愛玩少女のストリングループ

早見羽流

第1話 マスコットじゃないもん!

 ──星花せいか女子学園じょしがくえん


 中高一貫の女子校であり、系列の大学は隣の市に存在する。

 創立されて70年のそれなりに歴史ある学校だが、12年ほど前から経営が赤字化。教育特区ということもあり、7年前から巨大複合企業の天寿てんじゅが経営に携わるようになって財政はV字回復した。理事長にも天寿の若い女性社長が就任した。


 要は大企業がバックについたお嬢様学校だと思っておけばよい。

 星花女子学園に入学する生徒の思惑は様々。単に女子校に入りたいとなんとなく入学する者、強い部活に惹かれて入学を志す者、バックの天寿への就職やパイプ作りを画策して入学する者。家庭的な事情があって、併設されている寮へ入ることを目的に入学を決意する者。


 そんな星花女子学園中等部の生徒会は、今少し厄介なことになっていた。



 ☆☆☆



 中等部生徒会の所属生徒は現在九名。三年生が四人、二年生が三人、一年生が二人となっている。

 ちょうど秋に文化祭という大イベントが控えているため、メンバーは夏休み明けから大忙しだった。特に役員の三年生は、文化祭後に代替わりを行うのが通例となっているので、実質携わる最後のイベントということで気合いの入りようが違う。普段は緩い雰囲気の四月一日わたぬき 絢愛あやめ会長も今ばかりは企画委員会の力を借りながら、てんてこ舞いで下準備に追われている。


「ねー、づきちゃん? ポスターの案、候補絞ってくれた?」

「はい。やっぱりあたしはイラスト部、美術部、マンガ部のものがいいと思います」

「やっぱりねぇ……クオリティが他のと全然違うからね」


 美しいモデル体型の絢愛に、負けず劣らずのあざと可愛い系美貌を備えた副会長の二年生──望月もちづき 茉莉まつりが言葉を交わす。茉莉の左腕には、書記の三年生で茉莉の恋人の神乃かんの 羚衣優れいゆがさりげなくしがみついている。



「もういっその事全部のポスターを飾るっていうのは?」

「でもそうしたら印刷のコストがかかるのよねぇ……」

「難しいですね……」

「うーん……ねぇ、たまきん?」

「ふぇっ!? はいっ!」


 突然絢愛から声をかけられ、私は変な声を上げてしまった。


「なにボーッとしてるのよたまきん?」

「べ、べつにボーッとしてたわけじゃないから……」


 あと、いい加減『たまきん』って呼び方をやめてほしい。なんというか……少し卑猥に聞こえるからだ。でも、それを絢愛に指摘すると「うわぁ、たまきんったらそんなこと考えてたんだえっちぃ〜!」みたいなことを言われてしまうので、言うに言い出せない。


「ふーん、まあいいけど。で、たまきん。ポスターを3種類くらい刷りたいんだけどさぁ、文化祭用に貯めてあった予算はどれくらい余ってるの?」

「もう全く余裕ないよ。誰かさんがステージ企画にアイドル呼ぶとか言い始めるから……」

「えーっ、いいじゃん楽しいじゃんその方が! その分パンフのコラムとかを新聞部に依頼したりしてお金浮かせたじゃん! 広告も入れたしほら!」

「それでもカツカツなんです! タマも魔法使いじゃないんだから無限にお金は生み出せないの!」


 見てのとおり、私は生徒会で会計を任されている。自由奔放なメンバーに振り回されながらも、しっかりと財布の紐を握っておかないと、後輩たちに申し訳がない。断る時はキッパリと断らないと。

 すると今度は茉莉がしおらしい表情を作りながら上目遣いに見つめてきた。


「そこをなんとか……お願いしますよタマちゃんせんぱーい? フリマの売り上げで収入見込めるでしょー?」

「うっ……うぅ……」


 顔が近い。シャンプーの匂いだろうか、いい匂いがする。おおよそ後輩が出しているものとは思えないようなその色気に一瞬クラッとしかけてしまったが、茉莉の恋人の羚衣優がものすごい殺気をまとって睨みつけてきたので正気に戻ることができた。


