二十三話 嫉妬するかもしれません
「さて、と。お前ら、これからどうするんだ?」
「……これから、とは」
疲労困憊で今にも倒れそうなホワイトたちは、直樹のその質問に首を傾げる。未来の話は、さっきした。具体的ではなかったにせよ、したあとにすぐに尋ねるものでもない。
そんな疑問を読み取ったのだろう。直樹は一瞬だけ体を漆黒の光に包ませる。大輔は金茶色の光だ。
すると、二人は学生服姿になっていた。
「今日の高校をどうするかって話だ。お前ら全員高校生だろ? 一応、八時ちょっと過ぎだから急げば間に合うぞ」
「それと位置を教えてくれたら直通で転移させるけど」
それを言われてホワイトたちはハッと思い出した。そういえば、今は朝だったと。普段、
確かにこの後学校がある。
だが。
「私たちはこれから支部に行きます」
「そうか」
直樹はそりゃあそうだよな、と頷きながら懐から透明な液体が入ったアンプルを五本、取り出した。大輔は後ろにいた
「ほれ。回復薬だ。歩ける程度には疲労が回復するはずだ」
「ありがとうございます」
ホワイトが代表で受け取り、プロミネンスたちに配る。プロミネンスたちは、一瞬だけ警戒したが、すぐにグイっとその透明な液体を煽った。
「ッ」
すると、今すぐにでも気絶してしまいそうなほどに襲っていた虚脱感が嘘のように消え去る。体を縛っていた何かが消え去り、フッと体が軽くなり、ホワイトたちは立ち上がった。
よくよく体を見れば、至る所にあったはずの切り傷なども消え去っており、汚れもない。
「じゃあ、お前らの支部――いや、局長とやらがいるところに繋げるが、問題ないか?」
「はい。何から何までありがとうございます」
「何、気にするな。今回お前らが朝っぱらここに呼び寄せられたのは、俺たちが原因だからな」
黒の渦門――転移門を作り出した直樹にホワイトたちはキョトンと首を傾げる。どういことでしょうか? と問いかけようとした途端、大輔と話していた
「じゃあ、
「お任せください、
「え、あ」
無表情で無機質な
え、あ、と力ない体で問いかけようとしたホワイトたちは、そのまま黒の渦門の奥へと消えてしまった。
それを見届けた直樹はパチンッとフィンガースナップをして、転移門を消した。
「さて、学校に行きますか」
「そうだね。けどその前に」
「ああ。分かってる」
頷きながら、直樹は手元に小さな転移門を作り出し、その中に手を突っ込む。何かを回収した後、今度は人一人分が通れる転移門を作り出す。
そして二人はそこに消えていった。
残ったのは、灰色だった
そして直樹たちが転移門の中に消え、転移門が姿を消した時。
その異界は消滅した。はらはらと消えていった。
Φ
「……うむ」
少し薄暗い畳の部屋。囲炉裏が中央にあり、白の文様がある白装束を纏い、白の笠を被り、正座をしている老婆がズズズと湯呑に口をつけ、朗らかに頷いた。
対面するは倉敷恵美と杉宮日和。二人は緊張した面持ちで正座していた。二人の少しだけ不安定な呼吸だけが響いていた。
「そなた達の要望。しかと聞き受けた」
「……では」
「うむ。分かっておる。儂も四十年前から今日まで、彼女たちを忘れたことはない。儂らの罪も」
老婆は
忙しい身であるアメウナは、それでも恵美と日和の根回しにより早朝ならと時間を空けたのだ。
「そして四十年戦ってきた者たちを」
アメウナが湯呑を置いた。
「儂の方から魔術省並びに
「……誠に感謝いたします」
「……誠に感謝申し上げます」
日和と恵美は静々と深く頭を下げた。
アメウナはその好々爺然とした柔和な皺には似合わない程に目を細めながら、再び湯呑に口をつけた。
と、その時。
「大変失礼いたします。大至急お伝えしなければならない事が……」
襖が音も立てずに開き、紫に白の文様の袴を履いた中年の男性が深々と頭を下げて現れた。声音は少し揺れていて、焦っていることがわかる。
「……して」
「はい」
