第三十五話 努力、慢心、恐怖
「はあ、はあ、はああ」
僕は紅城さんに必死でついて行った。彼女は途轍もなく運動神経? が良いので、僕は数メートル後ろをついて行くので精一杯だった。
つまり討ち洩らしを片付ける余裕が無いと言う事だ。
だが紅城さんは全く討ち洩らす気配がない。炎の刀で、一瞬にして妖を燃やしていってしまうのだ。
そんなことが続いてしばらくたった時、彼女は足をぴたりと止めた。
「よし、あらかた片付いたな。大丈夫か黒葬君」
「ぜ、ぜ、全然、よ、余裕、ですッ……うぇ、ゲホッ」
「ここまで言葉と現実がかけ離れた人初めて見た」
僕は肩で息をしながら、周りを見渡してみる。
まだ空は夜のままだが、無数に湧き出ていた妖たちは、ほとんど殲滅されていた。
全て紅城さんが倒した訳では無いだろうが、それでもかなりの数を蹴散らしたはずだ。さすがA級。
「やっぱりすごいですね、全く追いつける気がしない」
「ふふん、まあそんなに褒めるなよ。でもちゃんと黒葬君も成長してるよ」
「え?」
確かに前のように妖を見て足がすくむと言う事は無くなったが、それでもやはり紅城さんと比べると足元にも及ばない。
「今私と比べたでしょ」
「え、どうして分かったんですか?」
すると彼女はにっと笑った。
「良いこと教えてあげる。初めに私に会った時、どう思った?」
「狐のお面のおかしい人」
「そっちじゃねえ」
「痛ッ」
足をけられた。
「凄い身体能力が高いなあ、とかですかね」
「そーそーそういうの。でも今は錬金術なしで私に付いてこれてたでしょ」
「あ、確かに」
「それにさ、比べることができる相手。それって射程圏内の相手ってことじゃない?」
確かに力の差が歴然とした相手とは初めから比べようとは思わない。
だけどやっぱり紅城さんと僕の間では雲泥の差がある。
「ま、後は努力と根性の積み重ねってことで」
「ははは、頑張ります」
「うん、期待してる。さてと」
彼女はくるりと回れ右をした。
「ようし、さっそくここでさらに成長、もとい限界を超えてみよっか」
「 ? 意味がよく……」
次の瞬間、大きな地響きと共に、空間にヒビが入り大きな黒い影が産み落とされた。
黒い影はだんだんと輪郭を獲得していき、それが何なのか、僕にもはっきりと分かるようになっていった。
「ご、ゴリラの妖……?」
人の約三倍ほどの大きさのあるそいつは、全身の目を光らせて大きな咆哮を放った。
「え、あれを僕一人で……?」
すると紅城さんは、僕に向けてビッと親指を立てた。
「ま、マジですか……」
今までも大きいだけの妖は対峙してきたことはある。だが、相手はゴリラだ。
絶対力強いし怖い。
「ほら、行ってこい!」
「死ぬ気がするんですけど」
「だいじょーぶだって、葬式は火葬で良い?」
「一言で矛盾してるんですが」
「あははは、ガンバッ☆」
「……」
これ以上何を言っても紅城さんは応じてくれないだろう。
僕は木刀を構え、錬金術の準備をする。
ここからは十メートルくらいか……よし、行ける!
僕は思い切り地面を蹴りつけ、前へと跳躍した。もちろん錬金術はフルに使っている。
「また眠れなくなるな……」
一気に妖までの距離を詰め、間合いに入った時、僕は確信した。
勝てる!
木刀を横に薙ぎ、衝撃と共に大きな音を立てた。
「―――ッ!」
確かに僕の一撃は妖に決まったはずだ。だが全く効いていない。衝撃の割に妖の身体には傷一つ入っていない。
すると全身にいくつもある目玉が、一斉に僕をあざ笑うかのように覗き込んだ。
一撃を与えたんじゃない、わざと与えさせられたんだ。奴は僕が来ていることを知っていたんだ。
僕の攻撃は効かなかった。僕の全力が意味のないことだと分かっていたからだ。
僕は背中から冷たい汗が流れるのを感じた。
最悪だ。せっかく最近は恐怖に打ち勝てていたのに。
たった少しの努力。それによるたった少しの慢心。
試験の時、あの人型の妖に感じた恐怖。それとは格段に劣る。だがそれでも圧倒的に弱い僕には同じことだったのだ。
僕の心は再び奴らに支配されてしまった。
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