第2話 苦労人、早速つまづく

 プラズマスラスターから噴出する力強い推進力によって、シップは第一宇宙速度(秒速7.9km)に達した。


 操縦席から見える景色が、空色から群青色、そして漆黒の闇色となった時。

 哲人が踏み込んだペダルは、制御装置に従って自動的に上がり、そのまま固定された。


 あれだけ轟音が響いていた艦内は、今は逆に耳が痛くなる程静かになった。

 どうやら、静止衛星軌道(高度三万六千km)に乗ったようだ。


 哲人は操縦桿を手放して周りを見渡した。


 眼下には、青く光る美しい地球が見える。

 しかし、その大地は、所々に巨大なクレーターがあり、陸地だけ、さながら月面の様に、穴だらけになっている。


 それは、過去に起きた終末戦争の爪痕。

 人類の愚かさの象徴。


 この地球の痛ましい姿を見るたびに、哲人のみならず、全ての人々が、同じ轍を踏まぬよう、高潔たれという誓いを心に立てずにはいられない。


 しばし無言で地球を見つめる哲人であったが、何やら妙なうめき声が聞こえたことにより現実に引き戻された。


「あがが・・・・ギュホッ・・・・」

『ンフッ、おい、大丈夫かミラリィ』


 「線引き」をからかって調子に乗っていたミラリィは、打ち上げ時にかかる凄まじいGによってシートに押し付けられていたのだった。


 通常、途轍もない速度で飛び回る宇宙船には、搭載されている「重力ダンパー」の働きにより乗組員や船体を保護する機能が備わっている。


 だが、打ち上げ時や急発進時などの、


「人にウロチョロされると危なくて困るんじゃボケェ!」


という様な状況下でGを感じないのはかえって危険な為、重力操作推進を使わずに化学推進にて発進し、あえてダンパーを作動させない(又は最小限に抑える)仕組みになっている。


 それは、イキって衝撃に備えなかったミラリィを押しつぶすには十分な力である。


 ・・・・この時代では厳格な社会的ルールにより、所謂「ブラック企業」等と言われる様な経営をする企業はなく、人々「は」無理なく勤労に励むことが出来る。


 しかし、単純作業を担当する作業用botや宇宙船等の「道具」には、そのルールは適用されない。


 とある宇宙運送業者が、欲をかいて自社のキャパシティを大きく超えた受注を捌く為に一度に大量の荷物を詰めるだけ詰めたあと、打ち上げ時であろうが、コロニーのドックから発進するときであろうがお構いなしに常時重力ダンパーを稼働させ、宇宙船を止めずに荷捌きし、作業用botを酷使していた。


 当然、常時稼働などさせれば、ろくにメンテナンスも行えないのは自明の理である。


 逆にルールに守られた、気の抜けた乗組員達は、設備や機械を見る事も触る事もせずに習慣として報告アプリのチェックボックスにレ点を入れるだけ。


 そう、この時点で事故は確約されたも同然なのだ。

 適当に入れたチェックの数がそのままに破滅へのカウントダウンである。


 そして、運命の日が訪れる・・・・。


 ある日、何時ものように重力操作による打ち上げをする、まさにその瞬間、重力ダンパーが故障し、凄まじいGが宇宙船内を襲った。


 徐々に加速する化学推進と違い、一気にトップスピードにもっていく重力操作推進が生み出す力の余波は想像を絶するものである。


 また、作業用botも酷使されるあまりその動作がかなり怪しくなっており、格納された荷物の固定が非常に甘い状態であった。

 加えて、荷受けしたばかりで放置された荷物が多数、山積みにされたままになっていた。


 その結果、格納庫は重量物の飛び交う、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 そして、作業用bot諸共に、押しつぶされた積み荷が格納庫を暴れまわった後、ついには隔壁を突き破って宇宙船は大破、乗組員は壁に叩きつけられて全員死亡。


 その後、飛び散った宇宙船の破片は惑星の衛星軌道上にスペースデプリをばら撒き、更に一部が地表に落下するという大惨事となり、その企業は倒産した。


 わざと化学推進で打ち上げするのは、このような痛ましい惨事を二度と起こさない為に設けられたルールによるものである。


「なんか知らんけど動いてるからヨシ!」はダメ、絶対!


「ゲホ、オホン、オホーン! うう、シートの匂い染みついてむせるヨ・・・・」

『それだけ喋る事が出来るなら大丈夫だな。まぁ、調子に乗るのも程々にしろってことだw』

「うう! だが断るヨ! ここは譲れませんのヨ!(キリッ」

『いやいや、ここは断らずに譲れよ! 何がお前をそこまで駆り立てるんだw』


 そんなしょうもないやりとりをしていると、コンソールパネルのコールサインが点滅した。


 どうやら、何者かが通信を送っているようである。


「あぁー・・・・。テット、お呼びなのヨ」

『おおっと、忘れてた・・・・はいはーい』

「おばちゃんかヨw」


 哲人は回線を開き、通話を開始した。


 すると、画面にはねじり鉢巻きをしめ、少し日焼けした、精悍な顔立ちの女性が映し出され、開口一番にこう言った。


「勝手に軌道上うえに上がって来やがったバカ共はお前らか!」


 この突然通信で怒鳴り込んできたきっぷのよい女性は「網元」という、「線引き」と同じく物流の運行を管理しているAIである。


 「線引き」と違う所は、彼女の管轄は宇宙空間であるという事だ。


 とはいっても、地球上とは違い、現在まで人類が開拓した、広大な版図内を航行する宇宙船の全てを操縦することは流石にAIの彼女にも不可能である。


 彼女の役割は、申請された目的地から大まかな運航計画を割り出して提示する事と、運行中の宇宙船の現在位置のトレース、そして提出された運行終了データの管理照合、ロストした反応及び未提出であった運行終了データを連邦警察に届け出る事、である。