中年の男性は急ぎながらも綺麗な仕草で顔を上げ、一度だけ恵美と日和を見た後、再び頭を下げて申し上げる。
「日本時間、八時五分十六秒。
中年の男性はスーッと息を飲み、吐いた。
「
「……え」
「……はい?」
恵美も日和もあまりの言葉に呆ける。アメウナも細めていた目を見開き、冷徹な黒の瞳が現れた。
「仔細を」
「ハッ」
だが、アメウナが目を見開いたのは一瞬。すぐにその老体には似合わない覇気が響き渡り、中年の男性が詳細を語る。
「八時五分十六秒。観測不可でありました
「確認は」
「もちろん。先日の異変より特魔女監視連盟と
恵美と日和は何が何やら。だが、ホワイトたちの心配をまずにする。
「失礼ながら、紫白文の宮司様。ホワイトたちは……」
「それが、反応の確認はできたのですが、
それを聞いて恵美と日和は顔を真っ青にする。慌てて問いただそうとしたが、アメウナがそれを防いだ。
「調査隊は」
「……観測が可能になりましたが、
「かがめぇーーーい!」
アメウナは中年の男性の言葉すら防いだ。ビリリとその和室を和太鼓の如く震わす大声を出したかと思うと、その老体に見合わない素早さを以て恵美と日和を後ろに移動し、庇うように抱え込む。
中年の男性はその突然に驚くことなく、懐からシャランと鈴が付いた横笛を抜き去り屈む。
瞬間、黒の渦がその和室の襖に現れ、そこへ目掛けて雷の刃が横に落ちた。
しかし。
「羽……か」
四つの
だが、呆然としている暇もない。
「和室?」
「うん?」
「支部……いえ、本部でもありませんわ」
「ど、どこですか、ここ」
「……?」
次々と現れるは、疲労を顔に残す少女が五人と。
「失礼ながらご老人。既にご自分がご老体であることを受け入れたらどうかと。先ほどの魔法術式では相当の負担がお体にかかっておいでのようですし」
死神のごとく無機質な黒のメイドさんが一人。畳んだ二対四枚の
無機質な黒の宝石で冷や汗を掻いているアメウナを見ている。
アメウナは動けない。なんだ、この存在は。人ではない。纏うそれが人でないと告げている。
化け物だ。ここにいる全員を瞬殺できる化け物――
「であえぇ!」
ある程度の実力がありながら、それでも隔絶しすぎていたためか。中年の男性が一番速く動くことができた。
大声で上げながら自らに気を引き、懐から取り出した横笛を使った魔術を行使して、アメウナを安全なところへ避難させようとした。
けれど。
「晴久、動くな! 皆も戦うんではない! 絶対に手を出してはならぬぞ!」
アメウナが止めた。中年の男性――
「私は触るな危険なのでしょうか?」
「……たぶん、そうだと思いますよ」
「高圧電流も流れていなければ相手を腐らせるわけでもないのですが。むしろ私の玉のお肌はツルツルで喜ぶかと思います」
「嫉妬するかもしれません」
いきなり見知らぬところに現れたかと思うと怒涛の展開。ホワイトはそれに少しだけ呆然としていたが、言葉のイントネーション以外の抑揚が一切ない
Φ
「アメウナ様。
「……下がっておれ」
アメウナは
油断なく
「晴久」
「……ハッ」
晴久から放たれる殺気を感じ取り、アメウナは恐ろしいまでに冷酷な声を響かせ、晴久は渋々ながら目を伏せた。伏せなければ、睨んでしまう。
それを人形然とした表情で見つめていた
「初めまして、
「……儂はアメウナじゃ」
アメウナは間断なく
恵美たちから上がってきた情報によれば、目の前の存在は機械仕掛けの人形。言葉を操る存在であり、その強さは不明。Dと名乗る存在を
礼には礼を尽くす傾向があるらしい。また、
「して、
「
「まずは、
こほん、と
「――ええっと、ごめん。ホワイトたちが
ホワイトたちには監視がいた。直樹が召喚した[影魔]モード・ダークハンドを文字通り影に
ただ、その意味を分からない恵美は、だが
「……私、ですか」
「ええ。心配をかけたかもということで」
頷いた
人差し指と中指をピシっと立てる。
「次に
