碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。

巻村 螢

第一部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。

序-1 萬華国の真ん中で、

「――だからっ、この国を思えばこそだろう!」


 何度言っても通じぬ苛立ちに、燕明えんめいは机を拳で殴りつけ、椅子から腰を上げた。


「そっくりそのままお返しいたします。今更国の体制を変える事で、この国に、民にどの様な得が?」


 しかし隣に座る蔡京玿さいけいしょうは、少しも意に介した様子なく淡々と言葉を述べる。


異国融和策いこくゆうわさくで新しい文化が入れば、それを糧にまた新たな文化も生まれたりするだろう!? 国は発展していかねばならんのだ!」

「詭弁ですな。我が国は既に全てにおいて満ち足りております。異国排斥は我が国の文化を守るためでもあるのですよ。今更新しいものなど誰が求めましょう。それに――」


 蔡京玿はたもとで隠した口元を、いやらしくつり上げた。


「それに先帝は、異国の文化など一切頼らずに、ここまで国を発展させましたが? よもや、その血を引くあなた様が、我が国は異国の助けなくば立ちゆかない――などと仰いますまいな?」


 燕明は「この古狸め!」と心の中で悪態を吐き、悔しさに唇を噛んだ。


「だがそれで害された民は少なくないぞ。苛政猛虎かせいもうこ――苛烈な政は虎に襲われるよりも民に害をもたらす。先帝の異国排斥の法でどれだけの民が苦しんだか、よもや忘れたとは言わせんぞ」

「法を破る者に罰が与えられるのは至極道理では」

「限度を超えれば道理も無理になる。赤子を抱いて処断された男を……俺は未だに忘れられずにいる」


 官吏達の顔が一斉に俯いた。その表情は苦々しいものばかり。しかしそれも蔡京玿を除いてだが。

 蔡京玿はふんと面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「そうですね。何か役に立つ新しいものを見せて下されば……まだ、殿下の意見にも一理あるというもの。まあ、異国からの一切を拒んでいるこの状況で、新しいものなど見つけられはしないと思いますがね」


 蔡京玿は勝ち誇ったように一笑すると、朝議はこれで終わりだと言わんばかりに席を立った。それをきっかけに他の長官達も、チラチラと燕明を見ながらも朝廷を後にする。

 最後に残った老人が、俯いた燕明に声を掛ける。


「――少なくとも、一官吏かんり如きに言い負かされるようであれば、まだまだ即位を許すわけにはなりませんな」

孫二尚書そんじしょうしょ……」


 孫二高そんじこうは燕明の批難めかしい声には反応せず、ゆっくりとした足取りで朝廷を去って行った。

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