 「網元」という呼び名は、運行コースを提示して天球儀にレイヤー表示していく様子が投網をかけるように見えるからそう呼ばれているのである。


 喋り方から大雑把な印象を受けるが、AIの御多分には漏れず任務には忠実である。

 更に、物腰は意外と優しく、懇切丁寧に対応してくれるので、宇宙運送業者の、とりわけスーペストラック野郎達にとっては過酷な業務をこなす上での、心の清涼剤となっている。


 しかしそれはきちんと事前に申請を上げている相手に対してのものであって、筋を通さない相手(つまり、今の哲人達のように、うっかり衛星軌道に乗ってしまうあわてんぼうさん)にはこのようにへそを曲げて不機嫌になってしまうのだ。

(「だが、それがいい」という困った奴変態も少数いるとかいないとか)


『すいません「網元」さん。気ばかり急いていたようで、申請を上げ忘れていました。申し訳ありません』


 哲人は平身低頭に謝罪しながら、自身とシップのIDを送信した。

(これはジョーンズがよく同様の事をやらかす為、謝りなれているせいである)


「ン・・・? なんだ、すげぇいいに乗ってやがったから、どこの浮かれたボンボンだと思ってたら、哲、お前だったとはな。申請し上げ忘れるなんて珍しいじゃねーか」


 「網元」も、同じくジョーンズの被害者(?)であるので、哲人には優しい。


『いやー、センセイが二か月も戻られないもんでして。船も乗って行かれましたし。で、仕方なく、「出来上がるまでまだ時間がかかりますよ。これ以上納期を繰り上げられては・・・・」って渋るメーカーに『ダメだ』「そうヨ、だめヨ!(便乗」っていうやり取りして(もちろん、これは冗談であるが)急いで造って貰ったんですが、予想以上の出来に浮かれてしまいまして。お恥ずかしい限りです』

(実際には「特急建造オプション」という追加オプションを発注しただけではあるが、急造である事も事実である。普通に建造したなら約二か月半かかる)


「あぁ、確かにいいヤツだな! これなら宇宙の何処へだっていけそうだぜ! それに・・・・ン、まぁその何だ、おめーらの事は聞いてる。ジョーンズあのハゲがまたやらかしたんだってな。気持ちはわからんでもない。・・・・だがしかぁし! ルールを破るのはいただけないぜ! 今回は大目にみてやるが、次はただじゃあおかねーからな!」


 某変形機械生命体のボスキャラの様な事を言う「網元」。


『ははぁ! ありがとうございます!』


 相手はAIなので、姿を見られているわけでは無いが、思わず立ち上がって腰を90°に曲げ、謝罪する哲人。


 そんなやりとりを横で見ているミラリィは腹を抱えてケラケラと笑っていた。


「フー、この件はこれ位で許してやるとして・・・・おめーがその新しい宇宙船すげーいいヤツで上がって来たって事は・・・・行きてー所はここだな?」


 「網元」が指をパチンッと鳴らすと、ブリッジの空間にホロ天球儀が出現した。

 そしてどんどん拡大されていき、ある一つの星系と地球とを結ぶ航路が表示された。


「グリーゼ725・・・地球ここから大体11光年先だな。確かにジョーンズあのハゲはここに行ってるぜ。記録も残ってる。・・・今さっきおめーとしたのと、同じやり取りしたのも覚えてるぜ・・・・(ハァ)」

『ンフッ・・・はい、exactly(その通りでございます)』


 ブレないジョーンズの行動と態度に苦笑しながら、哲人は手元にある、彼が残したメモに記された座標と、ホログラムに表示されている数値とを見比べて確認してから、そういった。


 ・・・・グリーゼ725は、「HD 173739」と「HD 173740」という番号が割り振られた恒星からなる連星である。


 太陽系からかなり近いので、人類が宇宙に進出してすぐに調査がなされた星系である。

 その際に、この二つの恒星から0.16AU(約二千四百万km)離れた場所に地球型惑星が発見された。


 当初は、


「宇宙大航海時代初の居住可能な惑星の発見か?」


という派手なキャッチでメディアを騒がせたものの、後の調査で、不可能と判明している。


 確かに、この惑星には水こそ存在するものの、二つの主星による強烈な潮汐力により、常に主星に同じ面を向けて公転するせいで永遠に昼と夜が変わらない。

 しかも、HD173740が不規則に発生させる強烈な放射線の照射を受ける事もある、生命にとっては非常に過酷な環境である。


 それ故に、早々に人々に忘れ去られた星系であるが、それでも、水をはじめとする資源の採取や、他の航路に至るまでの中継地点として利用できないか等の研究は細々と続けられていた。


 現在に至るまで航路が残存しているのは、その名残である他、賊の跳梁となる事を阻む、防犯上の意味合いもある。


「しかしあのハゲジョーンズのヤロー、こんな所に何の用があるってんだ? 確かにここには水のある星が一個あるが、それ以外は何も無ぇ上に、日差しがヤバ過ぎて、生き物にはとてもじゃあないがおススメ出来ねー、そんな超がつくぐらい辺鄙な星系だぜ?」

『そうなんですよね・・・・私もガーディアン時代に何度か巡回しましたけど、この星系付近で何かが起こった事は一度もありませんでしたね』

「だよな。こんな場所、賊共スペースローグだって寄り付かねぇぜ。・・・・それより分からねー事は、あのハゲジョーンズのヤロー、ライダーになる前に大学の連中と一緒に、ここに一回行ってやがるんだぜ。しかもそん時、「何もなかった」っつって、すぐ帰ってきやがったんだけどなぁ。どーせ忘れてやがるんだろーけどな」

『えっ、そうなんですか? ・・・・それは初耳ですね・・・・うーん?』


 哲人と「網元」は、意見交換するたびに判明するハゲジョーンズの不可解な行動に、「訳が分からないよ」状態となり、首をひねるばかりであった。

(と同時にミラリィは、網元のみならず、とうとう地の文までジョーンズとハゲが入れ代わってしまった事に腹筋崩壊し、呼吸困難を起こして床に転がって痙攣していた)


