第3話 ルームメイト
☆☆☆
「──ってことがあってさぁ……もう、嫌になっちゃうよね」
やっとのことで寮の自室に帰ってきた私は、ルームメイトの
伊澄は風呂上がりの髪を梳かしながら、ふふっと意味深に笑った。
「なるほど、タマちゃんも大変だねぇ」
「そうだよもう、こんなんで本当に文化祭成功するのかな……」
「生徒会の面々は、やる時はやる子たちだと思っているけどねぇ。絢愛ちゃん然り、沙樹ちゃん然り。……後輩はよく分からないけど、暴走しがちなあの二人にストッパー役のタマちゃんが加わればもう無敵よ無敵」
「……」
絢愛や沙樹が優秀過ぎるのは私も分かっているのだが、最近は少々おふざけが過ぎる気がする。しかもそれを収拾しようとするのが私しかいないせいで、必要以上に疲れる。まるで、私が慌てるのを見て楽しんでいるようなのだ。
結局、今日もあの後、マンガ部のポスター案を断固として拒否し続け、代わりにセンシティブ描写のない美術部の案を推しておいたら、絢愛と茉莉は渋々折れた。が、その時には既に日が暮れかけ、あまり作業が進展しないまま今日の活動は終わりになってしまったのだった。
「ほらぁ、ぼーっと突っ立ってないでお風呂入ってきなぁ? 疲れてるんでしょぉ? タマちゃんがお風呂入ってる間に食事の準備しといてあげるからさぁ」
「ん……ありがと」
まるで本当の保護者かのような気の遣いようだが、疲れている今はそれがありがたい。だからいつまで経っても
結局、入浴中も今日のことや文化祭の心配等が頭の中をぐるぐるとしていて、どこか心ここに在らずといった感じだった私。挙句の果てには、最初に髪を洗ったことを忘れて、身体を洗った後にもう一度髪を洗ってしまった。なにやってるんだって感じだ。
これも全部、私をマスコット扱いする周りが悪い! いや、マスコットみたいに扱われるような言動をしてしまう私が悪いのかな? とにかく、どうすれば現状を打開できるのかが皆目見当もつかなかった。
長風呂をして少しのぼせてしまった。
私は部屋着に着替えた。ピンク色のもこもこした可愛らしいやつだ。伊澄に選んでもらったジェラートなんとかっていうらしい。私くらいのサイズだと、子供用かこういうかわいいのが多い。そういうのが嫌だと言って1回大きめのTシャツを着ていたら
フラフラしながら寮に戻ると、部屋の中心に置かれているテーブルには、湯気の立つ美味しそうな食事が用意されていた。鯖のような焼き魚に、みそ汁に白いご飯。栄養バランスにも気をつけて、青菜のおひたしも添えられている。
伊澄は本当にお母さんか何かのようだ。
それでも、入学当時は身長もほとんど変わらず、むしろその頃は伊澄はもっと頼りなくて私がお姉さんみたいなところがあったので、年月の流れというのは恐ろしいものである。多分、私の性格がこの子を『保護者』に育て上げてしまったのだろう。「一緒にいると母性が刺激されるのよねぇ……」と伊澄はよく言う。最近、おっぱいが出るようになったとか言っているが、流石にそれは冗談だと信じたい。
「タマちゃんおかえり、ご飯にしよぉ?」
「いつもありがとう」
「なによぉ改まって……」
「別に……」
保護者……か。
いっその事本当の両親や家族に悩みを打ち明けてみるのはどうだろう? でもどう伝える? マスコットとして見られないためにはどうすればいい? とか?
