第16話 胸騒ぎ


「……」


 朝日に照らされ、眩しさに瞼が反応し、リオはゆっくりと目を開けた。


「殿下、お目覚めで!?」

 首を捻り横を向けば、こちらに駆け寄る女性が目に入った。

「誰だお前は」

 

 牽制するようにじろりと睨みつければ、彼女は慌てて後ずさり頭を下げる。それを見届けてリオはゆっくりと身体を起こした。


「し、失礼しました。私はハビルド辺境領の娘、セリーヌと申します」

 ハビルド領──

 自分はいつの間にか目的地に到着していたらしい。

 だが……


「娘? 確か僕がここに来る事が決まり、嫁いだと聞いたが……」


 年は二十二歳。辺境の地では王都での適齢期より少し遅いと聞いている。それでもリオが柚子を連れてここに来るならば居残られるのは具合が悪かった。


 実は恋人との間に子を設け、未婚の母であるとは調べがついてる。

 臣下に降ったとはいえ王族の伴侶には相応しくないし、国境の重点地区を支える役を、一助とはいえ彼女には任せられないという結論に至った。

 だから──体良く追い払う名目で、王家を介して縁談を用意した筈なのだが……


 嫌な予感が胸を燻る。

 けれでこちらを見るセリーヌの眼差しに込められた熱がそれを物語っているように思う。

「そうか、辺境伯に話がしたい。それと柚子は? どこに行った?」


 視線を巡らせるもその姿は無く、セリーヌはユズ? と首を捻っている。

「……僕はどれだけ寝ていたんだ」

 

「ええと……四日程。こちらに着いた時、殿下は怪我が原因で発熱しておりまして。旅の疲れも溜まっていたようでしたし。……仕方がありませんわ。幸い、先の揺れも大きな被害はありませんでしたから、殿下がゆっくりお休みされたところで何も問題ありません」


 声が低くなるリオに焦ったように答えるも、最後にはリオを気遣うようにゆったりと微笑んでみせる。

 それを無視し、リオはベッドから起き出した。

 多分この女とこれ以上話しても自分の苛立ちは消えない。


「着替えを用意しろ。それから僕の騎士はどこにいる」

「は、はい。 畏まりました、少々お待ち下さいませ!」

 頬を紅潮させ部屋を出て行くセリーヌを見送り、リオは再びベッドに座り込んだ。


 恐らく先の地の揺れは、柚子の世界から引き受けた災害なのだろう。

 まるで地の神の怒りのような揺れだった……

 遠い国では山の噴火と共にそのような現象があると聞いた事がある。柚子の話では、もし海が近ければこれ以上の被害があったようだ。

 まだ背中に鈍く走る痛みに顔を顰め、リオは軽く頭を振った。


(被害状況を確認して、柚子を早く。もしかしたら屋敷の端に追いやられ、怯えているのかもしれない)


「殿下」

 ガチャリとドアが開き、近くに置いていた騎士の一人、エレンが入ってきた。

「ご無事で何よりです、早速辺境伯との時間を確保致しました。それと先の揺れの被害状況についてですが……」

「……わざと言っているのか?」

 聞きたい事は他にある。それを恐らく察しているであろうが無視を決め込むエレンを、リオは冷たく睥睨した。


 エレンは柚子に良い感情を持っていない騎士の一人だ。王家の血を引く自分には忠誠を誓えても、柚子へ対しては、どこの馬の骨ともしれないと、その存在を疑問視している。


 貴族である彼の姉妹に年頃の令嬢がいるのもまた、こういった態度に拍車を掛けている。リオにしてみれば勘違いも甚だしいとしか言えないが。送り届けた後で、王都へ戻すつもりでいた人物だ。


「僕の妻はどこにいる」

 ぴくりと反応するエレンを睨みつけながら、リオは首を横に振る。

「……ディガを呼べ」

 眉間に皺を寄せるエレンから目を逸らさず、リオは彼の同僚の名を口にした。

 彼が厭うものの一つ、没落貴族の嫡男だ。

「……少々お待ち下さい」


 すっと頭を下げ、エレンはディガを呼びに部屋を出て行った。

 息吐く暇も無いままに、慌てた様子でセリーヌが着替えを持って入って来た。


「何故君が? この屋敷には侍女かメイドはいないのか?」

「いいえ、そんな。ただ殿下は大切なお客様ですから。ここにいる間はしっかりと尽くすように父に言いつかっているのです」

 はにかむように笑うセリーヌに益々苛立ちを覚える。


「必要ない、直に妻が部屋に来るんだ。悪いが席を外して欲しい」

「えっ……」

 驚きに固まるセリーヌは何かを言いたげに口を開閉させ、立ち去る事に躊躇いを見せている。

「……何だ?」


「殿下、お待たせしました」

 息を切らせて入室してきたディガに向き直ると、リオは先程と同じ事を聞いた。

「柚子は? 妻はどこにいる?」

 けれどそれに対し口を開いたのはセリーヌだった。


「亡くなったと皆様仰ってますよ? 私が呼び戻されたのも、それで……」

 悪びれず告げるセリーヌの言葉にリオは目を見開いた。

 ばっとディガに向き直る。

「何だって? ディガ!」

 ディガがびくりと身を縮めるのが見えた。


「その、行方が追えなくなったのは……確かです……」

 歯切れの悪いディガの台詞に、リオはセリーヌから着替えを引ったくった。

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