第6話 溺愛家族の会議

 アリス一二歳の誕生日を控えた、初夏の深夜。

 アリスが夢の世界に旅立ったのを見計らい、インシェス家の面々は真剣な面持ちでリビングへ集まった。


「みなも分かっているだろうが……。七日後、アリスが一二歳の誕生日を迎える。一二歳と言えば、この世界の女神の前で、洗礼を受けなければならい歳だ」


 一度言葉を切ったジェイクは、至極真面目な顔で家族たちを見回した。

 誰もが真剣な様子で、ジェイクの言葉を待っている。


「我々は、アリスを連れて街へ行く。だが、アリスは女神の愛し子だ。しかも、爺の欲目から見てもその美貌は、誰もが振り返るほどだ!」


 ジェイクの発言を否定する者はいない。

 全員が、大きく頷き「その通りだ」と同意を示す。


「アリスが、街でよからぬ輩に目をつけられ、攫われる可能性がある。だからこそ、みなの知恵を借りたい。アリスの洗礼先をどの街にするのか」


 使命感を感じさせる声音で、たっぷりと溜めにためた孫バカジェイクが漸く議題を告げた。

 それに答えるように頷いたのは、同じくアリス馬鹿の家族である。

 

 

 それだけの事なのにジェイクを始めとした家族たちは、王族以上の警護をしようと画策していた。


 ジェイクを始めとして、ゼスもフェルティナも冒険者ランクはA。アンジェシカ、フィン、クレイのランクはBである。 

 更に、ジェイクには剣狂けんかく――剣狂いぐるいと言う意味合い、ゼスには魔狂まかく――魔法狂いぐるいと言う意味の二つ名を持っている。


 二つ名を聞けば、王族ですらタジタジになると言われているほど有名であるにも拘らず、家族たちはアリスのため本気で話し合い始めた。

 

 インシェス家の面々が危惧するように、幼いアリスの見目は確かに麗しい。

 アンジェシカと同じ甘栗色の髪は、光を受け金にも見える。肌の色は白く、もちもちとした頬は血色良く朱色に染まっている。

 高くも低くもない鼻、仄かにピンク色をした唇はぽってりとしており、見る者すべてを魅了する造形美を持っている。

 そして、幼女特有の大きな本紫の瞳は、この世界で女神に愛された子の印だ。 


「私はメルディンがオススメよ。アリスは綺麗なお花が好きだから、きっと喜ぶと思うわ」

「メルディンと言えば、南の国ディンの王都か」 

「えぇ、そうよ」


 手をあげたアンジェシカのオススメは、真魔の森を中心として真下に当たる小さな南国ディンの王都メルディンだ。

 メルディンか……確かに悪くはない。

 輝く海に浮かぶ白い街並みは、沢山の花々が咲き美しい。きっとアリスに似合うだろうとジェイクは街並みを思い浮かべながら考えた。


「メルディンは、確かに街並みは綺麗だと思うけどさー、あそこの王侯貴族は、かなりめんどくさいよ?」


 嫌そうな顔で告げるクレイの言う通り、美しい街並みはオススメ出来る。だが、見目の美しい者を強制的に妻にするような馬鹿がいたなとジェイクは思い出す。


「……却下だな」


 ジェイクが却下すると直ぐに、ゼスが次の候補をあげる。


「ハンズはどうかな? 近いし、冒険者も多いから、不埒ものも少ない」

「ハンズと言えば、隣の国だな」


 ゼスのオススメは、真魔の森の直ぐ右にあるヒーリスク王国所属の街ハンズだ。

 ゼスの言う通り、確かにハンズには多くの冒険者が集まる。理由はハンズの側に、三つのダンジョンがあるためだ。


 ダンジョンに危険がないとは言えないが……冒険者が多ければ、その分安心でき……と考えていたジェイクの思考を遮るようにフィンが言葉を挟んだ。


「不埒ものは少ないけど、冒険者も結構ヤバいの多いから……そこにアリスを連れて行くのはちょっと……」


 フィンの意見にゼス以外の家族が、何度も頷き同意する。


「アリスがケガでも追ったら……街事消せばいいじゃないか!」


 不服そうに物騒なことを言い出したゼスに対して、ジェイクはそっと却下を告げた。

 

「じゃぁ、マリアードはどう? あそこは海が綺麗だし、アリスも喜ぶんじゃないかしら?」


 フェルティナがオススメするのは、真魔の森から三つほど右下にある海運国家ノルディアの港街マリアードだ。


 マリアードと言えば、魚介が豊富に取れる。料理を得意とするマリアが、キャッキャと喜びそうだとジェイクも同意しかける

 だが、しかしと思い直した。

 マリアードは異国から日々、船が入港する貿易の拠点の街だ。気性の荒い船乗りが多く、他国の商人が跋扈している。そんな街にアリスを連れて行けば、可愛いアリスが良からぬ外国商人に目を付けられ連れ去られる可能性も高い……無しだ!


「マリアードはダメだ。異国の者たちが可愛いアリスに何をするかわからん!」

「確かに!!」

「アリスが可愛すぎるから、諦めよう」


 口々にジェイクの意見に同意する家族たちは、何も気づいていない。

 二つ名持ちのAランク冒険者に手を出すほど、愚かな者は少ないと……。

 

「俺は、リルルリアがいい。きっとアリスは驚いて、凄く可愛い顔で喜ぶと思うんだ!」

「クレイに同じく、私もリルルリアがいいと思います」


 クレイとフィンがオススメする街は、チェロルと言う国にあるリルルリアだ。


 リルルリアの場所は、たしか……真魔の森の上隣だったか? あの街を見れば確かにアリスは、驚き歓喜するだろう。それにあの街の名物は、果物だ。アリスもきっと喜ぶ。更には街の特徴故に、攫いようがない。ふむ、いい案だ!


 思案を巡らせたジェイクは、アンジェシカ、ゼス、フェルティナへ視線を向ける。


「確かに、リルルリアでしたら問題はありませんわね」

「あの街なら、人も穏やかだし、美味しい物もあるしいいと思うよ」

「私も賛成です!」


 アンジェシカ、ゼス、フェルティナは、それぞれ賛成する。

 そうしてアリスの洗礼先は、本人の知らないところでリルルリアに決定した。

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