第19話 夢追い人②
純と似たような夢……
「もしかして、夢花さんも僕と同じように小説家を目指しているんですか?」
純は自身の夢は語ることがあっても夢花の夢は聞いたことがなかった。てっきり、本が読むことが好きだから、この書店を引き継ぐのかと思っていた。
「……ううん、違うわ。あの子の夢はね……イラストレーターになることなのよ」
「イラストレーター……って、ええ⁉」
「知らなかったの?」
「初耳でした。てっきり、この書店を引き継ぐのとばかり思ってました」
「お父さん的には引き継いでもらいたいみたいよ。あの子も昔からあるこの店を手放したりはしないでしょう。両立させる気ではいるんじゃないかしら」
純はほっとした。柳井書店は純の家から近いところにあるし、それに自身の嗜好と近い商品が置かれているため、この書店がなくなるのは純にとってもできれば避けたいことではある。
「それにしても、イラストレーターを目指してたんですね。絵を描いている素振りなんて見たことありませんでしたから、驚きました」
「純くんにも言っていないということは、ひょっとしたらあの子誰にも言ってないのかもね」
「本人の口からじゃなく、聞いちゃって良かったんですね」
「だから、あの子には内緒よ」
「分かりました。それでいつから絵を描いてたんですか?」
「小学生のころからちょこちょこ絵は描いてたわ。本気で目指そうとしたのは中学に入ってからじゃなかったかしら」
「結構長い期間頑張ってるんですね」
純が小説家を目指したのは高校1年生の時であるから1年間し経っていない。夢花、中学1年生のころから目指しているならばもう3年は経過している。
「でも、なかなか厳しいみたいよ。イラストを描いても中々いい評価をもらえないみたいで」
「人気な職業ですもんね。絵を描くのが好きな人からしたら天職でしょうし」
「そうなのよね、夢花の絵も上手だと思うわ。だけどね、上には上がいるみたいで」
純が思い浮かべるだけでもかなりのイラストレーターがいる。絵が上手くても埋もれてしまう人もいるのだろう。でも、一番に純の頭に浮かび上がるのはやはり、うすいさちだ。
「結構あの子も自分の絵と比較しちゃっているみたいよ。憧れのうすい先生の絵と」
「えっ、夢花さんもうすい先生のこと好きだったんですか?」
「ええ、そうよ。だってあの子がイラストレーターを目指すのを決めたのはあの人の絵が発端なんだもの」
純がうすい先生のことを話すとき夢花はいつも「本当に好きですね」としか言ってこなかった。
てっきり興味がないのかと思っていたが全然違ったらしい。夢花もまた、純と同じように夢を与えられたらしい。
「そういえば、純くんもうすい先生のことが好きなのよね」
「はい、でも好きというよりは憧れの感情が近いですね」
「それは違いがあるの?」
「全然違います」
恋愛でもよくあるように憧れと好きはだいぶ違う。恋愛感情を抱くなんて恐れ多い。うすい先生はあくまでも純の恩人であり、尊敬の対象だ。うすい先生を理由に紗弥加の告白を断って何を言ってるんだって感じだけれど。
「もしかして、純くんもうすい先生に憧れて小説家を目指したの?」
「そう言われるとそうですけれど、ちょっと違いますね。ライトノベルが面白いと思えたのは雨草ユキ先生の作品なので、そう考えると小説家を目指すきっかけは雨草先生ですかね」
純が雨草ユキのことを知ったのはうすい先生経由である。小説家になることがうすいさちに会える方法だとは思ったのは事実だが、雨草ユキのラノベを読まなければラノベにハマることはなく、小説家を目指すことはなかっただろう。
「あら、そうだったの?」
突然ニヤける夢花の母に気味の悪さを覚えたが、顔に出すことなく純は縦に頷いた。
「だから、僕にとってあの方たちは僕に大きな影響を与えてくれたんです。だから、僕も小説家になって会えることがあればお礼を言いたいと思ってるんです」
「喜ぶと思うわ。人の憧れになれるって本人たちからしたらこれ以上の幸せはないと思うわ」
「そうですかね?」
「きっとそうよ」と微笑みながらこちらを見てきたので「じゃあ、頑張らないとですね」と返した。
「ありがとうございます。おかげで心の整理ができました」
「なら、話し相手になれてよかったわ」
「これで少しは約束守れたかな」と夢花の母は小さくつぶやいた。
「何か言いました?」
「頑張ってねって言っただけよ」
そんな言葉だったかなと思いつつも素直にありがとうございますと受け入れた。最初呼び出されたときは、夢花とケンカしたことについて言及があるのではとビクついていた。ただ実際は純を励ますためにこの時間を設けてくれたのだろう。
「次はあの子と仲直りしないといけないわね」
「はい」
今ならちゃんと謝れる。逆に今日を逃してしまうと、夢花と会う機会はなくなる。夏休み中、夢花とシフトがかぶっているのは今日だけなのだから。今日会ってちゃんと謝ろうと決意した。
「夢花も純くんと仲直りしたいと思ってるはずよ。頑張ってね」
その時、書店の自動ドアが開く音がした。この時間はまだ開店している時間ではない。つまり、考えられるのは今日シフトの入っている夢花だけだと純は思い、席を立った。
「やなっ…………えっ、紗弥加さん?」
こちらへ歩いてきたのは夢花ではなく、紗弥加だった。
「なんでここに、今日はお休みのはずじゃ……」
「そのつもりだったんだけどね、夕べ電話が夢花ちゃんからかかってきて、シフト変わってほしいって言われたのよね」
後ろで純の様子を見ていた夢花の母の方を振り返ると、ポリポリと頬を搔きながら「もしかしたら、まだ怒ってるのかな……」とだけつぶやいた。
「あれ? もしかして純くん、夢花ちゃんとケンカしたの?」
紗弥加にこちらの様子から察したらしく、純はうなずくことしかできなかった。
「ごめんね、純くん。夢花がなんで来ないかは私は分からないわ。それと、私は、あなたにまだ2つ内緒にしていることがあるの。時期が来たら知ることになると思うから、今はまだ内緒にしとくね」
純と紗弥加の様子を見ながら、夢花の母は純たちに聞こえない声でそうつぶやいた。
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