異世界でも信頼される肩書と価値があるんだ

 俺は優史郎。

 日本に居た頃はブラックな会社で人事部所属の社畜サラリーマンだった。

 

 なんだか前回は4か月も空いてしまったが、今回は2週間とずいぶん早めの生存報告をさせて貰おう。

 

 すなわち、ここは異世界。

 アスタリシア公国の首都、ギリフ。


 俺はここで冒険者ギルド兼ジョブ紹介所の受付の仕事をしている。



 俺の前任だった美女の看板娘ナーシャは故郷で幸せに暮らしている。

 頼りない新人冒険者エストは有名なテイマー職として名を馳せた。そのまま北境の地に世にも珍しい魔獣の生態観察が出来る動物園『エストどうぶつ王国』を開園し、そこの園長として商売に精を出している。

 スローライフがしたいドジな女盗賊マリーは、何故か金融業で成功し、今は片手間の冒険業を楽しんでいるようだ。


 つまり、異世界特有の主人公属性の連中に囲まれた俺だけは日本と同じく、淡々と社畜をしているという訳だ。

 前回は帰る道すがらバーでヤケ酒をあおり、そのままベッドに倒れ込んだが、翌日もちゃんとギルドに出勤した。

 なんせ俺は社畜だからな。



「おはよごぜぇます」


 おっと、ここで新しい仲間を紹介しよう。 

 最近、この冒険者ギルドに登録した治癒術師ヒーラー、リルだ。

 彼女は北の穀倉地帯、農業国家コングリッド王国の出身。

 訛りは強いものの背も小さく儚く可憐な様は、まるで子猫のようだがすでに立派な成人だという。と言っても日本の成人とは異なる。十五を過ぎたら一人前に働き出すこの世界では、まだやっと十六になったばかりだ。

 最初は野暮ったい田舎の娘という感じだったが、購入した『白魔導士スタートキット』である樫の杖と、白の長いスカート、白いフリルのシャツに白のポンチョを重ねており、栗色の髪にはつばの小さな、これまた白のキャスケットの帽子を乗せる。

 顔が小さい分、帽子はだぶっと見えて、被るというよりは包むという具合だ。



 そんなリルは聖職者を多く輩出する家系で、元から治癒魔法を得意としていた。

 だが俗に言う白魔法ってのは地味だと評判が悪い。

 どうしても冒険者と言うと、火力重視の黒魔法や、剣や槍といった打撃専門のスキル習得を目指す奴が多い。


 その結果、冒険パーティーを組むと言っても、魔術師や剣士ばかりが余る。

 まるで『当方Voヴォーカル希望、全パート募集。プロ志向。詞なら書きます』的な安易な目論見でバンド始めようとする舐め腐った甘いガキのようだ。

 そのぶんヒーラーは珍しく、なにせ回復魔法である。引く手は多い。

 そうだよな。やっぱバンドはベースとドラムのリズム隊がしっかりしてて、キャラも個性的だと面白いもんな。


 なので、治癒魔法の使い手であるリルもパーティー参加への打診が多く集まる。

 しかし実際は、生きるか死ぬかの危険なクエストにばかり挑戦する脳筋チームか、ナンパ目的で冒険者やってるチャラ男どもにばかり誘われて、毎度ヘトヘトになってここに戻って来るのがオチという状態だった。


「ユーローさん。わたすもう冒険者さやめで、故郷くにさ帰っでシスターでもすっべか悩んでんだ」

「ヒーラーという選択は悪くない。だが冒険者というのがミスマッチだったな。リルは医療か介護関係で就職した方がいいんじゃないか?」

「でも、ウチの家訓は『自分で成功しろ』だ。わたすは成功者イコール冒険者だと、ずっと勘違いさ、してたんだべか?」

「冒険者はある意味、自由業で、自営業者のフリーランスだからな。成功するも食うに困るも、自分の身体や知識やスキルを活用するすべを習得してこその成功だし、青色申告も必要だ。その点、ヒーラーだテイマーだという言葉が定着した今は、冒険者も悪くないと思うがな……お前は冒険者には向かないな」