やっぱりやめよう。両親に無用な心配をかけたくないし。結局保護者に頼るようなら、私はいつまで経っても子どものままだ。
いただきます。と手を合わせて、二人で向かい合いながら夕飯をつつく。あまり食欲がない。あんなに疲れてたのにどうしてだろう……。はぁ、憂鬱だ。
「どうしたのタマちゃん。あまりお箸が進んでないねぇ?」
「食欲がないの」
「ちゃんと食べないと、倒れちゃうよぉ? 最近文化祭の準備で生徒会は忙しいんでしょぉ?」
「まあね」
「ほら、あーんしてあげるから食べなってぇ」
「嫌だよ恥ずかしい……」
私が食器を片付ける素振りを見せると、伊澄は「もったいないなぁ……」などとつぶやきつつ、私が残した魚を自分の皿に移して食べ始める。これもこれで恥ずかしい。私はどうすればいいんだ……と悩みながら食器を片付けるのだった。
夕食が済んだら机に向かって宿題や、テスト勉強の時間。それも終わったら、ベッドに寝転がりながら消灯の時間まで一時間ほど読書をしたり、スマートフォンで動画を見たりする──のがいつものルーティンなのだけど、今日は疲れていたので、宿題を済ませるや否や消灯前に布団に潜り込んで、そのまま寝てしまった。
☆☆☆
私は洗濯物を抱えて、洗濯機が並んでいる共用スペースに向けて忍び足で歩いていた。夜中なのか、桜花寮は非常灯を除いて全く明かりがなく、静かですごく不気味だ。あまりこういうのには強くないので、どうしても足早になってしまう。
共用スペースには明かりが付いていて、ほっとしながらドアを開けると、一人の人物と鉢合わせてしまった。
「ありゃ? タマちゃん先輩?」
「えっ、茉莉ちゃん……?」
そこにいたのは、生徒会の後輩の望月茉莉だった。普段はふんわりシニョンの髪型なのだが、今は下ろしているので、どことなく妖艶さが漂っている。
「タマちゃん先輩、こんな夜中に洗濯ですか?」
「えっと……あっ、うん……そうだけど……」
おかしい。私はどうして自分が夜中に洗濯をしに来たのか、理由が分からないのだ。ただ、なんとなく他の人に知られてはいけない理由な気はした。
茉莉は、ふーんと意味深な笑みを浮かべて、私が抱えていたシーツのような洗濯物に手を伸ばす。
「ちょっと!?」
「いいじゃないですか。あたしの洗濯物と一緒に洗ってあげますよ。その方が水も洗剤も節約できますからね。エコです」
「いやあの、そうじゃなくて……」
慌てて後ずさると、茉莉は割とすんなり諦めたようだった。
「まあ、タマちゃん先輩が嫌なら無理にとは──」
「ふぅ……」
「スキありっ!」
油断させて腕の力が緩んだところで、素早く茉莉はシーツをひったくる。しまったと思ったがもう後の祭りだ。茉莉だけに……ってこんな時に何を考えてるんだ私は!
「か、返して!」
「嫌ですー!」
取り返そうとして茉莉と揉み合いになっていたら、手が滑ってシーツがバサリと床に落ちた。広がったそれは中央付近にちょっぴり汚れがついていて……赤黒……血? にも見える。
「えっ、えっ……?」
私は当然困惑した。こうなってしまった経緯の記憶が全く無いからだ。
だけど、茉莉は全てを理解したようだった。「なるほど〜」とニヤリと笑った彼女は、呆然と佇む私に迫ってくる。
「──つまり、タマちゃん先輩は今日は安全日なんですね!」
「はぁ!?」
どこから突っ込んだらいいのか。
「いやーよかったぁ。それなら思う存分エッチなことできますね! 一回タマちゃん先輩とやってみたかったんですよ。あたし的には全然ロリもアリかなって──」
「茉莉ちゃん……?」
女の子同士だから安全日も危険日もないのでは? というツッコミを飲み込みつつ、パニックになる脳内をなんとか整理しようとした。でも茉莉はそれを許してくれなかった。
茉莉は手慣れた仕草で私を押し倒すと、腰の上にまたがってニッコリと笑う。彼女の恋人の羚衣優もこうやってされているのだろうか……?
「そ、そうだ羚衣優ちゃん! こんなとこ見られたら怒られるんじゃない!?」
「羚衣優先輩ならぐっすり寝てるので大丈夫ですよ。深夜だから誰かがここに来ることも考えにくいですし……」
茉莉はフフフッと扇情的に笑い、私の上に覆いかぶさってきた。
私が思ったことはただ一つ。
──どうしてこうなったの?
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