第8話 うちに泊まるか?




「なんかね……。家に帰ると、きっと波江君と同じこと言われちゃうのかなって思ったら……」


 メニューを見て、注文を終えたところで、由実が声のトーンを下げた。


「なに、交際相手とか、結婚とかのことか……?」


「うん……。ごめんね、今はあんまり触れられたくないかな……」


「ご、ごめん」


「ううん大丈夫。でもね、波江君には悪いかなって思ったけど、なんかこうやって話せただけでも、ちょっとでも気を紛らわせるって言うか。ありがとうね」


 そう語る由実の顔色が、さっきよりも青白く悪くなったように見えた。


 彼女はいつも、化粧をしていなくても薄いピンクがかった肌色が普通の血色だと思い出していたから。


 そもそも国際線での時差ボケもあるだろうし、実家で言われることも想像がついて気が重くなっているのもあるだろう。


「なぁ佐藤……」


 あまり深く考えずに口を開いてしまった俺。その先を本当に続けていいか一瞬躊躇する。


「うん?」


「家に居たくないなら、うち来るか……? いや、変な意味じゃなくて……。でも……、そう聞こえちゃうよな」


 言い出したはいいが、途中からどう説明していいか分からなくなってしまった。


 でも、由実は分かってくれていた。昔のようにクスッと笑って、


「ありがとうね。心配してくれてるんだね」


「い、いや……。俺でなんか出来ることないかって思って」


「今日だってこうしてお迎えに来てくれた。嬉しかったよ」


 初対面ではないが、10年ぶりに会う元クラスメイトという関係。いや、当時はそこまでしか望むことが出来ない存在だった。


 しばらく手帳を見て考えたあと、由実は申しわけなさそうに口を開いた。


「あの……、本当に……いいの?」


「うん……。男一人暮らしだから、部屋散らかってるけど。それでもいいなら……」


 言ってみたものの、笑ってスルーされると思っていただけに、逆の展開に少し驚く。


「親もそれなりの歳だし、マンションだから私の部屋もない。あまり長居できなくて。もともとホテルに泊まる予定だったから」


 明日はパスポートの更新の申請に行き、それが出来上がるまで1週間ほどかかる。


 今回は10日の滞在期間だから、スケジュールとしてはタイトだけれど、目的からすれば必要最低限だし、勤務先にも納得してもらえる。


 今日と明日の夜は実家に泊まることにして、その先は決めていなかったそうだ。


「じゃぁ、明後日の夜から来ればいいじゃん。1日だけどうしても外せなくて出社があるけど、あとは休みにしてあるから」


 どうせ、昨年度から繰り越してしまった有給休暇の消化を言われていたし。そのための仕事の段取りは進めてあった。


「それじゃぁ、お願いしてもいい?」


「男の部屋でご両親何も言わないかな」


 成人しているとはいえ、まだ嫁入り前なのだから。


「平気だと思うよ。お友達としか言わないし、もしそんなお泊まりできる男性の話をしたら、親の方が浮き足立っちゃうかも」


「そっか」


 食事を終えて、もう少し車を走らせる。


 マンションが建ち並ぶ一角、その建物の前で車を停めた。


「本当に今日はありがとう。なんか昔に戻ったみたいで楽しかった」


「俺も。じゃぁ明後日な」


 二日後の夕方、会社帰りで由実と合流して俺の部屋に行くことを決めていた。


 手を振ってマンションのエントランスに消えた由実を見届けて、俺は車を家に走らせた。

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