「で、でもダメ! フリマの売り上げなんてかなりバラつきがあるものだし、そのまま来年の予算に計上するのが毎年のルールになってるから!」

「──らしいよ。しょうがないね、づきちゃん」


 絢愛が肩をすくめると、茉莉は頬をふくらませて不満をアピールしてきた。


「ぶぅ……タマちゃん先輩のケチ!」

「あーはいはい、どうせタマはケチですよーだ!」

「あーっ、不貞腐れちゃった。かわいい!」

「可愛くない!」

「おーよしよし、いいこいいこ〜」

「いいこいいこ〜」

「や、やめてもう!」


 私の頭を撫でようとする絢愛と茉莉から逃げるように生徒会室を走り回ることになってしまった。でも、すぐに二人に挟み撃ちされて、これでもかというほど頭を撫でられた。

 いつもこうだ。私は幼い見た目も相まって、先輩や同級生、挙句の果ては後輩達から可愛がられている。別にそれ自体は嫌ではないのだけど、行きすぎるとうざったい。私はタマなんて呼ばれてるけど愛玩動物じゃないぞって言いたい。

 私だって──他の人みたいに対等な一人の友達として、そしてゆくゆくは誰かの恋人に……なんちゃって。

 でもそれは望めそうにない。私はみんなにとっては『愛玩対象』でしかないのだから。



「こらこら、二人とも。タマちゃんが可哀想じゃないか。その辺にしてやってくれ」

「「はーい」」


 三年生副会長の片寄かたよせ 沙樹さきがたしなめると、二人は大人しく私を解放してくれた。沙樹が口を出さなかったらずっと撫で回されていたのだろうか。それはちょっとゾッとする。

 絢愛と茉莉は何事もなかったかのようにポスター選びに戻った。羚衣優だけはいまだにこちらを恨めしげに睨みつけていた。


「でー、どれか一つに絞らなきゃいけないらしいんだけどぉ……」

「あたしはこのマンガ部のやつとかお気に入りですね」

「おぉぉ……いいんじゃない? たまきん、じゃあこの案で早速ポスターを──」


 絢愛に手渡された下書きの案を見て私は言葉を失った。

 そこには『あのコとの関係が進展する文化祭♡』という謳い文句と共に向かい合って熱い口づけを交わす二人の女の子のイラストが……!


「……!」

「ん? どったのたまきん?」

「ダメ! こ、こんなの認められるわけないでしょう!」


 こんなものを飾ったら、文化祭を訪れた小学生やその保護者たちに、星花女子学園がいかがわしい学校だと思われてしまう! なにをどう間違えたらこんなポスターを採用しようという気になるのだろう。こんなの……選考段階で落とすべきなのに……!


「まぁ、どこがどうダメなのかしらー?」


 絢愛はニヤニヤと笑いながらじっと私を見つめてくる。絶対に確信犯だ。私を恥ずかしがらせて遊んでいるんだ。……この人でなしっ!


「わ、わかってるくせに……」

「えーっ、わからないなー? でもたまきんがそんなにはっきりと嫌だって言うならそれなりの理由があるんでしょー? 教えて欲しいなー?」

「……いじわる」


 沙樹の方に視線を送って助けを求めるが、このボーイッシュな副会長は涼しい顔で後輩から手渡された書類に目を通している。

 あ、これはダメだ。この場の誰も私を助けてくれない。仕方ないと、渋々口を開こうとした時、絢愛がクスッと笑って表情を緩めた。


「あーもう、真っ赤になっちゃってかわいい!」

「もう! どうしていつもこうなるのぉぉぉぉぉっ!」


 生徒会室に私の嘆きが響き渡ったのだった。

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