第32話 時間を無難に終わらせるためには…




 由実のあまりの気迫に、最初はどう返して良いか分からなかった。けれど彼女の肩が少し震えていることに気がついた。


「ちょっと待ってろよ」


 さっき、冷蔵庫に入っていたレモネードをグラスに注いだ。


 テレビを消して、俺も彼女の前に座り、グラスを握らせる。


「まずは落ち着こうぜ」


「……うん」


 グラスの中を飲み干したとき、由実の目から涙がこぼれ落ちる。


「こんなことまで覚えていてくれたんだね……」


「ん? あぁ、冷蔵庫に一緒に入っていたし、自分でも時々作るよ。教えてくれたの自分じゃないか?」


 ハチミツを1スプーンだけ溶かしてほのかな甘みを付ける。昔、由実から教わった元気が出ないときのおまじないだった。


 日本ではレモネード自体が簡単に手には入らないので、自分で搾った時などに作る。


「祐樹君……にとって、今の私は……、予想外だったかな……」


「うん? そうだなぁ。予想外って事だったら、俺は由実に二度と会えないって思っていた。それを考えれば予想外だよな」


 正直なところ、由実との再会が本当に驚きと嬉しさが正面に来ていたので、それ以外の部分は見えていなかったという反省がないわけじゃない。


「祐樹君は、本当に、私の思い出と変わらなかった。ううん、優しくて、もっとすてきな人になってた。それなのに私は……」


 言いすぎだ。俺だってここまで一直線に来られたわけじゃない。


「東京で、一緒に遊んでくれた日、祐樹君はもう以前の人のことは整理をつけてくれていたし、私のことを本当に大事にしてくれた……」


「どうかなぁ。正直、由実とじゃなかったら、あそこには行けなかったかもしれない」


「え……」


 そう、前にも触れたように、俺には大学の後輩の彼女がいた。当時片思いで由実と離れて以来の中学、高校と本当に縁がなかった俺にとって、初めての恋人だった。


「そいつと、一緒にいつもあそこに行ってたのさ。月に2回って時もあったと思う」


「そんなにたくさん……」


 恋人同士、『夢の国』で思い出を作ること自体普通のことだと思うし、自分としても悪かったとは思えなかった。


「先方のご両親も、娘を見てくれた初めての男性って感じで、自然に結婚の話題も出たよ。それで俺は彼女の家の近くに一人暮らしを始めたのさ。でも、そこから俺たちは歯車がずれ始めた」


 その前にキスも済ませていたし、身体の関係だって完全に白かと言えば嘘になる。


 ただ当時の彼女も「結婚するまでは」という考えがあったようで、一線を越えなかったというだけの話だ。


「そんなに許していたのに、どうして……」


「家が近くなったことで、急ぐ必要が無くなったんだと思う。だから俺たちのデートはいつもあそこだった。それでも場所も変えずに毎回同じなら飽きもくるさ」


「当然だよ」


「俺は普通に休日を過ごしたいときもあった。部屋でのんびりゲームしていてもいいじゃないか。それもなかった。結局あいつが俺の部屋に来ることは一度もなかったんだ。由実が使った布団が新品だったのはそんな理由なわけ」


「そうだったんだ……」


「前も言ったろう? 二人とも学校を卒業ってことになって、俺はもう一度聞いた。そしたらさ『まだしばらく考えられない』『リゾートに一緒に行ける友だちで』と言われれば、一気に冷めちゃったよ」


 正直その後はあの場所に行ったとしても、高揚感は無くなってしまったし、いつしか俺自身もどうやってこの状況を無難に終息させるかばかり考えるようになっていた。


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