十七話 おかえり、ねぇねぇ!
「チッ。間違えた……」
「少しは寝なさい、恵美」
「……寝てられないわ」
ホワイトたちが
相当に疲れが溜まっていたのか起きる様子はない。一日程度なので、友達の家に遊ぶと伝え、彼女たちの家族には誤魔化している。
その間様々な事があったが、一番の変化といえば
そして何より、
そも亡き秀才、松本栄一が作り出した
あらゆる
なのに、
結論として、何も分かっていないのだ。DとNについてもホワイトたちが眠りから覚めるまで分からず。
「それにあの糞蛆虫たちがこの機に乗じて、不当に私たちを扱うかもしれないわ。特にあの子たちを」
恵美と日和は必死になって書類を製作していた。過去の魔法少女の権利と偉業を守り、今の魔法少女の未来を守るために。中途半端に神和ぎ社や魔術省から放棄されないために。
皆の望みを叶えるために。
「そうね。導師様方は賢明な判断をするけれども、私たちを管轄しているのは中間。……昔は良かったわね」
「昔語りをするつもりはないし、戻りたいとも思わないけれども、確かにこちらが頑張って
そうやって真剣に話ながら、恵美も日和も昨日から一睡もせずに書類を書いていたりする。高々、二日近い徹夜。変身はできなくなったが、
そうして二人は、十時近くになってようやく各種関係者への根回し等々などの書類を書き終えた。契約書などもだ。簡単なのは部下に任せたとはいえ、二日でこれを為したのは驚異的である。
「ふぃー」
「はぁー」
二人は思わず気の抜けた声を漏らす。瞼が糸で引っ張られているかの如くウトウトとするが、慌てて顔を叩く。これらの書類を部下に渡さなければならないのだ。部下は優秀なので、書類を上手い具合に届ける事は可能だ。
そうして部下に書類を預け、仮眠室で二時間ほど睡眠を取り、ああ、先方に電話を入れなければ、と話し合いながら執務室で軽食を取っていたころ。
「今、よろしいでしょうか」
ノックと共に入ってきたは、毛先が真っ白な黒髪ショートの美少女と金髪碧眼の美少女。金髪碧眼の美少女はプロミネンス――杏だ。
そして毛先が真っ白の黒髪ショートの少女はホワイト――
「……NとDとやらに関しての報告は終わったのかしら」
鬼気迫るとは言わなくとも、二人は張りつめた雰囲気を漂わせていた。恵美も日和もそれを感じ取り、嫌な予感がしながらも部下に任せていた聴衆の件が終わったのかと尋ねる。
「ええ。私たちの報告は終わりました」
「……はぁ、座りなさい」
私たち、と強調した雪に恵美は溜息を吐く。やっぱりああいう大人しい子ほど一皮むけると食わせ物になるのよね、と思う。また、杏がNという人物と接触した次の日に問い詰められた事を思い出す。
雪と杏がソファーに座る。恵美と日和と対峙する。
「それで何の用かしら?」
「陰陽寮とは、神和ぎ社とはなんなのでしょうか? 魔術とは? そしてなによりも
「……それを聞いてどうするのかしら?」
恵美は二人の上司として冷徹に対応する。凍えるような声音で問い返す。日和も柔和な表情を歪め、鬼のように鋭い視線を向ける。
けれど杏は少しだけ息に詰まったものの、雪はなんの躊躇いもなく言う。
「どうもしません。知ったところでどうにもできないと思います。ですが、
「……それはDとやらが言っていた戯言かしら?」
「ええ。魔法を操る
恵美はジッと雪を見つめる。冷徹な黒目と覚悟を宿した優しい黒目がぶつかる。
「……はぁ。分かったわ。神和ぎ社などについては
「ええ、いいわよ」
そして恵美は折れた。日和も。
と、その時。
「その話、わたくしたちにもお願いしますわ」
染めた感じの金髪ドリルの少女を筆頭に三人の少女が部屋に入ってきた。
「望たち……分かったわ。アナタたちもいいわ」
入ってきたジュエリー――
Φ
まず最初に伝えておくけれど、神和ぎ社などについて詳しく話すことはできないわ。理由は、あなたたちが無知で無垢であるほうが、
ただ、そうね。神和ぎ社は裏、つまり魔術などについての政府だと思ってもらえれば良いわ。
