二十三話 今のうちに殴らないと!

「はぁ、はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 直樹と大輔から荒い呼吸が漏れる。大きな傷はないものの、小さな傷が多くついており、戦闘服もボロボロだ。


 それを冥土ギズィアの身体を乗っ取ったアスモデウスが見下ろす。


「『……存外粘りますね』」

「粘る? 追い詰められてるのはお前だろ?」

「むしろそっちの方がよく粘ってるよ」

「『はぁ』」


 アスモデウスがアンニュイにそれでいて色気たっぷりに溜息を吐いた瞬間。


「『ッ!?』」

「ッ!」


 荘厳な音色が響いたかと思うと、周囲に漂っていた死の瘴気が消え去った。つまるところ、ウィオリナが死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを封印した瞬間だった。


 晴れる死の瘴気の障壁から、ボロボロながらも澄んだ表情のウィオリナを見やって、あっけに取られていた大輔は安堵の溜息を漏らす。


「……よかった」

「お! 浮気? 浮気か! ついに翔と一緒か!!」

「違うよ! っつか、黙れや!」


 直樹の茶化しに大輔は怒鳴る。足蹴りを喰らわせる。直樹はスッと避ける。大輔が不機嫌に表情を歪める。


 だが、それと同時に本当に安心したように表情を緩める。ウィオリナが死之怨巨鬼神しのおんおおきがみと共に隔離されたときは、本当に恐ろしいと感じたから。


 大輔の見立てでは、ウィオリナは死之怨巨鬼神しのおんおおきがみに勝てないと思っていたから。直ぐに死んでしまうと思っていたから。


 直樹とティーガンの強い制止がなければ、魔力の限りを尽くしてでもウィオリナの戦線離脱をさせていただろう。というか、途中までそうしようとしたため、アスモデウス相手に後手に回っていたのもある。


 だが、それは見当違いだった。ウィオリナは神である死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを封印したのだ。


 それに驚き、安堵し、恥じた。


 戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピス数体を疲れ切ったウィオリナの回復に向かわせながら、大輔は頬を緩ませた。


 しかし、余裕はない。


「『仕方ありません。前戯ぜんぎはここまでです』」

「チッ! 大輔ッ!」

「分かってるよ!」


 冥土ギズィアの身体を乗っ取ったアスモデウスがフィンガスナップをする。


 すれば、


「申し訳ございません」

「マスター。どうか、お許しを」

「上姉さまを責めないでください。処分なら私たちが受けますから」


 ティーガンが相手取っていた九十九体の冥土ギズィアの妹たちが、直樹たちに襲い掛かってくる。ティーガンは百番目の妹、ヘクトと共に転移で遠くに飛ばされた。


 冥土ギズィア――プー子は統括個体コマンダーだ。つまるところ、妹たちに対して絶対的な支配者権限を持っている。その命令コマンドには逆らうことはできない。


 しかも、アスモデウスの力でその命令コマンドの強制力が強化されていた。創造者故の絶対上位者権限をもつ大輔と直樹の命令にすら抵抗レジストしてしまうほどに。


 もちろん、大輔たちも馬鹿ではない。万が一、プー子の権限が誰かに奪われ、大輔たちの命令も意味がなさなかった場合も想定し、権限破壊特別ルートをいくつか作っていた。


 しかしながら、その権限破壊ルートの殆ど・・が潰されてしまった。それだけアスモデウスの乗っ取りに関する力が強かった。


 どうにか、冥土ギズィア自身の能力制限は掛けられたものの、元々冥土ギズィアの殆どの能力は妹たちよりも低い。


 統括個体コマンダーとしての性能に重きを置いていたからだ。


 なので、その能力制限もあまり意味がなかった。


「ちょっ、お前ら! 俺だけ弾数多くねぇか!?」

「直樹、五月蠅うるさい!」

 

 三十体の妹たちによるガトリング掃射。五十体の妹たちが操作する黒羽根ヴィールの超重力生成の行動阻害と空間遮断結界を利用した空間斬撃攻撃。残り八体による黒腕アルクトスからの魂魄に衝撃を与える〝魂衝破〟。


