第14話

 夏休みも八月に入ったが、僕の計画は難航していた。


 一度計画を整理すると、まず、石神櫂は自分の都合の悪い生徒を除外する。僕と美来がそうだ。逆にいうと、それ以外の生徒は、石神の憂さ晴らしに付き合わされている。その生徒達を救い出し、石神櫂に自分の思うようにいかないと思わせる必要がある。


 僕は四年間担任として見てきたが、生徒達が言うことを聞かなくなり、学級崩壊した時が、一番先生にとってダメージが大きい。生徒達よりも自分が偉いと思っているタイプの教師は、こうなった時に生徒に寄り添うことができなくて、心が決壊してしまう。僕はこれを狙っていた。そうすればこの先、石神が教室という場所に関わることはなくなり、七年後に起こる生徒の自殺を止めることができる。


 だけど、これには一つ問題があった。石神を恐れて、僕に賛同してくれない子が一人でもいると、その子が石神に狙われやすくなってしまう。石神に歯向かい、辞職に追い込むなら、二組から従順な生徒を一人も残してはならない。


 それを踏まえて、夏休みにはなるべく今のクラスの生徒たちと遊び、仲良くなる必要があった。

 拓哉や理樹はもちろん、クラスの女の子や過去の自分なら関わっていないだろうと思うような子も遊びに誘った。結果として僕は、「以前の六年生」より、「今の六年生」の思い出をたくさん作ることになった。


 僕の中身は、二十六歳だ。付き合わされる遊びは、幼稚なものもたくさんあったが、それはそれで新鮮だった。大人になって全力で走ったり、笑ったり、好きなものを素直に話す機会はほとんどなかった。遊びというよりは、教師目線で小学生を見張るという役割に近かったが、気付けば全力で楽しんでいる自分がいた。


 約束通り、拓哉とは練習をした。ほとんどサッカーの練習で、キーパーをやらされたのだが、拓哉はバスケットゴールがある公園を僕に教えてくれた。

 五回に一回の割合で僕らはバスケをした。拓哉はバスケをやっても、中学校でレギュラーを狙えるくらい上手だった。


 理樹や孝彦とも、もちろん遊んだ。秘密基地を作ったり、キャッチボールをした。野球の道具を持っていない僕に、キャッチャー用のグローブを貸してくれた。どうしてキャッチャーなのかを聞くと、「ボールを受け止めるのが上手いから」と拓哉との練習を考慮してくれた。


 僕らは家の中ではほとんど遊ばなかった。家に集まっても、結局外に飛び出して、遊びを見つけ出す。十五年後の小学生とは、なんだか別の生き物のように思えた。


 数人で遊ぶ日もあったし、大勢で鬼ごっこなどをして遊ぶ日もあった。青春の一歩手前のような感覚が、確かにそこにはあった。


 夏休みの中盤、僕らはいつも遊んでいる公園に集まった。そこには男女合わせて十五人ほどの大勢のクラスメイトが仲良く遊んでいる。

 僕の計画をみんなに協力してもらうための絶好の機会だと考えた。

 一日中公園を駆け回り、気づけば夕方になっていた。五時半を知らせる鐘の音が、時計台から流れ始める。その合図に合わせて、公園にいた下級生や子供を連れたママさんらは一斉に帰り始めた

 僕らはその公園に残り、中央にある砂場に腰を下ろして円を作った。

「夏休み、もうすぐ終わっちゃうね」

「まだ、三週間あるよ」

「宿題終わった?」

「うちのクラスはみんな終わってるよ」

 各々がそれぞれの話をする。

 このクラスには不思議な団結力があった。僕が元の世界で担任を持った時も、ここまで仲のいいクラスは見たことがなかった。


 僕はみんなに話を聞いてもらうため呼びかける。

「みんな」

「…」

 クラスメイトが静かに僕の方へ向く。

「今のクラスはどう思う」

 まるで先生のような口調でみんなに問いかけた。

「どうって最悪だよ」「先生が嫌い」「先生怖い」

 みんなが意見を言うが、不満の対象は全て石神に向けられた。

「僕も先生が嫌いだ。教師としてあんな態度は許されない」

 思っていることを隠さずに言う。

「だからみんなで、先生に逆らうんだ」


 この先で、石神櫂は生徒を自殺に追い込む。それを止める為に今まで考えてきたが、それだけじゃない。今のクラスメイトを、僕は守りたい。本来学校は学びの場だ。僕らは学校で楽しいということを学べていない。全員が怯えて、警戒している。それは絶対に間違ったことだ。


