舞台裏

 ユリの事情は、下呂温泉に向かう途中で追いかけて来たクルマからわかったんよ。


「シノブちゃんもマークしてたみたいね」


 あんな関係の薄い国から、マイナーな国際会議に摂政がわざわざ出席するから裏があると読んでたようや。まあ日本とは関係が薄いけど、タックス・ヘイブンの利用でエレギオンHDとしては関心のある国やからな。


 警察の動きが鈍かったんもホンマや。まずユリのお母ちゃんの拉致を把握しとらへんかった。モデルガンの発砲も先手を打たれて謝罪されとる。日本人相手やったら連行して事情を聞くぐらいはやるけど、外交官相手になると手を出しとうないやろな。もっとも手も出せんけど。


 そやけどシノブちゃんは拉致誘拐の情報も握っとった。ウィーニスは高山に向かうのは公表されとるから、あっさりすべてが結びついてくれた。そやから最初はユリのお母さんを解放したら済む話と見とった。


「シノブちゃんの続報も早かったね」


 さすがは調査部や。ユリがカール公爵の隠し子なのまで見つけ出しよった。それでもユリのお母さんさえ助け出せば終わる話とまだ考えとった。ただやが、コウがユリに惚れてもたから話が複雑になってもた。


「コトリ、複雑になったのじゃなくて、おもしろくなったんじゃない」


 そうとも言える。コウの恋さえなかったら、警察を誘導してユリのお母ちゃんが監禁されとる部屋に突入させたら済むと考えとってん。それをどうやってやるかの計画もだいたい出来とった。


 いくら外交官特権があっても監禁されとったら警察も保護するし、やらかしてるのは拉致誘拐監禁やから逮捕は出来んでも、ウィーニスは尻尾を巻いて帰国するしかあらへん。


「二度とウィーニスは日本に来れなくなるものね」


 ウィーニスが連れて来とったのはエッセンドルフの特殊部隊や。言うてもあれだけしかおらん。あの連中もウィーニス同様に今後は日本に入国できへんし、代わりの部隊を派遣するにもおらへんねん。


「特殊工作するにも白人顔だけで街に紛れ込めないし、そもそも日本語だって知らないものね」


 白人の大男はおるだけで目立つからな。それに特殊部隊言うても、あれぐらいのレベルやし、あれがエッセンドルフの選り抜きの精鋭部隊やねん。巻き返しなんて実質無理や。それで話が済めばコトリらも表に出んで済むやんか。


「でもさぁ、ウィーニスもわざわざ日本に来るなんて間抜けよね」

「情報不足やろ」


 エッセンドルフの金融関係の情報調査力は世界でも有数や。その情報を駆使しとるから、あれだけの富を積み上げてるんよ。


「あれってユダヤ情報でしょ」


 らしいな。エッセンドルフ公爵家はヨーロッパでは珍しくユダヤ人に寛容やってん。寛容どころか、歴代の公爵夫人にもユダヤ人がなんぼでもおる。第二次大戦でもエッセンドルフ経由でドイツやオーストリアから逃げ出したユダヤ人はゴッソリってぐらいおるねん。


 そのお蔭でヒトラーから相当睨まれたし、占領作戦も立てられ、実行寸前まで行っとったなんて話も残されてる。そうならへんかったんは、エッセンドルフの戦略的価値が低うて、東欧やソ連をやっとるうちに後回しになり立ち消えになってもたぐらいや。


 そのせいって訳でもあらへんねんけど、金融関係以外の調査能力は貧弱やねんよ。貧弱と言うのは可哀想で国力相応ってことや。


「放っておけば良かったのに」

「そういうけど、そこまではコトリらも確認できへんかったし」


 引いて見ればウィーニスは公爵にさえなればカールの隠し子なんて、いくらでも揉み消せるし、捻り潰せんるんよ。それが権力者の特権や。それこそカールだって暗殺出来てまうやろ。


「せいぜい天一坊事件だよね」


 隠し子だって名乗り出ても偽物と決めつけて処分出来てまう。そやけど気になってんやろな。気持ちだけはわかるけど、陰謀家にしたら神経が細かすぎるで。


「そうよね。ユリを恐れた理由はエッセンドルフに母娘で乗り込まれ、カールが実子認定することだけだもの」


 そういうけど、その線があったからあれこれ考えたんやないか。


「でも意外や意外だったね」

「あそこまで徹底してるとはな」


 そうやねんユリは何にも知らへんかったんよ。知らんままに納得しとるあたりが天然や。ユリはハーフでこそあるもののタダの日本人として育ち、エッセンドルフには愛着どころか興味も関心もあらへんかってん。


「あれは地理の授業で首都名を覚えたレベルね」

「それも間違うた気がする」


 そんな国の王様みたいな公爵になる気なんてまったくゼロやった。この辺はユリの家はシングル・マザーではあるけど裕福やから、見知らぬ国、それも言葉も通じない吹けば飛ぶような国に魅力の欠片さえ感じなかったのもありそうや。


 その情報さえつかんどったら、わざわざ日本くんだりまでウィーニスは来る必要もあらへんかった。こっちも知らんかったんはウィーニスのことを笑えんがな。ちょっと寄り道したけどここにコウの恋が絡んできた。


「なんとなく帳尻が合う気がしたのよね」


 変な取り合わせやけど、コウの恋の障害は妙にプライドが高い小うるさい実家や。それを黙らせるには、


「そうユリが貴族になること」


 これを解決策の方向性に置いたんや。そう考えるとウィーニスは邪魔や。ウィーニスがエッセンドルフに頑張っとる限りユリは爵位を受けられへんってことや。ウィーニスもユリが日本で大人しゅう暮らしとったら、もう手出しはせんへんはずやが、エッセンドルフに来られると話が変わる。


