三章 フェアリー・ダンジョン
第66話
季節は10月。暑い夏は過ぎ去り、秋へと突入していた。
現実ではない閉ざされた電子空間、そこで金本大助とラビが向かい合う。
「……」
コツコツという足音を響かせ、ラビが青白く透明な床の上を歩き出す。表情は硬く緊張気味だ。そしてその手には一振りの剣が握られている。
「……」
それに合わせ、カツカツという軽快な足取りで金本大助が反対方向へと歩き出す。いつもの軽口は無く、その表情はひたすらに無表情。十手を片手に無言で歩く彼の姿はラビに多大なプレッシャーを与えていた。
<are you ready?>
間合いを取ったラビと大助の前に文字が現れる。両者の武器は既に抜かれている。そしてその時を待つ。
<set>
「…行くぞ?」
「…っ!?」
それまで無言だった大助の言葉、そしてわずかな重心移動がラビの意識を注視させる。高まる緊張感。
<go!>
開始のアナウンスと共に大助の姿が掻き消える。少なくともラビには消えたとしか思えない程の速度だったのだ。
前方への踏み込みを慌てて中断。ラビの思考が即座に加速する。
「ふっ!!」
「おっ…?」
否、考えている暇などラビには無かった。自身の直観に従い首元から頭部付近の空間へとバックステップと共に剣を振るう。手元に伝わる確かな重量感。やはり金本大助は一撃で急所を狙ってきたのだ。
「…はああああっ!!」
打ち上げた剣をコンパクトに折りたたみつつ最小限の動きで突きへと移行するラビ。
「ん~…まあ悪くはないな」
「なっ!?」
その一連の動きを全て読んでいた大助がラビの腕を絡み取り足を崩し左側上空へと投げ飛ばす。地面に叩きつけられながらも即座に魔法を展開し大助の追撃に備えるラビ。
「___‘ソード・ラビット!‘」
4体の半透明なウサギ型のエネルギー体。そのそれぞれが剣を咥えつつ大助の四方から襲い掛かる。
「うおっ!?」
「まだです…!!」
ラビが魔力を限界まで解放し中空へと手を伸ばす。1本、2本、3本……一瞬の内に100を超える魔力の剣が大助の頭上を取り囲む。
「___兎人流奥義‘ソード・レイン!!‘」
無数の剣の雨が大助へと降り注いだ。
「ハァ…ハァ…これならいくらマスターでも……」
フラフラと魔力切れの症状に耐えつつ前方を注視するラビ。その姿を大助は興味深そうに観察していた。
(…面白いな)
まるで生き物のように独立して動くウサギの魔法。剣を雨のように飛ばす魔法。そのどれもが高レベルな技だ。
(多対一を想定した魔法ってところか。普通に1対1でも使えているしかなり汎用性のある魔法だな)
「…いえ、マスターがこの程度の魔法で倒れるわけが無いです」
(…え?)
「こうなったらもう「アレ」を使うしか…」
(おいおいおい…!?)
ラビが何かとんでもない事をしようとしている事を直感する大助。このまま戦闘が続いた場合、大助としてはあまり見せたくない手札を切る必要が出てくる可能性がある。
(ここまでだな…仕方がない。見られても構わない手札を1つだけ使うか)
「___‘魔操術‘」
「えっ…!?」
無傷の大助が何事も無かったかのように砂煙から姿を現す。遊び心を捨てた大助がラビを抹殺する為の行動を開始した。
「___‘紫陽花‘」
蒼色に変化した十手を地面に打ち立てる大助。そして大助を中心に色とりどりの半透明な紫陽花が周囲一帯に咲き乱れる。
「……綺麗」
幻想的な光景に一瞬だけ心を奪われるラビ。そしてそれが命取りとなった。
___極彩色の閃光。
___そして轟音。
___その全てがラビを襲った。
「…うう。負けてしまいました」
頭上に戦闘不能の文字を表示させたラビががっくりと地面に倒れ伏した。
「マスター、今の魔法は……」
ラビが興味津々と言った表情で大助を見つめる。
「ん?…ああ~まあ、あれだ。企業秘密ってやつだな」
「お前は「特別」だから見せたんだ。…誰にも言うなよ?」
シー!というジェスチャーと共に首を傾ける大助。
「…わ、分かりました!つまりマスターは「特別」な私の為に「奥義」を見せてくれたという事ですよねっ!?」
「え…?ああ~…まあそういう事…だな?」
否定も肯定もせず話を流す大助。人は誰しも自身に都合の良い方向に話をまとめる傾向がある。その基本原則に大助は従うことにしたのだ。
「それにしても、これが「報酬」で本当に良かったのか?」
ラビが「仕事」の報酬として大助に要求したもの。それは自身と戦って欲しいというものだった。そこで新しく解放された孤独の栽培人の機能である「トレーニングモード」の実験も兼ねてラビと大助は戦っていたのだ。
「はい。とても参考になりました!」
「そうか。まあ何か得る物があったのなら嬉しいかな」
上機嫌なラビをジッと観察する大助。
(何考えてんのか全然分からねえ…)
敗北に喜ぶラビの姿に困惑する大助。まだまだ人間観察と検証データが足りないなと、彼はそんな事を考えていた。
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