第3話
対角線上に優香が座り、一緒に夕飯を食べている。向かいには父が、隣には母が座って会話をする。
こんな日が来るとは思いもしなかった。大学在学中に何度か実家に戻り、四人で食事を囲んだこともあったが、このような賑やかな食事は、この頃を境になくなってしまう。
「お兄ちゃん、サラダとって!」
優香は何も入っていない皿をこちらに突き出す。
「自分で取りなさいよ」と母は少し呆れて言う。
「だってお兄ちゃんのほうが近いじゃん!」
お皿を受け取り、サラダを盛り付ける。盛り付けたサラダにドレッシングを掛け、優香に再びその皿を渡した。
「ありがとう!」
そう言って、無邪気に優香は笑っている。
夕食を終え、父と話をした。所々二十六歳の僕の言葉遣いに驚くこともあったが、酔っていた為、なんとか誤魔化すことができた。優香は宿題があると、夕飯後にすぐに自分の部屋に戻っていった。母も夕飯の後片付けをしながら、たまに話に割って入る。改めてこんなにも騒がしい家庭であったことを実感した。
不意に、母が学校のことについて話題を変える。
「愛斗、学校明後日だけど、新学期の準備終わってるの?ギリギリになってあれがない、これがないって言っても買ってこれないよ!」
母は念を押していう。
「今日中に確認して、自分で買ってくるよ」
「あら素直じゃない。」
母は少し驚いた表情で言った。
「今日の愛斗は一味違うぞ!」
酔っ払った父が横から入ってくる。
「さっきも、人生楽しいかって聞いたら大人顔負けなこと言ってたからな。子供は遊んでればいいんだよ」
父は酔っていると面倒な人だったが、根は良い人だ。
十五年前の家族の一員として演じているが、これは本当に夢なのだろうか。疑問が頭をよぎる。
春の気候も、桜の匂いも、料理の味も繊細に表現されている。五感が夢であることを否定する。
ただ現実的に小学生になってしまうのは考えられないし、考えたくない。
今できることは、これが夢であることを望むことだけだった。
両親と話した後、自分の部屋に行った。部屋には自分が使っていた、当時の机やベッドがそのまま置いてあった。懐かしさが感じられるそのベッドの大きさは、大人のそれよりも少し小さいが、今の僕にとっては丁度いいサイズだった。
ベッドに横たわり、すぐに目を瞑った。
この世界が夢で、幸せを見せてくれる吉夢なら、明日には覚めてしまっているだろう。
そう願って僕は、現実に戻るために眠った。
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