第11話 斎藤・11



「そういえば、大失敗というのは一体……」


「あ? ああ昔な、随分と親切にしてくれる奴がいたんだよ。折角だからってんでご厚意に甘えまくってたら、ある日突然襲われそうになってな。『なんで貴方は俺の気持ちをわかってくれないんだ』とか言いやがって、もう、しつけぇのなんのって……」

「無事だったんですか?」

「ああ、そんときゃ刀もなんにも持ってなかったから、近づいてタマぁ握り潰してやった。けッ」

「なんと恐ろしい……」

「どっちが! その後も大変だったんだ。岡場所行ってもいつのまにか奴がいやがる。帰り道だって、つけてくる気配がある。稽古してる間だっていつも視線を感じてた。で、試衛館の連中が、俺を気の毒に思ったのか奴を追っ払ってくれたのさ。まったく、思い出しても身の毛がよだつぜ」

 土方は吐き捨てるように言うと、茶をいれた湯呑みを差し出してきた。黙って受け取る。そういえば、土方と一緒にいる時は湯が沸くのを待っている時間というものが苦ではないな、と今更ながら気付いた。ズズ、と啜る。相変わらず美味かった。


「沖田が、俺と貴方がまったく逆だと言った件ですが……」

「ん?」

「貴方が男に惚れられるのは、抱きたいと思われるという事ですか? 俺に抱かれたいという男がいるという事ですから、そういう事なんでしょうか」

「だから、さっきから言ってんだろ。ひとの話を聞いてんのかお前は」

「いや、聞いてましたけど……貴方よりも強い人が貴方に惚れる、と聞きましたので、相手はどれだけ強いのかと」

「なんだ、それって、俺が強いみてぇに聞こえるが?」

 土方は、苦笑いをしている。俺より強い奴なんざ、いくらでもいると思うけどなと言いながら、火箸をさし直した。

「……強いじゃないですか。剣だけではない、色々な意味で、『強い』と言っているんです」

「総司の奴ぁ、俺よりも強い奴が俺に惚れる、と言っていたか? 本当に?」

「……一見、強い……と言ってました」

「そうだ。俺にちょっかい出そうなんて男ぁ、図体ばっかりでかくて、頭の悪そうなのばっかりだったぜ。下種な奴には、俺がお人形さんみたいに見えるんだろ」

「…………お人形さんときましたか……」

「なッ、なんだよ、その態度は! 言われた事があるんだよ、お人形さんみてぇだなってよ!」

「わかりましたわかりました」

「わかってねぇよ! 腹立つな、お前!」

「わかってますよ。俺は嘘はつきません」

「わかった気になってんだろ。全然わかってねぇっての。あいつらぁ、俺がこんな姿してるから、大人しくて何しても怒らねぇって思ってやがんだ」

「それが突然、タマを握り潰してくるんですから、相手はたまったもんじゃありませんね。あ、これは別に、洒落て言ってるわけではないですよ」

「……もういい」


 土方は、子供のように口を尖らせて、俯いてしまった。睫が長い。ちらちらと見える胸元は、同じ男かと思うほどにきめ細かに見えた。湯呑みを口に含む時に、白い肌が隠れ、少し残念に思ってしまう自分がいた。

「……何故だろう……」

「何が」

「いえ、こっちの話です。土方さんは、男に惚れられるのは嫌ですか?」

「嫌だな。俺は、お前とは違う惚れられかたをするから」

「俺だって嫌ですよ。男に『抱いてくれ』と頼まれても、困ります」

「俺だって、そんなの頼まれても困るがな」

「まあ、『抱かせてくれ』と言われたら、もっと困るでしょうけど」

「だろう?」

「惚れられたくなければ、そういう隙を見せない事ですね」

「……俺が隙だらけだっていうのか?」

「例えば、貴方のその口を尖らせて俯く癖。可愛すぎます。それと、むやみに笑ったりしない事。そんな風に綺麗に微笑んだら、相手に誤解を与えますよ。それから、襟元。色っぽいです。もっときちんとしなければ」

「…………」

 土方は、顔を赤くして口を半開きにさせている。首筋のあたりも桜色に染まっていた。

「だから、そういうところが……」

「……お前、俺に惚れてるわけじゃねぇよな?」

「何を言ってるんだ。惚れるわけがない」

「だよな。でもよ、なんか、その……今の説教がな、少し、口説かれてるみてぇな錯覚を起こしちまって……」

「口説いてなどいない」

「だから、錯覚だって言ってんだろ!」

 土方は目をむいて怒ると、そっぽを向いてしまった。耳が赤いのが見てとれる。火鉢のせいではない筈だ。


(そういうところが可愛いというのに……)


 飲みきってしまった湯呑みを、猫板の上に乗せた。これはもう、土方の性質なのだろう。どこか男に好かれてしまう色気というものが溢れ出てしまう。全く色恋に興味のない俺でさえ、魅了されるような。いや、魅了はされていない。されていないが、魅了されてしまいそうな。いやいや、と首を振っては固まり、首を振っては固まる俺を、土方が怪訝そうに眺めていた。


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