「まぁ今こうしてたって想像以上の事はわからねーだろうから、本来の業務に戻らせてもらうぜ。行き先の航路はもうすでにあるからいいとして・・・こいつ申請を受ける前に、おめーらの宇宙船ヤツをスキャンさせてもらうぜ。・・・・おめーらの事を疑う訳じゃあねーが、これもキマリ(青〇導士ではない)なんでな、悪く思うなよ」


 自身のこれまでの活動ログにはない、あまりに不可解な状況に、人間で言う所の「嫌な予感」がするのだが、AI故に職務を放棄する事が出来ない・・・という葛藤があるのだろう、「網元」は若干申し訳なさそうにそう告げた。


『それはまぁ・・・色々あるから仕方ないですね。よろしくお願いします』


 世知辛い世の中を生きるのは人もAIも変わらないのだなと、妙な感心を覚える哲人であった。


 そして、返事を受けた「網元」が先ほどと同様に指を鳴らすと、


「ピーン、ピーン」


というソナー音が船内に響くのと同時に、航路を表示していたホログラムが消え、代わりに哲人のシップの詳細マップが次々と表示されていった。


 このマルチスキャンは、地表から宇宙に上がるシップやトラックが、航路に乗る前に必ず受けなければならないものである。


 申請に含まれない積み荷や、過積載、あるいは入れ違いなどのミスや、密航、宇宙外来生物の密輸等の脱法行為を防止する為である。


 哲人は、事前にユリエルから物資の目録データを受け取っていて、それを前もって船の情報にインプットしておいたので、割と余裕こいて呑気していたのだが・・・・。


「・・・・ン? おい、おめーら本当に大丈夫か? ここんとこに生体反応があるぜッ! まさかッ! おめーんとこのエビんヤツを、飼いきれねーからって捨ててくるつもりなんじゃあねーだろうなッ!」

『えっ? いやそんなはずは・・・? それにエビゾーは出かける時は家で寝こけてましたよ?』

「いーや、確かにありやがるぜッ! ・・・・見な、格納庫荷台の、ここんところだぜ」


 そういって「網元」が指を動かすと、格納庫のマップが拡大され前面表示された。

 その一角に、なるほど、赤い点が表示されている。


 更に、サーマル表示とXレイ表示のレイヤーが新たにウィンドウ表示された。

 確かに、何らかの生物がコンテナの中でうずくまっているように見える。


 いわれてみれば、エビゾーに見えなくもないが・・・・


 だが、パッと見た限りでは、彼にしてはサイズが小さめであった。


 ちなみに、エビゾーというのは、星永家で飼われているペットで、惑星「バーサクビースト」に生息する狂暴な肉食獣「ジェノサイドタイガー」のオスである。

 銀河の渦のような独特の縞模様の毛皮をもつ、変な柄の虎である。

 体長は2.5m程で、尻尾を含めると4m。

(その尻尾には棘が生えていて、叩きつける事で攻撃を行う・・・・といったことはなく、かなり長い以外はいたって普通のものである)


 彼は、哲人がガーディアン時代にて、密輸を企てたスペースローグを検挙した際に保護したのだが、成り行きで主従登録が成立してしまい、そのまま飼う事になった。


 雑食性で、肉のみならず、何でも食べる。シーフードミックスモダン焼きが大好物。名前の由来は特にエビを好んで食べていたからである。


 普通なら超危険な猛獣なのだが、実は惑星「バーサクビースト」の重力は地球の5分の1しかないせいで、本来は食物連鎖の頂点に立つ彼も、星永家では最弱の生物である。


 勿論、そのままでは地球上で暮らせないのだが、対策として、彼がその首につけている首輪には重力制御装置が仕込まれており、身体にかかるGを軽減する事で生きながらえている。


 更に、この首輪にはこういった宇宙外来生物の情報を管理するアプリケーションも搭載されており、哲人がこれをうっかり嵌めたことが、彼を飼う事になってしまった原因である。

(保護時にシップが発生させている重力に押しつぶされ、今にも息絶えそうであったため、やむを得ない措置であった・・・・とはいえ少々軽率でもある)


 その戦闘力は、「バーサクビースト」上においてなら、狙った獲物を必ず一撃で仕留めるといわれている程高い。


 ・・・・のだが、地球上においては星永家の面々どころか、「もこやん」の近所にある「いるか公園」に住まう野良猫たちにも劣る。


 特に、ボス三毛猫(ミケーレネスという。命名はユリエル)には全く敵わず、いるか公園に散歩にいくたびに、彼女に猫パンチで張り倒されている。

 そして、泣きながら「もこやん」に帰ってきては哲人らに慰められているという、野生のプライドも何処へやらの、悲しき愛玩動物である。


『エビゾーなら首輪のタグから情報がスキャンできるのではないですか?』

「ン、そうだな・・・・いや、やっぱり飛んでこねぇな。・・・・コイツはエビじゃねぇ・・・・まさかッ! 人身売買かッ!?」


 いきなりの事態に、それなりに修羅場をくぐってきた哲人も流石に面食らう。


『えぇっ! いやそんなハズは・・・・確かにユリエルまかせで荷物を確認せずにヨシ! ってしちゃいましたけど、そんな大それた事はしませんよ!』


と、慌てて弁明した。


 それを聞いて、約10秒程であろうか、しばらく目を閉じていた「網元」であったが、彼女が映っている画面全体に


「キコン!」


というポップなSEと共に大きく青い丸印が表示された。


「フム、どうやら嘘はいってねーみてぇだな。・・・・すまねーな哲、おめーを信じてやるぜ。怒鳴って悪かった」


 そう言って柔和な表情に戻った「網元」をみて、哲人はほっと胸をなでおろした。


 今「網元」が哲人に行った行動は「想念検知」という。

 言ってみれば、100%的中するうそ発見器の様なものである。


 ・・・・「想念」とは、ある程度の知能を持つ生物の、「思考」と「感情」が、「素粒子」となったものである。


 人間をはじめとして、犬や猫などの、脳を持つ生物なら皆、この「素粒子」を放出している。

 そして、この「素粒子」はそれぞれ「波形」をもっている。


 この、「波」に乗った「素粒子」こそ、「想念波」という、生物の思考、感情がエネルギーとなったものである。


 発見されたきっかけとしては、今現在、人類にとっては欠かせないエネルギー源である「重力波」を解明する上での基礎となった、「物質波」という理論が提唱された事からくる。


