第7話 生きた証
「話を戻すとしよう」
ずぶ
「見ての通り、ロネリーのバディも、大精霊の名を持つバディなのじゃ」
「そうみたいだな」
ゴールドブラムの話に賛同しながら、俺は考える。
つまり、どうやってるのかは分からないけど、普段のロネリーはウンディーネを隠している。
だから、彼女の
そうすれば、さっきのルードみたいに、服の中に隠していると言い訳ができるんだろう。
何のために?
それは恐らく、ロネリーのバディが水の大精霊だということを隠すため。
そして、そんな彼女はコロニーから単独で逃げて、その先で賊に
これらの事から推測できることは、あまり多くは無い。
「賊の狙いは、ウンディーネだった?」
「ほう。半分だけ正解と言うておこう。奴らの狙いはウンディーネだけではない。4大精霊を狙っておる」
「え?」
「オイラ、狙われてたのか……意外と見る目のある奴らだったってことだなぁ」
彼の言葉を聞いた俺が、小さく声を漏らした直後、俺の頭の上でノームが
「
「おいダレン、大地の大精霊様に向かってなんて口の
「お前は俺のバディだろうが。あくまでも俺達は対等だろ」
「対等? は~ん、ダレン君はオイラと対等でありたいんだなぁ。まぁ、そう思いたいのも仕方がないってもんだぜ」
「おいノーム。喧嘩売ってるのか?」
「売ってるのはそっちだろ? ダレン」
髪の毛に掴まりながら、俺の鼻先に降りて来たノーム。
そんな彼と
「ちょ、ちょっと2人とも!?
「そうだぞダレン。オイラに敵うわけないんだからな」
「何言ってんだノーム。なんなら今から外に行って、空高く放り投げてやろうか?」
売り言葉に買い言葉とはこのことか。
ノームの挑発に乗る形でそう告げた俺は、直後、
「おいダレン、それだけはやめろ……前にそれをやって、鳥に喰われそうになったのを忘れたのか!?」
どうやら俺は、ノームのトラウマを刺激してしまったらしい。
そしてそれは、俺にとってのトラウマでもあった。
鳥に
その過程で、何度も死ぬ思いをしたのは、言うまでもない。
そんな記憶が、もう3年も前の事なんだなぁと思いつつ、俺は謝罪を口にする。
「……そうだった、やめとこう。すまんノーム。ちょっと冷静さを失ってた」
「オイラも正気を失ってたぜ」
俺達が一時休戦するのを見て安心したのか、ロネリーが胸を
そんな俺達の様子を、黙って見ていたゴールドブラムに視線を戻した俺は、
「すまん、話が逸れたな。それで、どうして賊の奴らは4大精霊を狙ってるんだ?」
「ふむ。理由については、何も分かっておらん。ただ、今回襲撃してきたやつらは、明確に、4大精霊のウンディーネを出せと言っておった」
「ってことは、このコロニーにウンディーネが居ることを知ってたってことだよな」
「そうなるな」
「ロネリーは普段、ずっとウンディーネのことを隠してるんだよな?」
「はい」
「ってことは……」
そこまで言葉を発した俺は、静かに口を
てことは、このコロニーの中に、ウンディーネのことをバラした人がいるかもしれない。
なんて、言ってもいいのだろうか。
そして、それこそが、ロネリーがこのコロニーから単独で逃げていた理由なんじゃないか?
これはただの推測に過ぎない。
このコロニーで生活している限り、きっとロネリーはずっと狙われることになるだろう。
どうしたらいい?
これから俺は、どうするべきか。
既にこのコロニーの中で、俺のバディがノームであることは知れ渡ってしまっている。
ということは、惑わせの山に逃げ込んでも、4大精霊を狙っている奴に居場所がバレていることになる。
絶対に山に入って来れないのならいいけど、もし、奴らがコロニーを焼いたのと同じように、山に火を放ったら。
俺達は無事では済まないだろう。
仮に生き残ったとしても、燃え尽きた山で迷うなんてことが、本当に起きるだろうか?
