第4話 苦労人と、宇宙聖女(その2)

 こうして、愛娘の厄介な体質を無力化する術を得たルーシーの行動は素早かった。


 まず彼女は、小学校の教頭先生と、中学校の宇宙賢聖・羽生雅也に事情を説明した。

 そして、遠足や校外学習などの長距離移動時には令か春香のどちらか、または両者を同行させるという許可を取り付けた。


 ・・・・まではよかったのだが。


 暫くして頭が冷えたころに、この事が事情を知らぬ他の児童らに受け入れられるかどうか心配になってきたルーシーであった。

 

 が、それは杞憂であった。


 令と春香は、遠足などに同行した際に、


 出来立てのお好み焼きや焼きそば、アイス最中を児童らに振る舞ったり

 体調を崩した子の面倒をみてあげたり

 引率の先生らの手伝いをしたり・・・・


 と、積極的に受け入れられる努力を怠らなかった。


 児童らにしても


「もこやんのおばちゃんらがお好み焼きを作りに来てくれる」


という、他のクラスにはない、特別な計らいに大満足だった。

(特に大人気だったのは宇宙ジビエの焼肉であった。たくさんあるので在庫には困らなかった)


 こうして様々な人々の助力を得た理仁亜は平穏無事に小学校、中学校を卒業するのであった。


 だが、理仁亜に憑りついたデバフは、そう簡単に彼女を諦めようとはしなかった。


 慣れ親しみ、守護する者達がいるこのビックスプリングポートシティから、理仁亜を引き剝がしにかかったのである。



 理仁亜は茨城県エリアにある全寮制の高校へ進学する事になった。


 これは、適性進路提案AIの選択肢に加え、保護院のルールにそって決めた事だ。


 保護児童は、16歳(誕生日によっては15歳)になると卒院し、管轄が地方自治体の保護児童管理課に移る。

 その際、全寮制の高校へ進学すると同時にその市区町村へ戸籍を移す。


 そして大学を卒業後そのまま独り立ち。

 一人の社会人としてその地に根付くのである。


 本来なら、両親共に健在な理仁亜はこのルールに縛られる事はない。

 普通に地元周辺の高校へ進学し、自宅である院から通えばよい。


 実際、AIが提案したリストには、イースタン・サカイブロックにある教育熱心な学校がずらっと並んでいた。


 だが、あえて理仁亜はリストの一番下にある、この全寮制の高校を選択した。

 

 理仁亜達にとっては、共に生活してきた保護児童らは最早家族同然。

 自身と同等の存在である。


 よって、自身らを特別扱いする事を「ヨシ!」としなかったのである。


 これは理仁亜自身が悩み、決心した事なのでやむを得ない。

 が、それでもルーシーは、不幸体質特大の爆弾を抱えた愛娘が、例え一時的であったとしても自身の目の届かない所へ行ってしまうのに気が気でなかった。


 当然、理仁亜を送って現地に同行した令、春香と共に、学校の先生方へと直談判。

 これまで同様の許可を求めてみた。


 しかし、その結果は芳しくなかった。曰く、


「そんな体質があるとは信じられない」

「まったくの部外者が同行するのは好ましくない」


との事であった。


 もちろん、これが本来普通の、当然の反応である。


 第一、今この場にて対面しているのだから、「信じて!」という方が無理がある。


 ビックスプリングポートシティでは、児童らと学校の関係者と、理仁亜ら及び星永家の面々はいわば顔見知りで、事情もある程度理解されていたからこそ受け入れられる土台があったのである。


 これまでが特別だったのだ。

 何の面識もないこの地で通る道理ではない。


 がっくりとうなだれるルーシー。

 そんな母の肩を優しく抱きながら、理仁亜は言った。


「ありがとうお母さん。わたしは大丈夫、問題ないよ・・・何処へも行かなきゃいいだけだもん・・・・」


 優しく微笑む理仁亜だったが、その目は悲しげに揺れていた。


 とはいえ、手ぶらで帰る訳にもいかないので、代替案として


「全ての校外学習への不参加」


の許可を申し出た。


 本来、遠足やら修学旅行などというのは、物見遊山ではなく授業の一環である。

 参加せねば学生としての本分を全うする事は出来ない。


 この提案にも難色を示す先生がたではあったが・・・・。


 理仁亜ら一行の、尋常ならざる態度に冗談を言っているようには見えず、仕方なくこの提案を了承するのであった。



 こうして理仁亜の、灰色になる事が確定的に明らかな高校生活が始まった。


 もう不安しかない今後の数年に、目からハイライトさんが行方不明になってしまった理仁亜。

 その様子はまるで幽鬼が如く陰鬱で、折角の可憐さが台無しになっていた。


 そんな親友を見かねたさわこ。

 思い切って、「共に運動部にでも入って青春の汗を流そう」と提案した。


 ・・・・何故ここにさわこがいるかというと。

 遠方の高校へ入学する理仁亜を気遣って、同じ進学先を選んだのである。


 なかなか、男前なやっこである。


 そんなこんなで、昼休みにて。

 理仁亜はさわこに手をひかれ、熱き勧誘合戦が繰り広げられる校庭へ繰り出した。


 そこでは、女子剣、柔道部、バレー部を始めとする球技を扱う部活など・・・・

 様々なクラブの部員らが、一所懸命自己アッピルをしていた。


 その中でも、ひと際熱心に・・・・

 いや、寧ろ決死の覚悟と言ってもいい程であろうか?


「新入部員が居なければその場で絶命する!」


 というペナルティでも背負っているかのように必死な形相で勧誘している女生徒がいた。


 体操部部長である二年生・白鷺修子しらさぎしゅうこである。


 その理由は、


「たすけて! 人数が少なすぎて廃部になっちゃうの!」


というかなり切羽詰まった状況によるもの。

(部の存続を決めるルールは場所によってまちまちであるが、この学園の場合は、四人以上の部員の在籍が必要であると定められている)


 あまりの悲壮さに見かねて、二人は何事かと、この悲劇の上級生にうっかり話しかけてしまった。


 その際の修子は、それはもう、


「これで御仕舞? まさか、一度喰らいついたら離さないわ!」


と言わんばかりの勢いで、理仁亜らを戦慄させたほどだ。


 聞けば既にもう一人入部していたようで、二人さえ入部すれば、これで部としてなんとか存続する事ができるとのことである。


 修子の方も、涙ながらに自らの境遇を語りつつも、一方で


「にがさん・・・・お前らだけは・・・・」


とでも言いたげな、その平凡そうな見た目からは想像できぬ程に凄まじい威圧感を放っていた。


 あまりにも悲惨な事情を聞いてしまった上、このとんでもない威圧感に絡めとられてしまっては最早進退窮まったといってよい。


 この、蜘蛛の巣に囚われ、捕食されるのをまつしかない蝶々が如き状況になってしまったのが二人の運の尽き。


 流石にもうNoとは言えず、入部したのだ。


 その日はもう修子の狂喜っぷりに話にならなかったのでとりあえず解散。

 後日に、目を血走らせ、髪を振り乱す勢いから回復し、落ち着きを取り戻した修子と理仁亜らは対面した。


 修子は外見こそそれほど際立った所はないが、実はこの地域屈指の名選手で、かなりの実力者なのである。


 修子の威圧感に怯えて入部を決めただけで、体操などそれほど興味がある訳でもなかった理仁亜とさわこ。

 だが、挨拶代わりに見せてもらった修子の幽玄なる不思議な力をもった舞をみて、その魅力に憑りつかれた。


 こうして希望を失いかけた理仁亜は、修子の薫陶レッスンの元、体操に打ち込み青春の汗を流すことでハイライトを取り戻すのであった。



 ん? 何だか妙な流れだな( ^ω^)?キョトン

 と感じた賢明なる読者諸兄らに補足をしよう。


 この時代の「体操」は、2000年頃のそれとは違う。


「演舞体操術」


という、全く別の競技である。


 そして修子が挨拶代わりに理仁亜達に見せた「舞」は「演舞」の事である。


 この「演舞体操術」、元はといえば、元海兵隊員だった女傑・スメラ=リラゴという人物が創始した


「戦姫闘技術」


という武術がルーツである。


 終末戦争時に夫や子供を亡くした女性達を戦士に変える為にスメラが教えたというこの武術を、競技にアレンジしたものである。


「戦姫闘技術」のモットーは


「うぅ、あなたぁ(´;ω;`)ウゥゥ とか言って泣いてる暇があるなら修行してぶん殴れ!」


である。


 戦後すぐは単なる女性の武術として広まったようだが、しばらくして


「うら若き乙女が拳をもって殴り合うのはいかがなものか」とか

「ガチンコすぎて絵面が良くない。正直引く」


という意見が相次いだため、殴り合いを改め、技を競うだけの純粋なスポーツとして変化してゆき、現在の名前と形に落ち着いた。


 そして「体操」と聞けば、


「熱き乙女達がその技と美しさを競い合う競技だな」


という、世間一般の認識が定着したのである。


 宇宙大開拓時代に入ってすぐ位の時代には、物騒な世の中から身を守るための護身術の代わりとして学ぶ乙女達が多数いたほか、そのダイナミックな競技内容故のエンターテイメント性も人気があり、一時期はかなりの競技人口があった。


 だがある程度開拓も進み、版図内の詳細調査がメインとなった昨今においては、治安もある程度は高まり、それに伴って人気も下火となって競技人口は最盛期の三分の一にまで落ち込んだ。