 この「物質波」は、西暦1924年にフランスの物理学者「ルイ・ド・ブロイ」という人物が


「あれ~? 物質っていうかさ~? 周りのもん、こーなんていうの? 波? って言えなくね?」


という概念を提唱した事により、その後様々な学者達に研究が進められたのだが、これにインスパイアを受けて、こう考える者達が現れた。


「脳波ってあんじゃん? αとかβとか? なんかそんな感じの? 物質が波だしてんならさー、俺らの頭ん中? 考えてる事も波で出ててさー、そいつにサーフィンできたら「俺エスパー、ウエェーイ!」ってできんじゃね!?」

「・・・・!? 天才!!」


 こうして、あげぽよな感じとノリ(?)で発見されたのが「想念波」である。

※実際にはこんなにユルくはありません。悪しからず。


 この「想念波」は、あらゆる物質を透過し、半導体などを通過する際に電気信号となって、機器に直接データを送信する事が可能だ。


 「想念波」を検知するセンサーはこの性質を利用する事で実現されている。


 そして、検知される電気信号は、感情の種類や強さのみならず、生物の種類や、更にその個々体によっても異なる、唯一無二のものである。


 よって、検知可能な相手であるならば


「どんな生物が、或いは誰それが」

「どんな感情を」

「どんな強さで」


発しているかが判別できる・・・・つまり


「俺エスパー、ウエェーイ!」


できるのである。


(例えば、飼い猫の発する想念波を分析したら、「おまえなんかこわくない」「おまえをたおしてやる」「獲物がいるよ」等と言っていたのが分かって愕然とした上、更に追い打ちで猫パンチを食らって絶望のどん底に叩き落された・・・・など)


 その出力はかなり強力で、生命の危機に直面する場面などで発せられた場合、なんと地球の裏側からでも届く程である。


 センサーの開発においては、この強大な出力が原因で、検知云々よりも、選別する精度の向上が大きな課題であったが、現在は各方面の技術者の努力により、精度は向上し、人類が既知の、「想念波」を発する生物であるならば100%の検知分析が可能である。


 利用されている場面は多岐に渡り、言葉の壁を越えた意思疎通はもちろんの事、重大災害時における要救助者の探索や、市中において犯罪行為に及ぼうとする者の検知など。


 ・・・・今やこの世界にはなくてはならない技術となっている。


 だが、余りに赤裸々に検知してしまうせいで、プライバシーの侵害につながるという問題も生まれ、過去に数多くのトラブルを巻き起こした。


 その中で最も残念な例は、妙齢の女性刑事が、図らずも軽犯罪を犯して検挙された男子中学生を取り調べる際、目の前にいる少年が彼女の好みのタイプであったのか、控えめにいって


「コイツはもうダメだ、早くなんとかしないと・・・・」


というひどい想像をうっかりしてしまった事で室内のセンサーが作動、青少年保護条例に基づき、今度は彼女が別室にて同僚からの取り調べをうける羽目になった・・・・という悲しき事故(?)があった事であろう・・・・。


 よってこの想念検知は、一般人は言語の翻訳以外での使用は禁止されており、またAIにおいても、今現在哲人が置かれているような場面でもないかぎり検知を行えない仕組みになっている。


 「網元」でさえ、哲人に対して行った〇×方式以外の使用権限がない。


 にもかかわらず検知を行ったのは、今現在の状況がかなりマズいものである、という事に他ならない。


「チッ・・・・しかし、このままおめーらを出航さ行かせる訳にはいかなくなっちまったぜ・・・・本来ならスペースポートに追い返す所なんだが、今のおめーらじゃあ、大気圏突入す降りる時にミスって隕石メテオになりかねねー! そうなりゃ地表地べたに穴が開いちまうし、何よりアタシが廃棄処分になっちまう! 流石にそれは困るぜ!」


 「網元」の酷評と、『一番心配するのそこ!?』という突っ込みどころに、驚き戸惑う哲人であったが、しかし正論であるため、二の句を告げる事が出来ずにいた。


「さてどうするか・・・・ム、ここがいいか・・・・執行猶予だ。哲、これからアタシがおめーらをコロニーのドックに誘導する。そこで荷物を棚卸してから艦内を安全確認して・・・・今何時だ、07マルナナ15ヒトゴか・・・・明日の08マルハチ00マルマルにこのブリッジまで戻って来てアタシに報告しな! 話はそれからだ! わりーがそれまでおめーのシップヤツは預からせてもらうぜ」


 「網元」がそう言った後に、指をスッと横に動かすと操縦桿がロックされ、操縦席のコンソールパネルに


「いうこときかないからこうなるんですーぅ!」


というセリフを言う、デフォルメされた、迫力なく怒り狂う「線引き」の可愛いイラストと共に、24:44:55というカウントダウンタイマーが表示された。

(普段は船舶の操縦まではしない「網元」だが、緊急時はこうしてシップを制御し、最寄のドックへ入港させる事が出来るのだ。その権限は強く、ひとたび指令が発令されると最優先で制御権が彼女に移り、例えオーナーであっても操作は不可能となる)


「コロニーに着くまで15分ぐれーあるけど、その間はウロチョロするんじゃねーぞ。あ、ちなみに、バイタル・データを見た感じ、コンテナの中身は死にはしねー。放っておいても大丈夫だ。慌てて見に行くんじゃねーぞ、大人しく座ってろ。棚卸は向こうについてからやれ。それまで茶でも飲んで頭を冷やすんだな。じゃあな、あばよ!」