 死そのものである。冥土の慈悲ギズィア・スファギとはよく言ったものである。


 襲い掛かる死の嵐に、直樹と大輔は頬を引きつらせながら、必死に回避する。


 全ての妹たちがそれぞれ六十四枚のうち半数の黒羽根ヴィールを使って、空間転移阻害の結界を直樹たちの周囲に張っているため、転移による回避は不可能ではないが、魔力と時間を消費しすぎる。


 直樹は自身の体への物理的干渉を無効にする“身体肉体操作術[霊体化]”で、大輔以上に襲い掛かるガトリング掃射を透過。


 大輔は移動型聖星要塞ステラアルカで張った特殊混合結界によって、自身と直樹に襲い掛かる超重力と空間斬撃攻撃、〝魂衝破〟を防ぐ。


 しかし、そもそもそれ自体が囮。


「まぁ、一応、申し訳ございません、サブマスター」

「ッ、俺にも敬意を示してくれよ!」

「直樹ッ!」


 直樹の背後に展開されていた移動型聖星要塞ステラアルカにいつの間にか黒羽根ヴィールの一枚が取り付いていた。


 それを起点に銀の刺繍が施されているメイド服を身にまとった四十七番目の妹、ジルヴァラが入れ替わり転移。


 そのまま巨大な鋼鉄の腕、黒腕アルクトスによってを使って回避しようとした直樹を地面に向かって殴り飛ばす。


 “身体肉体操作術[霊体化]”による物理干渉の無効は意味をなさない。〝魂衝破〟を応用した非実体を物理的に殴る魔力を纏っていたから。


 殴り飛ばされた直樹は、その衝撃に顔をしかめながらも地面に叩きつけられる前に体勢を整える。


 ズザザァァーと滑りながら、着地する。


「グッ」


 それと同時に大輔も直樹の隣に滑りながら着地した。一瞬、直樹に気を取られた瞬間にミニスカメイド服を身にまとった二番目の妹、ゼグンドに殴られたらしい。


 と、


「ッ、容赦ねぇな!」

「我ながら自分の才能が恐ろしいよッ! 超高位戦闘解析演算戦術なんて作らなきゃよかった!」

「言ってる場合か!」


 どうやら、直樹と大輔が着地時にどこまで滑るかを予測していたらしい。しかも、その足の位置までも一ミクロンもずれずに正確に。


 超高位戦闘解析演算戦術だ。相手の動きを解析して、そこから予測と戦術を組み立てるプログラムだ。データ量が多ければ多いほど、予測の精度は確度を増す。


 そして創造者である大輔と直樹だからこそ、そのデータ量は多かった。


 直樹と大輔の癖を見抜き、動きを誘導し、その意識の狭間をついて。直樹たちにだって戦闘の欠点などはあるのだ。特に感知は状況が緊迫するほど癖に頼りがちになりやすい。


 故に感知の埒外らちがいに罠が張られていた。


「チッ!」

「マズッ!」


 二人の両足が突如として虚空から射出された鋼糸によって拘束された。鋼糸には、拘束した相手を空間に固定する空間捕縛も組み込まれており、力だけでは抜け出せない。


 そして鋼糸に雷魔法によって超高圧電流が流れる。


 直樹と大輔がける。


 が、


「すまぬ。時間が掛かったッ!」

「問題ない!」

「むしろ、予測時間よりも伸びたから創造者としては嬉しいんだけどさ!」


 空中から蝙蝠の翼を生やしたティーガンが飛び降りてきた。血界を利用した転移が使えないため、自力で飛翔して戻ってきたのだ。

 