四十年前に、その神和ぎ社に勤める魔女、魔術を使う女性が五人いたの。ええ、そうよ。あなたたちとは違って生まれながらの。それ以上は言えないわ。
そんな彼女たちには娘がいたの。ちょうど、十三歳から二十歳までの年齢幅の六人の少女が。
その娘たちは、五人の魔女たちがとある任務で海外に行った際、攫われたわ。人質として。五人の魔女はとても強く、だからこそね。
ああ、詳しい経緯は省くわよ。あと、落ち着いて聞きなさい。できれば、全てを事実として受け止めて、想像しないようにしなさい。
……そうして紆余曲折があった後、その娘たちは魔女たちが助け出す前に殺されたわ。当時の文面を見ても相当残酷に。
ええ、そうよ。神和ぎ社は助けなかったの。そもそも娘たちを攫った人たちの中に神和ぎ社やそれに準ずる機関に属する者もいたのよ。
……大丈夫かしら、
けど、本当に残酷だったのはこれからなの。
もともとね、目的はその五人の魔女だったの。その五人の魔女を殺し、生贄にすることが目的だった。
その過程で娘たちを殺した。最大の負の感情が必要だったから、というのが理由らしいわ。
けど、殺した際に気づいてしまったの。その娘たちの亡骸が役に立つと。ある実験に役に立つと。
ここからは禁則事項ばかりだし、聞くに堪えない事ばかりだから簡潔に言うわよ。
その娘たちの亡骸を使い、とある生物を作り出したの。それが
その化け物は、怒り絶望する魔女たちを生きたまま喰らった。
けれどその化け物はすぐに死んだの。いいえ、取り込まれたのよ。絶望し、亡霊となった魔女たちに。
亡霊となった彼女たちは混ざりあって一つの存在となり、そして化け物から奪った力を使ってとある存在になったの。
……ええ、その通り。それが
……一旦、休憩しましょう。あなたたちは優しいから、想像してしまったでしょう。ほら、お茶を……ダメそうね。無理もないわ。
………………
本当に大丈夫かしら。……分かったわ、続きを話すわよ。
それから
ええ。記憶消失とは言ったけれども、実際のところは意識が喰われたというのが近い。だからこそ、記憶を回復させるには
そう。
……神和ぎ社などはその
そう記録されているわ。
それが四十年前。
それからしばらくは、
けど、数年後。
ある日突然、魔力持ちの一人が消失したの。それから次々に消失していき、調べた結果、
それでも対処は迅速だったわ。もともとその可能性も考慮していたためか、
……ええ、そうよ。杏や望の父親のように神和ぎ社などに全く関係せずに、先祖返りとして魔力を持つ存在がいたの。それでも魔力量は微々たるものだけれども。
それに、その数年で神和ぎ社の方針も大きく変わってたのよ。さっき杏が言った防衛として活用、いえ悪用ね。そういう話が上がったけれども、
だから、
魔法少女が十三歳から二十歳までだったのは、その魔女の娘たちの年齢が関係している。
ええ、そうよ。その年齢の少女は襲われないのよ。それと倒すというよりも祓うというのが近いのよ。だから、無知で無垢であるほうがよりいいの。
それが全容。今はその魔法少女計画の終わり。最終の部分よ。
……雪、それに皆、その疑問は心の裡にとめておいて。不可解なところはあるけれども、気にしないで。
……本当にごめんなさい。
Φ
「ただいま」
気分は憂鬱だ。なのに、心はいつも通り冷酷なまでに冷え切っている。いや、両方が別々に心の
冷徹で冷酷な自分が、ずっと後ろから自分を見ているのだ。決して感情に酔うことはできず、合理的に思考している。本当に醜い自分が。
そう思いながら、靴を脱ぐと、ダダダダダッと走る音が聞こえた。それと同時に嬉しそうな子供の声が響き、雪に飛び込んできた。
「おかえり、ねぇねぇ!」
「……っと。ただいま、優斗」
雪に抱きついたのは、最近八歳になった弟の優斗だ。クリクリとした栗目がキラキラと輝き、雪はそんな優斗を大事に抱きしめ、リビングに移動する。