 この学校の体操部も同様に入部する部員が減り続けており、修子が一年の時には彼女以外に入部する生徒が居なかった上、在籍中の部員が全員三年生であった。


 そして先輩達が卒業した後に彼女一人が取り残されてしまった、という訳である。



 瞬く間に三か月が過ぎた。


 修子らと共にひたすら部活動に取り組んだ理仁亜は、めきめきと上達した。


 その天女の舞かと見まごうばかりの美しさはちょっとした名物となっていて、今日もたくさんの野次馬達が彼女の姿に見惚れていた。


 この連中は理仁亜が練習を始めた当初から、その迸るリビドーを抑えきれずに、砂糖に群がるアリンコの如く沸いてでた男子生徒共である。


 当初はさわこが追い払っていたのだが、ゾンビの様にしつこく、また幾らでも湧いて来て、次第に面倒臭くなったので、お菓子を見物料の代わりに支払わせて整理する事にしたらしい。


 せしめたお菓子は他の運動部の女子達にもお裾分けしているので、苦情らしい苦情もない。


 ちなみにその料金は、


・立ち見席が100円のお菓子

・椅子が貸与される権利がコンビニスイーツ

・中に入ってガン見出来る権利が近所のケーキ店のショートケーキ


 となっている。


 更にホールケーキを納入すると三日間のフリーパスと、暴利もいいところである。


 この行為を、顧問で理仁亜らの担任でもある阿賀原あがはらきらりは最初、


「あーっ!いけないんだよー!(プンスコ」


と、とがめはしたものの、さわこの余ったお菓子賄賂であっさり陥落。


「わーい、きらり、何も見てませーん!きらりんぱ☆!」


と現状黙認状態となっているのであった。


 だがそんな光景を忌々し気に見ている小娘がいた。

 同じく入部していた紅鶴優華べにづるゆうかである。


 彼女は、かなりキツ目ではあるが美しい容姿で、すらっとしたスタイルをしている、幼い頃から体操一筋に取り組んできた、割と良いとこのお嬢さんである。

(だが、その胸は平坦であった)


 その技量はかなりのもので、修子がふわりと人々を魅了するような舞であるのに対し、彼女は鋭い刀剣の様な技のキレでもって、見るものををねじ伏せるような一点突破の魅力を持っていた。


 この学校に入学したのも、修子がいて、彼女から教えを受けられると知っての事なのだが・・・・。

 今彼女は、ぽっと出の、どこの馬の骨とも知らぬ、(そして、うらやましい位に胸が大きな)素人の小娘に夢中である。


 今日も又、野次馬に来ているぼんくら共がぼーっと口を開けたまま恍惚とした表情で


「美しい・・・・あれは女神が舞っているのだろうか・・・・」


等と寝言を抜かしやがっていて腹が立ったので、その手に大量のクララレアシラルを塗りたくったあと、そいつの顔面をアイアンクロ―したのちに


「美しいですってぇ・・・・本当に美しいのは、このわたくしでしょうがぁぁー-! あなたこそちょっとはご自分の身だしなみに気を使われてはどうなのですっ! きたねーツラして見苦しいですわっ!!」シャバッ!

「うぎゃああー--! ヌ、ヌルヌルするうぅー---!!」


と、ニキビだらけの顔面をクリームでベタベタにして八つ当たりしていたのである。


 このやり取りを毎回繰り返すものだから、野次馬共の顔はこの年齢特有のニキビがなく、意外と整っていて、ガヤの見苦しさは大分軽減されていたりする。


 だがいくらボンクラーズのニキビが無くなっても、腹を立てる原因は無くならないので、


「おのれおのれぇ・・・・陸奥理仁亜ぁ・・・・このわたくしを差し置いて修子さんの教えを賜るなど許せませんわよぉ・・・・ぐぎぎ・・・・悔しいのぅ、悔しいのぅ、ですわ・・・・!」


と、結局はぐぬぬする毎日であった。


 そんな事言って練習しないから修子を取られるのである。

 練習しろよ。


 この割とどうでもいいやり取りをしている紅鶴優華と、呑気にお菓子を喰らっている阿賀原きらりこそが、理仁亜に新たな災厄を与える台風の目となる存在である。


 さて、理仁亜が在籍するこの「南陵高校」は、一年の夏休み前の時期は「林間学校」を行うキマリ(青〇導士ではない)になっている。


 内容としては、山間部のキャンプ場にて2泊程滞在しながら、


周辺の清掃やらのボランティアをしたり

渓流釣りしたり

キャンプファイヤーしたり・・・


という、ごくごく普通の行事である。


 ・・・・そう、普通の学生にとっては。


 そんな楽しいハズの行事も理仁亜にとっては、宇宙開拓者のスラングで言う所の


「42番目の奈落」


に落ちて二度と帰ってこれなくなる死出の旅に他ならない。


 そういう事で、当然ながら、欠席を担任のきらりに申し出る理仁亜だったが・・・・。


 この「林間学校」には、何故か


「期間中に交際が成立したカップルは幸せになれる」


などという、まぁどこにでもありそうなジンクスがあり、真偽の程はさておき、これまで数々の甘酸っぱい体験が口伝で語られている。


 きらりはこの手の話が大大大好物で、今回も(ある意味生徒よりも)楽しみにしていたのである。


 そこへきて、ものすごい大昔風に言うところの、あいつもこいつも狙っている学園のマドンナ然とした理仁亜が不参加を申し出てきたのである。


 有り得ぬ、断じて有り得ぬ!

 例えお天道様が許しても、このきらりが許さねぇ!


 等と考え、あわてて説得を試みた。


「理仁亜ちゃん、大丈夫だよ、問題ないって! そうそう事故なんて起こる訳ないじゃない! それに、みんなと一緒だと楽しいよ! ねっ、一緒に行こう?」


と一見不安がる女生徒を心配する熱心な教師に見えるだけで、全く心にもない事をいうダメな大人丸出しのきらり。


 これ程人の不安を煽る説得が他にあるだろうか。


 勿論、その本音は、


「理仁亜ちゃんを取り合って、男の子たちが熱い下半身の鞘当てをした方が絶対面白いもんね・・・・フフフッ♪ ニチャりんぱ☆」ニチャア・・・・


である。


 教育者としても、一社会人としても風上にも置けぬ、とんでもないやっこなのであった。


 それでも何とか悲劇を回避しようと健気にも食い下がる理仁亜であった。

 

 が、この騒ぎを何処から嗅ぎつけたのであろう。

 ぼんくら男子共が、涙ながらに欠席を思い留まる様、懇願してくるではないか。


「絶対大丈夫だって! 平気平気! (この機会を逃してなるものかよ!)」

「そうだって、一人だけ除け者なんてあんまりじゃないか! (そしてあわよくば・・・・ぐへへw)」

「そのおっぱいにバブみを感じる! (君一人を置いていくなんて俺たちにはできない!)」

「結婚しよ(結婚しよ)」

「ひ、一つになろう、一つに(ポロンッ)」


 その必死さとキモさたるや、同じクラスの女子たちをドン引きさせる勢いであった・・・・。

 さらに、とどめと言わんばかりに優華が

(実は理仁亜、さわこと同じクラスだった)


「陸奥さん、林間学校はレジャーではなくて授業の一環でしてよ。学生なら参加するのが当然じゃござーませんこと?」


 などと、柄にもない正論を言って逃げ道を塞ぐものであるから、遂には理仁亜も諦め、渋々参加を表明するのであった。


 そして当日。


 楽しそうにはしゃぐ女子達。

 漲るスケベ心を隠すことなく、ギラギラとした目つきの男子達。


 そんなクラスメイトらが意気揚々とバスに乗り込むのを、ただただ見つめるだけの理仁亜とさわこ。


 ささやかな抵抗というヤツだが、結局はきらりに


「二人で最後だよ~、さっ早く乗った乗った! きらりんぱ☆」


と、奮戦(?)虚しく、強引にバスへとねじ込まれてしまった。




 そんなこんなで、目的地のキャンプ場に向かって、ズンズン山奥へと向かうバス。


 車内では、


お調子者がカラオケで下手くそな替え歌を熱唱してウケを狙ったり、

ある者は景色を楽しんだり、

きらりはお菓子をもりもり食べたり、

またある者はおしゃべりを楽しんだり・・・・


 と、実に和やかであった。


 が、そんな皆をよそに、


銀河毛玉ストラップを握りしめてブルブルと生まれたての小鹿の様に震える理仁亜

と、心配そうにその肩を抱くさわこ


の二人は、まるでこれから処刑台に上がる罪人かのごとき雰囲気。


 そこだけ空気が100倍重く感じられる程であった。


 そんな二人を、一番後ろの座席からやや据わった目で睨みつける優華。


 始めは、腕を組んでしかめっ面をしながら


「どうせ周りの気を引く為に下らねー嘘をいっとるに違いありゃしませんわ!」

「ほんのちょーっとわたくしよりお胸がデカくていらっしゃるからって、面倒な行事をサボる我儘なんざ通ると思わぬ事ですわ!」


とか思っていた。

(意外と真面目なヤツである。)


 そして、バスが動き出してからすぐに縮こまってガタガタ震えだす理仁亜をみて


「ヌホホwwさまぁwwですわwwww」


と何故か勝ち誇っていい気になっていた。

(単純なヤツである。草など生やしていてはお里がしれましてよ?)


