第38話 職員室

「やっぱり、懐かしいな~」

「そういえば、ここのOGでしたね」


 一通り文化祭の催し物を見終わると、紗弥加は学校の中を散歩し始めた。


「卒業して2年経ったけど、結構覚えているもんだな~」


 久しぶりの高校が楽しいのか、本来催し物が行われていないところにまで歩いている。


「今日は来てよかったよ。龍樹がどんな風に学校で過ごしているかも確認できたしね」


 紗弥加は龍樹と一緒に暮らしていない。ここからそう離れていないところに1人暮らしをしている。


「ありがとうね、純くん案内してくれて」

「いえ、僕も楽しかったですから」


 最近は小説を書いたり、文化祭準備とかであまり紗弥加とは出掛けられていなかったために文化祭を一緒に回るのは久しぶりのことで楽しく思えていた。


「おっ、菱村! どうだクラスの方は?」


 職員室前を通りかかったとき、純の担任である相田が扉から出てきた。


「ええ、順調と言ってもいいほどに」

「あれ? 相田先生ですか?」


 隣を歩いていた紗弥加が相田の顔を見て反応を示した。どうやら知り合いらしい。


「もしかして、榎原か? 随分と雰囲気が変わったな」

「まあ、もう大学生ですからね」


 純が紗弥加と知り合ったのは去年のことなので高校時代の紗弥加がどういった子であるかは知る由もなかった。


「なんだ文化祭に来てたのか、それなら声を掛けてくれれば良かったのにな」

「先生にわざわざ挨拶しに行くのも照れ臭かったものなので」

「そんなこと言うなって、先生たちも応援してるんだぞ。今も頑張ってるのか?」

「ええ、今もまだ声優の仕事は諦めてませんよ」


 紗弥加の発言から声優を目指していることは先生たちも知っていたのが窺われる。だが、相田は首を傾げた。


「ん? ああ、そっちもそうだが、俺が聞きた……」

「ええ、そっちのほうも変わらず頑張ってますよ」


 相田の言葉を遮るように紗弥加は食い気味に答えた。


「そっちの方って?」


 不思議に思った純が尋ねると紗弥加は「学業のことだよ」とだけ答えた。嘘を言っているのはなんとなく純は感じ取ったが、誤魔化していることを聞くほど純の性格は野暮ではない。


「なら、良かったよ。これからも頑張れよ」


 紗弥加に激励をした後、相田は純と紗弥加の二人を見ながら、「お前ら付き合ってるのか?」と教師でもありながらとんでもない爆弾を投下してくる。


「はい、付き合ってます」


 と、純の腕をわざとらしく抱き着く紗弥加。一瞬相田は「本当か?」と言わんばかりの目で純を見てきたので、抱きついてきた腕を外しながら、「冗談ですよ」と誤解を解いた。


「まあ、なんにせよ。楽しんでいるならいいよ。元気な顔が見えて何よりだ」


 相田は純に「クラスの様子を見てくる」とだけ言い残し、純たちの前から去っていった。


「相田先生ね私が3年生の時の担任だったんだよね。その時色々と相談乗ってもらってたんだ」


 紗弥加から大学受験は苦労したと聞いていた。がくりょくは申し分はないのだが、父親を説得するのが大変だったと言っていた。結局それが原因で一人暮らしをしたらしい。


「先生優しいですからね」


 相田は少しめんどくさがりではあるが、生徒思いの先生だ。母親のいない純をいつも気にかけてくれていた。


「そろそろ戻ろうかな」


 文化祭を十分満喫したらしく、純たちの教室に戻るつもりらしい。


「もう帰るんですか?」

「そうだね、もう十分楽しんだつもりだし、最後に龍樹に声を掛けて帰ろうかな」


 紗弥加はあまり龍樹と会えていない。大学やバイト忙しいようでなかなか龍樹に会いに行く時間がないのだ。


「一緒に回ったりしないんですか?」

「いいのいいの、せっかくの文化祭なんだから、姉弟で回るより友達同士の方が楽しいだろうしね。それに私は純くんと回れて楽しかったしね」


 不意にこういうことを言ってくるので勘弁してほしいものである。


     *


 教室に戻ると、綿原が龍樹に話しかけている場面に遭遇した。


「ごめんえ、俺このあとも仕事入ってるから」

「そうだよね、急に言っちゃだめだよね」


 落胆した様子で綿原は教室から出ていくのが見えたので、純は綿原に声を掛けた。


「綿原、少し待ってて?」

「はい……?」


 突然、純から声を掛けられたことで状況を掴めていない様子だったが、純の方は状況をしっかり推測で来ていた。さしずめ、綿原は龍樹と文化祭を回りたかったが、仕事が入っていたために断られてしまったのだろう。


 紗弥加に少し待っててもらうように言って、純は龍樹に声を掛けに行った。


「龍樹、行ってやれよ」

「なんだ、純か。誘ってきてくれたことは嬉しいが仕事はやらなきゃいけないからな」

「代わってあげるって言ってるんだよ」

「いやいや、それは純に悪いって」

「元々僕と綿原はシフト3つしか入ってなかったんだ。龍樹の方は4つなんだし1つぐらい交代したって平気だろ」

「いや、それは純たちが夏休み頑張っていたからそう決めたんじゃないか」


 笠原の案で、夏休みの準備に多めに参加した人たちはシフトが他の人より少なめに設定されていた。


「綿原も夏休み頑張ってたんだから、褒美ぐらいあげったっていいだろ? 一緒に回りたいんだって言ってるんだから一緒に行ってやれよ」


 少し考えるそぶりをした後、龍樹は純の顔を見て口を再び開いた。


「いいのか?」

「良くなきゃ提案しないって。行きたいところは全部回ったし、それに龍樹にはここ最近世話になったからね。僕なりのお礼だよ」


 さすがにここまで言えば龍樹も聞き入れたらしく、「ありがとう」と純に告げると、教室の外で待っていた綿原のもとへと歩いて行った。


 教室から綿原が純の方を見て頭を下げたのが見えた。


「純くん、やさしいんだね」

「勇気出したのに空ぶっちゃかわいそうですからね」

「じゃあ、あの子龍樹のことを……」


 先程までの様子で綿原が龍樹に抱いている感情が何であるかが分かったらしい。


「良かったんですか? 龍樹に声を掛けないで」


 帰る前に最後に一言声を掛けると言っていたが、諦めたのだろうか。


「ううん、まだ帰らないことにしたから」

「え?」

「せっかく、龍樹に面白いことが起きてるんだし、お姉さんが見届けなきゃ」


 そう言い残して、紗弥加は去っていった龍樹の後を追っていった。


「凄い人だね、龍樹のお姉ちゃんって」

「飽きないでしょ?」


 ここまでの一連の様子を見ていた遥夏が純の方へと寄ってきた。紗弥加の後姿を見ながら、遥夏は腕を組んで悩んでいる素振りをした。


「う~ん」

「どうかしたの?」

「いやね、紗弥加さんだっけ? どこかで会った気がするんだよね~」

「龍樹のお姉ちゃんなんだし、会っててもおかしくはないんじゃない?」

「そうじゃなくてね、結構な頻度でを聴いた覚えがあるような気がするんだ」

「気のせいじゃない?」

「そうかな~」


 遥夏は声優だから、紗弥加が大学の授業なりで行ったアフレコを聞いたことがあるのかもしれない。紗弥加から大学でどんなことをしているのか聞いたことがないから憶測でしかないけれど。今度聞いてみるとしよう。

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