質素で小さなソファーに座り、九月から通常の学校に通うようになった優斗を膝に乗せる。楽しそうに話す色々な話を、雪は嬉しそうに聞いていた。
けど、心はずっと冷たかった。
雪は中学一年生の時に魔法少女となった。魔法少女歴三年で、≪癒し≫と≪強化≫を使う支援系魔法少女だ。≪強化≫を利用した≪癒し≫の練度が高く、魔法少女の中では最大の回復役だ。
だが、彼女は戦闘能力も高い。支援系なのに、一人で特三級の
それまで戦いとは無縁であり、支援系だったはずの雪がたった三年でここまでの力を付けたのは、優斗と母のためだった。
黒髪ショートで大人しめのながらも可愛い容姿をしている雪は、中学生に上がるまでいわゆるイジメっ子だった。イジメられっ子ではない。イジメる側だった。
だが、表面上は取り繕っていようとも、自尊心が強く思いやる心が足らなかった彼女は、新しい環境となる中学生になると逆にイジメられるようになった。
それと重なるようにして、父親が勤めていた会社が倒産。父親はそのあと、悪い金貸しに掴まり、多額の借金を背負い……蒸発した。もともと家族を顧みない父親だったこともあり、失望はなかった。
そして悪いことはさらに重なり、弟が
雪は世界を怨んだ。怨んだのだ。後悔するでもなく、
自分は悲劇から立ち上がったヒロインとか、それで家族を救うんだ! とか思い純情ぶっていたある日。瞼を閉じて現実を見ず、夢を見ていたあの日。
病院の一室で記憶を失い赤ん坊のように泣き喚く弟の手を握りしめ、「大丈夫、大丈夫よ。お母さんが全部何とかするわ。だから、安心して眠りなさい」とあやしていた母の言葉を聞いて、雪は閉じていた瞼を開き、愚かな瞳で現実を見た。
その現実での母の姿は、己に降りかかった不幸を怨むこともなく、酔うこともなく、ただ真摯に受け止めひたむきに生きる強い女性だった。
心労でやつれていて痩せていたのにも関わらず、背筋は伸びていて、声音は常に優しく温かかった。常に笑いを絶やさない人だった。
ああ、私は本当に愚かなんだ。母とは比べ物にならないほど、クズなんだ。
自尊心が高く、決して自分を傷つける思考をしなかった雪は、自分が浅ましい存在だと知った。どうしようもない程に醜いのだと知った。
後悔した。ようやく罰が当たったんだと思った。そしてこんな愚かな自分の罰が母と弟に降りかかったと思うと、自らを殺したくなるほど憎んだ。
憎んだからこそ、彼女は心を入れ替えられたのだ。
雪は人に優しくするようになった。母から教わった徳と礼を欠かす事無く、勤勉にひたむきに生きた。母と弟が笑顔でいられるように必死になった。
魔法少女として、少しでも被害を減らすために戦った。それでも自らの命を捨てようと思うほどではなかったが。その自己愛は醜いと自覚してたが、家族のために自分の命を捨てるつもりはなかった。
そうした中、雪は小学生の時にイジメていた子に会い、謝った。何度も何度も通い謝罪した。それが一年以上続いた。
けど一向に許しては貰えなかった。
思えば当たり前だ。理不尽になんの理由もなく、人をイジメたのだ。ただ単に嫌うでもなく、吊るし晒しトラウマを刻んだのだ。許されるはずがない。
今、自分がどれだけ反省して後悔して入れ替わったとしても、過去にやった事は事実なんだと。決して変わらない
雪は苦しんでいた。
苦しむ資格すらないのだと、自分を責め、どうすればいいのか、どうしたらいいのか、分からなかった。自分はこれからずっと暗闇の中、生きていくんだと思って泣いていた。
髪の毛の毛先が白くなるほどには、苦しんでいた。
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公開可能情報
階級があり、高い順に、特一級~特三級、一級~五級となっている。特級と普通級の違いは、魔法少女を殺したことがあるかで分類されている。
読んで下さりありがとうございます。
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