 が、その尋常ならざる様子を見ている内に


「ちょっとぉ!? あの娘マジ怖がり過ぎじゃありゃしませんこと!? 震え方がライオンと虎が一緒に居る檻にブチ込まれたチワワみてーですわっ! ・・・・すこーし、ほんのすこーし、悪い事しちゃったかもしれませぬわ・・・・」


と本気で心配になってきた。

(思い込みが激しいのが玉にキズだが、根はいいヤツなのである)


 二人の様子に見かねたすぐ後ろの席の同級生が


「大丈夫? 車酔い?」(´・ω・`)


と優しく気遣うのを


「大丈夫、問題ない、よ・・・・」(´・ω・`)


と弱弱しく返事する理仁亜。


 いやいや、どう見たって大丈夫じゃない、問題ありまくりである。


 そんなやりとりを大体3回ぐらい繰り返した頃だろうか。

 バスは曲がりくねった街道に差し掛かった。


 とその時である。


 前を走っていた他のクラスのバスが、いきなりパワー全開でバックし、理仁亜らのバスに正面からぶつかってきたのである。

(この原因は未だ判明していない)


 そのままバックした前のバスに押し込まれ、理仁亜らの乗ったバスはガードレールを突き破り、バク転するかのように斜面へと転落した。

 そして猛スピードで走り回る針鼠並みに回転したバスは地面に叩きつけられて大破した。


 尚、バックしてきたバスは、寸前で持ち直して落下は免れた。


 重力ダンパーの働きにより、幸いけが人は出なかったようだ。


 これがなければ、クラスまるまる全滅である。

 何時もながらいい仕事をしているものだ。


 一行は何とか大破して歪んだバスから這う這うの体で抜け出し、辛くも脱出した。


 その後真っ先に先行している学年主任と連絡を取るきらり。

(一応先生らしい事もする時もある・・・・ように見えて実際には、学年主任に泣きながら「助けて!」というコールをしていただけだった)


 あれだけ騒いでいたお調子者たちも、この状況では騒ぐ気にはなれない様で、黙ったまま大人しく座り込んでいた。


 その他の生徒たちも、回収した自分の荷物を抱えて、不安そうに待機していた。


 とはいえ、まだ谷底に落ちた程度である。

 理仁亜とさわこは慣れたものであった。


 このまま待っていれば、いずれ救助がこよう。


 そう呑気に構えていたのだが。

 不幸体質は、彼女らを見逃す程甘くはなかった。


 この事故が起こる数時間前。地球圏では、第96分隊が密輸を企てたスペースローグ達を追い詰めていた。


 だが、相対する賊の中に航宙軍崩れが居て、盗み出した軍用MDFを巧みに操り、小賢しくもガーディアン達を妨害していた。


 この抵抗が意外と激しく、哲人らMDF隊は敵母艦に近づくことが出来なかった。

 そのせいで、MDFにて敵母艦を攻撃し動きを止めたところで拿捕、一気に突入するという何時もの流れが出来ずにいたのだ。


 賊ながらやるな、と攻めあぐねている内に、スラスターをふかし逃れようとする敵母艦の足を止めるため、やむなくガーディアン母艦の主砲で攻撃、これを撃沈。

 母艦を失って動きに精彩を欠いた敵MDFも撃墜し、何とか制圧する事ができた。


 だがその際、ばらばらに分解した船体からこぼれた積み荷は四方にばらまかれ、MDF隊は休む暇もなく回収に回ったが、余りの多さに手間取り、その後の始末に追われる事が確定したジャン=クロゥエン司令の胃壁と毛根は撃沈寸前であった。


 何とか一通り回収し、デプリをばらまかずに済んだと安堵するも、確認すると一つだけ行方不明となっていた。


 その中には、「ジョウゲンジ星系」にある惑星「クチハザマ」に生息する狂暴な肉食獣「ダブルタニアブロス」が捕らえられていたのであった。


 そのコンテナは発見した頃には既に地球の重力にひかれて落下を始めていた。

 母艦のメインフレームが軌道を計算すると、なんと燃え尽きずに地表に落下するコースを奇跡的にとっているではないか。


 浮足立つ隊員たち。


 コンテナに重力制御の類などはダンパー位しかついていない。

 外部から操作して落下を食い止める事は不可能。


 また、MDFのジェネレーター出力では、機体を駆って落下先に回り込み、


「たかがコンテナ一つ!」


と押し返せるほどの重力制御など到底不可能である。


 それを頭で理解してはいるものの、


「やってみなければ分からん!」


と言わんばかりに飛び出そうとする若い隊員。


 それをベテラン隊員たちが必死になって抑え込む。


「! おいやめろ! もう間に合わん! 無駄死にする気か!?」バキッ!

「ぐぁっ!! ・・・・何故です!? ・・・・くそぉ、もうどうする事もできないのか!」


 そんな熱いやり取りが繰り広げられているデッキで、哲人は一人、もくもくとメカニックらに混じって銀色の愛機を整備点検していた。


『情けない、コンテナの落下を阻止できなかったとは・・・・しかし何処へ落ちる? ・・・・理仁亜? いやまさかな・・・・だが・・・・とにかく今は整備を!』


 最早確定的に明らかといってもいい胸騒ぎに逸る気持ちを抑え、脇で起こる熱血な騒ぎを尻目に、損傷したMDFの再整備を急ぐのであった。


 実際やれる事は少ない。


 こうも地球に近すぎては主砲で撃墜も不可能。

 地表から対空兵器で迎撃しても、逆に破片が飛び散って被害が拡散してしまうのでこれも不可。


 出来る事と言えば、落下地点を割り出してその周辺の住民にアラートを鳴らすぐらいである。

(勿論、ジャン=クロゥエンの胃壁と毛根にはアラートが3重に鳴り響いていた)


 即座に再計算が行われた。

 その落下地点とは・・・・!



 谷底に転落して15分程経過した。

 生徒たちは落ち着きを取り戻した。


 何故なら、率先して皆をなだめる立場であるはずのきらりが、率先してべぇべぇ泣きじゃくっていたのだから、かえって冷静になれたのである。


 ・・・・むしろドン引きであった。


 何故きらりがこんな駄目な大人丸出しの醜態を晒しているかというと。


 落下後、慌てて学年主任でもあり、学生時代の同級生でもあった代能よあたまことに連絡した際、


「闇雲に動いちゃダメ! 頼むからレスキューが来るまで大人しくしてて!」


と冷たく(この場合は適切な判断である)突き放されたからであった。


「ヴァアア~~~~!! もうちんじゃうんだぁあ! ひぃ~~ん!!」


と理仁亜の胸に顔と鼻水を押し付けて見苦しく号泣するきらり。


 戸惑いながらも、このダメな大人を健気にも慰める理仁亜。


「通ってる話を無視して理仁亜を連れ出すからこうなるって、思い知った? ねぇ思い知った?」


と言いながら、きらりの脇腹を高速でプニプニするさわこ。


 その光景をみて


「おお、流石理仁亜ちゃんは女神やでぇ・・・・」とか

「おいきらり、そこ代われ!」とか、

「ひ、一つになろう、一つに(ポロンッ」


等と考える一部のキモい男子達。


 それ以外の者達は、ドン引きしすぎて頭が冴えて来たのか、騒ぐ連中を放置し、各人NAVI=OSを通じて他のクラスの生徒に連絡を取ったりして情報収集をしていた。


 そして優華はというと、この状況下になって初めて、理仁亜の主張が真実であると理解し、罪悪感に苛まれていた。


 どうやらあのお人好しな同級生は、自身より周囲の人々が危険に晒されるのをなんとか防ごうとしていたようだ。

 加えて車内でのあの尋常でない怖がり様は、過去に何度も、同様の出来事があったからに違いない。


 一時のくだらない感情に囚われ、彼女を追い詰める言葉を言ってしまったせいで、この様な事態になってしまったのだ。

(戦犯はごり押しを決めたきらりとキモい男子達なので、ただ便乗しただけの優華はそこまで悪い訳ではないのだが、同罪と言えば同罪である)


「仰っていた事はマジでしたのね・・・・あぁ、わたくしのせいで、陸奥さんを怖がらせたばかりか、クラスの皆まで危険が危ないやべー目に遭わせてしまいました・・・・」


 多少考え方が極端すぎるきらいはあるが、悪いヤツではないのである。


 そして、意を決していざ謝らんと、いまだきらりに縋りつかれ、ジャージの胸の所が色々な汁でべたべたになってしまっている理仁亜の方へ向かおうとした・・・・。


 と、その時である。


 この場にいる全ての人間がおよそ訓練以外で聞いたことがないであろう


「Jアラート」


が、実に数百年ぶりに、NAVI=OSを通じて各人の脳裏に凄まじい大音量をもって鳴り響いたのである。


「ギュインギュインギュイングギュウィイイインン!!!!!」


 不可視の音波ハンマーが、この場にいる全ての者に容赦なく襲い掛かる!