 同時に灼けた直樹と大輔の皮膚がドロドロと血になりながら崩れ、その中から無傷の直樹と大輔が現れた。


 皮膚に擬態した血のボディースーツみたいなものだ。身代わりとしてティーガンが直樹たちに纏わせていたのだ。


幻想具アイテム馬鹿は黙ってろ! 喜ぶなや!」

「しょうがないじゃん! モノづくり屋のさがだよ!」


 大輔は創造者として、ヘクトがティーガンを足止めする時間を計算していた。しかし、実際は、ヘクトはその理論時間よりも長くティーガンを足止めした。


 冥土ギズィアたちの創造主として、一人のモノづくりをする者として、予想以上の成果がでた場合は嬉しかったりする。どんな時でも。


 が、場合が場合だ。今や、それが敵に回っているのだ。


「常に我らを思ってくださる。流石、創造主様マスターです!」

「そうです。どんな時であろうと錬金術師としての誇りを持っているなんて、素晴らしいです! 流石、創造主様マスターです!」


 二番目の妹、ゼグンドと、藍色着物女中姿の三番目の妹、テルセロが大輔に怒鳴る直樹の左右に転移する。


 二体はそれぞれ数十枚の黒羽根ヴィールを連ねて創り出された双剣――比翼黒剣セイヴィル・ウィングを構えていて、絶妙なタイミングで直樹に振り下ろす。


 しかも、ゼグンドは比翼黒剣セイヴィル・ウィングに空間斬撃と超重力圧縮を、テルセロは比翼黒剣セイヴィル・ウィングに魂魄攻撃と治癒妨害の効力を纏っていた。


 直樹を殺す気満々である。


 しかし、直樹は驚くことなく、幻斬と血斬を独楽こまのようにまわしながら、自身も独楽こまのように空中で舞い、比翼黒剣セイヴィル・ウィングを弾く。


 ゼグンドとテルセロの両腕を切り落とす。

 

「大輔! お前のせいで、こいつら全員ネジぶっ飛んでんじゃんねぇか! なにがさすマスだ! ゼグンド、テルセロ! 自分たちの状況分かってんのか!? 冥土ギズィアが乗っ取られて、俺たちと戦ってるんだぞ!?」

副創造主様サブマスターに尽くす礼はないわ! 創造主様マスターにだけ、自死してでもその誠意を示すの!」

「そうよ、そうよ! 誠意が欲しいなら姉さまにまともな名前を付けなさいよ! そうでもなければ、副創造主様サブマスターを殴るのに躊躇ためらいはないわ」

「むしろ、普段は上位者権限で殴れないから! 今のうちに殴らないと!」

「ちくしょうッ!」


 妖しいピンク色の光が輝くと同時にゼグンドとテルセロの両腕が元通りになる。


 そのまま、百近い黒羽根ヴィールを直樹の周囲に展開して、無軌道に高速で直樹に襲わせる。


 同時にゼグンドとテルセロは片腕をガトリング砲に、もう片腕を鋼鉄の腕――黒腕アルクトスに変形させながら、直樹の懐に潜り込む。


 直樹は、死神メイド二体との死踏を繰り広げながら、地団太を踏む。痛いところを突かれたので、反論できないのだ。


 と、嫌な予感がして、大輔に叫ぶ。


「おい、大輔! こいつらは兎も角、ミラとノアにはおかしな事教えるなよ! 二人がお前の影響でおかしなこと口走ったら、半殺しするからな!」

「……分かってるよ」


 黒のヴィクトリアンメイド服を纏った四番目の妹、クアルトと、緑の小枝の刺繍が施されているメイド服を纏った八十一番目の妹、タイロスを相手取っていた大輔が少しだけ言葉に詰まった。


 ついでに、イーラ・グロブスの引き金を引くのが遅れて、クアルトの拳が大輔の頬を掠った。


「おいッ、なんで言い淀んだ!? おい、マジかよ!? なに吹き込みやがった!? あれか、ミラとノアが俺にめっちゃ切れる短刀欲しいってねだったのって、お前が原因なのか!? 二人とも、俺の剣捌きが好きだからって言ってたけど、違うのか!?」