 リルは華奢な肩をがっくり落とすと、溜息をつく。

 ヒーラーも他人の治癒ばかりで、自分のメンタルを治癒してくれる奴が居ないのは気の毒な商売だな。


「そんだば、わたすは『治癒術師ヒーラー』さ名乗りながら出来る仕事はあるんだべか?」

「ほう、ヒーラーをしながらのジョブか。副業などで収入を増やすのは良いアイデアだ。リスクヘッジにもなるし自己価値も高められる。その方向性は悪くないぞ」

「よくフルーツさ売ってるけ子がいるが、あれはどうかな?」


 あぁ、よくある『アレ』か。

 俺はリルの言葉を聞くなり、すかさず掌をひらひらと振った。


「日本もコロナ禍の前は良く見たがな。大八車でフルーツや豆腐とか売る若者的なやつだろ? あれもやりがい搾取の典型だよな。頑張り次第で収入が~とかいいつつ、キツいノルマや在庫買い取りの話も聞く。加えて業態としては『個人事業主』になるから福利厚生や社会保険は何もない。やめておけ」

「んだば、頑張けっぱれば、銭コ入るんでねが?」

「なんちゃらイーツの宅配員とかもそうだがな。個人事業主には相応の安定した収入やスキルや資格が無ければ、社会的に裏付けされた『信用』が無いんだよ。言いかえれば『肩書』だな。だから住宅ローンも組みにくくなる。ヒーラーのくせに事業所得しか無いと、銀行から怪しまれるぞ?」

「わたす別に、個人事業主でも構わねぇです。でもわたすの魔法を活かしつつ、稼げる仕事がいいな」

「治癒魔法と言えば診療所で働くか、魔女の従者として治療薬を作ると相場は決まっているだろう」

「そう言うんじゃなくて、もっと人の役さ立ちたい」


 自分の将来をどうすべきか。

 しばらく考えこんだリルは両手を叩いた。


「ここアスタリア公国はでっけぇ国だ。夜の商店街で、お店さ閉まった後に路上で相手に『感動する言葉』さ売る人が居るって聞いたことがあるけど。あれ、わたすにどうだべか? 詩人ってヒーラーぽくねが?」

「あぁ、みつを系の『お言葉を売る』奴な。あれもコロナ前はうじゃうじゃ居たな。やめとけ。そっち系は他人より相当尖ってないと売れ線にもならないし、それだけで満足な食い扶持になる事は無いぞ」

「だば、やってみねど、わがんねぇ」

「あんなの、コツを掴めば俺だって出来る。ちょっと待ってろ。俺がそれらしい言葉を考えてやる。それが的を得てるようだったら、そっち方面は諦めるんだな」

「ホント? したらユーローの感動する言葉さ聞かせで。例題は『現状に困ってる人に寄り添う言葉』よ? ここちよいあずましい言葉だはんでね」


 リルに代わって今度は俺がしばしの時間、腕を組んで思案する。

 それから手元のメモ帳とペンに文字を綴っていった。



『ひどい寝汗をかくんだなぁ  ゆぅしろを』



「いやいやいや、絶対ダメダメ! ぜんぜん良い言葉じゃねぇ!」

「なんだ? 俺の『お言葉』にケチをつけるのか?」

「傷ついた人に寄り添って癒すのが、わたすらヒーラー! 暗に相手の現状さ詰めて焦らせてるどころか、それ書いた詩人さんも自分の今の現状さ憂いて焦ってるだけだってば!」

「そうだよ。いつか誰しも夢から醒めるんだ。『お言葉売り』だなんて曖昧で抽象的でモラトリアムな仕事で時間を繋いでいるみつを系の連中も、必ず定職に就く日が来るんだ。むしろそこを吹っ切れて構わず生きていけない奴に『お言葉』なんか売れる訳が無いだろう。そういう意味でも、みつをは偉大なオンリーワンでブルーオーシャンだったんだよ、諦めろ」

「んだば、わたすもやってみる。ユーローに出来るなら、わたすも出来るに決まってる」

「おぉ。お前も出来るっていうのならばやってみろ。お題は同じ『現状に困ってる奴に寄り添う言葉』だぞ」

 しばらく顎に指を当てて考えていたリルは、ペンを取りメモ帳に走らせる。



『夢は永遠。現実は突然  りるを』



「お前、この言葉で相手が癒せるとでも思うのか? 俺と大差ないだろ」

「傷さ深ぐなる前の早めの処置も、ヒーラーの使命だはんで!」

「それはむしろ介錯だろ。相手の心にトドメを刺してどうする」


 リルは俺の言葉に、黙って頬をぷくっと膨らませて睨んできた。

 前任の看板娘ナーシャとも女盗賊マリーともまた雰囲気も年齢も違う、その神々しい姿に眼を眩ませた俺はカウンターにもたれかかる。

 法令順守、条例違反はダメ、ゼッタイ。

 しかしここは異世界だ。

 十五で成人というこの世界で、この神々しさは反則ものだろう。

 どうにも扱いに困る異世界チート属性どもめ。


 平静を保つために、俺は数度、大きく深呼吸をする。

 よし、俺はまだ小娘に手を出すような悪党ではない。


「いずれにせよリルはそっちの自由業方面は諦めた方がいいな。治癒魔法という立派なスキルがあるんだ。地に足つけて努力した方がいい」

「副業も無理?」

「それはお前次第だな。ヒーラーを主軸に、お前が提供できる付加価値をよく考えてみたらいい。別に企業に属してなくても、お前がクリニックの院長として開業してもいいんだぞ?」