「グワーーーーーッ!!」

「う、うるせえぇええ!!」

「ひぃぃ、頭が割れるぅ!」


 直接信号が脳に伝えられているせいで、耳を塞ごうとも聞こえてくるけたたましい警告音に、聞こえている人間全員が頭をおさえてのたうち回る。


 さながら周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 恐らく、キャンプ場に居る者も同じように苦しんでいるに違いない。


 人を守るべき警告が、今まさに人を殺さんとしているとは実に笑えない冗談である。

 たっぷり30秒程各人を苦しめた警告音が収まると同時に、NAVI=OSを通じて重量物が地表に投棄された旨が伝えられた。


 そして目をつぶっていても見えるマップに、予測落下地点と影響範囲が表示された。


 その場所はこのキャンプ場周辺から北へおよそ3キロ程離れた山頂付近であった。


 幸い、その場所は自然保護地区に指定されているエリアで、周囲には集落もなく、人的被害が出る事はなさそうだが・・・・。

 天文学的に考えれば、これはおよそ誤差の範囲、投棄された重量物は生徒たちの直上にあるといってよい。


 当然、キャンプ場周辺は、事故現場も含めがっつり衝撃波の影響範囲に入っていた。その事実に全員が戦慄し、硬直した。


 だが無情にも、落下物は各人に慌てる暇をも与えず、目視できる所まで迫っていた。天から降ってくる火の玉を呆然と見つめるだけの生徒たち。


 きらりは、キャンプ場に居るまことから


「こっちは全員管理施設に避難したから! そっちも何かの物陰とかに隠れるとか、出来るだけ遠くに離れるとかでなんとかやり過ごして!」


と、避難指示を受け取りはしたのだが・・・・。


「うえぇぇ?? 物陰ってそんなの無いよう。ほんとにちんじゃうんだぁあ! ヴァアア~~~~ン!!」


と全く頼りにならない。


 が、それを聞いて何かを閃いたさわこが吼える。


「物陰・・・? そうか! 皆、バスの後ろに! うまい具合に衝撃と丁字になってる! はやく!」


と、腰を抜かして泣きじゃくるきらりの襟首をつかみ、理仁亜と共にバスの後ろへと逃げ込む。

 その叫びと素早い動きを見て、正気を取り戻したクラスメイト達も皆それに続いた。


 さわこ、グッジョブである。


 そして全員がバスの影に入り、一か所に固まったと同時に火の玉は山頂に墜落。


 音速を超えた衝撃が荒れ狂い、付近一帯を薙ぎ払っていった。

 直後、ズドン! と凄まじいまでの突風が一行に襲いかかる。

 その後、ほんの少しの間をおいて


「キャッズォオーーーン」


と、落下物が着弾した時の音が聞こえてきた。


 キャンプ場の管理施設は、窓という窓が粉々に砕かれ、広場に置いてあった物もほとんどが跡形もなく吹き飛んだ。

 だが、廃校の校舎をそのまま利用して作られた管理施設は持ち前の頑丈さを失っておらず、衝撃を見事耐えきった。


 一方事故現場はというと、大破し、横転した状態のバスがうまい事地面にめり込んでいたため、衝撃を受けても吹き飛ばされる事もなく一行を守り切った。

 そして横向きであったことと、転落の際に全ての窓ガラスが割れていたせいもあり、飛び散ったガラス片が生徒たちを傷つけるという二次災害が起こることもなかった。


 壊れてもなお仕事をするという、観光バスの鏡である。

 が、流石に無傷とはいかず、シャシーが「く」の字に折れ曲がってしまった。


 一行もまた、エアポケットに入っているとはいえ、それでも今までの人生で経験したこともないような突風に吹き飛ばされぬ様全員で抱き合って互いの身を支え、踏ん張った。


 漲るリビドーを隠そうともしないキモい男子達も、流石にこの時ばかりは生存本能が勝り、必死になってクラスメイト達と円陣を組むような形で固まり、女子達を守った。

(たまたまそういう形になったようだが、普段からこういう紳士的な振る舞いをしていればモテるという事に、果たして彼らは何時気づくのであろうか)


 時間にしてほんの一瞬だが、永遠にも感ぜられた衝撃が収まった後、周囲を見渡した一行は愕然とした。

 つい先ほどまで緑に覆われていた山頂は、最早見る影もなく、クレーターが残るのみであった。


 そこからこの場に至るまでの、周辺の木々も薙ぎ倒され、それまで邪魔になって見えなかったキャンプ場がはっきりと目視できた。


 爆心地には熱を持った真っ黒焦げの落下物がプスプスと煙を立てている。

 落下時のすさまじい衝撃でも形を保っているとは、一体どれだけ頑丈にできているのだろうか。


 しばしの静寂ののち、落ち着きを取り戻した一行は命が助かったことに安堵し、歓声をあげながら抱き合って喜んだ。


 その直後きらりに、キャンプ場に居るまことから


「すごい衝撃だったね。こっちは大丈夫だよ! そっちはどう!? みんな無事なの!?」


と安否確認のコールが入る。その問いに


「咄嗟にバスの影に隠れたから皆大丈夫だよ! ドヤりんぱ☆!」


と答え、さわこの手柄をさらっと横取りするきらり。

 

 ダメな人間がここに極まった。


 それを聞いて腹に据えかね、


「あたしのお陰で助かったのに、何自分がやったみたいに言ってんのさ? 調子乗ってんの? ねぇ? おぉん?」


と、きらりの脇腹の肉をつまんでぐいぐい引っ張るさわこ。


 そんな二人のやり取りを見て皆が笑う。

 辺りは和やかな空気に包まれた。


 と、その時である。(何度目だよ)


 災難の本番はこれからだ! 和んでんじゃねぇ! 

 と言わんばかりに、爆心地にあるコンテナの扉が


「バァン!」


と派手な音を立てて吹っ飛ぶと同時に巨大な影が勢いよく姿を現した。


 そのでかい音に「ビクッ」となった一行の前に、巨大な影がコンテナからわずか一足飛びでこの場に「ドズン!」と降り立った。


 その地鳴りに全員30㎝程浮き上がる。


 慌てて音がした方向を見た一行は、ズタボロボンボンになったバスを挟んで尚その姿が分かる位に巨大な暴獣の姿を目撃した。


 その姿は、パッと見には遥か数億年前に滅び去った恐竜「ティラノサウルス」などに似た感じのヤツに、倍ぐらいのパンプアップした筋肉をつけて、その上から鎧か何かと勘違いしそうな程堅そうな茶色い甲殻で覆った様な、爬虫類っぽい生物である。


 「ティラノサウルス」と決定的に違う点は、この恐竜をはじめとする二足歩行タイプの肉食恐竜がギャップ萌えでも狙っているのかという位に退化した前肢しか持っていなかったのに対して、目の前の生物はそのバッキバキの太ももと同じくらいに仕上がった両腕を持ち、まるでボクサーの様に身を低く構えていたという事と、頭部にヤギの様な、ねじくれ、先端が鋭く尖った一対の巨大な角を持っていたという事である。


 ただ一つ、何でも噛み砕きそうな鋭い牙がずらりとならんだ巨大な顎からダラダラ涎を垂らしているという点は共通であったが、それは一行にとっては何の慰めにもならない情報であった。


 この粘菌を利用して爆発を巻き起こしそうな見た目の凶獣こそが、「特級危険宇宙生物」に指定されている宇宙恐竜「ダブルタニアブロス」である。


 この宇宙恐竜が生息する惑星「クチハザマ」は、他にも更に巨大で狂暴な生物が多数徘徊する、まさに魔境といった環境である。


 特に一行と今現在対峙しているこの個体は、そんな魔境に住まう、自身よりも強い生物と戦い、その血肉を喰らって数十年間生き延びてきた猛者であった。


 彼(彼女かもしれないが)のこれまでの生がいかに過酷であったかは、その全身の至る所にある傷跡が悠然と物語っていた。


 ほんの僅かの間をおいて、宇宙恐竜はおもむろに腕を振りかぶった!

 ・・・・後にくるりと一回転し、その身と同じくらい長く、また同様に分厚い甲殻で覆われた尻尾を振るって自身と一行の間に横わたる邪魔なバスを薙ぎ払った。


 吹き飛ばされたバスは斜面に叩きつけられ粉々になり、完全に廃車となってしまった。


 そしてまずは「ドーモ、ダブルタニアブロスです」とアイサツする代わりと言わんばかりに、その大きな顎を開き「グォォォオオオオ!」と凄まじい咆哮を放った。


 突然の闖入者に驚いて「キャー!」とか叫び声をあげたり、「えっ?その腕でパンチしねーのかよ!?」というツッコミをする暇もなく、宇宙恐竜の放つ咆哮に驚きすくみあがる一行。


 一方、初手のアンブッシュに成功した宇宙恐竜は狂喜した。


 狭苦しくて、自慢の腕でいくらぶっ叩いてもビクともしない、不愉快な場所に閉じ込められたせいで猛烈に腹が減っていた所に、一口サイズで丁度よさそうな獲物がたくさんいるのだから。


 なにやら地べたが揺れたかと思ったら、体がフワフワし始め、今度は急に暑くなったかと思えば、いきなり壁に叩きつけられたりしてムカついたが、そのお陰で外に出られた。


 まぁ、この光景を目の前にした今となってはそんな事はもうどうでもいい。


 不覚にも徒党を組んで襲い掛かって来た小さい生き物に閉じ込められ、しばらくした後に何を思ったのか一匹だけ入って来たヤツを頭から喰ってやった時から何も口にしていない。

(これは餌を与えようとした賊の下っ端の事であろう)


 あの小さいヤツは臭くてえぐみがあってやたらと不味かったが、それと似たような見た目のこいつ等からは、その時とは比べようもない位うまそうな匂いがする。


 特に、あの体の一部分が大きい銀色のヤツからは極上の気配が漂ってくる。


 まずはこの自慢の拳で仕留めてゆっくり味わうとしよう!


