第1章2 【瘴気団】

『実は俺、乗り物が苦手なんだ……』


 このセリフがどうしたって?実はこれ、調査場所である村に向かう際、馬車に乗ろうとしたところをヴァルが猛烈に拒否してきた時に私に対して告白してきた事実である。フウロとヴェルドは長い付き合いから知ってたらしいけど、私は初耳だったから驚いちゃった。……炎の龍殺しドラゴンスレイヤーで乗り物酔い……これ、どっかの設定パクってない?大丈夫?


 まあ、そんなものはヴェルドとフウロが「はいはいいつもの事」みたいな感じで流してたので、私も特に気にするでもなかった。しかしーー


ヴァル「お゛ぁ、ぁ゛!う゛っ、う゛ぅぅ」


 馬車がガタゴトと揺れを起こす度に、もう本当にいつ吐くのか冷や冷やさせてくる呻き声を上げてくる。位置の都合上、私の目の前にヴァルが座る形になっているので、物凄く怖い。分かるでしょ?目の前にいつ吐くか分からない人がいるんだよ?吐いたら私の方にまで飛び散ってくるかもしれないんだよ?怖いでしょ、精神的に。というか、なんでゲ○についての話してんだろ。


「フウロ、これどうにかならないの?」


フウロ「一応、方法が無くもない」


「じゃあそれやってよ」


フウロ「私を恐れない、というのならやるが、まあいい」


 ーー今、この人また怖いこと言わなかった?


フウロ「ふん!」


ヴァル「うっ……!」


「…………」


 フウロが直角に腰を曲げている状態よヴァルの背に、思いっきり肘鉄を落とした。小さな呻き声と同時に、ヴァルが白目を剥いて倒れる。


ヴェルド「安心しろ。大丈夫だ」


「え、えぇ……」


 いつもの事って処理しちゃってるけど、これ下手したらなんちゃって殺人事件だよ?ねぇ?


 ーーまあ、それも一興……なのかな?


フウロ「乗り物酔いなんぞ、鍛えが足らんから起こすんだ。後でまたみっちり鍛えてやらねばな」


 ーーあ、そういえばもう1つ、このギルドに入って気づいたことがある。


 それは、見た目の印象は当てにしちゃダメだってこと。フウロが1番いい例。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ヴァル「だァ~やっと解放された~」


 馬車を降りたヴァルが、大きく背伸びをしながらそういう。


 元気なものだ。乗っている間はあんなに辛そうだったのに、馬車が止まった瞬間すぐに目を覚まして平常に戻れるなんて、ある意味一種の才能なのかもしれない。


ヴェルド「情けねぇ奴だなぁ。んで、フウロ。俺達ゃどこ行きゃ良いんだ?」


フウロ「村の中で1番大きな家と書いてある。……多分、あれだ」


 フウロが指さした方向には、確かに大きな家があった。家ってよりも屋敷かな?こんなのどかな村なのに、あんな大豪邸を築きあげれるとは、余程の金持ちなのか、ただの成金なのか。まあ、どっちでもいいか。


ヴェルド「あんなにデケェと報酬にも期待できそうだな」


フウロ「そうだな。危険な仕事だ。踏んだくれるだけ踏んどってやる。どうせ出世したんだろうし」


 金しか見えてないね……私も金しか見えてないけど。


ヴァル「んな事どうでもいいからさっさと行こうぜおぇぇ」


「……」


 あの、本当に大丈夫?既に雲行きが怪しすぎる。


ヴェルド「気にするな。一晩寝りゃぁ良くなる」


フウロ「ヴェルドの言う通りだ」


「……それもそっか」


 つまり、この2人は私に慣れろって言うわけね。了解了解……って、この光景に慣れたくないわ!


 まあ、そんな思いも虚しく、どうせ私はこの光景に慣れていくんだろうなぁっと、少し悲しくなりながら2人の後をついて行く。


 近くに近づいて行けば行くほどに大きさと異質さを感じるこのお屋敷。もしかして、私達への依頼人って村長さんとかそこら辺の偉い人だったりする?


