第4話
ロクとの生活も半年になろうとしていた。
相変わらず、帰宅後のかくれんぼはお互いの習慣で、僕としてはもう玄関の扉を開けた時点で、大方ロクの隠れ場所が分かるようになっていた。
とはいうものの、狭い我が家ではそれほど隠れ場所が豊富ではないこともあるのだが。
それから休日の楽しみである読書も、ロクがいる事で新たな色合いを見せていた。
その休日も僕は昼近くまで惰眠を貪り、冷蔵庫の中の食材を在り合わせて昼食にした。ロクにも休日のお楽しみであるちゅ~るを与え、僕は籐の椅子を陣取り、コーヒーとチョコレートを抱えて読書タイムに興じてた。
珍しく物理学の本を開いていた。『コーティング物理学と出現し続ける現在』という本で、物理学の権威であり哲学者でもある
冒頭を流し読んだ僕は、いきなり後頭部を殴られたような感覚に襲われた。
“人間が罪深いのは、数学によって限界を知ってしまったことだ。
そして更には、物理によって永遠を計ろうと試みる。
それなのに人間は、現時点が時間軸のどこを指すかさえ全く解らないのである。”
確かにその通りだ。数字はすべてを計り得るのだけれど、数字や計算の概念が変われば数字による秩序は失われるのだし、物理計算による永遠は、なお思考の外に追いやられる。本当に、人間なんて現在地すら解っていないのだ。
僕は深く頷いて、チョコレートに手を伸ばす。
いつもの様にボール状のチョコレートを齧り、その触感を楽しみながら歯切れの良い音に耳をそばだてる。チョコがカリッと小気味の良く音を立てると、ロクは耳をピクリと動かし、僕の膝に乗り込んでくる。これはロクのいつもの行動だ。
でも何故かその日、僕は違和感の中にいた。喪失感にも似た不思議な感覚だった。
材料は揃っているはずだ。
大好きな読書タイム。傍らにコーヒー、そしてチョコレート。
いったい何が足りないと云うのだろう。
もう一度、本に集中し、コーヒーを啜り、チョコレートを齧る。
チョコがカリッと小気味良く音を立てると、膝の上のロクが耳をそばだて、今度は僕の目を覗き込み、小首を
僕は思わず、ロクに訊ねる。
「ねえ、ロク。何かおかしい。何かが変だ…」
ロクはしばらくじっと、僕を見つめていた。ロクも何か感じるところがあるようだったけれど、でもそれを言い当てることが出来ない僕に呆れたように膝から離れ、陽だまりを見つけて座り、丸まって目を閉じた。
何かの思い過ごしなのだろうか。
それからはどうしても本に集中できず、僕は仕方なく洗濯を始める。
ロクがそんな僕の足元で、じゃれついて来る。
考えてみれば、ロクのこんな行動も珍しかった。
いつもの休日の、いつもの読書。
でもどこか違うその世界で、僕はじゃれつくロクの頭を撫でていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます