第115話 歴代最弱の勇者

 歴代最弱の勇者。

 わたしが耳にした現勇者の肩書である。

 当時のわたしはクエミーの強いところしか目にしたことがなかった。あれが最弱なら、歴代の勇者どもはどんだけ強いのかって話だ。


「嘘でしょ……これが最弱?」


 文字通り光の巨人と化したクエミー。彼女自身だと証明するように、その手には巨人のサイズに合った剣が握られていた。

 勇者の力ってのはただの強さだけで考えていたけれど、わたしの考えは甘かったらしい。瞬間移動に巨大化。ちょっとイメージが変わってしまう。


「逃げてエル!」


 ウィリアムくんの叫び声。同時に光の巨人が剣を振りかぶっていた。

 なんだか現実感のない光景だ。


「だからってぼんやり眺めているわけにはいかないでしょっ」


 牽制の岩の弾丸を放つ。同時に身体強化をして距離をとる。


「えっと……当たった?」


 岩の弾丸は光の巨人に命中したように見えた。

 ……見えたのだけれど、光に吸い込まれるように消えてしまった。見た目からではダメージを与えられたのか、光には実体がなくてすり抜けてしまったのか、どちらとも判断できない。

 ともかく、怯む様子もなく、光の巨人がわたしに向かって剣を振り下ろした。

 バックステップ。それからサイドステップ。景色を置き去りにするスピードで回避する。


「うわっ……すごい地響き……」


 巨大な光の剣が大地に振り下ろされた。その衝撃で体が浮く。

 あんなのをまともに喰らったら斬られるどころじゃない。絶対にぺちゃんこになってしまう。

 ただ、わたしが回避できたように、スピードは大したことがなさそうだ。注意していれば回避するのはそう難しいことじゃない。


「岩がダメなら炎でどうだ!」


 魔法で炎の竜巻を発生させて、光の巨人にぶつけた。


「無駄です。この姿になった以上、魔法も剣技も無意味です」


 クエミーの声が響く。彼女はわたしの魔法をよけようともしなかった。

 さっきと同じように、炎の竜巻は光の中へと消えてしまった。

 通り抜けたようでもない。やはり光に消されてしまったのだろう。


「なら倒す手段なんかないじゃないか……」


 おそらく魔法ではすべての属性を試したところで結果は同じだろう。

 剣技も効かないと言ったのも本当だったようで、ウィリアムくんも手が出せないようだった。

 こうなったら逃げるか? 動きがとろいので、逃げること自体はそう難しくはないはずだ。


「……そりゃ、無理な話だよね」


 勇者という絶対的な正義に逆らった。

 ここでクエミーと決着をつけるために、わたしはこの場にいるのだ。

 もしここで逃げるというのなら、大勢の人に迷惑をかけることを覚悟しなければならない。

 その迷惑は聖女様だけじゃない。このスカアルス王国がどんな言いがかりをつけられても構わない、と。そう無責任に切り捨てるのと同義だ。

 わたしはこの国、たくさんの人達にお世話になった。これ以上、恩を仇で返す真似はしたくない。


「何か、方法を考えなきゃ……」


 魔法攻撃は効かない。剣による物理攻撃も無意味だ。

 まさに無敵になった存在にどうすればいいのか……。

 考えている間も時間は止まってくれはしない。光の巨人は前進する。


「ちょっとは休んでろよ!」


 前進してきた巨人の足元を泥に変えてやる。足のサイズも大きいもんだから、その範囲も広くて魔力を削られる。


「む……」


 光の巨人の足が泥に沈む。けれど足首が沈んだだけですぐに次の一歩を踏み出していた。

 効果はゼロではないが、焼け石に水でしかない。足止めにもならないならやる意味はないか。

 でも、あの光の巨人は大地に足をつけているのは間違いないようだ。

 光にすべてを飲み込まれているようだったから、もしかしたら実体がないかもしれないと思った。しかし、あれは虚像ではないらしい。

 大きいし光っているけれど、あれはクエミーなのだ。


「エル! 無事か」

「わたしは大丈夫だよウィリアムくん。そっちもケガはしていない?」

「僕も問題ないよ。でも……これどうする? 僕の剣もあの巨体には届かないんだ」


 ウィリアムくんと合流し、互いの無事を確認し合う。

 だけど、互いに手詰まりだった。


「って、だから前見えなくなるんだってば。整列!」


 再び微精霊がわたしの周りに集まってくる。視界が覆いつくされる前に号令をかけてみたら、案外効果的だったみたいで綺麗な一列となった。先が見えないほどの長蛇の列になってしまったけど。


「どうしたのエル?」

「いや……もう一つ試せる手段があったと思ってね」


 魔法と精霊術は似ているようで違う。

 現象に対する結果は同じように見えても、その過程が違えばどうなるのか。

 こっちだって勇者の力ってやつの実体をわかっているわけじゃないんだ。何が効果があるなんて、やってみるまではわかりようがない。


「いくよ。みんな、わたしに力を貸してくれ」


 イメージする。微精霊はわたしの意に添うように動いてくれた。

 岩の弾丸を生成する。使い慣れた攻撃手段の一つである。

 なんだか楽に感じる。頼るってことは、肉体的にも精神的にも楽に思えた。


「放て」


 落ち着いて、微精霊に命じて岩の弾丸を放った。

 狙うは光の巨人の腹。とにかく確実に当てるのが大前提。

 問題は攻撃が効くかどうか……。


「ぐぅっ……!?」


 クエミーがうめき声を上げた。

 岩の弾丸が当たったのだ。巨体ゆえに身じろぎもしなかったけれど、一瞬だけ動きが止まった。


「エル! 今の当たったよね!」

「うん! 攻撃がちゃんと届いたんだ」


 ウィリアムくんと二人して喜ぶ。

 ダメージを与えられたわけじゃない。それでも、攻撃が効いたということは、突破口があるってことだ。

 精霊の力なら勇者に届く。ただ、大きい岩だとしても、大してダメージを与えられなかったこと自体が問題点である。

 相手は巨人なんだ。わたしから見れば大きい岩でも、クエミーから見れば小石程度でしかなかっただろう。


「なら、もっと大きくすれば……」

「ねえエル。何か様子がおかしいよ」


 次はもっと大きい攻撃を入れてやろうかと考えていたら、ウィリアムくんが困惑した様子を見せる。


「なぜ……。今のは何……? 危険……彼女は危険だ……。この力は何が相手でも受けつけないはずなのに……はずだったのにっ!」


 巨人の剣が発光する。

 それは、破壊の光だった。


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