 あと、近くにいる筋張ってそうなヤツと脂っこそうなヤツはマズそうなので後にして、まだ食べられるなら食べよう。

(つまりは食べないよ! という事である)


 そう思った宇宙恐竜は、腕を振りかぶり、一番近くにいたきらりと優華を無視し、その横にいた理仁亜へ拳を打ち込んだ!

(彼もまた好物を一番最初に食べるタイプのようだ)


「ちょっとぉ!? なんでわたくしじゃなくて陸奥さんを狙いやがるんですの!? おめーの目は節穴なんじゃありゃしませんこと!?」

「そ、そうだよぉ、きらりの方が美味しそうなお肉いっぱいついてるよぉ!?」


等と、なんだかよくわからない怒り方をする二人をスルーしつつ、凄まじい威力を持ったパンチを叩きつけられて哀れにも吹き飛ぶ理仁亜を想像し、一行は目を覆った。


 だがそうはならなかった。

 理仁亜は、迫りくる拳を「クリボゥメタル」の盾、「クリアガード」で見事受け止めたのだ。


 これは心配性のルーシーが体を張った実験の際に使っていたものを「こんなこともあろうかと」理仁亜に持たせていたものである。


 「ガギィン!」という音と共に止まった拳を見て、宇宙恐竜は少し驚いた。

 どうやらこの生き物は、透明で堅い甲殻で身を守り、危険をやり過ごす性質をもっているようだ。


 小賢しい、では何処まで耐えられるか試してやろう!

 そらそら、どんどん強くなっていくぞ・・・・。


 こう考えた宇宙恐竜は、まるでじわじわと甚振るかの様に、その拳を、理仁亜の構える盾目掛けて連続で打ち据えた。

(この宇宙恐竜は深刻な中二病に罹患していた)


 何とか堪える理仁亜であったが、流石に受けきれなくなり、大きくよろめいてしまった。そこへとどめのストレートが襲い掛かる。


 今度こそ理仁亜が危ない!

 と目を覆う一行であったが、やはりそうはならなかった。


 我に返ったさわこが加勢し、二人がかりで盾を構えて受けきったのだ。


 かなり本気目に放った突きを受け止められたことに、さしもの宇宙恐竜も感心した。


 ほう、この生き物達は協力して外敵に立ち向かう事も出来るのか!

 なかなかやるな、だが、これならどうだ!


 と侮りを捨てた宇宙恐竜は完全に本気を出し、バスを吹き飛ばした時と同様に回転し、その凶器ともいえる尻尾を二人に叩きつけた。


「ンアァッ!? ・・・・くはっ!!」

「うっ!・・・・さわ!」


 盾ごと吹き飛ばされたさわこは、バス同様斜面に叩きつけられた。

 そして気を失ったのか、そのまま動かなくなった。


 腕が痺れて上手く盾を構えられなかった理仁亜は、尻尾が当たった瞬間に手を放してしまい吹き飛ばされずには済んだものの、無防備な状態になってしまった。


 その瞬間を戦闘巧者たる宇宙恐竜は見逃さなかった。

 キラリとその目が怪しく光る。


 この時、固唾を飲んで見守る一行には、宇宙恐竜がにやりと笑った様に見えた。


 フフフ、どうやらもう抵抗は出来ぬようだな。

 だがうぬらはか弱いながら良くやった、正にわが強敵に相応しい!

 敬意をもってその身を割き、腸を喰らってやろう。

 わが血肉となるがよい!

(この宇宙恐竜は深刻な中二病に罹患していた)


 そう考えた宇宙恐竜は、拳ではなく、鋭い爪を理仁亜に向かって振り下ろした!

 無慈悲な凶爪が、「ブォン!」と唸りをあげて宇宙聖女に襲い掛かる!


「っ! ・・・・あぁっ・・・・!」


 腕が動かず防御が出来なかった理仁亜は、まともに宇宙恐竜の爪をその身に受けた。

 そして袈裟切りにされた理仁亜は下着諸共衣服を切り裂かれ、上半身があらわになり、その柔肌からは赤い筋が走った。


 少しの間をおいて、血が滲む。


 羞恥と恐怖のあまり、襟元を手繰り寄せながらその場に座り込んでしまう理仁亜。


 その光景を目にした一行は完全に委縮し、「ヒッ!」とか「うぅっ!」等といったうめき声を上げるので精一杯であった。


 だが宇宙恐竜の方も、今まで生きて来た中で最大級の狼狽を覚えていた。


 確かにこの爪は銀色のヤツを捕らえ、その身を切り裂いたはずだ。

 だが、この異様な手ごたえは一体なんなのだ!?

 まるであの空を飛ぶ忌々しいヤツ(これは彼らの天敵「ソベランバハムル」の事である)の鱗に阻まれたかの様な硬さだ!

 いや、この小さいヤツがそんなに堅いはずがない、きっと爪が欠けていたからに違いない。

 おのれ、今一度!


 と、せっかく自分の中でカッコ良くキメたにも関わらず仕留めきれなかった恥ずかしさと得体の知れない物に遭遇した恐怖を誤魔化すかのように、今度は咆哮を上げながらもう一度腕を振りかぶった!


 ・・・・修子と共に流した青春の汗は理仁亜を裏切らなかった。


 高負荷の運動を続けたおかげで、生体ナノマシンとの融合が一気に進み、この時点での理仁亜の身体能力は常人の25倍相当まで強化されていたのだ。


 生来、頑強な肉体を持つ慧之久の体質を、理仁亜もまた受け継いでいたのである。


 加えて生体ナノマシンには、このような危機に陥った際、衝撃を受けた場所にほんの一瞬だけ反発する重力波を発生する


「G・バニッシュメント」


という機能が備わっていて、爪による攻撃から理仁亜の身を守ったのである。

 宇宙恐竜が感じた妙な手ごたえの正体はこれである。


 だがこの機能はかなりのエネルギーを消費する。

 仮にその機能を完全に開放した場合、次に使用可能になるまで10分程のクールタイムを要する。


 そう、これはあくまで緊急用の機能なのだ。

 次に爪を受けてしまえば、宇宙恐竜の思惑通りに、理仁亜の身は3枚におろされてしまうだろう。


 恐怖のあまり目をギュッと閉じた理仁亜は思わず叫んだ。


「いやだ、助けて・・・・哲人さん、助けて!」


 しかしその祈りも虚しく、宇宙恐竜の爪は無慈悲にも振り下ろされた!


 と、同時に、「ズドォン!」という凄まじい音が周囲に鳴り響いた。


 この音を聞いて、理仁亜が無残にも切り裂かれたと勘違いした一行は顔を背けた。


 理仁亜もまた、鋭い爪で引き裂かれ、鮮血を吹き出しながら血の海に沈む自らを想像し、その瞬間が来るのを覚悟して身構えていたが・・・・。


 何も起こらないので、恐る恐る目を開いてみると、なんと目の前には敬愛する武人が、驚く事に指一本でこの恐るべき宇宙怪獣の腕を抑えているではないか!


 「おぉっ!」と沸き返る生徒たち。

 間一髪、間に合った哲人が割って入ったのだ。


 宇宙怪獣もまた、突然現れたこの小さい生き物に驚き、そして戸惑った。


 今まで数々の強敵を葬り去ってきた全力の一撃が、弱そうなヤツの指一本で防がれたばかりか、フルパワーを込めて抑えてつけているのにも関わらずビクともしない。

 これは一体何が起こっているというのか。


 信じられん、何かの間違いだ!


 恐慌状態に陥った宇宙恐竜は、哲人を粉砕せんと、その拳をやたら滅多と振り回したが、哲人の円を描くような掌の動きに全ていなされ、虚空をつかむのみであった。


 暁光流杖天柔術・鏡花の構え。

 水面に移る月は何者にもつかめない。

 ただ波紋の様に力が拡散していくだけである。


 最初は両手でいなしていた哲人であったが、宇宙恐竜の力を完全に見切ったのであろう、面倒くさそうに片手でいなしはじめた。


 その様子に宇宙恐竜は激昂し、大振りのフックで狙っていた獲物ごとこの小賢しい相手を吹き飛ばそうと、その自慢の腕を振り抜いた。


 だがその拳は、これまでと同じくいなされ空を切るのみ。


 それどころか、その力を利用され、宇宙恐竜は勢いを殺しきれずに上体が大きく泳ぎ、哲人に脇腹を見せる格好となった。


 そこへ普段は哲人の袖口に仕込まれ、必要に応じて伸び縮みする形状記憶合金製の杖での強烈な突きが繰り出された。


 水月掌。

 無理に水面の月に手を伸ばすものは水底に沈む。


 暁光流杖天柔術の基本中の基本の技にして、必殺の一撃である。


 「ズガァン!」という凄まじい音と共に、宇宙恐竜はこれまでに体験したことのない衝撃を喰らい、後方へ吹き飛ばされ、「ガシャッ!」と地面に叩きつけられた。


 成り行きを見守っていた生徒たちからも、「わぁっ!」と歓声が上がる。


 かなりのダメージを負ったのか、叩きつけられた後もすぐに立ち上がる事が出来ず、地べたをのたうち回る宇宙恐竜。

 あの調子ならしばらくは起き上がれまい。


 その隙に、他の生徒たちに少し離れた場所まで退避するように指示を出したあと、後ろを振り返った哲人は座り込む理仁亜の恰好をみて、自らの上着をかけてやりながら、その胸の傷口付近に無針注射器の様な器具でアンプルを注入した。