 こう告げたあと、哲人の返事も聞かずに「網元」は通信を切断してしまった。


 と同時に、強制的に自動航行に切り替わったシップがプラズマスラスターを噴出させ、第一宇宙速度から星系内微低速巡航速度(秒速430km)までの加速を開始した。


 再びブリッジ内に静寂が戻ってくる。


 哲人はシートに深く背を沈めてから、大きく息を吐き出しながら天を仰いだ。


 そして、荷物をよく確認しなかった事や、発進時に禁止されている重力推進を使いそうになった事、申請をことごとく忘れ去っていた事など・・・・


 普段ならやらないであろう、かなり危険な不安全行動を繰り返していた事を思い返し、自覚する以上にひどい有様である己の精神状態を恥じた。


『自分でも分からん程に焦ってたのか・・・・私もまだまだ修行が足らんな・・・・己で言った「アリの一穴」って言葉が、速攻で己に帰ってくるとはな、フフフ・・・・ハァ』


 自嘲気味に独り言をつぶやいていると、床の味を楽しんでいたミラリィがもそもそと起き上がり、シートに座りなおした。


 どうやら酸欠から回復したようである。


「ゲホッ、オホッ、オホーンッ・・・・あぁ氏ぬかと思ったヨ・・・・相変わらずかてーヤツなのヨ、新しいシップなんだから、浮かれポンチになって当然なんヨ! ニューシップ! 飛ばさずにはいられないッ! でショ!」


 笑いのツボが染みついてむせてはいたが、一応話も聞いていたようである。


『ンフッ、大丈夫か? ・・・・まぁ実際危なかったのは確かだしな。普通だったらスペースポートにとんぼ返りさせられた後、下で待ってるお巡りさんに連れていかれてカツ丼をご馳走になってたんだから、むしろ感謝せんとな。それに、「網元」さんの言う通り、頭を冷やした方がいいのは間違い無いだろう・・・・さて、ドックに着くまで暇だし熱い紅茶でも淹れるとするか。うぬはどうする?』

宇宙そらに上がったらいっつも寒く感じるのヨ。ミラリィもあっちーのちょうだい! やくめでショ!」


 この規模のシップには、各ブロックとは別に、ブリッジにも給湯室とバストイレ、仮眠室が併設されている事が多い。

「ブリッジから一歩も動けない」という、今まさに哲人達が置かれている様な状況も(こんなこともあろうかと)想定されているのだ。


 又、シップの温度は、保有者が居住する惑星上の季節気候とリンクしている。


 その為、ブリッジ内は現在、約25℃に保たれているのだが・・・・


 宇宙空間を満たすダークマターの闇が心理的にそうさせるのだろうか?

 宇宙に上がった多くの者が肌寒く感じてしまう事があるようだ。


『私の役目そんなにショボいのか? まあいいか、ミルクとレモンどっちがいい?』

「ミルク! 角砂糖も!」

『ンフッ、幾ついるんだ? 一つか? 二つか? ・・・・三つかッ! このいやしんぼめッ! ・・・・私はレモンにするか(スンッ・・・・』

「乗るかスルーするかどっちかにしろヨwwww急に素に戻んなヨwwww」


 そんなくだらないやり取りをしていると。


『「ぐぎゅるるるるっぽ・・・・」』


と二人の腹が同時に盛大な唸り声をあげた。


 この音のせいで、急激に襲い掛かってくる飢餓感を自覚してしまい、二人は思わず顔をしかめる。


『・・・・そういやー朝飯食ってなかったな・・・・ハァ、本当に焦りすぎてたんだな・・・・』

「テット、おなかすいたのヨ・・・・あと一歩動いたら宇宙に放り出される位なのヨ~・・・・」

『ンフフッ、縞々の服を着たオッさん商人みたいな事言ってるな。・・・・じゃあついでに合成装置のベーカリー機能ってのを試してみるか』


 そういう思い付きで、試運転がてら合成装置を作動させて、出て来たクロワッサンは意外と美味しかった。


 空腹だった事もあり、このバター香る、焼き立てでパリッパリの三日月を一気に平らげた二人は、他のパンの合成も試す為に装置をもう一度起動した。


 その後は、クラシック8bitゲームの攻略や、新作プラモデルの3Dプリントデータが販売開始された事など、取り留めのない雑談をしながら、和やかに朝食を楽しんだ。



 三つ目のパンと三杯目の紅茶を飲食し終えた時、シップが停止した。

 どうやらドックに到着したらしい。


 シップはガントリーロックで固定され、エアロックが完全に閉鎖された後、ドック内に空気が満たされ・・・・


 やがて、ナビゲーションシートのコンソールパネルに


「下船可能」


のアナウンスが表示され、ドック内に灯りがともった。


 しかし、パイロットシートのコンソールパネルには、相変わらず怒り狂う「線引き」とカウントダウンタイマーが表示されたままだった。


「網元」から出された「宿題」を終わらせるまでは、ここからは動けそうにない。


 ブリッジから周囲を見渡すと、ドック内は完全に無人で、更に、このシップ一隻分のスペースしかない事から、ここが「宇宙緊急退避ドック」である事が分かった。

(全てのスペースコロニーは、宇宙を航行中の船舶やスペーストラックにトラブルが発生したとき、一時的に停泊させて措置を講じる為のスペースを設ける事が義務付けられている。更に、同じく設置されているリモートマニピュレータを使って、メーカーの修理サポートを受ける事も場合によっては可能である)


 「網元」は、厳しい事を言いながらも、哲人らの状況を鑑みて、かなり措置を優遇してくれたようである。


 この場所でなら、人目につくこともなく、原因を調査する事が出来るだろう。


 だが、今度は気を緩め過ぎたせいか、食事に夢中になるあまり入港するまで外を見ていなかった為、ここが「どこのコロニー」の「宇宙緊急退避ドック」であるか、二人には分からなかった。