そこまで考えた俺は、いつもの癖で、思わず呟いた。
「こういう時、ガスならどうする?」
「……今、なんと?」
俺の呟きを聞いたゴールドブラムが、目を見開いた状態で尋ねてきた。
「ん? あぁ、こういう時、ガスならどうするんだろうって思って。あ、ガスってのは、俺達を育ててくれた恩人で、俺にとっての
「あぁ、変わったオッサンだったけどな。そう言えば、ガスはどうして惑わせの山の中で生活できてたんだ?」
「ん、言われてみればそうだな。でも、ガスならこうやって腕組みをしながら、得意げに言うんじゃないか? 『これだから若造は』って」
「あぁ~。想像できるぜ。それでオイラ達を試すようなことを言いだすんだよなぁ」
「あ、ダメだ。また話が
ガスの思い出話に花を咲かせそうになった俺は、また話が逸れ始めていることに気が付き、我に返った。
そして、ゴールドブラムの方に目を向けた俺は、彼が目に涙を溜めているのを見てしまう。
「……すまん。あまりに
「え? それって……」
「ガス……あいつは山の中で暮らしておったのか?」
「あぁ、俺達を育ててくれたんだ」
「そうか……」
そう呟いたゴールドブラムは、寂しさと
それからしばらくの間、誰も口を開くことができなかった。
辺りの空気に充満する静寂が、俺の心をかき乱してゆく。
そうして、俺がこれ以上静寂に耐え切れなくなったその時、ゴールドブラムがゆっくりと口を開いた。
「ガスは……
「そんなことが……」
ゴールドブラムの言葉を聞いたロネリーが、口元を押さえながら呟く。
すっかり暗い表情のゴールドブラムとロネリーを見た俺は、強く握りしめていた拳の力をそーっと抜き、口を開いた。
「そっか。ゴル爺はガスの親友だったんだな。でも、だとしたら、ゴル爺はガスのことを見くびりすぎだな。そう思わないか? ノーム」
「そうだな。なんてったって、ガスはたった一人で何十年も山の中で生き続けたんだからな」
「そうそう。武器の扱いも狩りも採取も、山の中で生活する術を身に着けて、それを俺達に教える余裕まであって、本当にすごいオッサンだった」
「だな、ガスは強い男だ」
「ダレンさん……」
ゴル爺やロネリーが凝視してくる中、俺は口を動かし続けた。
いかにガスがすごい男だったのか、どんな生き様だったのか、俺が知りうることを全て、話した。
そんな俺を心配そうに見つめて来る
彼は優しげな目に涙を浮かべながら、ただただ、俺の話を聞いてくれた。
そして、全てを語り終えた俺の元に歩み寄り、そっと、俺の頭を
細くて、微かに震える彼の腕に頭を抱かれた俺は、不意にガスとの最期のやり取りを思い出した。
『ダレン、ノーム。俺は思う存分生きた。これ以上に思い残すことは無い。だから、お前達も思い残すことなく生きろ。俺が教えられるものは全て教えて来たんだ。お前ならできる。何でもできる。なぜなら、お前たちは俺の弟子で、息子なんだからな』
そう言った後、寝床で息絶えたガスは、とても穏やかな表情だったのを覚えている。
俺とノームだけが、そんな彼の生き様を知っている。
俺とノームだけが、彼の生きた
そんな風に思っていた俺の頭を、ゴールドブラムが優しく撫でつけて、告げた。
「よくぞ、生きていてくれた。儂の元に来てくれた。ありがとう。ダレン、ノーム」
彼の言葉を聞いた俺は、耐えることができずに涙を流してしまった。
誰にも知られることなく、誰にも理解されることなく、ただ、俺とノームの中だけに残ると思っていた、ガスの記憶。
それを、彼と共有できた気がしたんだ。
しばらく涙を流した俺が落ち着きを取り戻し、シェルターの外に出た時には既に、空が赤み掛かっていた。
燃え盛っていたはずの建物も、
そんなコロニーの様子を一望した俺は、とあることを決意したのだった。
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