 それやったらウィーニスをエッセンドルフから追い出してしまわなあかんやんか。ウィーニスがおる限りユリは貴族になれへんし、コウと結ばれへんからな。


「だからコトリの出番ね」


 最初の警察を使う案の問題点は、とにかく日本とエッセンドルフの関係が薄いこと。どれぐらい薄いかは、摂政であるウィーニスが日本に来とるのに歓迎行事さえ開く様子もなかったぐらいや。そやから警察沙汰になっても、


「しょぼくれた遺憾砲一発さえ出るか怪しいものね」


 大きな国際問題に仕立て上げるために、エレギオンHD社長である月夜野うさぎが暴行を受ける事にしたんよ。


「暴行したのはコトリじゃない」

「あれは正当防衛や」


 わざわざ鉄扇にしたのもそうやし、あいつらがサーベルまで抜いてくれて助かったわ。


「それでも鈍かったけど」


 ホンマにそうやった。そやから少々時間がかかってもた。首相のクビのすげ替え話を持ち出してまで脅し上げ、他の国の工作まで必要やったぐらいや。まあ、それでも実際にやってもらうのは抗議の申し入れや非難声明ぐらいやから最後は乗ってくれた。


「あれも手間がかかったね」


 そやった。ユリのエッセンドルフ行きに付加価値を加えるために、薄々のエッセンドルフとの親善関係を深めようやってん。国際親善やからすぐ乗ってくれると思うとってんけど甘かった。


 与党の有力議員に話をしても、そんな国が地球上にあったんかぐらいの反応やったぐらいやってん。もっとも、それだけ関心が薄かったから、


「ユリを非公式の日本代表にするのもあっさり了承されたようなものだったし」


 あまりにも政府の関心が低いもんやから、頑張って焚きつけまくったら、


「クスリが今度は効き過ぎた」


 サジ加減は難しいわ。外務省はまだしも、宮内庁や天皇家まで絡んで来たのはビックリした。ユリが皇居に缶詰めにされるなんて予想もしてへんかった。


「ハインリッヒの方もクスリが良く効いた」


 そうなってもた。ハインリッヒはウィーニスの突然の失脚で浮上したようなもんで、政変後の権力基盤は不安定やってん。そこでユリの日本での大活躍を捏造してやった。それを信じたのは、このワールドワイドの情報化社会でも、日本とエッセンドルフの距離があまりにも遠すぎた。


「でもネットぐらい見るのはいるでしょ」


 見てもあらへんのよ。ウィーニスの事件は日本でさえ殆ど知られずに終わってもてるんや。噂ぐらいは少しは出たけど、エッセンドルフに日本語の読み書きできる奴なんて、おるかおらんかぐらいやねん。そやからコトリの捏造通りにウィーニス失脚の立役者がユリになり、


「現代のジャンヌ・ダルクになったのね」


 そういうこっちゃ。ハインリッヒにしたらユリの存在の幻想に怯えたなんてもんやなかった。


「ハインリッヒもヨハンもウィーニスに較べても小者も良いとこだし」


 目障りやから暗殺なんて到底できない人物やねん。そこにユリはエッセンドルフでの権力獲得に興味は無くて、ただ栄爵だけが希望って情報を流してやってん。飛びつきよったわ。


「飛びつき過ぎたかもしれない」


 そうなってもた。ユリには子爵とそこそこの勲章ぐらいでお茶を濁すと計算しとってんけど、侯爵に最高位勲章まで授与するとはな。さらにやで日本政府の反応も予想を超えて、侯爵になったユリに公賓待遇やらかしてもたもんな。


「ちょっと過剰になったけど、結果オーライね」


 小国とはいえユリは公式の侯爵や。それも宮中序列はハインリッヒ公爵とも肩を並べるぐらいのナンバー・ツーやんか。日本かって元皇族や、元華族がおってセレブでございってしとるけど、何十年前どころか何代前の話ってレベルやねん。


 いくら『元』って気取っても実質は一般市民。それに比べたらユリはバリバリの現役侯爵。日本人で正式の侯爵なんてユリ一人やからな。


「ユリの地位は日本よりヨーロッパの方が遥かに高いのよね」


 そうなるねん。エッセンドルフ家は国こそ小さいけど名門や。それこそカール大帝以来、延々と続いているぐらいやからな。ユリもうっかりヨーロッパに行ったりしたら、下手すりゃVIP待遇にされてまうかもしれん。


「それはともかく、だいたいだけど計算通りになったね」

「アホらしいと思うけど、ああいうもんを無暗に有難がる人種には効果抜群や」


 コウの実家もユリを崇めるしかあらへんようになり、後はいつ結婚するかやろな。


「必ず幸せになれるよ」

「ああ、ユッキーが女神の恵みを与えたからな」


 なかなかおもろいツーリングになったわ。でも考えてみればウィーニスしたらトバッチリみたいな結果になってしもたな。


「それはね、女神は逆らう者を決して許さない。逆らった者の末路は悲惨の法則よ」


 どこに正義があったんや。


「何言ってるの。女神の至上の正義は恋よ。人の恋路を邪魔する者は排除される価値しかありえない」


 それ無理あるで。まあ。こんな事もあるか。そやけど高山陣屋は見れんかった。


「今度はお祭りの時に行こうよ」


 それエエな。高山の祭りも有名やし、まだ見たことないもんな。


「また行こうね」

「次は男を旅の仲間にしたいね」

「もちろんや」


 他人の恋の橋渡しより自分の恋をゲットせんとな。


「手遅れよ」

「うるさいわ」

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