「……主らが
「いいえ。
アメウナがボロボロの様子なホワイトたちに目を向ける。
「それと、倒されはしましたが、未だに
「……どういうことかえ、ホワイト」
鋭い視線を受けたホワイトは、一歩前に出た。そして覚醒時でもないのに、≪想伝≫を一瞬だけ行使した。
「う……」
「……クッ」
「なんと!」
その瞬間、恵美と日和が膝を突き、必死になって目を伏せていた晴久が動揺した声を漏らした。
アメウナだけは、表情を一切変えずホワイトをずっと見つめていた。
「……飲み込んだのかえ?」
「受け継いだのです。彼女たちとは違う道で、彼女たちの妄執を祓います」
凛然と宣言したホワイトにアメウナは恐ろしい殺気を叩きつけた。されどホワイトの薄桃色の瞳は揺るぐことなく、アメウナを貫いた。
それだけはない。横にいたプロミネンスたちも強くそこに在った。
「あなたたち……」
「ああ……」
膝を突いていた恵美たちがそんなホワイトたちに息を飲む。昨日見た彼女たちとは違う。強く生きる女性がそこにいた。
アメウナは視線を
「あのような力、本来
「
「当たり前じゃと?」
「ええ。得られる力に対してデメリットが大きすぎる。魄に干渉する装備を作ったその技術には感心いたしますが、出来が悪すぎる」
「出来の悪さを上げればキリがありませんが、一番は母体としての能力を奪うことです。勉強したところによるとこの世界での母体の考え方は多種多様なようですが、私たちにとっては一番奪ってはならぬものだと申し上げます」
「えっ!」
ホワイトが思わず声を上げた。そんなデメリット聞いていない。いや、そもそもデメリットがあるとは聞いていないのだ。
その反応に
「うっわ。完全なる悪徳商法ではありませんか。報酬とメリットだけ話してデメリットを伝えないとは。いいですか、ホワイト様。本来の
次々と告げられることにホワイトたちは驚く。だが、驚いているのはホワイトたちだけだ。アメウナは冷徹な表情をたたえ、晴久や恵美たちは沈痛な面持ちをしている。
「ですが、母体能力は別です。女性は男性と違い、生まれた瞬間が最も母体として力があります。それを成熟させる十三才前後から十八歳前後。その間に一度でも魔法少女として力を使えば、その成熟機能を殺し、また力を使うたびに母体としての能力を奪う」
「ホワイト様。ここに魔法少女の力なく魔法を使う存在が、女性がいます。彼女たちが
「……それがどうかしたかえ?」
アメウナは動じない。とうの昔に魔力という力を絶やさないために、一般人を利用する道を選んだ。身を汚している。
だからこそ、動揺はしない。己が為した事を知っているから。
「いえ、どうもしません。わざと
「ただ、
ふふん、と
私の
お前たちの技術にとってあれが最高傑作かもしれないが、
煽っていく。煽っていく!
「ああ、彼女たちから
だが、ホワイトたちに宿っているそれは、お前らのではなく
アメウナはそんな言外の言葉を読み取り、少しばかり心裡を煮やしながらも、冷徹に計算する。
それを阻止するには、家族などを人質に取ればいい。ホワイトたちの弱みは握っている。それを報酬として支払っているのだし。
それよりも、DやNとやらについての情報も知っているようだし、そこらに対しても――
「それと尋問などにより
ホワイトたちはそれを聞いて一瞬驚いたが、当たり前かと納得した。それに確かとは言えないが、それでも直樹たちは信用できるのだ。目の前にいる老婆よりも。
内心で舌打ちしているアメウナを目をやりながら、
「と、随分話が逸れました。次は
ホワイトがそういえば、と思い出した。
何かが
「
「それはっ!」
なのに、アメウナはカッと目を見開き、驚愕に喘いでいた。明らかに動揺していた面持ちで、思わず立ち上がってしまった。
今までなら逆だっただろうに。
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