 これは「ファーストエイドリキッド」というガーディアンの標準装備である。


 体内に打ち込むと、生体ナノマシンに働きかけて代謝を促進させ、ちょっとした傷なら一瞬で治療できるという優れもので、


「医療ポッドに入る暇もねぇ」


というせっかちなガーディアン達にとっては必携の品である。


 幸い、理仁亜のキズは薄皮一枚を切らせただけだったようだ。

 それでも見ていて痛々しかった傷口だが、アンプルを注入した途端、跡形もなく消え去った。ついでに腕の痺れも取れた。


 哲人は、傷口跡を綺麗にガーゼで拭ってやりながら、優しく理仁亜に語りかけた。


『遅くなってすまん理仁亜。MDFがエビゾーみたいにぐずってたもんでな』

「・・・・! 哲人さん! 怖かった・・・・! わたし、わたし・・・・うあぁ・・・・!」


 心配そうに顔を覗き込む哲人に、感極まって抱き着き、泣きじゃくる理仁亜。


 その際に、少女とは思えない程の暴力的な弾力を持った双丘が胸板に押し付けられ、目を白黒させつつも、しゃくりあげる理仁亜の背中をポンポンと叩いてなだめる哲人。

 この様な事態でなければ、この感触に抗うのは如何なる精神素養をも上回る苦痛であったに違いない。


『おうよしよし・・・・もう大丈夫だ、よく頑張ったな。あんなヤツ私がひねりつぶしてやるさ。さぁ、立てるかな? ・・・・ところで、さわ吉のヤツはどうしたんだ?』

「・・・・!? そうだ、さわ! あいつに吹き飛ばされたんだった・・・・! お願い、哲人さん・・・・! さわを助けて! あっちの方だよ・・・!」

『・・・・! あれか・・・・。ム、これはいかん、すぐに手当をせねば・・・・』


 自身と同じくらい大事な親友は、途轍もないパワーで吹き飛ばされ、斜面に叩きつけられてしまった。

 ひょっとしたら命を奪われたかもしれない。

 再び目に涙をため、縋りつきながら親友の助けを哲人に懇願し、その袖を引く理仁亜。


 その尋常でない態度を見て、同じく不安になった哲人は直ぐに駆け寄り、目が><になって倒れているさわこの様子を伺いながらヒナシに問いかけた。


『(ヒナシ、さわ吉は大丈夫なのか? ぴくりとも動かないようだが・・・・)』

『「今この娘のNAVI=OSと連携して診断するわ。・・・・ええ、大丈夫、命に別状はないようね。全身打ち身で目を回しているだけよ。まぁ、このまま治療しなかったら一週間はお風呂に入るたびにキズに染みて飛び上がるでしょうけど?」』

『(ンフッ、そうか・・・・風呂に入れんのはキツいな。どれ、さわ吉のヤツも回復してやろう)』


 ヒナシの歯に衣着せぬ返答に苦笑しつつも、さわこの腕をまくってファーストエイドリキッドを注入する哲人。

 治療を受けたさわこは、一瞬体を「ビクッ」とさせたあとすぐに目を醒ました。


 そしてガバッと上体を起こして辺りをキョロキョロ見回し始めた所で、顔にとても大きくて柔らかいものを押し付けられ、息が出来なくなり悶絶した。


 親友の無事に安堵した理仁亜がその胸にさわこの顔を埋める様に抱き着いたのだ。


「さわ・・・・! ごめんね、さわ・・・・! 無事でよかった・・・・!」

「・・・・!? ・・・・! ・・・・! んん-! んぐ・・・・! ・・・・(死~ん)・・・・」


 必死にタップするさわこをよそに、尚もぐいぐい胸を押し付けて抱き着く理仁亜。

 とうとうさわこが動かなくなった辺りで、哲人が助け船を出す。


『ンフフッ! ・・・・理仁亜、そろそろ離してやろう。さわ吉のヤツが今度は幸せのせいでもう一回目を回してしまうぞ?』

「・・・・!? あっ・・・・! ごめんね、さわ・・・・。大丈夫?」


 慌てて胸からさわこの顔を離す理仁亜。

 目は><のままだが、その顔に精気が戻って来た。


「・・・・プハッ! ・・・・ケホッ、オホッ! ・・・・ふぅ、ひどいよ理仁亜。死ぬかと思ったじゃないのさ・・・・今さっきまで、写真でしか見たこと無いご先祖が川の向こうであたしに手ぇ振ってるの見えてたんだよ!?」

「ええっ!? あ、あうぅ・・・・ごめんね?」

『ンフッ! それだけ喋れるんならもう大丈夫だな。悪いなさわ吉、遅くなっちまって。後は任せてくれ』


 そう言って、思った以上に元気な知己に、拳を突き出す哲人。


「あっ! もー、来るのがおせーじゃないのさ哲兄ぃ! 大変だったんだから! さっさとやっつけちゃってよ!」


 そういいながらも、ニッと笑って哲人の拳に自らの拳を打ち付けるさわこ。

 そんな微笑ましいやり取りが終わると同時に、今までプルプル震えて起き上がれなかった宇宙恐竜がようやっと立ち上がったようだ。


 理仁亜とさわこをその場に残し、手負いの宇宙恐竜に対峙する哲人。


 しばらく睨み合う両者。

 少し離れた場所からその様子を伺う生徒たちも、緊張感からごくりと唾を飲む。

 理仁亜とさわこもまた、お互い抱き合って戦いの行方を見守っていた。


 かたや、宇宙恐竜は今まで受けたことが無い程の甚大なダメージに、恐怖や驚きといった感情が逆に消え去り、急速に頭が冷静さを取り戻していくのを感じた。

 そして目の前に居る小さい生き物が、これまで屠って来たどの相手よりも強い、自身よりも遥かに格上の存在であると理解した。


 彼は野生の獣でありながら生粋の戦士である。

 その本能が相手の実力を認めたのである。


 その事を自覚した瞬間から、気分が高揚していくのが分かった。

 このような感覚は、以前に一度、まだ若い空を飛ぶヤツと戦った時以来だろうか。


 あの時は相手が未熟であったので何とか返り討ちにして、喰らう事が出来たが、今回ばかりは何もかもかなぐり捨てて立ち向かわねばならない。


 そう思った宇宙恐竜は、誰に教わった訳でもない、生まれた頃から本能として知っている「奥の手」を使う事にした。


 これをすると、仮に相手を倒せたとしても、反動で丸三日は身動きが出来なくなってしまうが、もうそんな事はどうでもいい。


 いや寧ろ、この強敵に全力をぶつけてみたい!

 認めよう、アイツは我が生涯最大の好敵手だッ!!


 我ら拳の獣!

 大地を統べる覇者!


 引きません!媚び諂いません!反省しません!


 我の生きざまに、逃走などないッ!

(医者が黙って首を横に振るレベルでの中二病であるが、ここまでくると思わず応援したくなるアツさである)


 宇宙恐竜は、「カッ!」と目を見開くと、なんと両腕でもって自らの頭部に生えている両の角を中ほどから折り取り、その大きな口に放り込んでバリバリと噛み砕き始めた。


 そのあまりに不可解な行動に驚きを隠せない生徒たち。


 だが哲人には、この宇宙恐竜が命を振り絞った捨て身の一撃を放つ為、背水の陣をしいている事に気づいてしまい、苦笑した。

 もうとっくに卒業したかと思ったが、自分にもまだ「男の子中二病」の部分が残っていたと言う事に。

 思った以上に自身は浪漫チストであるようだ、と。


 勿論、ここで


「パワーアップなどさせるものか!」


と、とどめの一撃を突き入れる事は容易い。


 相手は無防備な状態である。

 寧ろその方が正しい。


 が、流石にその最後の一撃はいくら何でも切なすぎる。

(絵面も大変良くない)


 加えて、この一帯を管轄する陸上自衛隊の部隊がこの場に到着し、生徒たちを保護するまでの時間が欲しかった。


 慌てて浅い攻撃を仕掛け、それで万が一仕留めそこなって、暴走した宇宙恐竜が生徒たちの方・・・・

 特に、一度ダメージを受けた理仁亜とさわこに向かっていけば目も当てられない。


 故に待つことにしたのだ。

 要は時間稼ぎなのだが、結果としては宇宙恐竜(と絵面)に配慮した格好になる。


 やがてその自慢の角を咀嚼し終えた宇宙恐竜が、ごくりとその破片を飲み込んだ。


 と同時に生徒たちも同じくごくりと唾を飲み込んだ。


 やや間を置いたのち、宇宙恐竜の体から異様なまでの威圧感が発散されると同時に、ミチミチと音を立て、元から分厚かった筋肉が更にパンプアップされていった。


 そして、甲殻の一部を「ボンッ!」と弾け飛ばすと同時に、


「グォォォオオオオ!!!!!!」


と凄まじい咆哮を天に向かって上げた。


 どうやら、パワーアップは完了したようだ。

 凄まじいまでの闘気を全身から放つ宇宙恐竜。


「ほう、「極限強化」ですか……」クイッ

「オイオイオイ」

「……死ぬわアイツ……」


 メガネをクイッとさせて解説するこの男子生徒は大往頼伝おおなりよりただ

 合いの手を入れたのは光月間夜みつきまや飛田燕とびたつばめという名の女生徒である。

 この合いの手は条件反射の様なもので、特に意味はない。


「何か知ってるの頼伝!?」


と尋ねるのは伊藤人臣いとうひとみ

 女子剣道部期待の新星で、クラスの学級委員長である。


 この突然のメガネ君・頼伝は目元涼やかなるイケメンで、かなり博識な男である。


 その知識は、学問のいろはから割とどうでもいい含蓄話まで非常に幅広く、特に宇宙生物の生態と武術に詳しいことから、「南陵の雑学王」と呼ばれている。

 天文学部に所属し、学友と共に宇宙の事を研究する、未来の宇宙賢者であるが、残念ながら運動の方はからっきし。

 典型的なガリ勉ひょろもやし君であった。

 ちなみにメガネは伊達メガネで、彼のNAVI=OSのガジェットである。


 かたや、間夜と燕はそれぞれテニス部、バレー部に所属するスポーツ少女で、人臣も含めて中学の頃に数々の大会で好成績を残してきた運動優等生達だ。


 そして皆、頼伝とは幼馴染である。


 その快挙は頼伝がもつ頭脳による豊富な知識と高い情報収集能力、分析力を駆使し、参謀役として彼女らを支えてきたからに外ならない。

(ついでに、定期試験の度にヤマ張りをもって彼女らを補習&部活禁止の危機から救ったりもしている)


