十二話 ここは俺に任せて先に行けッッ!!

 ――天眼てんげんとは正しくまことを照らす瞳。大皇おおすめ日女ひめ様が授けた瞳。


「ウィ流血糸闘術、<血糸封楔>ッ!!」

『わ、私が……』

「助かった!」


 赤錆の瞳を輝かせ、ウィオリナは駆ける。血のヴァイオリンを弾き、血糸を京都全体にまで巡らせる。


 吸血鬼ヴァンパイア専用だった封印術は、しかし、


 ――また、あらゆる瞳を強化し、適応させる。


 相手の魂魄に刻まれた名さえ分かれば、時の狭間に封印できるようになった。名をうたう必要すらなくなった。


 血で己の体を作り変える<糸儡楽獣装しぐつがくじゅうそう>により、血のシスターワンピースと狼の耳と尻尾を纏ったウィオリナは、京都を駆ける。


 大輔やカガミヒメを筆頭とした導師が今、日本を滅ぼすほどの力を持った凶悪な化生たちを抑えている。


 その間に、その他の化生を全て封印するために。


 しなやかに、それでいて衝撃波すら迸らせる速さでウィオリナは、屋根の上を走る。見つけた。




 Φ

 



くびり殺すッ!』

「ッ」


 サルにも似た人の顔を持つ化生の集団。猩々しょうじょう


 そのリーダー格らしき体長二メートルほどある猩々しょうじょうが仲間を殺された怒りに吠える。雷の弾丸の嵐を六人の陰陽師たちに向かって降らせる。


「水の精霊よッッッ! その清らかな水にて、防ぎたまえぇぇッッ!」


 年老いた陰陽師が必死に叫びながら、札を掲げる。


 怪我をし動けない三人とそれを治療する二人の仲間を庇うように雷の弾丸の嵐に立ちふさがる。純粋な水の障壁を展開する。


 純粋な水は電気を通さない。


 しかし、それは通常の場合。


「クッ!」

「先輩ッ!」

「止まるなッ! ここは俺に任せて先に行けッッ!! 逃げろぉぉぉッッッッ!!!」


 雷の弾丸の嵐が、純水の障壁を突破する。


 それを予期していた年老いた陰陽師は懐から小刀を抜き去る。負傷した若い仲間を背負い撤退している中年男性二人に襲い掛かる雷の弾丸を切り刻む。防ぐ。


 しかし、年老いた陰陽師はもろに雷の弾丸をその身に食らう。苦悶くもんに唸る。


 撤退していた中年男性二人が思わず足を止める。


 年老いた陰陽師は怒鳴る。傷つき、血を流しながらも、それでもここは自分に任せて先に行け! と叫ぶ。


 中年男性二人は悔しそうに顔をゆがめ、苦渋の決断の末、踵を返す。年老いた陰陽師に背を向けて走り出す。


 だがしかし、


『オマエ、シヌ。コロス』

『キキッ。オロカ』

『ユカイダッタ』

「ッ! くそっ!」


 猩々しょうじょうたちがいつの間にか背後に回り込んでいた。


 負傷した仲間を背負った中年男性二人は足を止めて、悔しそうに叫ぶ。一人が前に飛び出し、背負っていた仲間を預ける。


「ここは俺がッ!」

 

