第28話 二人で頑張ればいいよね




「祐樹君、私ね、次に会うまでにどうしたいのか決めてくる。お仕事も生活する場所も。祐樹君って味方がいてくれる。私が一番幸せになるためにはどうしたらいいか、考えてくる。もう泣かないよ」


「そうだ、由実が一番幸せになれるやり方を探せばいいんだ」


 ここにきて、ようやく本来の由実に戻り始めてきたと思う。当時と同じ笑顔が戻ってきていた。何より帰国したときとは違う力強さを感じられるようになった。


「私だけじゃない。祐樹君も幸せになるの! だから、一緒に考えよう?」


「そうだね」


 力強い彼女にこう返すだけで胸がいっぱいになる。こんなこと言われたら逆にプロポーズを受けているようなもんじゃないか。


 よかった。俺たちが交わした約束の前に、こんな由実本来の魅力を知られたら、また誰かに彼女をとられないかと心配する日が来てしまうところだった。


「ん? なにか付いてる?」


 彼女の顔をいつの間にか見つめてしまったのだろう。


「由実……」


 頭の上に手をぽんと置いてやる。これを嫌がる女性もいるけど、由実は昔からこれが好きだ。


「俺のわがままを言えばさ、行かせたくない。このまま一緒に暮らしてしまいたい」


「うん……」


「でも、由実の大事なものもたくさんアメリカにある。逆に俺があっちに行く選択肢だってあるんだ。落ち着いて、一緒に考えよう」


「うん……」


「それに……」


「ん?」


「次に会うまでに、プロポーズのセリフ考えておくからな」


「あはっ、それ、もうプロポーズだよぉ」


 笑った目尻から涙がこぼれ落ちる。


「ありがとう。それだけでも私頑張れる。祐樹君も、絶対に無理した答えを出しちゃダメだよ」


 俺の胸元ですすり上げる由実を抱きしめて、そっと頭をなでてやった。


「そろそろ時間か?」


 腕時計を見ると、出発時間まで2時間を切っていた。国際線の場合は出国審査もあるので、時間に余裕が必要だ。


 出発口までの移動の間、彼女はつないだ手を離そうとしなかった。


「じゃぁ……、行ってきます」


「うん……、気を付けてな。夏休みに必ず会おうな」


「うん約束! 楽しみにしてる。それまでに、きっと元気に戻しておくから……!」


 顔を赤くして、モジモジしながら言葉を止める。


「ん?」


 耳元に口を寄せると、


「その時には、また抱いてね」


「分かったよ」


 頷いてやると、由実は嬉しそうに背伸びをして、チュッと唇をあわせた。


「日本だからこんなもんだね。今度は私がお迎えするから。行ってきます!」


 これ以上引き延ばすと、今度こそタイミングを逃してしまいそうだ。


 最後に立ち止まって手を振った由実の目に光るものがあったのははっきりと覚えている。



 一人、ターミナル連絡バスで第1ターミナルに向かう。長距離線の場合、飛び立つところを見届けるには、こっちのターミナルの展望デッキの方が都合がいい。


「しっかり、行ってこい」


 出発直前に機内から送られてきたメールを受信してから20分後、彼女を乗せた機体は、夕暮れの東の空へ旅立っていった。


 さっきまで隣にいた、大切な存在がなくなって、ぽっかりと穴が空いてしまったような。


 こんな思いをしてこのデッキから空を見上げたのは初めてだ。


 きっと部屋に帰れば、もっと感じてしまうのだろう。


 たった10日間だったけれど、由実の存在は俺の人生に間違いなく変化を与えた。


 機体が空のかなたの小さな点になり、やがて見えなくなって、俺は家路についた。

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