第14話 旅立ち


「ああ〜、やっと終わったあ」


 諸々。

 柚子が立ち回る事はほぼ無いけれど、リオの隣で愛想笑いを浮かべている必要があった。間近で見る貴族たちにどうしてよいか分からず、終始緊張しっぱなしだった。

 中には当然、セレナと比較して柚子に侮蔑の眼差しを向ける者もいたし、リオが地方に行くのは柚子のせいだと悪意を持った眼差しを向ける者、直接囁いてくる令嬢もいた。


 リオには何度も本当に地方に行くのかと、それが必要な事なのかと確認したが、意思が固く、覆す事は出来なかった。

 次期国王となる陛下の子息はまだ十歳で、継承まではあと八年以上先になるのだ。その空白につけ込もうとする輩や、不安がる者たちを考えれば、柚子に敵意を持つのも分かるのだが……


(私は何度も言ったもの。これ以上どうすればいいのか分からないわ……)


 説得に応じてくれるかもと、国王に期待してみたものの、申し訳なさそうな顔をされただけだった。

 流石に面識のない国王に直訴するのは出来なかったし、何故か王妃の方はリオと柚子の結婚に喜んでおり、柚子は益々何も言えなかった。


 家出だって経験済みだが上手く行かなかったし。

 それにあの時は手引きしてくれる協力者がいたから……

 思い返せば悲惨な記憶に、柚子の気持ちは沈んでしまう。


 いずれにせよ今柚子の周りには皆リオが用意した、従順な者が多い。そんな願いを口にしようものなら、いっそ閉じ込められてもおかしくないだろう。

 彼の望まぬ行動を取り──無言になり、表情を無くしたリオが頭に浮かぶ。


(無理無理無理)


 柚子は倒れ込んだソファにしがみつき、ぶるぶると頭を振った。

 結婚云々も向こうに着いてから改めて話し合いをしたいと思っている。正直リオに対しての感情は、恐怖四割、感謝三割、謝罪二割、その他一割といったところだ。

(それに私、何も持っていないし……)


 出来ないし。とてもリオの伴侶として役に立てる気がしないのだ。


 貴族というのは政略結婚をしなければならないらしいが、リオの立場ならもう少し融通が利くのではないだろうか。きっとまだつけ込む隙はある筈だ。


(よし、頑張ろう)


 拳を握り決意を固めていると、着替えの手伝いにメイドが入室してきた。

 いよいよ明日の朝、辺境領へと旅立つ。

 慌しいとは思うが、これがけじめというものらしい。

 そんな事を考えている間に着替えはするすると進んでいく。


 子供でもあるまいし、元の世界では自分の着替えは自分でするのが当然だった。こちらに来てからも自分で行っていたものなのに。

 恥ずかしさから最初は断っていたものの、彼女たちの仕事を取り上げる行為だと、ジョアンナに叱られてしまい、頼むようになった。

 ……中でも湯浴みは本当に居た堪れない。


(向こうに着いたらもう少し気楽に振る舞えるといいんだけど……)


 やっぱりまだまだ慣れそうにない。


 早々に着替えと湯浴みを済ませ、柚子はさっさとベッドに潜り込んだ。


 ◇


 領地へ向かう馬車の中。にこにこと笑うリオと向かい合わせに座り、柚子はジョアンナに習った笑顔を作っていた。

 

「リオ、楽しそうだね……」

 リオは機嫌が良さそうに頷く。

「こっちでの仕事はあらかた片付いたからね。向こうで覚える事は沢山あるけれど、僕はこの再スタートが気に入っているんだ。楽しいよ」


 そう言って笑みを深めるリオを応援したい気持ちはあるけれど、その再スタートの中には柚子との結婚も含まれている。そこに思うところのある柚子は素直に頷けず、言葉に詰まる。

「……そっか」


 何と言っていいか分からず言葉を濁し、窓の外を眺めた。

 王族であるリオの青騎士と辺境領から送られた赤服の兵士。二色の有志たちに囲まれて、領地へ向かう。


 辺境の地──ハビルド領まで馬車で二週間掛かるらしい。

 転移の魔法は特殊らしく、使用には制限があるそうだ。

 今回の移動には適用されなかったようで、長い旅程となった。

(今言って気まずくなったら困るし……領地に近付いてから、もう一回聞いてみよう)


 そっとリオに視線を向ければ、ばちりと目が合ってしまい、にっこりと微笑まれた。それにびくりと反応してしまう。

 そわそわと落ち着かない心持ちで曖昧に笑いかけた後、柚子は再び窓の外の景色に目を向けた。


 ◇


 旅を始めて六日。領地まであと三日という日。

 本来なら一泊予定のポーボという街の宿屋だったが。緊張と慣れない馬車の旅で身体が疲弊し、柚子は体調を崩してしまった。


「ご、ごめんなさい。リオ」

 熱に浮かされ謝罪を繰り返す柚子の手を、リオはきゅっと握った。

「仕方がないよ、柚子。領地には遣いを出したから、ゆっくり休んで。向こうに着いた時、二人で皆に笑顔を向けられるようにしよう」

「……うん」


 何も心配する事は無いと笑うリオに、つきっきりで柚子の様子を心配する姿に気持ちが段々と絆されていった。

(そう言えば前も、リオは看病してくれたんだった)

「ありがとうリオ」

「どういたしまして」


 そっと額に手を置かれ、その後唇を落とされて、身体はぎくりと強張ったけれど、嫌では無かった……


「ゆっくり休んで」

「お、お休みなさい……っ」


 頷く柚子を見届けてから、リオはそのま本を開いて読み始めてしまった。柚子が眠るまで傍にいてくれるらしい。


(リオ、リオは私にずっと優しくしてくれる)


 今思えばリオが怒る時は柚子がリオから離れようとしている時だけの気がする。それを敏感に感じ取られ、この数日間、話かけようとする度に放たれる威圧感に疲れ果てていたのだった。


(私が気にし過ぎなのかもしれない……もう何も気にせず、彼の好意を受け取っていいんじゃ……)


 伏せられたまつ毛に、さらさらと流れる金髪が掛かり、うっかり見惚れてしまう。

 黙っていれば優しい王子様なのだ。怖い一面は……遭遇しないように気をつければ、何とかなるかもしれない。

(な、何とかって。何がだろう……)


 思わずぱちぱちと瞬きをして意識を戻す。

 けれどあれこれと考えていたせいか、とろとろと瞼が落ちてきた。先程飲んだ薬も効いてきたのかもしれない。

 

(今はとにかく、早く治さないと)

 

 熱が高いらしく、頭がぼんやりする。

 柚子は目を閉じ、やがて深い眠りに落ちていった。

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