 そしてその事でこの三人から友情を超えた熱い視線を送られている事に頼伝は全く気付いていない。


 まことに残念なイケメンであった。


 その残念イケメン、頼伝がおもむろにポップコーンを取り出しつつ解説を始める。


「過酷な環境に生息する一部の宇宙生物には、自身より遥かに強い相手と対峙した時、リミッターを解除する事で一時的に能力を向上させ、これに立ち向かうという性質を持つものが居ると聞いたことがあります」サッ


「あの恐竜ボクサーがそうだっていうの?」フクロバリッ


「はい。ただし一度力を開放してしまうと、その反動で身動きが取れなくなってしまうため、誤作動を避け、ここぞという場面で発動できるように何らかのトリガーを持つともいわれていますね」アレ?マァイイカアトデカエシテネ


「なるほど、あの角に秘密があるのね」モリモリ


「・・・・そしてそれを口にすることで・・・・!」カリカリ


「今みたく力を増すことが出来るって訳かー」モグモグ


「彼の場合はその角でしたが、他にも逆鱗であったり、爪であったり・・・生物によってまちまちのようですね。兎に角、体のどこかの部位に能力の開放を促す成分を分泌し、貯めておける部分があるのでしょう。ですが、この様子を見るに、反動が大きすぎて、彼はあの角が生え代わるまで期間を開けねばこの能力を使う事が出来なくなっているハズです。おそらくそれが第二のリミッターとなっているのでしょう。良くできているものです。効率的な進化に感動すら覚えますね」クイックイッ


「そりゃそうか。ドーピングしてキツいのは誰だって同じだもんね!」ガツガツ


「・・・・それにそんなに強力な成分をすぐ分泌できないでしょうしね・・・・」サクサク


「ッ! それ程までの行動をしたという事は、あの恐竜ボクサーは・・・・!」ブハッ


「はい、彼はあのガーディアンの方を好敵手と認めた上で、刺し違えてでも倒す覚悟でもって挑んでいるのでしょう。まさに背水の陣といったところですね」ウワキタネッ


 すっかり観戦気分なやり取りをする四人に優華が横やりを入れる。


「でも大往さん、何でまたそんなトリビアな事ご存じでござーますの?」モシャモシャ


「フッ、それはグローバルネットでエロいワードを検索しているときに、たまたま興味深いリンクを見つけたからで・・・って、あれ? 僕のポップコーンは? うわっ! ちょっ、何をするのです! グワーッ!!」サヨナラ!


 あまりの下らない理由から三人娘にボコられる頼伝。

 折角出したポップコーンも解説している間に全て喰らいつくされてしまった。

 成仏しろよ、南無阿弥陀仏!


 ちなみに、こんなに生徒たちが余裕しゃくしゃくなのは、自衛隊の部隊が到着し、周囲を展開、包囲完了していたからである。


 哲人の戦術目標は達成できたようだ。


 そんな呑気なギャラリーとは裏腹に、宇宙恐竜は奥の手を使いパワーアップを果たして尚、この強敵を目の前にして一歩も動くことが出来ずにいた。

 身体能力と共に増大された思考能力をもってこの恐るべき相手を観察する程、その力の底知れなさを否応なしに理解させられたのだ。


 その恐れに呼応するかのように、彼の身から放たれる威圧感もまた、哲人の身を避けるかのように受け流されてゆく。


 哲人が一歩、また一歩と踏み込むたびに、無意識に後ずさってしまう。


 そして悟った。

 最早彼には、命をも燃やす位に全身全霊を込めて、目の前の相手を一撃で砕く以外、残された道はないということに。


 ならばもう何も要らぬ!

 この一撃に全てを賭けて放つのみ!


 ゆくぞ!


 宇宙恐竜は、ふっ、と息を吸い込み、全身から威圧感を放つ事をやめた。


 ほんの一瞬、辺りを静寂が包む。




 直後、


「ゴアアァァァアアアアアアア!!!!!!」


と、凄まじい咆哮と共に、まるで流星のような勢いで踏み込むと同時に、彗星かと見まごうばかりの凄まじい突きを放った!


 宇宙恐竜にとっても、放った自身でも信じられない程の、最高の一撃であった。

 この一撃は、例え相手がソベランバハムルであっても粉々に出来ただろう。


 だが、確実にとらえたはずの哲人の体は、ほんの一瞬だけ触れた感触がしたあと、まるで水面に広がる波紋の様に一瞬ゆらりとブレたように見え、気づけばするりと懐に飛び込まれていた。


 歩法・水鏡身。

 いかに乱れようとも、水面はかならず元に戻る。


 あっと思う間もなく、哲人が袖口から杖を伸ばし、胸の真ん中にとん、と先端を触れさせた瞬間、全身に何かが波の様にざぁっと広がる感触を覚えた。

 その時、宇宙恐竜は、今まで幾ら喰らっても満たされなかった飢餓感が消え失せ、それどころか何もかも満ち足りた充足感を覚えていた。


 そして背中から、命も何もかもが噴き出すような、そんな感覚を最後に、やがて何も感じなくなった宇宙恐竜は、目前の強敵への敬意と共に穏やかな気持ちのまま・・・・


 その意識を永遠に手放した。



 ギャラリーと化した一行から見れば、宇宙恐竜が咆哮した瞬間に、突きを放った姿勢になってぴたりと止まった様に見えたであろう。


 ほんの一拍置いて、宇宙恐竜の背中から、「ブワッ!」と凄まじい勢いで何かが噴出した。

 それはまるで鳳凰が天に向かってはばたく様に空高くへと昇っていった。


 奥義・鳳天閃。

 突き出す攻撃に全ての力を一点に込め、相手の全身に隈なく浸透させ、背後へと突き抜ける一撃を放つ。


 これは突き出すものなら杖でも拳でも蹴りでも放て、しかも防御も何もかも無視して突き抜けるという、単純ながら恐るべき技である。

 対人戦では危険すぎて、死んでも構わないスペースローグ相手にしか使えない。


 無論、ここまでの威力は、この宇宙恐竜の全霊の力がカウンター気味に乗っていたからこそ出たもので、哲人の力だけではここまでの勢いにはならなかったであろう。


 突き抜けていった凄まじき力に、哲人は瞠目した。


 間違いない。

 この宇宙恐竜は、スペースローグなど及びもつかない程の高潔な戦士であった。


 天へと翔ける鳳凰はこの英傑の魂を連れて、ヴァルハラへと向かうであろう。


『凄まじい一撃だったな。何とか無力化して元の惑星へ帰してやりたかったが、全く手加減が出来なかった・・・・。私の拳が柔のものであったから何とか勝てたって所か。彼と同じく剛のものであったならば、この場に倒れ伏していたのは私の方だったかもしれん。まさに本物の戦士であった。異星の地で果てて良い存在じゃあない。獣の身でここまで高潔になれるのに、人間には何故賊みたいな連中がいるのか。同じ人として恥ずかしい、私もそうならぬように精進せねばならんな』


『「あの瞬間だけは、貴方と彼の実力が伯仲していたように思えたわ。本当に獣にしておくには惜しい存在だったわ。異星の戦士の来世に、幸あらんことを・・・・」』


 一気に倒さなかったのは送還の可能性があっての事だったのだが、残念ながら彼は、賊ではあるが人を一度喰らっている上、学生達を明確に捕食対象と定めてしまった。

 極めつけに、「極限強化」という一般人にはどうにもならない危険な状態になってしまった為、やむなく殺処分命令が下ったのであった。


 もっとも、あの全霊の拳を払って尚加減できるような人間は、恐らくは全人類を見回しても極々ほんの一握りしか存在しないであろう。

(佐藤一族なら可能性はあるのがコワイ)


 哲人は、絶命し完全に脱力した宇宙恐竜の身をゆっくりと横たえ、満ち足りて穏やかな表情にも見えるその目をそっと閉じ、偉大なる異星の戦士の死に敬意を払った。


 ややあって、


「わあぁあっ!」


と大歓声が上がり、駆け寄って来た理仁亜が飛び込んで首っ玉にかじりついたのを皮切りに、他の生徒たちにもみくちゃにされる哲人であった。


 まさしく天から降って来た災難に見舞われた南陵学園の生徒たちは林間学校の中断を危ぶんだが、まこと達教師らは協議の結果、これを続行する事に決定した。


 駆けつけた自衛隊に協力し、「被災地域復興支援活動体験」をする事で、社会奉仕と倫理教育を同時に出来るという、滅多とない機会に抗えなかったようである。


 即座にまことは部隊指令官に協力を申し出、自衛隊側もこれを了承。

 学校側は吹き飛ばされたキャンプ道具を賄える上、教練にもなるし、自衛隊側も省力化及び社会への広報活動、更にはうら若い学生らとの交流の機会にもなると、まさにWin-Winの取引であった。