 俺の言葉になにか閃いたのだろうか。

 リルはくりくりとしたつぶらな瞳をさらに大きく見開くと、突然に笑顔になった。

 その眼で俺を見てくるな。吸い込まれるだろう。

ぁ、なんとなくわかったがじゃ。ありがとうユーロー」




 後日。

 俺が立つギルドの受付カウンターの横には、何故かリルもちょこんと立っている。

「……お前、ここでなにをしている? このギルドは今は受付の求人はないはずだ」

「わたすのお仕事、ここで始めることにしただ」

「リル、ここに併設されている宿屋と酒場は、クエストのパーティーメンバーを探す以外の勧誘、ビラ配布、集会、宣伝、宗教行為、営利目的の出店は禁止されてるぞ」

「ちゃんと酒場のマスターに許可さ貰ったはんで」


 ちっ。あのヒゲ親父もこの娘にイチコロにされたか。

 まぁかく言う俺も、リルが常にそばに居るという状況は悪くもないが。


「そんで、お前の商売っていうのはどういうものなんだ?」

「わたすが自分でクエストさ出ないで、帰ってきた冒険者の傷コ魔法で治すだ。それで治療費さ貰うじゃ」

「それなら、単なるクリニックと一緒じゃないか?」

「だはんで、ユーローに教わった『付加価値』よ」



 そこへ第一線で活躍する脳筋チームが帰ってきた。

 多くの冒険者が殉難したダークエルフが徘徊する黒の森から帰還するとはな。

 とはいえ、連中も苦戦したのだろう。

 見るも生傷が痛々しい。


「あぁ、リルたん! 早く治癒してくれよぉ! リルたんに逢いたくて、ポーションも薬草も使わずにここまで来たんだから!」

「まいど。どのコースさ選ぶ?」

「もちろん、裏メニューの『お兄ちゃん好き好き妹ヒーラーの過保護な治癒』で頼むよ!」

「だば、100リレンプラス追加注文代で、150リレンさ払てけぇ」


 追加注文? 裏メニュー?

 どういうことだ?


 樫の杖を胸元に抱えたリルは目を閉じると一心に祈り出した。

 途端に脳筋たちを、淡い黄金色の輝きが包む。

 明らかに傷からの出血も止まり、みるみる塞がっていった。

 いや、俺も魔法の発動を間近で見たのは初めてだから、興奮するな。


 すると、リルは急にしなをつくる。

「お兄ちゃんがケガしたらリル心配だよぉ。あとお兄ちゃんがクエストに行ってる間はリルずっと独りで寂しかったな……今日は一緒のお布団で寝よ! だから次もゼッタイ無事に帰ってきてね!」


 おい、その標準語どこで覚えた。


 そしてメニューを注文した脳筋のうちのスキンヘッドは、頭の先まで真っ赤にして恍惚の表情を浮かべている。

「あぁ、やっぱリルたんの治癒は最高だな! ここに戻ってくるためにクエスト頑張ろうってなるもんな!」

「またのご利用さお待ちしてます」


 脳筋チームはクエストの報酬を受け取ると、街に繰り出していった。

 それを見送ったリルは、ドヤ顔で俺に嘲笑を投げる。

「これがぁの『付加価値』よ!」

「しかし、どう見てもJKリフレ……いやまぁ、需要と供給はマーケットの基本原則だもんな。お前の作戦勝ちだな」

「追加注文には『お言葉』もあんねけど。せばだば、ユーローは特別にタダで、わたすから『お言葉』さ授けるだ」

「ほう。やってみろ。テーマは『俺の名前、優史郎からイメージ』することだ。お前のために簡単な言葉を選んでやろう。いいか、『優劣』の優、『史実』の史、そして郎は……」


 そこまで俺の言葉を待たず、リルはペンを動かした。



『夢は宇宙より広くても、輝く星はひと握り

 小さな路傍の石だっていいじゃない

 下郎にだって幸せがあるんだからさ   りるを』



 いや、うっせぇわ!

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