「……し、知らないよ」

「おい、てめぇ、こっち向けやッ! ぶっ殺してやる!!」


 ゼグンドとテルセロの相手をしながら、直樹は大輔に向かってクナイを投げる。大輔は移動型聖星要塞ステラアルカを操作して、クナイを弾く。


「はぁ……」


 ティーガンは戦いながらも言い合いする直樹と大輔に溜息を吐いた。というか、緊張感のない二人に少しだけ憤りを抱く。


 同時に、ふざけた様子だった直樹と大輔はそれぞれゼグンドとテルセロ、クアルトとタイロスを吹き飛ばす。


 その瞬間を狙って残りの妹たちによるガトリング掃射をするが、ティーガンが日傘を媒介に展開した巨大な血の傘で防ぐ。そのまま尋ねる。


「まだ終わっておらんのか!?」

「終わってねぇよ!」

「あともう少しだから、待って!」


 ガトリング掃射が止む。同時に、数百を超える黒羽根ヴィールが血の傘を切り裂いて、直樹たちに降り注ぐ。


「やっぱり俺だけ数多くねっ!?」

「そのネタ聞き飽きたよ! 他のネタはッ?」

「お主ら、軽口叩かんと戦えんのか!?」


 三人とも三方向に分かれながら超人的な体さばきで降り注ぐ黒羽根ヴィールを回避する。が、黒羽根ヴィールは遠隔操作が可能。追随してくる。


 と、


「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッ!」


 戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピスから受け取った回復薬等々でそれなりに回復したウィオリナが、鋼鉄の如く硬化した血の糸で宙を舞う数百の黒羽根ヴィール全てを絡めとる。


「ウィオリナ、ありがと。助かった!」

「いえ、そんな……はいです!」


 大輔の近くに移動したウィオリナは、一瞬謙遜しようとして、しかし首を横に振って素直に受け取る。


 大輔はそれに首を傾げつつ、続ける。


「それと。死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの件。お疲れ。本当に助かったよ」

「ッ! はい!」


 ウィオリナは天真爛漫な笑みを浮かべる。


 が、その一瞬後に天真爛漫に輝いていた瞳の奥には少しだけ暗い色が宿ったが、大輔がそれに気が付く前に、アスモデウスの声が響く。


「『解析スクリーバ修正パッチ完了インクリメント』」


 冥土ギズィアが持つ能力の一つ。冥土たちから得た情報データをもとに、超高位戦闘解析演算戦術プログラム実行して、統合戦術補正アップデートするのだ。


 数百の黒羽根ヴィールが高速で振動すると、纏わりついていた血糸を切り裂く。宙を舞いながら収束し、回転しだす。まるで、それは黒羽根ヴィールによるドリル。巨大ドリル。


創造主様マスター、失礼いたします」

「ッ」


 四番目の妹、クアルトが大輔の“天心眼”の感知網を掻い潜り、急接近。ガシャコンと右腕をガトリング砲に変形させ、ダイスケに突きつける。


 頬を引きつらせつつ、大輔は後方に跳ぶ。


 それを狙って、黒羽根ヴィールによる巨大な鋼鉄のドリルがウィオリナに向かって放たれる。


「ッ、ウィオリ――」

「大丈夫です!」


 マズいッと大輔が思った瞬間、自信に満ちた声がウィオリナから返ってくる。


 いつの間にか構えていた血のヴァイオリンを奏でたウィオリナは、狼の<天血獣てんけつじゅう>へと変化。

 

 そして、血のヴァイオリンを振りかぶり、


「ぶっとびやがれ、ですッ!」


 ウィオリナのとって付けたような「です」の叫びと同時に、血のヴァイオリンが巨大化。


 瞬間、黒羽根ヴィールが連なったドリルがぶつかり、たわむ。それから強烈な破壊音が響いたかと思うと、ドリルと化していた黒羽根ヴィール全てが砕け散った。


「え?」


 思わず黒羽根ヴィール製作者の大輔が目を点にする。


 いや、だって、黒羽根ヴィール、そんな簡単に砕けるような硬度と靭性じんせいではないはずなんだけど。っというか、何、あの血の外装。カッコいい……


 ついでに、大輔に襲い掛かっていたクアルトも驚きでフリーズする。


「それで、今、どういう状況なんです?」


 そしてふぃと、ウィオリナは巨大な血のヴァイオリンを肩に担ぎ、大輔に振り返った。







======================================

公開可能情報


比翼黒剣セイヴィル・ウィング黒羽根ヴィールを連ねて創り出した双剣。黒羽根ヴィールにできる事がほぼ全て可能であり、またその全てが強化されている。



いつも読んでくださりありがとうございます。

面白い、続きが読みたいと思いましたら、応援や★等々をお願いします。そうでなくともお願いします。モチベーションアップや投稿継続に繋がりますので。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る