ヴァル「そういやフウロ。俺らそこまで詳しい依頼内容聞いてねぇけど、どんな内容なんなんだ?」


フウロ「ああそうだったな。依頼内容は、まあ知っての通り異質な瘴気団の調査。それと多発している魔獣の討伐。依頼主はこの村のげん村長ディラン。私の養父だ」


「養父?」


フウロ「生まれてすぐに親が死んだものでな」


「あ……ごめん」


フウロ「気にするな。顔も名前も分からん相手だ。私にとってはディランがただ1人の親だ」


 ーーなるほど。それで、危険だと分かっていながらも、誰も受けたがらない依頼を受けたのか。態度に反してフウロは優しいってことか。


 とまあ、そんなこんなで、適当に会話をしつつ、私達は目的の屋敷へと辿り着いた。


「わぁ、本当に大きな屋敷」


 こんなの見た事がない……って言いたいところだけど、生憎これ以上のを毎日のように見てたのよね。だから、そこまでの驚きも感動もない。


ヴァル「でっけぇ屋敷だなぁ、おい!おぇ……」


ヴェルド「こんだけ広けりゃ、魔法も打ち放題だな!」


「子供か」


フウロ「子供だ。私の目から見れば」


 でしょうね。フウロむっちゃ大人びてるし。事実年齢的にも大人なんだけど。


「失礼、部外者を通す訳には行かない」


 私達が普通に屋敷の門をくぐろうとした時、2人いる門番のうちの1人が道を塞いできた。


「あれ?話を通してるはずじゃ……」


フウロ「そのはずだ。ディランにフウロがやって来たと伝えてくれ」


「失礼」


 もう片方の門番が、耳を押さえてブツブツと何かを喋る。多分、通信魔法の1つだ。


「これは失礼した。ディラン様のお客人、どうぞお通りを」


 しばらくした後、通信魔法を使っていた門番がそう言い、私達はやっとこの門を通れた。


「話通してるんじゃなかったの?」


フウロ「ああ。私の顔を見れば、あの門番達も理解してくれるはずなんだが、妙に警戒されてたな」


ヴェルド「村長なんだろ?それくらい当たり前じゃねぇのか?」


ヴァル「おぇぇ……」


 この2人は相変わらずバカばっか……いや、ヴァルはそろそろ治ってるはずでしょ!


フウロ「まあ、ディランに聞けば全て分かる」


「それもそっか」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 屋敷の中は想像以上に広かった。使用人さんの案内がなければ、今頃きっとこの屋敷内をさまよっていたに違いない。


フウロ「ディラン、フウロだ」


 3階の如何にもな扉の前にまで来たところで、フウロがノックと共にそう発する。すると、扉の内側からーー


「開いとる」


 と、若干年の瀬を感じるしわがれた声が聞こえてきた。


フウロ「失礼する」

「失礼します」

「「 邪魔すんぜ 」」


 ……いや、この2人に礼儀作法なんて教えたところで、全て右から左へ流すに決まってる。多分。一々口出しする方がマナーがなっていないのかもしれないから、もう黙っておこう。


「おう、フウロ久し振りだな。少し見ないうちにまた大きくなったんじゃないか?」


フウロ「もう私の成長期はとっくに終わっている」


「いやいや、人間は26歳の朝まで身長が伸びると言うからな。それで、お前さんの後ろにいるのはーー」


 ディランが覗き込むようにしてこちらを見てきた。


フウロ「紹介する。今回の調査隊御一行だ。全員バカでマナーがなってない奴もいるが、まあ大目に見てくれ」


「どうも」

「「 ちーっす 」」


 ーーちょっと待って。今、私もバカのうちの1人に数えられてなかった!?私、この1ヶ月特に問題は起こしてないよ?むしろ、真面目過ぎるくらいに仕事に取り組んで……あっ、仕事バカって意味か。って、納得出来るかい!