 早速、吹き飛ばされた樹木の撤去や、クレーター周辺の整地が行われた。

 流石に高校生にもなれば生体ナノマシンと体組織の融合を完了している者も多く、重機など使わずとも全く問題なかった。軍手一つあれば十分である。

(尚、きらりはこの事件の原因を作った下手人として強制参加となり、泣きながら作業に従事していた)


 一方、宇宙恐竜の亡骸は、どこから聞きつけたのであろう、いつの間にか現場に居た宇宙野生生物研究所の研究員狂人達が、哲人が止める間も無く、瞬く間に解体してしまった。


 そして狂気の光を孕んだ目をらんらんと輝かせながら、


「さぁ頂きましょういつもの様に! 勿論最初は星永さんからです!」


と、すっかりスーパーで売ってる様なお肉になってしまった宇宙恐竜をぐいぐいと差し出して来た。


 宇宙恐竜のガッツを見た哲人は、流石に彼を食肉とする気にはなれなかったのだが、結局は研究員狂人たちの勢い狂気に負けて、困惑しつつも、やむなく調理してみることにした。


 研究員たちは捌くのは得意でも料理は皆出来ないらしい。

(だが何故か調理器具と調味料一式はバッチリ完備されていた。喰らう気満々である。もう「宇宙野生生物食肉化研究所」と改名した方がいいのではないだろうか・・・?)

 釈然としないものを飲み込み、食材として観察してみると、爬虫類っぽい見た目にそぐわず、鶏肉っぽい感じのお肉であった。


 ではシンプルな方がいいかと、クレイジーソルトをよく揉み込んだ各部位のお肉を串に打ち、七輪で焼いてみる事にした。辺り一面に香ばしい煙が漂う。


 そして出来た「炭火焼き宇宙恐竜串狂塩風味」を恐る恐る口に含んでみると・・・。


 鶏肉に似た触感の肉から、特級地鶏もかくやという上品かつ濃厚な味わいが各種ハーブの香りと見事に絡み合い、かつそれが噛めば噛むほどに染み出してくる。


 あのように頑強な筋肉であったから、硬くて食えない事を期待(心情的には食べられない方がよかったという理由である)していたが、完全に裏切られてしまった。

 更に、ささみ肉、もも肉、腕肉(手羽先?)と、全てがそれぞれに絶品であった。


 拳と命のやり取りには勝ったが、味覚の上では完全敗北。

 ぐぅの音も出ない。


 哲人の様子を見に来た理仁亜とさわこ、そしてその場に居た研究員らも同じく串焼き肉を口にして、思わず飛び上がって叫ぶ。


「「「「「「「クッソ(すごい)美味え(美味しい)ーーーー!!!」」」」」」」


 そして哲人は心の中で謝罪する。


「すまん異星の戦士よ。君のお肉、マジ美味い!」



 そんな食いしん坊さん達のやり取りを、宇宙恐竜が優しく微笑み、サムズアップしながら


「フッ、気にするな、我を下し豪傑よ・・・・。戦いによって磨かれし我が血肉、存分に味わうがよい!」


と、天からイケメンカットインしていた・・・・。


 その後、「宇宙生物の分泌する体液と肉体強化の関係」という新たな研究テーマおもちゃを得た研究員たちは、お肉以外の解体した部位を専用スペーストレーラーに積み込むと、新たなる知識の発見の期待によって怪しく光る、その眼が引く光の尾だけを残し、あっという間にこの場から立ち去っていった。


 恐らくはあのまま大洗=スペースポートから木星へと帰るのであろう。


 あの誇り高き武人の躯を一部とはいえ晒し者にするのは忍びなかったので、この行動の素早さを今回ばかりは有難く思う哲人であった。


 そうして研究者狂人たちを見送った哲人は、イセンダ教官から既に


「姫の危機を救った後は、若人達を守護者の道へと導いてきなさい」

(つまりは広報活動である)


と指令を受けていたので、そのまま休暇がてら復興作業に協力した。


 当然その事で哲人を抜けた穴を補い、加えて各種処理に追われる事になったジャン=クロゥエンの胃壁と毛根は、誰からも守護される事はなかったのは言うまでもない。


 残ったお肉は、哲人と自衛隊の輜重部隊、更には料理研究部の女子達などが協力して調理し、作業に従事する面々に振る舞われた。


 この時、まことと共に、料理が趣味である学年副主任の矧矢はぎやかえでも調理に加わっていたのだが、この二人と、更には料理研究部の女子達の、哲人を見る視線にかなりの熱量が込められていたのを、料理の匂いに堪えきれずに作業から逃亡し、虎視眈々と盗み食いの機会を窺っていたきらりは見逃さなかった。


 が、それを揶揄う暇もなく、お目付け役の妹・阿賀原わかさに発見、捕獲されズルズルと作業現場へと再び連行されるのであった。

(尚、きらりにはこの懲罰としてまことの持っていたペロリーフレンズのみが与えられ、目の前の料理を口にできなかった悲しみで号泣しながら作業に従事していた)


 お肉の方は鶏肉のような感じだったので、かなり幅広い料理が作れたのだが、中でも大人気だったのがオムライスと唐揚げであった。

 他にもトマト煮込み、カレーに棒棒恐竜など、様々な料理が並べられ、キャンプ場はさながらお祭り騒ぎとなった。


 また、「極限強化」の効果がまだ残っていたのだろうか、これらの料理を食したものは皆、体中に活力が漲って眠れない程に高揚状態となり、凄まじいまでの勢いで復興作業が昼夜を徹して進められた。


 吹き飛ばされた樹木は枝が払われたのち材木とするのに集められ、残った枝葉はクレーターを埋め戻す際に土と交互に積み上げられた。


 隕石と化した黒焦げのコンテナの残骸はというと、地球上で待機していた他のガーディアンの部隊が証拠品として押収していった。


 やがて林間学校最終日、宇宙恐竜の肉が喰らいつくされると同時に、すっかり元通りになった地形に乙女達が新たな樹木の植林をすませると、哲人が「宇宙強力樹木成長促進剤」の入ったタンクを懸架したMDFにて薬剤を上空から散布。

(これは研究素材の対価として研究員狂人たちが提供したもので、不毛の惑星をテラフォーミングする時などに使うものである)


 ハゲ(ジョーンズではない)山だった山頂が、鎮守の森に住まう某毛玉怪獣神の祈祷で一気に成長するシーンを再現するかのように「ワッサー!」と木々が生い茂り、すっかり元通りとなった。


 最後に、山頂の一角にて、哲人が杖を突き入れた部位の甲殻を埋め、


「高潔なる異星の戦士、ここに眠る」


という慰霊碑を建立し、宇宙恐竜をねんごろに葬った。

(この碑は、献花するとここ一番でのガッツが身に着くとして、様々な競技に携わるアスリート達の新たな名所となった)


 そして、それを見届けたまことの


「これで林間学校は御仕舞! 皆さん、お疲れさまでしたー!」


という号令と共に、「わぁあ!」と歓声があがり、仲良くなった学生達と自衛隊員らが互いに喜び合い、ここに林間学校は終了と相成った。


 紆余曲折あったものの、普通とは違う体験に学生達は大満足であった。

 吊り橋効果からか、通年よりカップルも多く成立したようである。

(尚、きらりには帰り間際に懲役を終えた褒美として、まことから一本だけ残った「炭火焼き宇宙恐竜串狂塩風味」が与えられ、それを口にした瞬間、喜びと同時にこの他の料理を口にできなかった悔しさと悲しみで、自らの流す涙の海に沈んだ。が、哀れに思ったクラスの生徒たちが余ったお菓子をくれたので、何とか立ち直ることが出来た。全くもって、命冥加なヤツである)


 バスが全て吹き飛んで大破してしまった為、生徒達は自衛隊員らと共に兵員護送車へ乗り込み、南陵学園へと帰路についた。


 それとは別に理仁亜(と何故かさわこ)は、哲人のMDFにて一足先にスプリングビッグポートシティへと帰郷する事になった。


 これは、哲人がまことに


「ルーシーと慧之久の元へ、理仁亜の体質を疑い、危険な目に遭わせた事をきらりと共に土下座謝罪しに行くので、彼女を故郷へ送り届けてほしい」


と依頼されたからである。


 どうせこの後すぐに夏休みだしそのまま休んでくれて構わない、という事らしい。


 もうすっかり理仁亜の事情に詳しくなった自衛隊の全面協力で茨城から大阪までの航路申請はすんなり許可され、ある程度自由に飛行できたので、寮に立ち寄って帰り支度を済ませた3人はゆったりと、ロマンチックなナイト・フライトを楽しむことができた。


 そして理仁亜は、さわこのリクエストに応え、美しい夜景を掠めるようにMDFを楽しそうに操縦する哲人の横顔をみたとき、幼少の頃から今まで感じていた気持ちを、自らの胸の鼓動の高まりと共に膨らむ熱い感情と同じものであると自覚した。


 その瞬間、彼女の燃え盛る乙女力おとめぢからが胎動を始めたのであった。

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