射撃手達の帰還道 〜アイアンサイトは魔法世界にて〜

エンタープライズ窪

王都編

狙撃手達の邂逅

プロローグ

 夏の日。

 それは暑い日。

 セミの鳴き声がさらに暑さを増大させる日。


 この季節になると、人はかき氷やらアイスクリームを欲しがる。

 それこそ本能と言わんばかりに。


 いや、実際に本能なのだろう。

 夏にアイスを食わない人間を俺は人間ではない何かだと仮定している。


 現在、俺達も本能を絶賛剥き出し中であり、カフェのテラス席でバニラアイスを食べていた。


 彼女と向かい合って席につき、2人してアイスをレロレロレロレロ。

 2人してきったねえ食い方である。


「ねえ、利也」


「あ?」


 俺はアイスを食べるのをやめて、テーブルの向かいに座る彼女のいつになく深刻な顔を見る。


「私、就職先決めた」


「ふーん。どこに就くんだ?」


「自衛隊」


「ふーん」


 俺のそっけない返事に、彼女は驚いた様子を見せる。


「て、てっきり取り乱すものかと……」


「バカヤロー。なんで人の就職先にわざわざケチ付けにゃならんのだ。それに自衛隊だぞ? 日本国民がどんだけ守られてきたと思ってやがる。違憲論者じゃねえんだぞ、俺は。バカにできるかってんだ」


「ふーん。やさいせいかつじゃん」


「それ言うのネットの中だけにしとけよ」


「ネットでも言ってないよ」


「じゃあ何で今言った?」


「なんとなく」


「……」


 このネット廃人め、と思いつつ、俺はアイスを舐めた。


 意外だとは感じた。


 てっきりこのオタクはVtuberかアニメーターになるものだと思っていた。

 いや、思い込んでいた。

 親友にすらど偏見を抱いてしまう俺は本当に嫌な奴だと自覚する。


 しかし、選んだのは自衛隊。


 たしかにこいつは喧嘩が強い。


 中学時代にはナンパしてきた高校生を病院に送ったらしい。

 聞いた話であるので真相はわからないものの、とにかくこいつは強い。


 それでも、自衛隊の訓練についていけるかなんてわからない。


「ちょっと聞いていいか?」


「何?」


「なんで自衛隊?」


「……だってさ、嫌じゃん。日本が攻撃されるのは。それは則ち純粋な日本のオタク文化の消滅も意味する。耐え難い。真に耐え難いでござる……!」


「くっだらねえ何だよそれ。マジで馬鹿馬鹿しい……」


「就職先ではなく動機にケチつけられた!」


 近年、世界中で各国の対立が激化している。

 政治に興味を持たないような層も、「これはちょっとまずいのでは?」という考えを抱くくらいには激しい対立だ。


 というのも、南太平洋にリバストス諸島連合という島国がある。

 そこで親中政権が樹立したのだ。

 これにより、中国の太平洋における勢いが増したのである。


 リバストス諸島といえば、日本軍と連合国が激戦を繰り広げた場所だ。

 俺の祖父もそこに出征していた。


 中国艦隊は公海を通ってリバストス諸島連合に向かい、演習を繰り返している。


 アメリカを始めとした西側諸国は中国に対する圧力を強め、緊張が続いていた。


 日本でも分断を煽る動きが出始めている。


 そんな中、オタク文化を守るために自衛隊に志願すると口にした親友の度胸は尊敬する。


 口ではああ言ったが、立派な動機だと思う。


「流石にそれ以外の理由もあるんだろ?」


「自衛隊は退職後の補償もいいからねー。それに、中学で被災した時はお世話になったし。でも、理由はそれだけじゃなくて……」


「まだ理由があんのか?」


「……やっぱなんでもない」


「お前何なんだよ」


「この話は終わり!」


 これ以上は聞かないことにしよう。

 俺は別の話題を振ってみる。


「ところでお前、WEB小説やってたよな? 最近どうよ?」


「いやー、全然伸びないや。別のサイトではブックマークいっぱい付いたんだけどねー。今日も評価星の数を減らされたし……。久々に星2を貰えたのに1にされたんだよ……。

 ブックマークは伸びないわ、感想で暴言吐かれるわ……。

 そんなにテンプレがいいんですか……。

 テキトーに黒髪ホストに無双させて女の子に囲ませておけばいいんですか……?」


「お前はそういうの好きな人に殺されろ。ウェブじゃそういうのが人気なんだよ。受け入れなさい」


「あと、『ヒロインがエロすぎる、やめろ』って活動家臭いアカウントからリプ来た。ウザすぎて鬱。ガチ消えて欲しい。滅べ」


「それは無視しろ。サイト内の厄介読者の数百倍、小学生的には1億万倍厄介だからな」


「おーぅ……」


 机に突っ伏す彼女。

 しかしそれも一瞬のこと。


 ガバッと飛び起きた彼女は、俺をじっと見つめて、


「この憂鬱な気持ちを吹き飛ばすためにも今はアニメを見たほうがいいと私は考えますが、貴方様はどのようにお考えでしょうか!」


「……好きにすりゃいーじゃん」


「よし決まり! 私の家で一緒にアニメ見よう! ラブコメ! ラブコメ!」


「マックも呼ぶか?」


「師匠はいいかな。多分ラブコメパワーの前に悶絶するだろうし。はむっ」


 バニラアイスをひと口で飲み込んだ彼女は、会計をするためにレジへ走っていった。


「ほら、早く!」


 俺はため息をついて、彼女の後を追う。


 何故か、俺の口角は少し上がっていた。


 高校2年生の、とある夏休みの日の出来事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る