フウロ「もう知ってると思うが、このジジイがディランだ」


「どうも、この村の村長をやっておるディランだ」


 ーーと、私が1人、心の中で華麗なるノリツッコミを決めてるうちに、フウロがディランの紹介をした。


ディラン「よろしくな」


「ど、どうも……」


 ディランが椅子から降り、私、ヴァル、ヴェルドの順に握手を交わす。ゴツゴツとした手が、長年の苦労を感じさせてきた。


 この人がフウロを育てたのか……なんか怖そう。


 私は本能でそう感じていた。


ディラン「ハッハッハッ、もしやフウロの育ての父だからと、私を恐れているかね?」


「い、いえそんな事は……!」


 私の表情を見て察したのだろう。ディランは大きく高笑いをしてそう言う。一瞬胸がドキッとして眉が上がった。


ディラン「安心したまえ。私はフウロほど怖くはないさ、ハッハッハッ!」


「あ、はは……」


 フウロ"ほど"怖くないって、それもう怖いって言ってるようなもんじゃん。


 口には出さないし、出せないが、やはり私は僅かな恐怖を抱いたままであった。極力態度に出さないよう尽力するけど、この人が使用人を怒鳴りつけている様子でも見てしまった暁には、私はきっとこの調査期間を一睡も出来ない期間にしてしまうだろう。


 ーーいや、落ち着け私。私は極力目立たないようにすればいい。それだけの簡単な話だ。どうせヴァルとヴェルドの2人が何だかんだで問題起こして私は蚊帳の外なんだから大丈夫大丈夫。


フウロ「それでディラン。世間話はこれくらいにして、今回の依頼について聞きたいのだが」


 ディランがひとしきり笑ったのを見て、フウロが本題を切り出した。


ディラン「ああそうだったな。まず、百聞は一見にしかずだ。これを見てもらいたい」


 ディランが分厚い冊子を1冊机の上に置く。そして、パラパラとめくり、あるページのところで私達がよく見えるように冊子を180度回転させた。


ディラン「ここ1週間の記録だ」


 冊子には例の瘴気団のイラストと、日付、その時の様子が記録されている。


 イラストの瘴気団は、どれもこれも綺麗な円形を描いていて、その異質さを表していた。


ヴェルド「本当にこんなんがあるってのか?」


 ヴェルドが当然の疑問を口にした。


ディラン「私が直接見たわけではないからなんとも言えんが、王国の調査隊が記録した限りではそうなっているらしい。最も、魔獣の掃討に時間を取られてあまり詳しくは見れなかったそうだがな」


フウロ「なるほど。しかしそうなると、なぜ私達に依頼してきたんだ?調査隊の派遣切れにでもなったか?」


ディラン「痛いところを突くな……。まあ、その通りだ。調査隊では調査不可能、魔獣の脅威もありこれ以上は継続できない、との事だ」


 ディランはガッカリとわざとらしく肩を落とし、そう言う。


ディラン「しかし、魔獣の脅威云々で調査を打ち切られたのでは、私達村民はどうなる?これからもずっと、魔獣の脅威に曝されながら生きろと?」


ヴァル「冗談じゃねぇな、そんな話」


ディラン「そうだろそうだろ?それに、瘴気というのはマナが起こした乱れ。マナとは即ち魔法の源。魔法大国のくせに、ロクに魔法も使えない調査隊ばかりを寄越してきた王国騎士団ではなく、やはりここは本職に調べてもらった方が早いとも思った」


フウロ「なるほどな。それで私に泣きついてきたわけか」


ディラン「まあそういう事だ。だが安心したまえ。報酬はビックリするほど用意してある」


 報酬……その言葉を聞いた時、みんなの喉が唸った。そら、金のことしか考えてないのだ。唸ったって仕方ない。


フウロ「……ふっ。分かった、この依頼承った」


ディラン「ありがとう。感謝する!」


 フウロのその言葉に、ディランが深々とお辞儀した。

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