 そして立ちふさがるが、多勢に無勢。負けるのは見えている。


 だがしかし、


「ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッ!!」

『『『『ガガッ!!』』』』 


 血糸の嵐とともに、ウィオリナが空から落ちてきた。


 嵐の目年老いた陰陽師も含めて全員を押し込め、そして嵐の渦に猩々しょうじょうたちを巻き込む。血糸の嵐障壁だ。


 猩々しょうじょうたちを切り刻む。


「大丈夫です!?」

「た、助かった」

「あんたが助っ人の……」

「感謝する!」


 ウィオリナは親指を噛むと、血を負傷している陰陽師三人にしたたらす。


 回復させる。ティーガンと誓約を交わしているため、血を媒介にすればティーガンほどとはいかないものの、回復などの生命に干渉する力を使えるのだ。


 そもそも今、纏っている<糸儡楽獣装>もその一つである。


 そしてウィオリナは、天眼てんげんによって強化された<血識>をさらに強化して発動。血糸の嵐に飲み込まれている猩々しょうじょう全ての『名』を知り、


「ウィ流血糸闘術、<血糸封楔>ッッッ!!!」


 血のヴァイオリンを奏でれば、血糸の嵐が巨大なまゆとなり、猩々しょうじょうたち全てを飲み込んだ。封印した。断末魔すら響かせない。


 そしてウィオリナはもう一度、ち血のヴァイオリンを奏でる。すれば、巨大な血の繭は手のひらサイズの繭へと縮む。


 ウィオリナはそれを血のシスターワンピースのベルトに括り付ける。年老いた陰陽師に向き直る。


「ここから三時方向に芦屋さんたちの部隊があるです。そこで治療を受けつつ、結界に侵入してきた軍事部隊との交戦に参加してくださいです!」

「あ、ああ。わかった」


 頷いたのを確認して、ウィオリナは跳ぶ。走る。


 直樹が厄介そうな奴をたおしたとはいえ、そもそも妖魔界に封印されていた奴はどいつもこいつも化け物ばかり。


 しかも、先ほど天使きと悪魔きの世界各国の混合特殊軍人部隊が空間断絶の結界を乗り越え、京都内に侵入したせいで、ほぼ後手に回っている。


 大輔やカガミヒメなど、力がある者は、全員京都中心部付近で神レベルの化生をどうにか抑え込んでいるので、補助に回る余裕もない。


 特に、日本上にいる全ての化生に対して優位に立てるカガミヒメが、地球崩壊級の化生を抑えている事しかできないのが痛い。一応、カガミヒメは京都内にいる指定していない化生全ての弱体化の結界を施しているが、それでも気持ちばかりだ。