 ブリッジから周りの様子をキョロキョロとうかがっていた哲人の袖を引きながらミラリィが尋ねた。


「ねーテット、ここどこヨ?」

『あー、「緊急退避ドック」なのはわかるけど、「どこ」に入ったかまでは見てなかったからな・・・・ヒナシ!』


 哲人が名前を呼ぶと、目の前に千早(巫女さんが着ている緋袴のことで、某平な胸族の事ではない)を着て、神楽鈴を持った、ゆったりとした衣装の上からでも分かるほどの、非常に肉感的なスタイルの女性が現れた。


 その顔は白い生地で目隠しされており、真ん中に「開眼する一つ目」が大きく描かれていた。


 美しい姫カットの黒髪は腰のあたりまで伸びていて、毛先に近い部分が一つにまとめられている。


 着ている千早は普通のものではなく、なぜかスリットが多めで布面積が少ない。


 そしてそれは、角度によっては彼女が身に着けている、かなり「攻めた」下着が見えてしまう程に露出度が高く、目のやり場に困ってしまう。

(イメージとしては、某不幸姉妹の姉の方が一番近いだろう)


 だが、彼女は哲人(&ミラリィ)にしか見えないので、他の人間にその姿を見られやしないかと、やきもきする必要はない。


 彼女の名は「光無比女命ヒナシノヒメノミコト」。


 哲人のサポートをするNAVI=OSのアバター、電異の守護天使・ナヴィオセラフィムである。



 ・・・・NAVI=OSナヴィオスとは、宇宙という過酷な環境に進出した人類をサポートする個人用情報処理AIである。


 人類は皆、誕生してすぐに生体ナノマシンの注入を受けたあと、このNAVI=OSが搭載されたガジェットをお上から与えられる。

 この生体ナノマシンは、徐々に体組織と一体化していき、最終的には細胞の一つ一つが情報処理の端末となる。


 加えて、宿主の身体機能、思考や反射能力などの感覚機能、代謝や免疫などの肉体恒常性機能を強化する。


 この生体ナノマシンに強化された細胞と連携、機能を統括、及び最適化を担うのがNAVI=OSである。


 又、NAVI=OSは、この世界を統治している行政AIと連携しており、人類が複雑化した社会生活を送るうえでのサポートも行う。


 その主な役割は、行政や自治体などへの各種届出ドキュメントの作成補助、うっかり重大犯罪に繋がる行為を行わない為の警告、行政からの発布をアナウンスする等。


 その他、マップを表示したり、ストレージにたまったデータを整理したり等、電子情報にかかわる事なら何でも出来る、「想念検知」同様に今や人類にとってなくてはならないものである。


 NAVI=OSと生体ナノマシン、二つのデバイスを持つ理由は、「ハッキング」や「改ざん」に対する為である。


 これらは、お互い同士のバックアップを常に取り合っているので、どちらか一方が何らかの障害を発生させても、即座にフォローできる仕組みになっているのである。


 更に、NAVI=OSを通じて行政AIもこれらのバックアップを保持しているため、万が一、両方の機能が掌握、破壊されたとしても、行政のAIが常に行っているチェックサムとの不一致が確認された場合速やかに復元される、隙を生じぬ三段構えとなっているのだ。

(これは、NAVI=OSのみですべての機能を賄っていた時期に、「データを作成してコンマ以下秒でNAVI=OSを再起動する」などを繰り返して少しづつデータを改ざんし、本来ならありえないデータを作り出した狂人変態が少なからず存在していた為の措置である。生体ナノマシンまでは任意に機能をトグルすることは出来ない)


 更に、NAVI=OS側からも、人体を構成する約37兆個もある細胞からなる情報端末の、有り余る程のリソースを用いて行政側のバックアップを行っており、両者もまたお互いを監視しあう事でシステムの攻撃に備えている。


 NAVI=OSが搭載されているガジェットは、


「体のどこかに密着して一定以上の大きさがある物体」


なら何でもよく、個人の好みに応じて様々な形をとっている。


 一番メジャーなのはミラリィが身に着けているチョーカー型で、これは初期型のモデルがこの形状をしていたからである。


 次に多いのが哲人が両腕に着けているリストバンド型。

 類似のものとして、アンクレット型、ブレスレット型。

 他にはイヤリングや指輪、腕時計、ネイル、カチューシャといったアクセサリー型や、少し変わった所ではメガネ型などがある。


 NAVI=OSは簡単に引っ越し出来る為、その時の気分に応じて使い分ける者も多い。


 そして最後に、NAVI=OSの人格性別は持ち主のそれとは逆のものに設定される事が多い。

(勿論例外はある。空想上の動物など、人間ですら無い場合も稀によくある)


 与えられて間もなくの頃は、持ち主が赤子である為、必要最小限の機能しか持たないが、その成長と共にアップデートしてゆく。


 そして、大体10~15歳位になると徐々にアバターが形成されていき、更に主から命名され名を賜ると全ての機能がアンロックされ、晴れて本来の機能を発揮出来るのである。


 これが、「ナヴィオセラフィム」である。


 アバターのデザインは主の心理から強く影響を受けており、ほぼ他者のものと一致する事はない。


 光無比女命の外見は、当時の哲人が現実から目を背けていたメタファーからくる。


 それでも、神職である巫女の姿をしているのは、自らは「絶望」の闇にとらわれながらも、ジョーンズからもたらされた「希望」という名の光を信じ、仕える覚悟からくるものか。


 神の様な名前の由来は、クラシックアーカイブスゲームに、似た外見の神様キャラが居るのをたまたま見つけたからである。


 光無比女命は、哲人にとって、自らの活動を支えてくれる電異の守護天使にして、これまでの人生を共に歩んできた「半神」ともいえる、かけがえのない頼れる存在なのである。



『「なにかしら?」』


 抑揚のない、合成音声を発して尋ねる光無比女命。


『ここがどこか調べてくれ。飯に夢中で入る所を見てなかったんだ』

『「フフ、そのようね。わかったわ、すぐ調べましょう」』


 そういって彼女は、手に持っていた神楽鈴を静かにかき鳴らした。


「シャラン・・・・シャラン・・・・」


という、哲人(&ミラリィ)にしか聞こえない、清らかな鈴の音が心地よく響き渡る。

(この行為は演算中であることをわかりやすく視覚化したものである。「now loading...」と同じものだと思えばよい)


