第62話

 ダラダラと血を流しつつ少年のようにテンションを上げる大助。その声には確かな満足感が込もっていた。


「お前…いったい何者だ?」


「…ん?」


「…お前の戦い方は人間の戦い方じゃない。…痛みを感じていないのか?…死ぬのが怖くないのか?…なんでお前は、この状況で笑っていられるんだ?」


「…んふふふふ」


 今の大助は近年稀に見るレベルの上機嫌だ。それはつまり、金本大助という「擬態」が剥がれ落ちているという証でもある。


「そうだなぁ~……」


「……っ!?」


 ___歪に歪んだ、狂った笑顔。


 その禁忌の顔をマジマジと見てしまった殺し屋の顔が恐怖に引き攣る。


 一目その表情を見ただけで殺し屋は理解してしまったのだ。「こいつ」は断じて自身と同じ人間などではないと。


 濁った瞳の向こう側に危ない光をギラギラと放つその狂気の表情。つまり金本大助からしてみれば、この女もまた実験中のモルモットの1匹に過ぎないのだ。


「あんた、あの俺の右腕を持ってった一撃。あれ他人が何人死のうが構わないって気持ちでぶっ放したろ?あれ見てビビッて来たんだよ。こいつは最高に面白いってな」


 お助けモンスター達には決して見せる事のない、本当の顔を顕わにしつつも大助の語りは続く。


「人間の心にはブレーキってやつがあるんだ。これが中々に強力なやつでな?ちょっとやそっとで壊れる事はまず無い」


「誰かを殺したいとかさ、皆殺しにしたいとかって思うときあるじゃん?それは人間として当然の気持ちだと俺は思うんだよ」


「でもさ、人は人を簡単に殺したりしないんだ。まあ何かの弾みで1人2人殺っちまうってのはあるかもだけど」


「でもあんたは違う。その戦い方を見れば分かる。何十人、いや何百人と手に掛けてるだろ?それなのにあんたはまだ「人間」だ。…実に興味深い」


 大助の語りが一段落する。そしてその表情も普段の「金本大助」のものへと戻っていた。ただ一つ、その危ない瞳だけを残して。


 大助の不気味な眼差しに耐えきれなくなった女が大助に問いかける。


「…何が言いたい?」


「あんた、こっち側に来ないか?」


「……はあ?」


 大助の予想外の勧誘に女が動揺する。


「あんたさ、「殺し屋協会」の人間だろ?」


「…っ!?」


「うわっ…その反応、あんたマジで「協会」の人間かよ。てっきり「殺人派遣会社」か「アブノーマル同好会」の人間かと思ってたんだが……」


 大助が放つ人外のプレッシャーが急速に縮んでいく。


(順番に鎌をかけるつもりだったがその必要も無くなった。しかしなぁ…「協会」の人間は面倒だからあまり関わりたくないってのが本音なんだよな……)


「はっ…!お前がどこの組織の人間かは知らないが、そういうセリフは私を倒してから吐くんだな」


「そうか?そんじゃ俺からの出血大サービスだ。入社試験だとでも思ってくれ」


「…あ?」


 大助が十手を床に投げ捨て、女の拘束を解除する。


「…おまえ……」


「人生は選択肢の連続だ。後悔のないようになぁ…?」


 大助のあまりにもふざけたナメプ行為に女がブチ切れる。出血が止まらず満身創痍の大助の姿。その手には武器すら握られていない。ここで攻めなければ、それはもう「チキン」以外の何物でもない。


「ブッ殺す…!!」


 大助を八つ裂きにするべく攻撃を仕掛ける殺し屋の姿。それを落胆した表情で大助は見つめていた。


「おいおい~熱くなり過ぎだろ~?もっとよく考えた方が良いんじゃないか?ひょっとしたらこれが人生最大の選択なんてことも…」


「___‘風魔の…‘」


「はい失格。…残念だよ」


(「言葉」ってのは霊長類の中で唯一ヒトが獲得した強力な武器なんだけどな……)


 大助は前に出ず、後ろに一歩だけ下がる。たった1歩の距離。そして両者の勝敗を分けるのには十分な距離だ。


「人が喋る「言葉」には「魔力」が宿る。あんたはあのまま対話を続けるべきだったんだ。そうすれば何か別の道が見えたかもしれない」


 条件は満たされた。大助が左手に仕込んだ転移草を握りつつ、その「キーワード」を呟く。


「___‘タンポポ‘」


 そして視界が一瞬で切り替わる。


「なっ!?」


「悪いね。別に触れてなくても一定範囲内なら強制的に飛ばせるんだよ」


「来た来た!予定通りだなマスター!!」


「ぐあっ…!?」


 熱海城でスタンバイしていたクロが、女をその巨大な腕で掴み拘束した。

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