大丈夫、また一歩
金森 怜香
大丈夫、また一歩 前編
「ふぁ~。今日もいつもどおりの日々だなぁ。唯一違うのは、学校が午前中ってことだけかぁ」
奏恵《かなえ》は伸びをした。
そして、教室の窓から空を見上げる。
もうすぐ卒業、そんな季節だ。
卒業したら、奏恵は就職する。
じっ、と視線を感じる。
担任の三宅先生だ。
「聞いてますか?」
「聞いてませんでした……」
「もうすぐ卒業とはいえ、あまりボヤボヤしないように」
「はぁい」
クラスメイトであり、親友の
「ホームルーム中に何してんのよ」
ホームルームが終わってすぐ、沙月は奏恵に近寄った。
「毎日、本当に平凡な日々だなぁ、って思ってさ」
「確かにね。それはわかるけどさ」
「それより沙月、今日バイトは?」
「休みだよ。カフェでも行く?」
「うん!」
二人はカフェに向かった。
「沙月は何にする?」
「オレンジケーキセットで飲み物は紅茶にしようかな。奏恵は?」
「私はモンブランセットで飲み物はコーヒーにしよう」
二人は注文を決めると、店員を呼んだ。
「ご注文をお伺いします」
「オレンジケーキセットで飲み物紅茶と、モンブランセットで飲み物コーヒーを一つずつ、あ、飲み物は両方ホットでお願いします」
「かしこまりました。では、注文を確認します。オレンジケーキセットで飲み物紅茶と、モンブランセットで飲み物コーヒーを一つずつ、お飲み物は両方ホットでお間違いありませんか?」
「はい! お願いします」
店員はにこやかにさがっていく。
二人はただ、なんとなくの話をしていた。
その時である。
カタッ……
カタカタッ……
ドンッ!
ドンッ!
「待って! 揺れてる!!」
沙月は動揺しているのか座ったまま動けないでいた。
「テーブルの下に潜ろう!」
奏恵は鋭い声で沙月に促す。
「怖い……!」
「お客様、皆様テーブルの下へ! 揺れが収まり次第従業員が避難誘導いたします!」
長い揺れの後、奏恵と沙月は店員の誘導を受けつつ広場へと出た。
「あ、電話だ……」
「私も……」
それぞれ家族の電話を受ける。
ガヤガヤしていて聞き取りにくい。
「お父さん! ごめん聞こえない!」
「お母さん! もう一度言って!」
『山! 山に逃げろ』
奏恵はようやく聞き取れた。
「山に逃げろ?」
その時、ゴォッと音が聞こえた。
奏恵はようやく理解した。
「沙月、高台か山に逃げなきゃ!」
奏恵の声に、カフェの他の客、店員も山に逃げろと口々に叫び、山へ移動する。
ザパーン
ザパーン
と轟音を立て、広場が飲み込まれていく。
「怖いよ……!奏恵、そばにいて!」
「うん……。怖い……」
ところ変わって奏恵の父。
彼は揺れた瞬間、畑仕事をしていた。
「津波が来る? そりゃ見に行かんといかんな」
「じいさん、ダメだ! 行くな」
「カッカッカ! 心配いらん。どうせ大したもんじゃない」
奏恵の父の制止を聞かず、おじいさんは津波を見に行くと出て行ってしまった。
町の人々も、津波を見に行くと言う者は何人もいた。
だが、ほとんどはすぐさま避難し始めた。
「お母さん、チョコを連れて来てくれ!」
「どうして?」
「ここは危ない! 避難するぞ!」
「わかったわ」
父は非常用持ち出し袋とペットフードを持って車に詰め込む。
母は愛犬チョコと、キャリングケースを持って車に乗り込んだ。
「間に合うか……!? 飛ばすぞ」
大急ぎで奏恵の両親とチョコは避難した。
山には、同じく逃れてきた人々が大勢いた。
ザパーン
ザパーン
と音を立て、津波が迫る。
「あぁあー! 俺の車が!」
若い男が悲痛な声を上げた。
車さえ呆気なく流されていったのである。
「あなた! 車なら生きていればまた買えるじゃない」
隣で妻と思わしき若い女性が慰める。
「クゥーン」
「チョコ、離れちゃだめよ!」
母に抱かれて、チョコは甘え声を出した。
沙月の父、母の姿も同じ山にあった。
「奏恵ちゃんと沙月は一緒みたいだ。無事だそうだよ」
「ええ! けど……
「まだサークルかもしれん。連絡がつかない」
「そんな……!」
奏恵と沙月は、カフェの店員たちと炊き出しを手伝うことにした。
何かやれる方が気が紛れるからだ。
「奏恵ー!」
「沙月ー!」
「お父さん! チョコ!」
「お父さん!」
二人は数日ぶりに家族と再開した。
「お母さんとお兄ちゃんは?」
「お母さんは避難所にいるが……尊は行方不明なんだ」
「お兄ちゃんが!?」
「奏恵、じいさんが津波に飲まれてな……」
「なんで……!なんでおじいちゃんを置いてきたの!」
「津波は大したことはないと言って、止めても聞かずに飛び出していったんだ! 昨日、変わり果てて見つかったよ……」
奏恵は泣き崩れる。
チョコはそんな奏恵の頬を舐める。
「尊が見つかったぞ!」
町の人が大急ぎで呼びに来た。
「尊が!?」
「だが……」
言葉を濁され、沙月は意味を察した。
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