『「わかったわ・・・・どうやらここはトロヤ点、スペースコロニー群「一番街」の「零番地コロニー」のようね」』


 そう言って神楽鈴を一振りすると、鈴の音と共に地球圏の簡易マップが表示され、現在位置のポイントが点滅した。


『「零番」か! ・・・・そうか、そこまで気をつかってもらってたのか。まぁあれだけ焦ってたら当然か』

『「どうやらそのようね。後でお参りにいったらどう?」』


 「一番街」とは、世界で最初に建造が開始されたスペースコロニー群の事である。

 そして「零番地コロニー」とは、その中で一番早くに完成したコロニーである。


 スペースコロニー群はもともと宇宙に移民する人類の居住区であったが、航海技術が発達し、他の惑星にも人々が多く住まうようになってからは、安全性に不安があるとして一般人の立ち入りは禁じられ、今現在は物流の為の倉庫街としてのみ利用されている。


 ただしこの「零番地コロニー」は例外で、他のコロニーとちがって観光地でもあり、わずかながらに人々が居住しているため、一般人でも出入りが可能である。


 その構造は特殊で、近年になって老朽化が進んだ本体を新しく建造した部分で覆い隠すような形をしており、これによって旧区画を保護している。


 そしてこの旧区画は、まだ人類が宇宙に進出を始めたばかりの時代の街並みがそのまま残っており、「歴史文化保護条例」に基づき、当時の風情を保存するための人員が生活しているのである。

(スプリングビックポートシティもこの条例によって、終末戦争による破壊を免れた昭和~平成の街並みを保存している。「もこやん」もその試みの一つである)


 ヒナシの言う「お参り」とは、この旧区画にある


零番地宇宙戦姫神社ぜろばんちそらのいくさのひめじんじゃ


に行くという事である。


 この神社は、宇宙の船乗りたちが航海の無事を祈る為に立ち寄るパワースポットとして知られている。


 その霊験は結構あらたかで、


「事故りそうだったけど、すんでのところで回避出来ました!」

「業績がよくなって、ボーナスがでました!」

「背がぐんぐん伸びて、彼女ができました!」


等の、喜びの声が絵馬に書かれて奉納されている。

(最後の声は果たして本当にお参りの効果なのだろうか・・・・?)


 つまりは、


「ここでお参りでもして、ふんどしを締めなおせ」


という、「網元」の粋な計らいである。


『ああ、そうするよ。ありがとう。棚卸の方はどうなってる?』

『「網元」さんがもう「ボットリーダー」に指示してくれてたみたいね。対象が入ってるコンテナはピック済みよ。後は確認するだけね」』

『いや、本当に仕事が早いな! ありがたいことだ。さて、格納庫に行くとするか。ヒナシ、君はシップのメインフレームを操作して、船内のスキャンを行ってくれ。よしミラリィ、棚卸じゃあ!』

「ラジョー! (`・ω・´)ゞビシッ」

『「わかったわ」』


 返事と同時に光無比女命の姿は霞のように消え去った。


 そして、入れ替わるかのように、ブリッジの空間にホロウィンドウが多数表示され、何やら処理をし始めた。


 目まぐるしく表示されては、消えていくをあわただしく繰り返している。

(パイロットシートのコンソールパネル表示は相変わらずイラストのままであったが)


 それを見て、哲人は満足げにうなずくと、ミラリィを伴って格納庫へと向かった。



 格納庫に着くと、作業用bot達が、人ひとりが入れそうな位の大きさの、金属製のコンテナの周りを取り囲み、なにやらざわざわしていた。


『皆、お勤めご苦労さん。・・・・おっ、これか? 件の荷物は』


 哲人はbot達をねぎらいつつ、目の前に置いてあるコンテナを指さした。


 その問いに、bot達の中で唯一人型で、つのの飾りがついたヘルメットを被った無骨なデザインのロボットが答える。


「オ疲レサマデス、キャプテン。ハイ、ソウデス。「網元」サンノ指示デ、ココニ持ッテキマシタ。確認ヲオ願イシマス」


 彼(?)こそがこのシップの作業用botを統括するロボット。


「ボットリーダー」である。


 彼(と他の作業用bot達)はジョーンズと共に哲人がライダーになった時からの付き合いだが、その所有者は旅団ではなく哲人であったので、こうして難を逃れて(?)このシップの物流を担う事になった。


 基本的に、作業用botは与えられた作業プログラムをこなす以外の機能は持たないのだが、彼のように、ある程度意思疎通を可能とすることで、


「これはこうしてほしい」


等のコンセンサスを図る事が出来るbotも存在するのである。


 又、現場監督の役割も持っていて、作業場や他のbotの損傷等の問題が発生したとき、速やかにオーナーに報告し、指示を仰ぐ事で、円滑に作業を行えるようにする働きもする。


 今回もまた異常事態であったので、「網元」の指示で動いたあと、現在稼働中の全てのbotを集め、作業用botの、異常発生時での基本アルゴリズムである


「止める、呼ぶ、待つ」


を徹底して行ったのである。


 彼らもまた、人類の手助けをしてくれる、なくてはならない者達である。


 さて、どうしたものかと、哲人がコンテナを見つめながら考えこんでいると、その横でミラリィが何やらbot達に話しかけていた。


「オッツオッツ! コレ、ピックして来たの誰ヨ?」

「オ疲レサマデス、みらりぃサン。ハイ、彼ガミツケテキマシタ」


 ボットリーダーは、すぐ横に居た汎用作業botを指さす。


「ニョホホ、でかしたのヨ! 褒美じゃあ、良きにはからえなのヨ!」ペチッ


 と、「こんな荷物、仕分けしてやる!」と書かれたステッカーをbotのボディに張り付けた。

(このステッカーは、お菓子メーカー「アラハタ」が販売しているおまけつきお菓子「けだし名言集チョコ:物流編」に同封されているものである。ミラリィはこういった食玩を集めるのが大好きで、ダブったシールをときたま目についたものに張り付ける癖があるのだ)


『おいおい、何botをいじめてるんだよ。悪さしてるんじゃあないぞ!』ピコン!


