにしない西野へ、高城は自身の撮影に対する熱い想いを次々とぶつけている。「自分が一番キラキラした状態で映るべき」だの、「この業界は戦場なの」だのと、よくもまあそこまでの台詞を台本もなしに、あの西野にぶつけるものだ。少し感心してしまった。


 そんな状況で口を挟むのは火に油を注ぐようなものだから、気は進まないが仕方があるまい。ここは高城に折れてもらう以外、撮影を円滑に進める手段はない。


「高城、悪いけど少し抑えめにしてもらっていいか。目立ちたいのは分かる。分かるんだけど、今回の趣旨は学校のPRだ。だから――――」


 撮影の度に同じ話を繰り返しているため、こんなことで彼女が折れるとは思えない。だが、早く折れてもらわねば、動画の完成は夢のまた夢となる。それ以上に、西野を待たせて機嫌を損ねてしまうのは危険だ。


 長期戦を覚悟の上で、僕は発言したつもりであった。だが予想外のことに、高城は少し頬を膨らませると、小さくうつむきながら溜息を吐いた。


「はぁ、分かってますよぉ。少なくとも今日は大人しくしておきますから、心配しないでください」

「えっ?」


 高城があまりにも素直に応じたため、僕は思わず聞き返す。それに対し、やや不満げに眉をひそめながら彼女は僕へと詰め寄ってきた。


「なんですかぁ? 私はただ、先輩の指示に従ってるだけなんですけどぉ」

「い、いや……なんでもないよ、ごめん」


 強い威圧感を受け、咄嗟とっさに謝ってしまった。悪いのは高城だというのに、まったく僕は心が弱い。


 その一方で、謝罪されたことで少し落ち着いたのか、高城は髪飾りを弄りながらいつもの明るい調子で喋り始める。


「ま、イメトレもうまくいかなかったですしぃ? 今日は撮影自体を止めた方が良いかも、ですね。こういう時って、たいてい悪いことが起こるんですよねー」

「またそういうことを……連休中に仕上げないといけないんだから、仕方ないだろ。なんだし」


 不吉なことを軽くのたまう高城に不快感を表し、少し棘のある言い方で彼女をいさめる。しかし、その発言を不愉快に思うであろう人が隣にいることを、僕はすっかり忘れてしまっていた。


「悪かったわね、無茶な命令をして。何なら、その命令を今すぐ撤回してもいいのよ? ただし、分かってるんでしょうね」

「あ、ごめん……」


 どうしてこうも、僕は余計なことを口走ってしまうのか。高城に引き続き、西野までも怒らせてしまうとは。一気に険悪と化したこの空気を、どうにか変えなければ。このままでは僕が最大の悪者である、という着地点となってしまう。


 何か良い案は無いだろうか。そう考えた時、ふと手元にあるカメラの存在に気付いた。先ほど金子により押し付けられた機材の一部だが、怪我の功名。これをどうにか活かすしかあるまい。

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