第25話 幸薄い

 思わぬところから純の初恋エピソードを話す羽目になったが、その後の相談の結果、その思い出をベースにした作品を書いてみることに決まった。


 思い出をベースにすることで、純が主人公に感情移入がしやすいことが一番の理由だ。そうすることで今まで書いていた第三者が見ているような淡泊したものではなく、読む人も気持ちを移入しやすいだろうとなったからだ。


 『それに、もし雪川さんが読んだら会えるかもしれないぞ』と龍樹がからかってきた。それは龍樹なりの応援なのだろうから、ツッコむことはしなかった。


(この作品が発売されない限り、その子が読む機会なんてないし、そもそも覚えてないかもだろうし……)


 純の目標は一次審査を突破すること。だからこの小説を雪川が読む機会なんて訪れるはずがないと。純にとってはもう過去の出来事だと割り切っているつもりだ。今更会えたところで彼女は突然いなくなった純のことを怒っているはず、だから会えたところで良い結果にはなると思えなかった。


 それに、純には他に心を支えてくれている存在がいる。純はパソコンを開いて配信サイトを開いた。


『こんにちわ~、イラストレーターのうすいさちです。今日はゲームをやっていくよ~』


 純は週1回のうすいさちの配信を楽しみにしている。今日はその日、小説のプロットを考えながら配信を見ることにした。


《さち先生、ゲーム苦手じゃんw》《勝てるのw?》《痛い目に遭うだけだからヤメトケ》などといったコメントが流れる。


『大丈夫! 今日やるゲームは運要素が強いから』


 自信満々にしているうすいだったが、視聴者の反応はほぼ同じで《それこそ無理だろ》というコメントがたくさん流れた。


『いいも~んだ。今日は視聴者参加型にするから、リスナーのみんな本気で来ていいよ。負けないもんね』


 ゲーム配信をするときはこのやりとりが毎回のお決まりである。純はゲームには参加しないものの、うすいさちのゲームを見るのが好きだ。


 いつもなら画面から目を離さない純だったが、同時にプロットを少しずつ考えていた。30分ほど経ったところで大まかなストーリーが出来上がった。


『主人公、川辺宗太は幼いころに恋に落ちた。その女の子の名前は大庭奏おおばかな。だが、知り合って間もなく奏は引っ越してしまった。奏のことを忘れられない宗太は高校2年生になるまで、誰とも交際をすることはなかった。しかし、高校2年生の春、初恋の子の下の名前と同じである河原奏に出会う。一緒に日々を過ごしていくことで二人はいつの間にか友達以上恋人未満のような関係を築いていた。でも、宗太にはもう一歩先に進むことはできなかった。まだ心のどこかが初恋相手のことを考えていたから』


 導入はこんな感じでいいだろうと、純はペンを置いた。面白い設定なのではないだろうか。あとはこれをそう活かすかが問題だった。この作品は目の前の河原奏を選ぶか、初恋の相手大庭奏を選ぶかの二択のように思わせているがこの2人は同一人物。そのため、少しずつ宗太が2人の共通点に気づいていくことがこの作品のコンセプトだ。


 この作品に求められているものは宗太の心理描写を伝わりやすく書くことだ。これが純には難しかった。宗太の奏への思いは純自身の初恋相手やうすいさちへの感情を参考にすれば書けないことはない。問題は2人のデートの描写をどうするかだった。


 デートは男女で出かけること、ならば純は夢花と映画に行ったりすることはデートに含まれるかもしれない。ただ、純は夢花を気の合う友達のように接することが多かったため恋愛感情を抱いていない。だから、参考にすることはできない。


 もう一度同じようなお出掛けをすれば、宗太の立場になりきって相手にどういう感情を抱きながらデートをしていたのかを調べることはできる。しかし、夢花とは現在ケンカ中。もし、お出掛けに誘えばキレられる可能性はものすごく高い。なら、紗弥加さんかと一瞬思い浮かぶが、振ってしまった手前デートに誘うっていうのも気が引ける。


 つまり、純は手詰まりだった。こういう時気軽に遊びに行ける異性が純には少ない。


(というか、何人とも異性と仲良くできている人なんているのか?)


 しょうがないか、お出掛けには龍樹を誘ってどんな感じなのかを調べることにした。


 純の考えがまとまったところでちょうど、うすいさちのゲームの勝敗が付いた。予想通りの結末だった。


『あ~~~、負けちゃ~』

《弱すぎるw》《なんで運ゲーでここまで一方的に殴られるの?》《これで20連敗》《手抜かなくていいんですよw》

『本気でやったんだもん、なんであそこで逆転されちゃうの……』

《そりゃ、やっぱり……》《運がなさすぎるんだよ》

『私ってやっぱり運ってないのかな』


 その言葉を聞いたリスナーたちは待ってましたと言わんばかりにコメント欄が同じコメントで埋め尽くされる。


《だって、「幸薄い」だもん》


『あ~また言った』

 《名前の由来、幸が薄いからだったんですね》《納得だな~》

『あ、ほらまた勘違いしてる人がいる。由来は“薄い”じゃなくて“雨水”だって。名前に季語入れたくてこの名前にしたのに……』

 《ドンマイ》《もう改名しよう》《うすい(雨水)さち改め、薄い幸って》

『ひどい、もう配信終わる』


 画面がエンディングの立ち絵に変わると 《あ、逃げた》《卑怯だぞw》であふれる。


『あ、忘れてた。来週新刊でるから買ってね~じゃあ、お疲れ~』

《ちゃっかり宣伝してるw》《絶対負けたこと気にしてないな》《お疲れ様~》


 今日もお決まりのパターンで配信が終わったなと純は腕を伸ばしてストレッチした。


 ゲームが下手で、運もない。だけど、不思議とうすいさちの配信は多くの人を癒す。バカっぽい感じを出しながらも人をイライラさせることはなく、多くの人を楽しませる。だからこそ、3年もの間Vtuberとして活躍することができていて、今なお人気は衰えない。


 そんなうすいさちに純は憧れを持っている。だからこそ、今回は負けるわけにはいかない。うすい先生に会えるのは小説家になるしかないんだからと、純はそう自分に言い聞かせ覚悟を決めた。

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