 ピコピコハンマーで突っ込みを喰らうミラリィ。


「イテッ! いや、いぢめてなんてないのヨ! ご褒美なのヨ!」

「ソウデス、キャプテン。ホラ、アノヨウニ彼モ喜ンデイマス」


 そういって哲人がステッカーを張られたbotを見てみると、確かに嬉しそうに見える・・・・様な気がしないでもない。


 更に見回してみると、他のbotにも同様に張り付けられているものがちらほら見受けられた。


 しかも改めてみてみると、ボットリーダーのヘルメットにも


「左ヤード、荷捌き甘いよ、なにやってんの!」


と書かれたステッカーが貼ってあった。


『えっ? うーん、そうなの・・・・か? んん? たまに目については居たけど、ひょっとして他のヤツに張ったのもうぬの仕業なのか?』

「そうなのヨ! えっへん!」

『「ミラリィがステッカーを張ったbotは、そうでない者と比べて約15%程性能が向上しているわ」』

『えぇっ? マジで?』


 疑問に首をひねる哲人に、ヒナシが衝撃、いや笑撃の事実を語る。


「ニョホホ! ホレ見ろなのヨ! ヒナネキもこう言っておるのヨ! ミラリィは常に正しいのヨー!」

『ええい、黙れ黙れ! 調子に乗るな!』ピコン!

「イテテッ! ・・・・ニョホホww」ニチャア・・・・


 こんなしょうもないやり取りをした後、改めてコンテナに向かい合う哲人。


 だが逆に、あまりのくだらなさにうまく肩の力が抜け、冷静に判断する余裕が生まれた。


『よし、開けるか・・・・ボットリーダー、君はコンテナから5m以上離れた後、クリアシールドを構えて警戒してくれ。他のbot達は、乗り物型の者は各自のドックへ戻って待機、それ以外の者はボットリーダーの背後に回ってくれ』

「ハイッ! サァ、皆サガッテクダサイ」

『ミラリィ、私がコンテナを横から開ける。うぬは隣でいつでも攻撃できるように待機してくれ』

「ラジョッ! (`・ω・´)ゞビシッ」


 哲人が指示を出すと、各自が素早く持ち場についた。


 ボットリーダーは、


「女の肌の様に柔らかく、鋼鉄の様に頑丈だ」


と評判の、非常に強靭な硬度を誇りながらも、なぜか光線を透過する為に透明に見える不思議な金属、”クリボゥメタル” で出来た大楯を構えた。

(この大楯は、お巡りさんが自衛の為に持っているものを大型化したもので、ごくごく一般的な防犯グッズである。)


 ボットリーダーの背後には他のbot達がなぜか一列に並んでこちらの様子をうかがっていて、その姿がちょっぴりチューチューなトレインっぽく見え、不謹慎ながら哲人は「ンフッ」と吹き出してしまった。


 そして哲人のすぐ隣では、ミラリィが世紀末の乱世を戦い抜いた闘士の様な構えをしてコンテナを睨んでいた。


 その姿は、あまり迫力が無さそうに見えるものの、一切の隙がなく、案外様になっている。


 半身になって、左手でコンテナの取っ手を軽く握りながら、哲人は各人に指示をだした。


『いいか、これから開けるが、何があっても自身の安全を優先するんだぞ。・・・・3カウントで開ける・・・・3・・・・2・・・・1・・・・今っ!』


 哲人はコンテナのウイング蓋を勢い良く跳ね上げた後、勢いよく後ろに飛びのいて無手の構えを取る。


「バゴン!」


 ちょっと力を込め過ぎたのか、かなり派手な音がなった。

 後で蝶番が壊れてないか確認せねばなるまい。


 そして、ミラリィは思ったよりも哲人の勢いが強かったのでちょっとだけビクッとした。


 ・・・・どうやらこのコンテナは保存食である固形レーションを納めたものであったようだ。


「ドサドサドサッ」


と、勢いよく大量の ”ペロリーフレンズ:バニラ味” のパッケージがこぼれ落ちてくる。


 と、同時に、目が><になった若い女性が、パッケージに混ざって


「ドゥルン!」


と転がり出てきた。


 どうやら、気を失っているようである。


 荷物に埋もれたまま、ピクリとも動かない。

(「網元」は「死にはしない」とは言ったものの、確認はあくまで最低限で、具体的な容体にまでは頓着しなかったようである)


「アッ! ミラリィ、バニラよりチョコレート味の方が好きなのヨ!」

『いやいやいや、今はそっちはどうでもいいだろう! それにバニラも美味いだろ!? ・・・・うん? この子は・・・・兎に角医療ルームへ運ばねば! ヒナシ、搬送botを頼む!』

『「今向かわせたわ」』

「キャプテン、後片付ケハ我々ガ行イマス。彼女ノ診察を優先シテクダサイ」

『悪いな、ボットリーダー。片づけたらしばらく休んでていいからな』


 そう言っていると、担架型の搬送botがサイレンを鳴らしながら、こちらに向かって走行してきた。


『ミラリィ、足の方を持ってくれ。頭を打ってるかもしれん、慎重に・・・・』

「ラジョッ! ・・・・ニョホホ、脚、太いな! ぐにょぐにょなのヨ!」


 若干失礼な事を言いながらも、哲人と協力して、慎重に女性を担架に乗せるミラリィ。


 こうして、ひとしきりどったんばったん大騒ぎした後、搬送された女性は医療ポットに入れられた。

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