 戦況を変えるほどではない。


 つまるところ、ウィオリナがこの戦況を支えている。どうにか持ちこたえている。


 天眼てんげんによる特殊強化<血識>――<天血識>は、大輔の“天心眼”などには及ばないものも、それでもあらゆる能力を有する。


 名をあばくのはもちろん、命ある存在を広範囲で見通したり、相手の持っている力の性質などを見極めたり。の流れから、相手の動きを読んだりもできるようになった。


 そして京都全体にめぐらせた血糸により、負傷した人たちを回復したり、輸送したり、遠距離で血術血法を行使して攻撃したり、封印したり。


 日本に来てから、平穏な生活をそれなりに楽しんでいたが、それでも鍛錬は怠っていなかった。デジールと戦った時よりも、格段に力をつけていたのだ。


 それこそ、ちょっとした湖ほどの血液を生みだし、操作するほどには。基本的に血術血法は自らの血液を媒介に発動する技なので。


 だが、ウィオリナが大地を揺らし隆起させて地形を変形しながら歩いていた巨大な土塊つちくれを封印した瞬間、


「なんですッ!?」


 京都中心部から巨大な爆発音が響いた。


 先ほどから、数十メートル級の巨大な狐――九尾や、巨大な骸骨――ガシャドクロなどが暴れていたのもあり、轟音は響いていた。


 けど、今のは今までのとは違う。


 まるで、地球を粉々にするほどの隕石が落ちてきたような轟音。夜空が太陽に染められたかのように広がった閃光。


 それはまるで、神が降りてきたような。


 中心部から感じる力にウィオリナが思わず息を飲んだその時、


『ウィオリナッ! そっちは大丈夫!?』


 大輔から〝念話〟が届いた。酷く焦燥した声が響く。


『ダイスケさんッ! 何が起こったんですッ!?』

『カガミヒメがやられた!』

『って、ことはっ!?』

『封印が解けた! しかも、弱体化もッ!』


 ウィオリナが<天血識>を発動して、戦況全体を把握する。


『ッ!』


 どうにか持ちこたえていた戦況が、崩れていた。


 凶悪狂暴な化生たちは弱体化が解けたどころか、どす黒い怨念を纏っていて圧倒的に強化されている。


 京都を次々に破壊し、死者はでていないものの、重傷の者が出てしまっている。


『ウィオリナッ! カガミヒメの回収だけ頼むッ! 流石に庇いながらだと、こいつら――、カハッ!!』

『ダイスケさんッッ!?』


 大輔が血を吐いた。大輔が追い詰められている。ヤバい状況だ。視えていないが、ウィオリナは強く確信した。


 それでもウィオリナは直ぐに大輔の所に行けない。


 ウィオリナは放出している血糸を全力で行使し、陰陽師たちの戦闘員の撤退を手助けしたり、治療したり、守ったり。


 しかも、重傷者が多数でてしまい、化生は強化されている。それこそ、先ほどまでウィオリナ自身も動けていたのに、今は血糸を操作するだけで精一杯。


 大輔のカバーに回る余裕がないのだ。


 と、その時、


『ウィオリナッ! お前は大輔のサポートに回れッ! 俺が代わる!』


 桜島から転移してきた直樹の〝念話〟が聞こえた。


 ティーガンに血を吸われたのもあるが、翔が回復するまで銚子を襲う化生と戦っていたこともあり、直樹の魔力残量が少し心許こころもとない。


 それに[影魔]もあるため、ウィオリナよりも直樹の方が撤退補助などには向いている。


 ウィオリナの前に黒渦の転移門が広がる。


『今、ティーガンも中心部のサポートに向かってる! お前はガシャドクロを相手にしろ』

『分かったです!』


 そしてウィオリナは黒渦の転移門に飛び込んだ。




 Φ




 けたたましい轟音に冥土ギズィアは目を覚ました。


「確か……」


 まだ意識がぼんやり・・・・している。


「封怨石を壊そうとする魔術師たちを倒して……妖魔界が壊れた場合に備えて冥土楽園タルタロスの改造と、念のために烏丸郭を調べるように妹たちに命令して……倒した魔術師たちの記憶を読み取っていくうちに無数の鳩が烏丸郭の手足となって情報を集めていたのを知って……魔術師の後ろに違う存在がいると知って……そして重要な封怨石を守っていた黒羽根ヴィールが壊れて……」


 ゆっくりと状況を思いだしていく。露骨に口に出さなければ思いだせないほど意識が混濁しているのだ。


 だが、もう一度響いた轟音に寝ぼけていた意識が覚醒した。


「ッッ!」


 驚愕した。覚醒した意識がとらえたことに。


 まず、外で起こっている激戦にだ。異世界であるアルビオンを我が物顔で支配していた魔王を優に超えた力の脈動がで感じられる。


 次に己がの感覚。寝ぼけていたと思ったことに。


 冥土ギズィアは機械だ。生体鉱物や疑似的な魂魄を有そうとも、己を機械として認識している。


 だから、機能停止から稼働する際、それはただの『停止』だ。大輔たちと話すときは『寝る』などといった言葉を使うが、本能プログラムは『停止』と認識していた。


 なのに、今、自然と寝ぼけていた・・・・・・と思ったのだ。思ってしまったのだ。


 そして、自分が気絶する前のことに。


 瞬間、


「ッッッッッ!!!???」


 全身に痛み・・が走る。


 いや、その機械の体だけじゃない。思考する『何か』が猛烈な苦痛を感じているのだ。


 まるで生きているかのような感触があって。まるで死んでいるかのような苦しみがそこにはあって。


 相反する矛盾がそこを支配していて。


「なんです……何なんですッ! これはっ!?」


 冥土ギズィアが悲痛な叫びを上げた。矛盾に藻掻いた。


 そして同時に冥土ギズィアの体から煙が立ち上り、人のかたちをとる。


「ふむ。よい器だと思いましたが、どうにも具合が悪いですね」

「ッ!」


 それは男とも女ともつかない美貌をもった存在。妖艶で色を宿し、あらゆる生と性を司る覇気を放つ。


 それはアスモデウス。


 天獄界に住まう者たちの王の一人、七つの大罪では色欲情欲を司ると言われる悪魔。


 他の王たちよりも先んじて祈力を手に入れるために、ちょうど運よく現れた冥土ギズィアの体を乗っ取ろうとしたのだ。







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公開可能情報

天眼てんげん大皇おおすめ日女ひめが持つ瞳の力。あらゆる眼を強化する。また、日本にいる存在に対して優位に働く効力を与える。


<天血識>:天眼で強化した<血識>。以前のとは比べ物にならないほどの力を持っており、その格は大輔の“天心眼”に迫るほど。ただし、力の本質は違い、“天心眼”があらゆる物を視てるのに対し、<天血識>は生命特化でそれだけの素質を見れば、大輔やティーガンよりも高い。




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