家庭教師をすることになった年下の高校生(幼馴染)が、勉強以外に積極的すぎて困る……!

立川マナ

第1話 口説き

 デスクの下で、スマホを確認していたときだった。


 そろりと股座に忍び込んでくるか細い手があった。ぎょっとする間も無く、それは俺のをジーンズの上から迷いなくぎゅっと掴む。

 刹那、全身に突き抜けるような快感が稲妻の如く駆け抜け、


「ふぬぉ……!?」


 変な声が出た。

 たちまち、分かりやすいほどに固くなるソコを、まるで解すようにその手はふにふにと揉み続け、


「あ!」と弾んだ声がすぐ隣から聞こえた。「斗真とうまくん、今、エッチな気分になってるな――そう私の第六感が告げている」


 何を言うか、こいつは――!?

 きっと睨みつける先で、にんまりと得意げに笑う女の子。Tシャツにショーパン姿。茶色く染めた長い髪を二つに結って、猫っぽい顔にこれでもかと天真爛漫な笑みを広げている。


 名波ななみさより。俺より四つ下の高校三年。幼い頃より、俺と同じマンションに住み、その縁で夏休みの間――俺が大学から実家に帰省している間――『ちょっとだけ、勉強見てやって!』とさよりの母おばちゃんから懇願されるかたちで、家庭教師をすることになった。


 一応、さよりとは幼馴染というやつで。小さいときからよく遊んだりもしていた……といっても、四つも離れていたから、親同士がお茶している間、俺がさよりの子守をしていたようなものだったが。

 素直で愛らしくて、実にいじらしい良い子だったのをよく覚えている。

 俺が大学に進学して、マンションを出て行くとき、さよりはまだ中三だった。長い黒髪をおさげにして、セーラー服のスカート丈はしっかりと膝下まで。いつも伏せ目がちで、笑顔もどこか控えめで……いい意味で素朴な感じだった。

 引越しの日も、さよりはわざわざ見送りに来てくれて、


 ――元気でね、斗真くん。たまにでいいから……連絡してね。


 そんなしおらしいことを言って、逃げるように去っていったものだ。


 それが……時が経つのは早いもので――。


 何を隠そう、その彼女こそ、今現在、俺のあそこをストレスボール代わりに揉みしだいている張本人である。


「何が第六感だ、アホ!」とちょっと名残惜しくもなりながらも、さよりの手を引き剥がす。「ただのだろ! てか、もはや痴漢だわ!」

「あはは、チカンって! 斗真くん、うまーい! やっぱ、頭いい〜」


 デスクチェアの上で両膝を抱えながら、両手をぱんぱんと叩いて喜ぶさより。 

 おい……俺が『やれ』と言った過去問はどうした?

 デスクの上をちらりと見やれば、開いておいたはずの問題集はぱたんと閉じられ、シャーペンも暇そうに転がっている。

 ちょっと目を離したら、これだ。


「お前……!」とバシンとデスクを掴んで、さよりに体を向ける。「やる気あんのか!?」


 すると、お、とさよりは大きな眼を見開かせ、


「斗真くんに言われたくないな。やる気満々のくせに」

「誰のせいだと思ってんだ!?」


 言い返しながらも、慌てて太腿をぐっと閉じてソレを隠す。


「大人を揶揄うんじゃねぇよ!?」

「揶揄ってないんだってば〜、斗真くん」


 むっと唇を尖らせ、さよりはデスクに頬杖をつく。その眼差しだけはやたらと色っぽく――ちらりと流し目で俺を見て、


「これでも……口説いてるんスけど」

「どこがだ!? 全然、口説かれてる気分じゃねぇよ!」

「ええ〜? 斗真くん、わがままじゃん!」

「わがままじゃねぇよ!?」

「そこまで言うならサ」くるりと俺に体ごと向け、さよりはくんと小首を傾げた。「斗真くん、お手本見せてよ」

「お……お手本?」


 今度は何を言い出した!?


「そ。私のこと口説いてみてよ」


 にっと笑って、さよりは自分を指差した。


「は……?」

「曲がりなりにも、家庭教師としてウチに来てるんだしさ。それくらい教えてよ。まあ、できるなら……だけど」


 曲がりなりにも、てなんだ、おい!? 急に小難しい言葉を使いやがって。まるで俺が何も教えてないみたいじゃないか!?

 俺はちゃんと教えようとしてるんだからな!? 誰かさんがシャーペンも握らず、他人のアソコばかり握ってくるから進まないだけで……!

 いかん――。

 このままでは、給料泥棒だ。高校生にいいように弄ばれて終わってしまう。

 こうなったら……見せつけてやろうじゃねぇか。大学にて童貞を捨てた大人の本気を……!


「いいだろう」とふっと鼻で笑って、「口説いてやる。――その代わり、お前は今後一切、俺を口説くなよ。お触り禁止だ! ちゃんと勉強すること。いいな!?」


 すると、さよりはハッとして、「あ、やっぱり……」とためらう様子を見せたが、俺は無視。

 おもむろに腰を上げると、さよりの座るデスクチェアの背もたれに片手を置き、もう一方の手でさよりの顎を掴んだ。そして、キス一歩手前の距離まで顔を近づけ、


「愛してる。さより」


 その瞬間、さよりの眼がぱあっと輝き、その頰が鮮やかに色づくのが分かった。

 そして――、


「私も……ずっと好きだったんだよ、斗真くん」


 ふっと微笑むその様に、思いっきり胸を掴まれた感じがした。

 きゃっきゃと無邪気なそれでもなく。企み事をする怪しげなそれでもなく。切なくなるほどに寂しげで、純真さに満ちたその笑みは――四年前に別れたあの子を思い起こさせた。『たまにでいいから……連絡してね』と言い残して、逃げるように去って行ったお下げ髪の女の子を……。


 ハッとそのとき、気づいた。


 そういえば、俺……あれから一度も、さよりに連絡なんてしなくて――。


「さより――」


 もしかして……あのときのアレも、口説いていたつもりだったのか? それでうまくいかなかったから、今度はこんな誘惑まがいの口説き方を……?


 きゅうっと胸が締め付けられる。


 愛おしさがぐわっとこみ上げてきて、このまま、いっそのことキスしてしまいたい、なんて思った――そのときだった。


「ありがと、斗真!」さよりはぱっと微笑んで、顎を掴む俺の手をそっとどけた。「すっきりしたよ。約束通り、もう口説かない。ちゃんと勉強します」


 え、勉強するの……? なんて言葉が、思わずぽろりと出そうになってしまった。

 さよりは椅子をクルリと回転させ、デスクへ向かう。今までになく真剣な表情でシャーペンを持ち、参考書を開いた。

 そんな教え子の立派になった姿に、俺はしたり顔でも浮かべて満足するべきところなはずなのに。今さら、心もアソコも口説いてほしくてたまらなくなってしまった。

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