「でも学校に報告しても、そんなことないって言われちゃうよ」

 以前、二組の親御さんが学校に追求しに来たと聞いたことがあったが、この子の親だろう。一度どうにもならなかったその子は、諦めた表情をしている。

「確かに…」

 全員が暗い顔になる。


「いや、大人の力は借りない。僕らで石神を困らせてやればいいんだ」

 もう一度、生徒たちは顔を上げた。

「どうやって?」

「簡単だよ、石神の言うことを聞かない」

 少なからず、石神の問題行動をここにいる生徒の両親は知っている。だからホームセンターであったときの拓哉の母親も、僕が怪我をすることよりも、を心配していた。


「そんなことしたら、先生をもっと怒らせちゃうかもしれない」

 今年も学級委員をやっている晃がそう言った。

「大丈夫。僕は何回も先生に逆らってる。自分の思い通りに行かない生徒に、先生は何もしてこない。美来も僕も避けられてるんだ。あいつは、弱いものいじめをしているだけだ」

 僕は石神が怖くないこと、そして卑怯であることをみんなに話す。


「え、中島さんが逆らったの?」

 校外学習で同じ班だった明美が言った。

「校外学習の日、僕らは帰りが遅かっただろう。あれは先生に逆らう為だったんだ」

 みんなが驚いて、相談している。

「何も先生に暴力を振るうわけじゃない。物に当たったり、貶(けな)してきた時に反撃する」

 みんなは僕の話を真剣に聞いてくれている。


「僕は学校に来るなって言われた」

 一人の男の子が言った。

「私はあの先生に一日中立たされた」

 徐々にここにいる生徒らが賛同していく。


 だが、ここまで生徒達に嫌われているのは、少し気の毒に思った。

 今のクラスの生徒達は、我が強い子があまりいない。それは石神にとって良いようなおもちゃになりやすいということだ。だけど多分、自殺した子は石神に弄ばれ、周りにも助けられることなく死んでいったのだろう。幸いにもこのクラスは、僕と美来を除いた全員が、石神に従順だった。だからこそ、助け合い、今まで自殺に追い込まれるような生徒は出なかった。被害者を出さない為にも、クラスで戦わなくてはならないのだ。


「これから僕らがやることは、みんなで協力しないといけない。一人でも先生に対抗できない子がいれば、たちまちその子だけが狙われることになる。だからクラスのみんなで先生に対抗しよう」

 全員が頷いた。


「実際、どうやって困らせる?」

 拓哉が言った。

 以前から考えていた作戦を話す。

「まずは、何をされても弱いところを見せちゃダメだ。勇気を持って、平然を装うんだ。さっきも言ったけど、弱い物いじめなんだよ。自分の都合が悪くなれば、関わってこないさ」

「平然を装う?」

 孝彦は首を傾げている。

「平気なふりをするってこと、何も感じないぞって」

 真美が説明してくれる。

「そう。屈しない姿勢を見せていこう」

「でもやっぱり怖いよ」

 隅にいた女の子はまだ怯えている。

「大丈夫、一人じゃなければ怖くない。呼び出される時は二人以上で行くんだ。それに、本当に怖かったら、僕も行く」

 怖がっている女の子も笑顔を見せてくれた。

「わかった。俺やるよ」

「私も」

「僕も」


 ここにいるみんなは協力してくれるようだ。あとは、今いないクラスの子にも協力してもらう必要がある。


「夏休み中に遊んだ子に、今の話を伝えてほしい。もしもできないと言う子がいたら、それは僕に伝えに来てほしい」

 全員がもう一度大きく頷く。


 最近、僕の六年生の頃の思い出が、良い思い出へと替わっていくのがわかる。だが、まだ他の生徒達は、この一年が最悪な一年として記憶されてしまっているだろう。クラスのみんなで新たな一年を刻む為にも、石神の支配から逃れなくてはならない。


 僕らは円を縮め、真ん中に集う。全員で手を合わせ、空に向かってその手を上に挙げた。

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