鐘の音が鳴る頃に

第18話

 あっという間に夏も終わり、僕らは「合唱祭」に向けて準備が始まった。合唱祭は、十一月の最初の週に開催され、各クラスが歌いたいものを選択し、選んだ曲を歌う。二ヶ月弱の間、生徒達は自発的に練習し、クラスが一丸となって取り組んでいく。学校側の意図としては、団結力の向上や、数々の引き起こる障害や壁を、クラス全体で乗り越えてもらうことである。指揮者や伴奏者、パート分けなど、音楽の先生と相談しながら自分達で行っていく。生徒達にもやりがいのある、楽しいイベントだ。勤めていた学校でも、似たようなイベントがあったが、教師の立場からも、それはすごく感動的なものになっていた。


 僕はこの年の合唱祭を、ほとんど覚えていない。


「さぼったら怒られる」という気持ちだけが、僕らを突き動かしていたのだと思う。

 だが、今回は良いものになりそうな予感がする。石神の恐怖が軽減され、生徒達が自発的にこの合唱祭に向けて行動するようになった。伴奏者にも立候補する生徒が三人もいて、何を歌うかの話し合いも弾んだ。


 歌う曲は、実行委員がくじ引きで公平に決める。その前にクラスでの意見をまとめなくてはならない。小学生なら、多数決で決まると思ったが、意外にも全会一致で一つの曲に絞られた。


『平和の鐘』


 毎年、六年生が選び、優勝している曲だった。この学校では、六年生が「平和の鐘」を歌い、合唱祭を盛り上げるという暗黙の了解があった。そのため、他の学年の生徒は、六年生が歌うものだと思い、毎年遠慮している。だが、おそらく一組も「平和の鐘」を選ぶため、くじ引きで外れた方は、違う曲を選ばなくてはならない。


 幸運にも、僕らのクラスの実行委員が、くじ引きで「平和の鐘」を勝ち取り、優勝候補となった。皮肉にも今のクラスに、とても合っている選曲だと思ってしまった。


 この曲は、戦争や争いを無くすという願いが込められた歌だった。どうしても、石神の支配から脱却した僕らのための歌に思えてしまう。


 楽曲も決まり、伴奏者と指揮者を決める。伴奏者は早い段階で立候補を集め、この頃には毎日のように練習をしていた。僕のクラスは、ピアノを習っている子が三人もいた。逆に隣のクラスでは、伴奏者の立候補はなく、今は先生がやるか議論しているらしい。


 実行委員の中村葉月なかむらはづき加藤光輝かとうこうきが、教卓の前に立ち合唱祭のためのクラス会議を進行していく。黒板には、『曲』、『指揮者』、『伴奏者』と書かれており、指揮者と伴奏者の下は空欄だった。


「伴奏者どうするの?」

「明日、林先生がオーディションで決めるって」

 林先生は音楽の先生で、伴奏者や指揮者にアドバイスをする。当日は、自分が審査員にもなるのだが、学校全体を平等に指導してくれる。 

 この時間、石神はいつものように、俺には関係ないといった態度で、椅子にもたれている。

今では教師というよりは、監視カメラのような存在になってしまっていた。


「今日は指揮者を決めよう。立候補いますか?」

 葉月がクラスに呼びかける。すると、拓哉が天井に向かって一直線に手を挙げる。

「はい!まなとがいいと思います」

 一瞬固まってしまったが、拓哉に反論する。

「ふざけんな、拓也がやれよ!」

 教室中が笑いに包まれた。

「私もまなとくんがいいと思います」

 学級委員の真美が立ち上がると、それに吊られて、他の生徒も次々に僕を指名した。当然断れる雰囲気でもなく、クラスのみんなに承諾することになった。


 実は前回の六年生の時も、指揮は僕がやった。そのときは、ジャンケンで負けたとかだった気がするが、よく覚えていない。合唱祭での指揮の経験は二度目になるので、なんとなくだが、指揮のノウハウは覚えている。


 この日は指揮者だけが決定し、明日の伴奏者が決まり次第、練習を開始することになった。

 指揮者の役割としては、当日よりもむしろ、練習段階で重要になる。実行委員と協力して、クラスをまとめていく。今のクラスの団結力なら、問題はないだろう。


 こうして会議が終わり、僕は今年も指揮者をやることになった。

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